理屈抜きで楽しもう メルセデス・ベンツ190の魅力とは?

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W124に負けない品質の高さを備えていたW201はメルセデス・ベンツの歴史上大切な車である。ブルーノ サッコがデザインした190は、今でも人気が高く、数万台に及ぶW201 190が現在でもドイツの街中を走り回っている。しかし、メルセデス・ベンツ190(W201)が生まれて、今年で、すでに40年になるのだ。伝説となりつつある190の40年を写真とともに振り返る。

その事実は、ただただ、驚きに値する。
今年で「メルセデス・ベンツ190」が生まれてから40年も経過していたとは、知っていただろうか?
そしてその台数は今でも、約60,000台!
当局の情報によれば、現在でも、ドイツでは、メルセデス190(W201)はこれだけの台数が登録されているとされる(2021年12月現在)。
「メルセデス・ベンツ190(W201)」の40年。
「メルセデス190」はなかなか壊れない。
生き残る意志の強いクルマだからだ。
ここドイツでは、現在も数万台の「W201」が日常的に使用されている。
我々はW201の40歳の誕生日を祝う。

【メルセデス・ベンツ190の40年】

「190」は主に太陽の下で楽しむために運転されるクラシックなものはごくわずかだ。その大半は今でも風雨にさらされながら、オーナーの日常を支えている。静かで、信頼性が高く、壊れにくい。
大林晃平: そんなこと当たり前のことと思われているが、実はそれほど静かでもなく、故障も結構多い。写真は初期モデルに、おそらく後期モデルのバンパーを装着したもの(バンパーはヨーロッパでは消耗品なのである)。
Photo: Markus Heimbach
「190」は、まだメルセデスがエンジニアカーを作っていた時代に作られた。その形は機能に従ったものだ。
大林晃平: この写真は最初期モデル。まだサッコプレートもなく、プラスチックのホイールキャップが普通だった。
Photo: Roman Raetzke
伝説の「C111」にインスパイアされた5リンク式リアアクスルを採用するなど、他の部分にも工夫が凝らされている。
大林晃平: アルマンダインレッドのこのモデルはサッコプレートのついた後期モデル。アルミホイールは当然オプション装備だったが、日本でも大変高価なオプションだった。
Photo: Toni Bader
細かいところでも、ベンツ少年たちがいかに緻密に「190」をセットアップしていたかがわかる。ハブキャップの内側には、ブレーキ冷却のためのベンチレーションウィングが設けられている。ただ一つ、技術者が見落としていたことがある。それは、お客さまが4ドアの車に期待しているのは、4人乗りであるということだ(つまり、室内空間、特にリアシートは決して広くない)。いくらメルセデスが「W201はコンパクトカーとして理解してください」と説明しても。直列4または6気筒の縦置きエンジンに後輪駆動、そしてブランドらしい高い衝突安全性など、4.42mの全長に妥協の余地はなく盛り込めば、ニールームはかなり限られたものとなった。
大林晃平: 写真のスポーツシート(形状が異なる)はもちろんオプションだが、写真のようなMTモデルに装着されたことが多かった。
Photo: Toni Bader
しかし開発コストの関係で、ミドルレンジのシリーズに対して顕著な価格優位性を確保することはできなかった。1983年当時、90馬力の「E」なし「190」は、19馬力のパワフルで大きな「200(W123)」よりも、わずか279.30マルク(約2万円)しか安くなかったのだ。
Photo: Roman Raetzke
一方、メーカーやマニアは、現在でも品質を売り物にすることができる。多くの「123」や一部の「124」が早い段階で腐食するのに対し(ジャッキングポイントは常にきしむが)、「190」はずっとはつらつとしたエイジングを遂げている。
大林晃平: 初期モデルでおそらくスタンダードな装備の一台。フードマスコットのスリーポインテッドスターも失われているが、実用車でとしては、こういう酷使した使い方も間違いではない。
Photo: Thomas Ruddies
しかし優れたサスペンションの快適性だけでは物足りないすべての人にとって、これは実はかなり退屈なことなのだった。デビュー当時も、他のメルセデスのモデルシリーズと比較して、ダイナミックであるとは思われていなかった。
大林晃平: 写真の後期モデルの「2.6」は6気筒モデルで、パワフルなこともあり、実はかなり人気が高い。
Photo: Markus Heimbach
1982年12月、メルセデスは「W201」シリーズを、190(90馬力)、190E(122馬力)として発表、後者はメルセデスとして初めて機械式電子制御燃料噴射装置を搭載した。この年、数千台が生産されたが、実際にシリーズ生産が開始されたのは1983年初頭からである。
大林晃平: 4速ATで、写真のモデルには、日本には装備されていなかった、「エコノミー」と「スポーツ」の切り替えスイッチが装備されている。さらに写真のモデルでは、パワーウインドウも装備されていない(ヨーロッパではそれが一般的だった)。
Photo: Werk
その1983年、「190D(72馬力)」と「190E 2.3-16(185馬力、写真)」が登場し、ベースモデルの「190」でも105馬力を発揮するようになった。圧縮着火式エンジンをカプセル化し、「ウィスパーディーゼル」と呼ぶことができるようになった。16バルブエンジンは、ガルウィング以来のメルセデス製スポーツカーのベースとなり、世界記録を樹立しただけでなく、ツーリングカーレースでも数々のタイトルやトロフィーを獲得した。大林晃平: オプションの本革シート、サンルーフ、ヘッドライトワイパーがついた豪華モデルである。
Photo: Werk
1985年からは、「W201」に触媒コンバーターが搭載され、「190E 2.3(136馬力)」、6気筒2.6(160馬力)、5気筒ディーゼル2.5(90馬力)が投入された。1987年、には「2.5-16(204、195馬力)が投入された(ATモデルも追加された)。
Photo: Cornelius Braun
写真のモデルは初期モデルであるが、後期モデルにはサイドバンパーバー(サッコプレート)、前席シートベルトの高さ調整、右側外装ミラーの電動化、スプリングコアからフォームに変更されたシートなどが標準装備となった。キャブレター付きの「190」は1990年に廃止され、「190E 1.8(109馬力)」に置き換えられた。
Photo: Markus Heimbach
マイナーチェンジにより、すべてのエンジンの出力が数馬力向上し、1992年からは特別モデル(DTM 1992、ベルリン2000、190 E 3.2 AMG、アバンギャルド)が、1993年に生産が停止されるまで、そのギャップを埋めることになった。
大林晃平: グリルまで同色に塗るのが、当時のAMGの流行だった。AMGディッシュアルミホイールも同色仕上げとなっている。
Photo: Daimler AG
「190」は、自動車製造の黄金時代に作られたもので、少ない電子機器、確かな技術、優れた防錆力、丁寧な仕上がりの品質が特徴だ。
大林晃平: 写真中央のダイヤルの真ん中にある、外気温メーターは壊れることが多く、「W201」のウイークポイントのひとつだった。
Photo: Toni Bader
デビューから40年経っても、この小さなベンツは少しも古さを感じさせない。初代モデルでも、ABSやエアバッグは有償で用意されていた。
最大の欠点は、スペースがないことだ。経年劣化による錆は、1988年以降のモデルよりも、最初のシリーズに多く、整備不良の個体にのみ見られるが、これから購入しようと考えている人は、デフ、ステアリング、サンルーフ、さらにミッションとエアコンなどを必ずチェックする必要がある。
Photo: Roman Raetzke
スペアパーツ事情は良いのだが、パーツが安いということはまずない。現在でも「メルセデス・ベンツ・クラシック」を通じて関連部品の入手は可能だが、特に16バルブ「2.3-16」や「2.5-16」といった希少モデルには、高額な値段がついている。
Photo: Werk
Photo: Thomas Ruddies
市場の状況は好もしいものだ。生産終了から30年以上経った今でも、6万台近くの「190」がドイツを走っている。その分、供給も豊富だ。しかし電子パーツなどはもはや欠品も多い。
コンディション3の90馬力4気筒は2600ユーロ(約34万円)で販売されている。大林晃平: 写真は4気筒で、ちょっと排気量の多い、「2.3」。普通のモデルよりもトルクフルで乗りやすい。
普通の190 E (写真のような後期モデル)の触媒付きが欲しい場合、コンディション3のクルマで更に1800ユーロ(約23万円)を余分に費やさなければならない。
Photo: Werk
6気筒の2.6リッターエンジンを搭載したモデルは、普通のモデルよりやや高いだけだ(約2800ユーロ=約37万円)。一方、16バルブエンジンは、大変高価なものとなっている。
Photo: Roman Raetzke
我々からのアドバイスとしては不必要に物事を複雑にしないことだ。4気筒のガソリンエンジンで走行距離が少なく、サンルーフ、オートマチックトランスミッションを探すこと。本当に良い状態でも5,000ユーロ(約66万円)もしない。また、ディーゼルも電子デバイスが少なく、丈夫なため、見つかればお勧めである。
Photo: Jan Götze / Auto Photo, Thomas Ruddies
余談ではあるが当時すでに電気の実験車「190EV」まであった(写真)。まったくの実験車で航続距離もまったく短かったが・・・。
Photo: Werk
控えめで、威厳があり、快適であること、それが「190」だが、世界中の顧客やファンが認めるところであった。
その後、「190E 2.3」の136馬力は、16バルブモデルではコスワースの185馬力@6200rpmという強大な出力となった。それ以前、1983年までは、ダイムラーの顧客は4気筒エンジンをレッドゾーンまで回すことなど考えもしなかっただろう。
Photo: Sven Krieger
「2.5-16」よりも珍しく、かなり高価だったのが、1989年に登場したDTMホモロゲーションタイプの「2.5-16 EVO I」で、わずか502台しか製造されなかったという。空力パーツも最低限のおとなしさである。
Photo: Markus Heimbach
さらに過激でワイルドなのは、DTM用16Vの最終型、1990年の「2.5-16 EVO II」であった。
大林晃平: こちらはエアロパーツフル装備。リアのウイングも空を飛ぶかのように巨大だ。
Photo: Uli Sonntag

「190エボⅡ」のストーリーはこちらをどうぞ。

Photo: Markus Heimbach

Text: AUTO BILD