BMWの経営危機を救ったクルマ BMW 2000物語

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60年前に生まれたこの1台がBMWのすべてを変えた!

BMWの「ニュークラス」(ドイツ語:ノイエクラッセ)は、会社の倒産を防ぎ、今日まで続くスポーティなイメージを確立した、BMWのすべてを物語る存在だ。全ストーリー。

BMWが、スポーティで、多くの優れた車の中でも、際立ってダイナミックな走りをする存在であることは、もうずいぶん前から明らかな事実だ。しかし、そうであることは、論理的な展開ではなく、飛躍的な革新の結果であった。ちょうど、1945年にノーベル賞を受賞したペニシリンの発見のように。1969年の月面着陸もそうだし、2007年のiPhoneもそうだと言える。

BMWを救ったモデル

BMWが独自のアポロ11号である「ニュークラス」を発表したのは、今から60年前のことだ。1961年9月に「IAA(フランクフルト モーターショー)」で展示され、1962年夏には街角で見かけるようになった。この車は「メーカーを死から救ったモデル」として、BMWの歴史に刻まれ、その後数十年にわたるすべてのBMWモデルの基本設計図となった。

「BMWニュークラス(ドイツ語:ノイエクラッセ)」は、ドイツの自動車メーカーによって生産されたセダンとクーペのシリーズだった。1962年から1977年の間に生産された、これらのモデルは、1950年代の同社の倒産危機後に、BMWの財務の健全性を確保し、スポーツセダンとしてのBMWの自動車のアイデンティティを確立したモデルだ。

最初の「ニュークラス」の車両は、「1500」で、新開発された「M10(当時はM115と呼ばれていた)」型OHC4気筒エンジンを搭載した4ドアコンパクト エグゼクティブカーだった。その後、1965年に、「2000C」と「2000CS」の高級クーペがラインナップに追加された。更に、1969年には「E9」型の6気筒エンジンを搭載した「2800CS」が投入された。そして、1972年に、4ドアセダンは、より大きな「E125」シリーズへとモデルチェンジした。

「ニュークラス」のクーペは、それ以来ほとんどのBMW車で使用されているホフマイスターキンクを導入した。ニュークラスのもう一つの遺産は、「ニュークラス」セダンの短縮版である象徴的な02(2002)シリーズだ。

バイエルン製ジャンピングイノベーションモデルでアルプスの麓へ。数年前、この重厚なバロックの天使と一緒に、この道を走った良い想い出が蘇る。ドアはきっちり閉まり、カーブでは重く、ステアリングホイールのギアスティックにBMWの精度が感じられる。

BMW 2000に少ないガジェットを搭載

この「ニューモデル」シリーズ、当然のことだが、当時は車のクラス、デザイン、エンジン、シャーシ、すべてが新しかった。とくに内装が。

ドライバーは車内の中央に明確に配置された計器類の前に座り、広い視界から外を完全に見渡すことができるのだ。フロント、リア、トランクのスペース: 非常に整然としている。滑らかな形状と少ないギミックが功を奏している。

フロントには、このクルマのために設計された、新開発の直列4気筒エンジンが、BMWらしい、やや鼻にかかった音色で作動する。エンジニアでレーシングドライバーのアレキサンダー フォン ファルケンハウゼンは、意図的に可変式に設計していたのだ。1.3リッターのエンジン開発を依頼されると、ファルケンハウゼンは、すぐに1.5リッターと2リッターエンジンの設計も開始した。そのため、当初の80馬力に続いて、1963年には早くも110馬力まで、その後「2000ti」ではさらに130馬力まで、市販モデルには搭載されたのだった。

「2000Cクーペ」に搭載された2リッターエンジンは、サルーンに搭載される際に、より硬質なシャーシチューニングを施された。またマイナーチェンジでヘッドライトやテールライトを変更した。

リーンアングルでもニュートラル

現代のBMW製スポーツサルーンのドライバーは、まずこのBMWが現在のBMWモデルの基本的な祖先であるということをよく理解しなければならない。

よく曲がる、より速く、より深く。なにしろ、1962年当時は、まだ石畳の道が多かったバイエルン州だけでなく、目地や起伏を自信満々に振り切ったのだから。同時に、大きく細いステアリングホイールで、操縦しやすいニュートラルな状態を保っている。感想: 最初はややドギツイが、最終的には正確。「メルセデス ポントン」と「ポルシェ911」をミックスしたような、カーブでのスウィングは極めて印象的だった。

しかし、もちろんBMWは生と死の間の数年間に魔法をかけることはできず、合理的な生産が生き残りのために不可欠であった。そのため、価格は予定より高く、「IAA(フランクフルトモーターショー)」で約束した8,500マルク(約56万円)ではなく、9,485マルク(約63万円)の「1500」が発売されたのだった。しかし、そんな些細なことで誰がBMWを責められるだろうか。結局、そのBMWの決断は正しかった。

テクニカルデータ&価格: BMW 2000
• エンジン: 直列4気筒、縦置き、オーバーヘッドカムシャフト、2バルブ/シリンダー、ソレックス製ダウンドラフトキャブレター
• 排気量: 1990cc
• 出力: 100PS@5500rpm
• 最大トルク: 157Nm@3000rpm
• 0-100 km/h加速タイム: 13.0秒
• 最高速度: 168km/h
• 駆動方式: 後輪駆動、4速マニュアルトランスミッション
• 全長/全幅/全高: 4500/1710/1450mm
• 乾燥重量: 1,150kg
• 新車価格(1966年当時): 11,475マルク(約76万円)

【ABJのコメント】
BMWの歴史を語る上で、必ず選ばれるモデル、それがこの「2000」である。なにしろ今のBMWの持つ基本的な成り立ち(FRでスポーティセダン)だけではなく、様々なファクターはこの車で確立されたといってもよい、それほどの名車である。今見ても、実にすっきりとさわやかでカッコウいい4ドアセダン。おそらく今の世の中の50代以上の人で、この車をぼろくそに言う人などいないはずである。

本文にも書いてあるように、この4ドアセダンの後に、「2000C」と「2000CS」というクーペモデルも登場したが、まずはこのセダンから発表された。これまた懐かしい外観を持つエンジンは4気筒ではあるが、おそらくエンジン屋のBMWのこと、きっと当時は、他の車よりも格段に優れたフィールで回ったことだろう。もちろんノンパワーステアリングだが、細いタイアと相まって決して重すぎない操舵力だったはずだし(今思えば520くらいまでずっとノンパワーだった)、何しろ車重が1,150kgしかないのだから、苦労することなどないはずである。

いつの間にか車は重くなり大きく立派になった。でも本来、すべてが足りているセダンの大きさや重さは、このシンプルな「2000」くらいでも十分以上なのではないだろうか。もう一度、シンプルで軽く、そして軽妙で明るいバイエルンのぬける青空のようなモデル、出てはくれないだろうか・・・。(KO)

Text: Henning Hinze
加筆: 大林晃平
Photo: autobild.de