わかってるなぁ、ルノー ジャポン「ルノー カングー クレアティフ」試乗レポート
2023年5月9日
いよいよ街で新型ルノー カングーを見かけるようになった。見違えるほど大きく、立派になった3世代めは、ちゃんとカングーしているのだろうか?初代カングー オーナーだった大林晃平が「ルノー カングー クレアティフ(ガソリンエンジンモデル7AT)」を(できるだけ)色眼鏡なしで検証する。
カングー大好きなんです
カングーにはかなりの思い入れがある。というのも、初代の、それも最初期の1.4リッターモデルを新車で購入し、かなりの距離をともにした思い出があるからだ。その後、かなり大きくなった2世代目は、購入こそしなかったものの、身近に(現在も)長期間酷使されている一台があるため、乗る機会も多いため、こちらも乗車時間は長いほうだと思う。
そのどちらも実用車としての基本を骨太に踏まえたまま、荒い部分など一切見せず、たおやかで快適な乗り心地と運転してもなんとも楽しい感覚を兼ね備えた、稀有なキャラクターの自動車であることを理解している。だからこそ、わが国では、世界でも例を見ないカングー祭りである、「ジャンボリー」などが開催されたり、休日のイケアやコストコ、あるいはフリーマーケットに行くと、必ず複数台を見かけたりするような存在になれたのではないだろうか。
私の所有した初期の1.4は言うまでもなく観音開きドアでもない普通の羽あげ式リアゲートを持った、とにかくアンダーパワーで出来のあまりよろしくないオートマチックトランスミッションのついた個体ではあったが、取り扱いのしやすいサイズだったこともあり、とにかく毎日愛用した。荷物も小さい子どもたちも満載して、はるばる鳥取砂丘まで(娘の自由研究の課題を達成するために)、えっちらおっちら遠征したこともあったが、驚いたのはその高速性能で、決して速くはないかわりに、淡々と快適にどこまでもマイペースで走っていける実直な実用車の鑑であったと断言してもいい。
そう、マイペースで、飾らずに、身の丈で乗れる実用車、それこそがカングーのキャラクターともいえよう。
さて、そんなものすごく好印象の色眼鏡持ちの私ではあるが、だからこそ数年前に3世代目のカングー発表時のプレスフォトを見た時の違和感というか、落胆ぶりはかなりのものであった。2世代目の通称デカングーよりもさらにデカデカングーになったサイズは、もう世の中の趨勢として諦めざるを得ないものの、何よりオイオイだったのはそのルックスで、コロナ プレミオを思い出させるような、フロントグリルと目つきを見た瞬間に、「カングー ジャンボリー開催ももうオシマイかも」とさえ、失礼ながら思ったものである。
今までの柔和で優しい顔つきが一転し、精悍ながらも冷徹な、虎ノ門周辺を闊歩する銀縁眼鏡みたいな目つきにしなくたっていいじゃん……こりゃルノー ジャポンの社内も大騒ぎだろうに・・・。そんな失礼千万なことまでも考えてしまう。そして私の考えがそれほど間違っていなかったことを証明するかのように、絶版となった2世代目カングーの中古車価格が青天井で上昇している。特にプレミアム価格で取引される最後期の導入されたディーゼルエンジンとマニュアルトランスミッションの一台は、もう包装紙にくるんで保存しておいた方がいいような状態と価格ではないか。使ってなんぼのカングーが、いつの間にかコレクターズアイテムになってしまっているとは、これもひとえに3世代目カングーのルックスの影響に違いない。ライバルのシトロエン&プジョーが、ベルランゴやリフターを導入し始めているし、ルノー ジャポンの方々も血尿の出る思いだろう、と余計で失礼な気持ちを抱きながら3世代目のプレスフォトを恨めしく睨んだものだった。
やるなぁ、ルノー ジャポン
ところがさすがに物事をわきまえているルノー ジャポンは、私のおろそかで浅はかな考えを超越するようなウルトラCを使って3世代目カングーを日本に導入した。それは黒バンパーに、あえて鉄チンのデザインを強調したホイールを組み合わせ、さらにはガソリンエンジンモデルとディーゼルエンジンモデルの同時導入という合わせ技一本である。しかも黒バンパーモデルだけではなく、カラーバンパーで立派なホイールキャップのついたインテンスというモデル(と黒バンパーのゼンというスタンダードモデルもある)も同時に、同価格で水も漏らさぬように導入とは、うーん、ルノー ジャポンおそるべし。
なんでカングーが日本でこれほど愛され売れているのかを、実にしっかりと把握し実行に移していることか。私ごときに言われたくはないことかもしれないが、いやぁ分かっているなぁ、とつい高飛車な台詞さえ口にしてしまうのは、それだけ私がカングーを大好きだからだと思ってほしい。そしてルノー ジャポンも黒いバンパーのカングーを売りにして勝負に出ていることは、カタログの表紙がクレアティフであることからも一目瞭然である。
まあ唯一、ちょっとだけ分かってないなぁ、な部分はマニュアルミッションのモデルが導入されていないことと、日本の都市部では絶対的に使いやすそうなちょっと小型なカングー エクスプレスが導入されなかったことではある。とはいってもカングー エクスプレスには(現時点では)、右ハンドルが存在しないために導入は難しいと聞くし、マニュアルミッションのカングーは、いずれ日本に導入される、とどこからともなく聞いたので、現時点ではやっぱり、さすが分かっているなぁ、そして頑張ったねぇルノー ジャポン的な展開と断言してもいい。
ものすごく上質、でもカングーらしい
さて今回試乗させていただいたのは、2種類ある方の黒バンパーのほう、日本名クレアティフのガソリンエンジンモデルである。個人的にはディーゼルエンジン大好き人間だし、そっちの方がより分かっているなぁな雰囲気を醸し出しているとは思うが、すでに試乗した人の話によればガソリンエンジンモデルのほうが、車重が軽い分、素直で軽快なハンドリングを持つという。いずれディーゼルエンジンのモデルには、マニュアルミッションが組み合わされた暁には、ヨーロッパで愛用されているはずの「究極のカングー」として試乗し、またAUTO BILD上で紹介しよう、そう思いつつ、ガソリンエンジンのデカデカングーに乗り込む。
まずは驚いたのはその立派な内装のつくりで、みっちり巻き込まれた本革ステアリングはもとより、高級オーディオのB&Oあたりさえ彷彿とさせる、3つの円形空調コントローラーの動きは、昨今のドイツ車などさえ凌駕した圧倒的な質感を持っている。残念ながらシートだけは、初期や2代目ほどのミディアムレアなふんわり感ではなく、ちょっと硬めのウエルダンな感じはするものの、長時間座り続けてもお尻が痛くなったりすることはなかったのだから文句を言うべきではない。
実際に走り始めても最初に感じられた上質感はまったく衰えないばかりか、じわじわとカングーらしい美点を感じる部分が増してくる。日産・三菱とのアライアンスで生まれたガソリンエンジンはさすがにディーゼルエンジンよりも滑らかで軽やかだし、ハンドリングには軽快ささえ感じることができる。そしてなによりカングーらしいのが、路面のちょっとした荒れなど一切気にせず突破し、いなしてしまうてしまうその乗り心地の優秀さや、高速道路で前を向いて乗っている限りいつの間にかこんな格好のものに乗っているということさえ忘れてしまうかのような直進安定性、そんな本来カングーが持っているべき美点をしっかりと3代目も保持していることに安心しながらついついペースも上がってしまう。
だがやはり本来はまなじり釣り上げて運転するのではなく、好きな音楽でもかけて、気の合う仲間とおしゃべりしながら、はるか遠くの目的地をのんびり目指したり、荷物満載で一生懸命に働いたりするような時にカングーの最良の面が出ることは言うまでもないだろう。100km/h時にも2000回転でゆるゆるっと回り続ける穏やかなエンジンの音を聞きながら、初夏の青空を見ていたら、かつてルノー トゥインゴを徹底的に愛用していた親友のことを思い出した。お洒落で柔和でありながら、実際には骨太で誠実、それはルノー全車に共通した僕のイメージでもある。
さて、巷でよくいわれているのは、「カングーが400万円もするのかぁ」というため息交じりの台詞ではあるが、今や軽自動車のハイトワゴンも200万円を突破して当たり前だし、ニッサン ノートもトヨタ シエンタもオプションをつければ300万円をあっという間に超えてしまうのが現実である。私が20年前に買ったカングーは確かに175万円ぽっきりだったけれど、すべての性能が圧倒的に良くなり安全装備も満載し、さらに物価も上昇し、環境性能だ、コンプライアンスだと、せちがらく複雑な時代となってしまった今となっては、この価格設定も致し方ないとさえ思ってしまう。初代カングーの生まれた時代とは、世の中が必然的に大きく変化したということなのだからやむをえまい。もちろん400万円は決して安くはないが、その内容やこの稀有なキャラクターの愛すべき実用車に愛情を感じる人にとっては法外な価格ではないともいえよう。
最後に最大のライバルたるシトロエン ベルランゴ/プジョー リフターと比較するとどうなのか、というと、見た目も、よりSUV的でピープルムーバー的要素が強いのがシトロエン&プジョーだと思う。そして実際に乗ってみてもその印象には変わりない。もちろんライバルも乗って楽しく実用性にも優れているが、ルノー カングーのほうがより自由で道具としての雰囲気が強い。そういう意味では乗る人により創造性や工夫、あるいはちょっとした細工などが似合うのがカングーであり、そういう意味でもクレアティフ(クリエイティブ)というネーミングは実に絶妙だと思った。
とにかくカングーはカングーのままであり、美点がそっくり受け継がれていてよかった。これなら来年のカングー ジャンボリーも大盛況だろう。
Text & photo: 大林晃平