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【964ターボS物語】たった86台しか作られなかったポルシェ964ターボS その革命的なドライビング性能とは?

2022年10月13日

わずか86台しか製造されなかったSで、ポルシェは30年前の964ターボの名声を守った。この車をドライブしてみると、本当に革命的であることがわかる。

30年前、ミハエル シューマッハがまだAUTO BILDで時々テストをしてくれていた頃、編集部はスーパースポーツカー比較の一環として、彼に「普通の911ターボ」をプレゼントした。

ベネトンF1チームのドライバーは、余裕のハンドルさばきで少し遊んだが、この車に興奮することはなかった。重すぎ、柔らかすぎ、遅すぎ・・・。彼には、ノーマルの「964ターボ」が時代遅れのものに思えたのだった。

1992年、ポルシェは964ターボSで、ターボとレーストラック用の自然吸気カレラRSを掛け合わせた。

当然のことだ。ポルシェは、1991年モデルから「964」シリーズに先代のターボエンジンを搭載することにした。そしてそれではダメだということは、誰の目にも明らかだった。

1992年に発売された小生産シリーズ「ターボS」

1991年末に新型ターボがアメリカのIMSAスーパーカー選手権で優勝したことで、先代の13年型ターボエンジンを搭載した「964」は、ますます評判が落ちてしまったため、ポルシェは1992年に「ターボ」の後に「S」を付けたハードチューンの限定小生産シリーズを立ち上げた。

30年後、我々は、その真の姿とターボスピリットを求めて、希少な「964ターボS」を小さな山道を巡る旅に再び連れ出したのだった。

18インチの「Speedline」ホイールは、より大きなブレーキを搭載するためのスペースを確保しているが、ホイールアーチに収まるのがやっとだ。

最初は、懐かしむように、気楽に構えていた。鮮やかな「スピードイエロー」は、当時ターボSのために特別に調合された色だ(現在でもポルシェのセラミックブレーキのキャリパーを飾っている)。

4センチメートル低い

スピードラインの3ピースホイールは、「964」では初めて18インチとなり、ワイド化されたターボのホイールアーチにも難なく収まるサイズとなった。初期の標準的な「964」は16インチホイール用しかなく、それ以上のサイズになると、当初は板金の折り返し部分に手作業のフランジ加工が必要であった。

ドアを開けるときの金属的なカチッという音は、昔の「911」に共通するものだ。しかし、4cmのローダウンは、乗り込むとすぐに体感できる。

車幅は、通常のターボに相当し、RSよりも12.3センチメートル広くなっている。

ドア自体が動きやすくなり、また、閉めるときの音も小さくなった。ボンネットと同様、カーボンファイバーで強化されたプラスチック製で、サイドとリアの窓は薄いガラスでできている。リアシートやエアバッグ、成型ドアパネル、断熱材を除けば、トータルで180kg、13%の軽量化になる。

ターボチャージャーによる吸気音低減

音響的には、最初は何も気にならない。このレーシングマシンも、6気筒ボクサーによるマスバランスによって、ほとんど振動がないからだ。また、ターボチャージャーは吸気音を減衰させる。

完璧な前方視界と、美しい「カップ」ミラーを通した後方視界も、「964」の普通を装っているのだ。

トランクリッドはカーボンファイバー強化プラスチック製で、カレラRSのアルミニウム製部分よりさらに軽くなっている。

しかし、前車軸の235サイズのタイヤを回すのが大変なことに気づく。パワーステアリングがないのだ。そして、時速30kmを超えると、小石が断熱されていないホイールアーチにぶつかり、硬いサスペンションが小さな凹凸を直接バケットシートに伝え始める。しかしそれでも、アクセルを踏み込み、回転数が3200回転を超えたとき、ドライバーは道路とマシンがよりダイレクトにつながることを実感する。

320馬力の代わりに381馬力

標準のターボより数百回転早くブースト圧を高め、瞬きする間に車から戦闘機へと変身する。4000rpmからも止まることはなく、6800rpmまで回転させることができる。最高出力は320馬力から381馬力となった。

空冷式ボクサーをリアに、丸いリアと急勾配のフロントガラス、直立したペダル、フロントのトランクなど、ターボSでも前身のVWビートルとの類似点が見られる。

「ターボS」の出力向上は、主にカムシャフトのプロフィールを変更したことによるもので、「S」ではブースト圧をわずかに高め、日常的に使用する回転域でのトルクアップにさえつながっている。

AUTO BILDのテストの際に、シューミは、標準のターボの技術よりも、「964カレラRS」から引き継いだ「S」のよりダイレクトなステアリングとブレーキ油圧の方が満足度が高かったと感じたらしい。「ターボがかかると同時に、トップでリミッターが強くかかるんだ」と、F1ドライバーは当時を振り返っている。

この「964ターボS」はとにかくレーシーで、センセーショナルな存在であったといえよう。86台しか作られなかった「ターボS」。果たしてそのうちの何台が良好なコンディションで現存しているだろうか。

【ABJのコメント】
「ポルシェ964」で覚えているのは、いっきにバリエーションが増えた、という驚いた気持ちを抱いたことである。ざっと思い出しただけでも、クーペとカブリオレがあり、「カレラ2」と「カレラ4」が存在し(つまり2輪駆動と4輪駆動が揃った)、ミッションに関してもMTとティプトロニックが登場した。言うまでもなく、このティプトロニックの登場で、あっという間に「964」は普通の女性が買いものにも使えるようなジャンルの車になったようにも思う。なんともバブルな時代の話ではあるが、それほど普及し、色とりどりの「964」は街にあふれるようになった。

さらにその上には、「ターボ」や「RS」という辛口バージョンが存在したわけだが、本文中にも記されている通り、本来ポルシェのターボというのはスパルタンなスペックのものではなく、ゴージャスで満艦飾な最上級グレードとしての存在であることが多く、今では3,000万円はおろか4,000万円を用意しなくては購入できない「911ターボ」というのは、長年そういう豪勢なモデルなのである。今回の「ターボS」はそういう絢爛豪華なスペックのターボではなく、言ってみれば辛口仕様の「ターボ」なわけだが、台数が86台と、キリ番ではなく中途半端な台数しか存在していない。そして運転することには、それ相応の技術が必須なことも明らかである。

2022年の現在、街中でターボを愛用している方々(女性も多く見かけるのには驚く)に、この「964ターボS」を運転させることはおすすめしない。ちゃんと走らせることが怪しいばかりか、電子デバイス満載の現代の「911ターボ」に慣れてしまっているドライバーに気楽にステアリングをゆだねることは、危なっかしくて心配になってしまうからである。(KO)

Text: Henning Hinze
加筆: 大林晃平
Photo: autobild.de