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【ひねもすのたりワゴン生活】9日間、2000㎞のぐうたらワゴン旅 その11

2022年2月5日

下津井の夕暮れと、うどん巡りレンタカーの思い出

 津山から下津井へは、中国自動車道を経由して岡山道へ。生まれて初めての道だ。こんなことを書いたら叱られるかもしれないけれど、走行しているクルマの少なさに感動する(笑)。アクセルだけでのんびりと走る旅…とりとめのない話を交わしながら下津井への想いを募らせるドライブ…。いやぁ、快適そのもの。言い換えれば、普段いかにストレスを抱えたドライブをしているかということにもなるわけで…。

 こういうルートは、“走る”ことが好きな御仁には退屈かもしれないけれど…私と211ワゴンのぐうたらコンビにはぴったりだった。で、降りたのは水島インター。このエリアには、人気観光地として知られる倉敷の美観地区があるが、以前訪ねたので今回はパスし、未知の水島工業地帯を眺めながら海沿いに下津井へ入ることにした。規模の大きな工場が連なる一帯は、東京を出てからこの日まで眺めてきた光景とは全く異なり、異様な迫力と存在感を漂わせていた。その先にあの素朴な漁港があるなんて…。

瀬戸大橋を下から眺めてみたいとクルマを走らせたら、平氏ゆかりの碑が…。ここが歴史の舞台であったことを知る

 下津井の街は、あの時のままだった。到着したのは午後3時過ぎだったろうか…。港に沿った道にはひと気もなく、日暮れ前の静かな時間が流れていた。下津井の魅力を教えてくれたY君の家は漁港の目の前。道路一本隔てて漁船が並んでいる。連絡を取ると人懐っこい笑顔で現れた。
 明るいうちに、瀬戸大橋をのぞむ鷲羽山ビジターセンターへ案内してくれるという。標高100m余から眺める雄大な瀬戸内海は見事だった。ちょうど潮が動く時合なのか、幾筋もの激しい流れが渓流のようにぶつかりあっていた。低くなった午後の陽光がそこに、差して、上質な縮緬のように輝く。息を呑む美しさだ。

鷲羽山にのぼると、橋の先には四国が…
瀬戸内海の海底から太古の象の骨が発見され、日本が大陸と地続きだったことの証左だと…

 それにしても四国の近いこと。手が届きそうと言ったら少し大げさだが、ここからだと、ちょっとランチで讃岐のうどんを…と渡っていくこともあるという話が納得できる。
 話が前後するのだが、以前触れたように取材で訪れたきっかけは、岡山の平成レンタカーだった。同社は、法人需要を見込んで1992年に設立したものの、やがて目を付けたのが讃岐のうどんだったという。ちょうど単行本「恐るべきさぬきうどん」が話題になり、四国のうどん文化が注目されるようになった時期だ。社員と共にうどん店巡りを楽しんでいた同社の牧社長は、5杯食べても1000円程度という当地のうどん事情に目をつける。

レンタカーでうどん店巡りというアイデアが成長のきっかけだったという
1日5軒巡っても1000円…そんなフレーズがうどんファンの心をつかんだ

 そして、1日5軒、レンタカーでうどん店を巡る…そんな楽しみ方を提案したのである。「香川は700~800軒のパビリオンがあるテーマパークのようなものですからね」。そう言って微笑んだ。
 貸し出すクルマのナビには、社員が食べ歩いて蓄積していたデータをあらかじめインプット。さらに撮りためた画像を使ってガイドの冊子も自製した。
 人気店は、大型車で入りにくい山間の細道や田んぼのあぜ道の奥ということが珍しくないご当地事情も、軽自動車がメインだった同社にとっては追い風になった。「そりゃ、大きいクルマを貸したほうが儲かるんですけどね。自分で回ってみて、細い道が多いからストレスを感じたんです。せっかく四国へきてうどんを楽しもうという時に、クルマをこすったり、何度も切り返したりなんてイヤな思いをしてほしくないんですよ」

讃岐うどんの人気店は、山奥や農道の奥なんてロケーションも珍しくない。軽自動車の独壇場だ
社員が集めた情報で自家製ガイドブックも作成
レンタカーでお遍路!というコンセプトも打ち出した
軽のキャンピングカーで楽々キャンプもプロデュース。同社のアイデアは留まることを知らない
一杯200円程度で楽しめる店が数多く存在するが、取材で到着した時刻には、そんな店が営業を終えていて、ちょっと豪華版を…(笑)。

 やがて、讃岐うどんをテーマにした映画が全国的にヒットし、高松空港へのLCCの就航で、全国から気軽に足を伸ばせるようになった。札幌から日帰りでうどん巡りを楽しむ客も現れ、事業は拡大していったという。
 クルマで地域創生というテーマで雑誌を編集していた時、そんな話を耳にしたものだから居ても立ってもいられなくなった。そして、取材の過程で下津井と出会うのである。 

 宿は港の近く…というより、道路一本隔てたまさに目の前。下津井付近には、松竹梅…いくつかの宿泊施設があったけれど、とにかく下津井港を身近に感じられる宿にしたかった。潮の香り、波の音、海の夕暮れに接して時間を過ごしたいと探してみたら、民宿のような素朴な一軒が見つかった。下津井のタコも供するらしい。Y君宅からも歩いて数分…脇には軒先に下津井ワカメを並べる海産物店もある。

 彼と一旦別れ、チェックインすることにした。昭和の薫り漂うその宿はひと気がなく、大声で来訪を告げるとようやく主人が現れたが、そののんびりした雰囲気が心地よかった。宿泊客は私たちだけで、風呂はもちろん、すべて貸し切り状態のようだ。考えてみれば、夏ならまだしもようやく春の気配…という時期に、この港町を訪ねる観光客は私たちくらいのものだろう。規模の割に食事処が広かったけれど、食事だけの観光バスを受け入れたりするのかもしれない。宿の木のサンダルに履き替え、連れ合いと港に出てみた。出てみた…と言っても、徒歩何歩?と数えられるような距離である。Y君によれば岸からカサゴなどが釣れるらしいが、釣り人の姿は見えない。
 瀬戸内の空は陰り始め、薄墨色に染まり始めていた。係留された漁船にわずかな波が当たって心地よいリズムの水音が響く。コンクリートのブロックに腰を下ろして足元を覗けば、小魚の群れが微かにきらめいていた。見渡すかぎり誰もいない。
 下津井のまったりとした日暮れのひと時…これを味わいたかった。この豊かな時間に身を置きたかった。贅沢とひと言で片づけてしまっては申し訳ないけれど、ほかに言葉が見つからない。来てよかった…心からそう思った。

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。