【輸入車オールスター試乗会】ランボルギーニ ウラカンSTO JAIA試乗会 後編

308

蘇った「ボブのおもちゃ」

■お前、死ぬぞ

レーシングカー直系のエアロの効果だろうか、フロントの接地感は常に安定している。インフォメーションは十分、剛性感も極上であり、いわゆるステアフィールは素晴らしいのひと言に尽きる。そして法の許す範囲でスピードを上げていくと、やはり四輪駆動の盤石なフィールとは微かに違うヒリヒリとした緊張感を備えていることがわかり、このクルマが後輪駆動であることを実感させられる。

端的に言えば、クルマが「お前、死ぬぞ」とばかりにメンチを切ってくるのである。

試乗中にこのことに気づいた時に、直感的にひとりの漢のことが頭に浮かんだ。その名はボブ・ウォレス。ランボルギーニの初代チーフテストドライバーである。

■ボブ・ウォレス!

1938年にニュージーランドに生まれたボブは、15歳の時にオートバイのメカニックの見習いとしてキャリアをスタートさせ、愛車の1929年式フォードを改造するなどして腕を磨く。1960年に35日間に及ぶ船旅を経てイタリアはモデナにたどり着き、Camoradiを始めとするいくつかのレースチームで経験を積んだ後、1964年2月に創業間もないランボルギーニに移籍。1975年2月に同社を離れるまで、ボブはミウラとカウンタックLP400を含む初期のランボルギーニの開発を行い、スポーツカーの歴史に名を刻む存在となる。

しかし一連の市販車のみならず、ボブの名声を高めたのは課外活動で生み出された規格外に速いスペシャル車輌であろう。

ボブは当時を述懐する。「土日は特にやることがなく、それでいて工場の設備は使いたいように使えたから、軽量化したプロトタイプを作ることにしたんだ。(中略)社長のフェルッチオ・ランボルギーニからは日常業務に支障がなければ何をしても良いと言われていたから、平日も朝5時に仕事を始めて午後3時に終えて、それからの時間は好きにクルマを作っていたよ」(拙訳。Maria Cristina Guizzaedi 2016年 『BOB WALLACE the man who married sportscars』 TAKARABUNE sarl.)

最も有名な作品はミウラを下敷きにした「J」(イオタ)だが、その他にもハラマとウラッコをベースにしたスペシャルも製作している。V8ミドシップのウラッコはウラカンの精神的祖先に当たるクルマだが、ボブのスペシャルは3,000ccのV8、4バルブの310hpを叩き出すエンジンを搭載し、一度だけ出場した地元イタリアのレースでは全車を周回遅れにしたという。

1971年に登場したカウンタックの原初の姿。ここからボブの手になる魔改造を経て市販車のLP400が完成するのだ。

■ボブのおもちゃ

ウラカンをベースに軽量化と空力とパワーアップを極限まで突き詰めたSTOは、21世紀に蘇ったボブのスペシャルである。これはボブ・ウォレスを知らない小学三年生の小僧がわかるランボルギーニではない。大人になって初めて理解できる世界もあるのだ。

イオタがボブの「toy」(おもちゃ)と呼ばれていたのはランボルギーニ好きには有名な話だが、ウラカンSTOはその称号を継承するだけの実力と魅力を備えている。

税込み定価は4,125万円だが、例によって高額なオプションと諸経費を入れると、乗り出し価格は5,000万円を超えるだろう。高いか安いかは各人の判断に任せるしかないが、試乗を終えた筆者としては、サラリーマンの生涯年収の数分の一に達しようかという価格を知っても不思議と批判めいた気持ちにはならなかった。それどころか、人生の一部を引き換えにしてでも、あの5,200ccのV10が生み出す熱狂に身を投じたいという馬鹿げた思考をどうにも振り切れずにいるのである。

Text: AUTO BILD JAPAN(アウトビルトジャパン)
Photo: 中井裕美 / Lamborghini S.p.A. / AUTO BILD JAPAN(アウトビルトジャパン)