【JAIA試乗会】豊かな思い出 キャデラック エスカレード プラチナム
2024年2月16日
個人的な話で恐縮だが、昔からキャデラックが大好きだ。残念ながらまだ所有したことはないけれど、コンコースは真剣に(中古でだけど)購入を考えたこともある。CTC(セビルツーリングセダン)などと味気ない表記になる前のセビルは大好きだったし、アメリカに行ったら必ず背伸びをしてキャディーをエイビスに指名借りする・・・。それくらい憧れだった。だから今回の「JAIA輸入車試乗会」でエスカレード プラチナムに乗せてもらえると知った時は、それは、それは嬉しかった。
というほどのキャデラックへの愛がこもった試乗なので、かなりの贔屓目線で甘口の試乗記になることを最初にお許しいただきたい。そもそもCT5だXT4だCTSだといった味気なくわかりにくい名称を与えられず、エスカレードという堂々たる名前を与えられたキャデラックという時点で我々は完敗だ。以前にはエルドラードやフリードウッドといった優雅で素敵なネーミングを与えられていたというのに、昨今はスターウォーズに出てくるドロイドか、パソコンの種類のように味気なくわかりにくい数字とローマ字の羅列となってしまった。そんな中なのに、あえてエスカレードという名前を堂々と残してあることにこそ、この車の本当の価値と意味がある、そう思う。誰のための、本当のキャデラックかということが直感的にわかる、これはそういう意図的なネーミングに違いない(だからキャデラックのBEVがリリックにされたと聞いた時から、実はリリックに僕はとっても期待を抱いている)。
BEVやPHEVがすっかり主流となった2024年の「JAIA輸入車試乗会」会場で、ひときわ目立つ真っ白なエスカレードに乗り込み、素晴らしく繊細で美しいスクリーンや、上品にあつらえられたウッドパネルにうっとりとしながら6156cのV8 OHVエンジンに火を入れてJAIA輸入車試乗場を走り始めた時、紅白歌合戦、いやグラミー賞の大トリに出場するような大物歌手の気持ちとはかくなるものか、とさえ感じたものだ。そして眉間にしわをよせながら、限界ハンドリングがアンダーステアで、うんぬんかんぬん、加速時のジャークがどうたらこうたら、という評論にどのような価値があるのだろう、とさえ感じてしまった。
まあ一言だけ記せば、低速でのパワーは十分ながらも昔ほどのモリモリ感はなく、高速道では直進安定性もそこそこ、メーターパネルに表示されている通算燃費は6kmくらい、といったところが報告事項だろうか。そんなのじゃあロードインプレッション失格だろうと言われたらそれまでだが、実際に世の中で車と生活している人にとっては、限界ハンドリング特性も、最高速度数値も関係のない話であって、さらに言えばサーキットインプレッションや計測などは他の星の出来事のようなものである。
もっと大切なことは、どれだけ多くの心地よい良い思い出を、自動車という不思議で魅力的な存在が扉となって紡ぎだせたかどうかであって、小難しい数値や記述は、エンスージャストという特殊な趣味を持つ者が興味を持てばそれで十分な、エンターテインメントの世界の出来事なのである。そして楽しさや喜びといった時間だけではなく、時にはつらく涙も出ないほど寂しい思い出さえも生み出していくエモーショナル名存在、それが自動車なのではないか。
節分間近の冬真っただ中であることが信じられないように暖かい日差しと、どこまでも穏やかな海を眺めながらエスカレードでクルージングしていると、豊かな気持ちになると同時に、今ここに自分が生かされていることの喜びと感謝さえも感じてしまう。車から降りてしまえばそれは儚く消えてしまう、つかの間の夢のような豊かさなのかもしれないけれど、それでもエスカレードの与えてくれる魔術は心のどこかにしみ込んで、記憶の断片としてずっと残る。
結局、(けっこう楽しみにしていた)36個ものスピーカーを持つAKGのサウンドシステムも、ナイトビジョンシステムも一切使わないまま試乗時間終了となった。それでもキャデラックと接していた思い出は、ほかのどの車よりも豊かな時間であったと思う。
どうか来年も再来年も魅力的な姿に再会したい。時代遅れかもしれないし、ノスタルジックで勝手な願いかもしれないが、そこにいてくれるだけで良い。とにかく世の中のどこかにいてほしい。
冬の優しい光が、優しい凪状態の相模湾を黄金色に染め始めた。今年の「JAIA輸入車試乗会」もそろそろ終了である。
Text:大林晃平
Photo:大林晃平&AUTO BILD JAPAN
追記: 故江渡一雄君へ捧ぐ
今回の試乗会レポートは、昨年のJAIA試乗会から2か月後の4月に、48歳という若さで惜しくもその命を落としてしまった、本Auto Bild Japanウェブサイトの、起ち上げ時からの我々の掛け替えのない仲間であり、才能あふれるライターでもあった江渡一雄(えとくにお)君へのトリビュートであり、オマージュでもあった。
周りの者の心を和ませる素敵な笑顔を持つ良家の子息は正真正銘の「クルマオタク」であった。
自宅のいくつかの部屋は、山のように積まれた、国内と英国やイタリアなど海外の自動車専門誌、技術書、ミニカー、模型、グッズで占領されていた。
普段は誰もが認める穏やかで優しい江渡君だが、乗り込んだ車種によっては、表情やドライビングスタイルが一変する意外な一面を見せることもあった。
愛車のジュリエッタ スパイダー ヴェローチェや911をガンガン飛ばして、後続の車などにはまるでお構いもなく、あっという間に彼方へと走り去ってしまい、多くの人を驚かせもした。
そんな江渡君が大好きな1台が、「威風堂々」という言葉がピッタリなこのキャデラック エスカレードだった。
「JAIA輸入車試乗会」で毎年のように試乗するたびに、ゆったりとしたドライバーズシートに身を委ね、優雅で素敵な時間を与えてくれるエスカレードに、とても満足し、幸せそうに頬が緩んでいたのを想い起す。
そして、それはとても切ない思い出となった。
We miss you, Eto-kun.
AUTO BILD JAPAN編集部