【ひねもすのたりワゴン生活】私とワゴンの果樹園的生活365日 その3
2022年6月25日
キウイの恋を後押しする初夏
玄関脇のポストを開くと厚みのある封筒が入っていた。その中には待ちに待った白い粉…といっても、手錠が掛けられてしまうような代物ではない(笑)。ニュージーランド産の花粉で、小さなビニール袋の底のほうに龍角散のような微粉末がたまっている。添えられた説明書には冷蔵庫で保管するよう、細やかな指示が記されていた。初夏に大切な仕事をしてもらうために取り寄せたもので、かれこれ3、4年前から続いている。
前回触れたキウイ棚は、同じ区域に資材置き場を設けている設備工のおじさんに頼むことにした。自分で建てることも考えたけれど、台風や爆弾低気圧で万が一飛散し、近所に迷惑をかけては申し訳ない。しかし、その親方は住宅などが専門なので、果樹の棚だというのに、子どもがぶら下がってもびくともしない雲梯のように大掛かりなものを仕立てた(笑)。
さて、ニュージーランドからやってきた花粉は、このゴールドキウイのためのものだ。最初のうちは自然受粉に任せていたのだけれど、どうも実が少ない。味は満足なだけに、なんとも悔しかった。キウイは雌花と雄花があるが、どうやら、最近の人間社会と同じで、草食系?な雄花が多いらしい。すると、植物に詳しい弟が、花粉を買って人工受粉すればいいとアドバイスをくれた。海外から取り寄せるなんて面倒くさいと思っていたら、国内の業者が扱っているので、ネットでオーダーすれば届くという。
雌花が開いたら、花粉を入れた瓶と耳かきや綿棒を持って畑に向かう。綿棒の先や、耳かきの後ろについている羽毛を瓶に入れて花粉をまとわせ、雌花の奥をポンポンと優しく叩く。これで完了。しかし、数えきれないほどの花をひとつひとつ受粉させるのは重労働だった。
枝は、地上から2m近い高さの棚に伸びているから、上を向いたまま、腕を高く保持して作業しなければならない。首が痛くなり、肩はガチガチに凝り、腕は痺れる。帰宅すると、上半身が強ばって向きを変えるのも辛い。しかし、効果は絶大だった。その年のキウイ棚にはびっしりと実が並び、秋の終わりには濃厚な甘酸っぱさを満喫した。
翌年も同じようにして収穫を待った。キウイの実は花びらが落ちるとすぐに膨らみ始め、ある程度の大きさになる。あとは外見はあまり変わらず、中で熟成が進んでいくらしい。大きさや表面の色合いだけでは、熟れ具合が分かりにくいので、指で押した感触、つまり柔らかさで大まかな判断をすることになるが、美味しくなった頃になると、野鳥が降りてくるので気をつけなければならない。春から夏には毛虫を飽食して頼りがいのある防衛隊だった野鳥もこの時期は窃盗団に転じる。…とはいえ、彼らはサクランボや柿、いちじくのほうがお好みのようで、キウイの場合、食べられるのは大した数ではなかった (笑)。まぁ、お世話になったお返しということで多少は目をつぶるけれど…。
さて、キウイは収穫後の追熟が不可欠な果物で、店頭の商品もその過程を経ている。収穫のタイミングや追熟の作法は経験や知識がモノを言う世界で、私のような素人が一朝一夕にどうにかなるものではない。まさに試行錯誤の繰り返しで、相手は年ごとに変わる自然の産物だから、うまくいくこともあれば、首をひねるような結果になることもあった。
売り物にしたいほど甘くなった時もあれば、顔がくしゃくしゃになるほど酸っぱい時もあって、酸味が際立った年は、ジャムに仕立てた。すると、市販の生ジャムなんて比べ物にならない美味しさで、知人友人にも喜ばれた。
考えてみれば、ゴールドキウイにとっての私たちの存在は、、昔、どこの町にもいたお節介なお見合いおばさんのようなもので、恋に奥手な雄花と雌花の背中をひょいっと押したわけである。
【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。
【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。