【防弾装甲Sクラス】首相用を含むVIP用ベンツ 「メルセデスSクラス ガード」とはどのようなクルマなのか?
2022年2月20日
メルセデスSクラスガード。首相官邸の装甲車に座るということは、こんな感じだ。テロリストや誘拐犯から身を守る特別装備を施した新型メルセデスSクラス ガードは、まさに人目を引く存在だ。装甲車で官舎まで試乗すると、たちまち大ショーに!?
全長5.50メートルのリムジンに乗って、政治家らしく手を振って通り過ぎる。歩道にいた女性が携帯電話を取り出し写真に収める。彼女たちに向かって、オラフ ショルツは、再び、笑顔で手を振る。
ライヒスタークでは、第20期ドイツ連邦議会第11回会議が開催中だ。ドイツ連邦議会が帝国議会で開催されている間、政府の新しいメンバーが首相官邸と下院を車で往復している。このメルセデスは、新しい首相官邸用の戦車だ。史上最も安全なこのメルセデスは、世界で最も安全な民生車という声もあるほどだ。「もちろん、厚さ10cmの窓を開けて手を振らなければの話ですが」と、運転手は後席に座った同乗者に注意を促す。
新しい政治の重鎮の名は「メルセデスS 680ガード4MATIC」だ。4.2トンの怪物は、12気筒(このモデル以外にV12を搭載車は、メルセデス・ベンツのラインナップの中では、現在マイバッハしかない)を搭載し、190km/hの最高スピード(タイヤはそれ以上出せない)、リバースギアでも60km/hという性能を発揮する。
メルセデスSクラス ガードの価格は約54万ユーロ(約7,020万円)
その最初の1台は、まもなく政府に納品される予定だ。
その値段?
約54万ユーロ(約7,020万円)だ。パノラマルーフも安全上、オプションでも用意されていない。
ハッカーの攻撃からVIPOを保護するため、OTA(Over-The-Air)アップデートも、ヘッドアップディスプレイも準備されていない。フロントガラスが厚すぎて使えないからだ。
運転席にはステファン シェアホルツが座っている。BKA(連邦刑事庁)の人間ではないが、当局の情報には精通していて、普段は、メルセデス・ベンツの広報担当として働いている。今日、彼は小さな奇跡を起こした。衆議院の目の前で、運転手たちが興味深げに見守る中、ドイツ国旗をフェンダーのホルダーに取り付けたのである。
そして、トランクから青色回転灯を取り出し、屋根に取り付け、旗をなびかせ、青いライトを点灯して、帝国議会の真正面にクルマを停めたのだった(もちろん、写真撮影のためだけに。子供たちへ、真似しないでね!)。その間、公安の警官2人が駐車違反の検挙を行うが、「Sクラス」は平然としたままだ。
ガード製造にかかる日数は1台あたり50日
では、シェアホルツさん、この「装甲Sクラス」の秘密を教えてください。「ジンデルフィンゲンにある、特別にセキュリティの高い工場で生産しています。60人近い特別な訓練を受けた社員(工員)たちが組み立て作業に係わって働いています。 お察しの通り、すべて手作業で行っています。メルセデスは通常の「Sクラス」で約1日半、「ガード」では約50日必要です」と語る。
生産目標は?
「おそらく年間3桁程度の生産台数です」と教えてくれた。
顧客は、王族、国際機関や企業のトップ、政府要人といったVIPたちで、必要以上には注目を浴びたくない人ばかりだ。塗装は目立たない黒が主流だが、どんな色でも可能となっているが、「これ(黒)以外のものを注文する人はほとんどいませんよ」とシェアホルツは言う。そのため、一見すると「ガード」は、他の「ロングホイールSクラス」と同じように見える。
完全独立設計
しかし、ボディの下には、通常のシュトゥットガルトの高級車クラスとはほとんど関係のないクルマの構造が隠されている。昨年秋の連立交渉と同様、客席は完全に密閉され、防護されている。大げさに言えば、従来のようにドアに鉄板を数枚溶接しただけのものではないのだ。新型「ガード」は、市販車をベースとしない独立したデザインと設計となっている。
そのため、首相の戦車は、いつでも相手からの攻撃に耐えることができる。極右であろうが極左であろうが(もちろん下でも上でも問題ない)。「保護等級は最高のVR10です」と、シェアホルツは言う。参考までに、AK47の連射式ライフルによる攻撃には、プロテクションクラスVR6であれば、すでに十分有効だ。
12.5kgの爆薬で試験合格
このベンツ、スナイパーライフルではまるで歯が立たない。「認証のために、射撃機関によって300発以上の銃弾が車両に向かって撃ち込まれました」とシェアホルツは言う。なんと、そのための実験場まであるのだ。
さらに、12.5kgの爆薬を使った実験も行われた。その試験にもすべて合格。ドアだけでも1枚180kgの重さがある。特殊な機構を搭載しているのだ。しかし、やはりその重さでは開け閉めが大変だ。まあそんなことは、すべてショーファー(運転ドライバー)の仕事なので、VIPが構うところではないが・・・。
万が一、車両に火がつくと、床下とエンジンルームで消火装置が作動する
毒ガスが発生した場合、新鮮な空気で客室内を過圧にするシステムだ。武器は備わっていないものの、マッサージチェア、テレビ、WLAN、パニックボタンがある。「押したらカタパルト(射出機)でも出てくるんですか?」と運転手のシェアホルツ氏に尋ねると、「いや、そうすれば、車はライトを全部点けて、すべてのサイレンを大きく鳴らして注意を引くんだ」と、教えてくれた。
MBUXは私たちをドルトムントに送りたがっている
「MBUX(メルセデス・ベンツ ユーザーエキスペリエンス)」システムは、まだ官公庁での実績は少ないようだ。外務省前で「スイス大使館」と音声入力すると、なぜか「ドルトムント」に行きたがる。それでもちゃんとブルネイ大使館は知っていた。
そうそう、途中で道を尋ねたり、政治家らしく手を振ったりしたい時には、重い防弾ガラスを使用するため、特殊なウィンドウ開閉用の油圧システムが必要となるが、それには「約1万ユーロ(約130万円)の追加費用が発生します」とシェアホルツ氏は言う。少なくともステアリングは標準装備で、ステアリングホイールの左側にあるボタンを押すだけだ。それで、シェアホルツさん、今どこで注文できるんですか?「単にメルセデスのディーラーで、オーダーするだけで済みます」。
よーし。でも・・・。
その前に、家で連立パートナー(妻)と一緒に補正予算を通さないといけないという高いハードルが・・・。
メルセデスSクラス ガード: 試乗記
今までもAUTO BILDでは、メルセデス・ベンツSクラス(旧モデル)をはじめいくつかのアーマードリムジンを紹介してきたが、今回はその最新モデルである現行「メルセデス・ベンツSクラス」ベースの一台である。
興味深いのは、今回かなりの詳細な部分まで公開していることで、これはなかなか今までなかった部分である。ドアの開口部のアップや各種スイッチ類、さらにはトランク内部の酸素供給システムと、タイヤの断面まで細かく撮影されている。本来こういう部分はシークレットなはずで、その理由はもちろん弱点を探られたり、構造上どれくらいの力で攻撃したりすれば破ることができるのかという情報を、相手(もちろん敵)に与えてしまうからである。
そんな装備を満載し、4.2トンになった「Sクラス メルセデス」。いくらV12 でも走行性能はそこそこだろうし、ハンドリングも心配になってしまう部分でもある。こんな構造のタイヤでは乗り心地だってカーペットライドなわけもないだろう。
ここまで苦労して、「Sクラス」の外観を保つのなら、いっそのこと装甲車にでものったほうがいいのではないか、とさえ思ってしまうが、様々な仕事上、どうしても普通のクルマのかっこをしていなくてはいけない、という需要もあるのだろう。こういうクルマに乗らなくて良かったと、自分の平平凡凡な日々を想い浮かべながらそう実感してしまう。
Text: Holger Karkheck
加筆: 大林晃平
Photo: autobild.de