【JAIA試乗会】ヒーローはマセラティに乗る グレカーレ トロフェオ
2024年2月8日
スーパーカーのエンジンを搭載したスーパーSUV、その名はマセラティ・グレカーレ トロフェオ
海沿いのバイパスを走るグレカーレの瞬間燃費計は「15.8km/L」を示していた。
前を行くのはトラック。となりを走るのは軽自動車。いつもの日本のいつもの平和な景色だが、燃費計の数字だけが嘘くさくて気にかかる。このグレカーレ トロフェオには、マセラティMC20の3.0L V6のツインターボ・エンジンが搭載されているのだ。MC20の630馬力から530馬力にチューニングが変更されているとはいえ、PHEVでもない純粋な内燃機関のスーパーカーのエンジンにエコカーみたいな燃費で走られると、なんだかドライバーの調子が狂ってしまう。音も通夜会場のように静かである。
「おまえの実力を見せてみろ」
そう思ってスポーツモードに入れ、トラックが追越車線をどいたタイミングでスロットルの一撃をくらわせた。すると、なにかが爆発したような猛烈なエネルギーを感じさせながら、グレカーレは猪突猛進の勢いでバイパスを爆進し始めた。トラックも軽自動車も530馬力に瞬殺されて遥か彼方に吹き飛ばされ、そしてドライバーは音、音、音の洪水に飲み込まれる。これはまるっきりV8エンジンのサウンドだ。V6とは思えない音。V6とは思えないパワー。SUVとは思えない加速に高揚感。
これぞマセラティだ。
掟破りは伝統芸能
興奮に任せて全開で走り続けると交通刑務所に入れられてしまうため、スロットルを戻し、やや冷静になってマセラティの歴史を思い返してみた。
マセラティは1914年に設立されたレーシングカーのコンストラクターであり、1950年代後半に本格的に市販車ビジネスに参入した。その一号車の3500GTはエレガントなスタイルを持つ豪華なGTクーペだったが、ボンネットを開けるとレーシング・エンジンをデチューンした3.5Lの直列6気筒が搭載されていた。さらに、イランのパーレビ皇帝の特別注文で1959年に作られた5000GTにも、レーシングカーにルーツを持つ5.0L V8が載せられている。
優雅なボディに掟破りの高性能エンジンをぶち込む――。それがマセラティの市販車の出発点なのだ。
2022年に登場したグレカーレは、2.0L 直列4気筒のマイルドハイブリッドの「GT」や「モデナ」といったグレードが販売の中心であり、またBEVの「フォルゴレ」も間もなく登場の予定だ。しかし、3.0L V6ツインターボで530馬力を叩き出す「トロフェオ」こそがマセラティの魂を象徴するモデルである。
相棒を助けてヒーローになれ
率直に言って、ボディ剛性を含めて、シャシーにはそれ程の感銘を受けなかった。シャシーは完全な脇役であり、エンジンこそが主役の車である。スポーツモードに入れてスロットルを踏みつけると、ツインターボによる分厚いトルクが溢れ、そのままレブリミットまで暴力的な勢いで吹け上がっていく。エンジンに直接またがって全力疾走しているような圧巻のフィールが、トロフェオの魅力の核心である。
こうして調子に乗ってハイスピードで走っているときに荒れた路面に差し掛かると、車が横揺れするような挙動を見せ、直進安定性が損なわれることもあった。だが、マセラティでない方のモデナ発祥のイタリアの高性能車(赤いスポーツカー)を愛車にする筆者に言わせれば、これはマセラティならではのエンターテイメントである。
イタリアの高性能車において、ドライバーと車は、主人と召使いの関係ではない。対等な立場の相棒同士なのだ。ポルシェなどのドイツ車に比べて劣るシャシー能力を補完するのはドライバーの役目だし、そこにドライビングの楽しさがあるのだ。しくじった相棒を全力で助けに行くのは当たり前じゃないか。
完璧な高性能車が欲しければドイツ車に乗ればいい。しかし、相棒の危機を救うヒーローになりたければ、選ぶ車はマセラティだ。グレカーレ トロフェオは、マセラティらしい魅力が十二分に詰め込まれたスーパーSUVである。
Text & photo: AUTO BILD JAPAN