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【ひねもすのたりワゴン生活】9日間、2000㎞のぐうたらワゴン旅 その6

2021年11月27日

往きはよいよい、帰りもよいよい。
夜の大津巡りで楽しむ琵琶湖の恵み

 

 その夜の宿は湖畔の老舗、琵琶湖ホテルにした。仕事では何度か大津に泊まっているけれど、その際に部屋を取ったのは全国展開する大型ホテルで、体裁ばかりで居心地がいいとはいえなかった。一方、何度か通りかかっていた琵琶湖ホテルはなんとなく落ち着いていて、居心地がよさそうに見えた。
 で、かねてから、朝の琵琶湖を見下ろしてみたいと思っていたのだが、このホテルの上階なら叶うのではないかとひらめいたのである。

それまで見ていた琵琶湖は圧倒的に空が広かったけれど、湖と空が半々くらいの光景を眺めたかった。…で、このホテルに部屋を取った

 ホテルは街の中心部にあった。ここを拠点として、夜歩きしながら琵琶湖の幸を肴に地酒を…というのももうひとつの理由で、結果を先に言えば大正解だった。
 宿から滋賀県庁に向かうエリアは、魅力たっぷりの魔界。健啖家を魅了する老舗もあれば、カジュアルで活きのいいニューフェイスも暖簾を下げる。伝統的な日本料理も、ネットを賑わせるステーキも、マニア垂涎の焼き鳥も思うがままだ。
 そんな一軒一軒を覗きながら、筋を1本ずつ探っていくのは、まさに至福のひと時。ホテルからの行き来も痛快だった。NHKのブラタモリではないけれど、土地の起伏が呑兵衛に加勢してくれるのである。ホテルから繁華街へは上り坂…帰りは下り坂…それもかなりはっきりした勾配だ。つまり、行きにはいい運動になってそれとなく腹が減り、満腹のほろ酔い加減で足が重くなる帰りには下り坂が助けてくれる。こんな食いしん坊&呑兵衛御一行様向きのロケーションはめったにない。もちろん、予約時にはそんなことを知るわけもなく、夜、繰り出す段になって小躍りしたのだった(笑)。

 仕事で大津近辺を訪れた時には、手っ取り早く近くのお好み焼きやラーメンで済ませることが多かった。しかし、土地の魅力に身を浸そうと思ったら、のんびり歩きながら時間をかけて目と鼻を働かせるに限る。ネットで調べるのも手っ取り早くていいけれど、自分で見つけた店が「アタリ」だった時の歓びは何ものにも代えがたい。
 かれこれ20年ほど前になるだろうか…取材で唐崎に出かけた時のこと。午前中の撮影を終えると、訪問先の主人が昼食に誘ってくれた。案内されたのは湖畔の居酒屋…いや、小体な割烹という雰囲気で、店内はカウンターのみ。彼は常連のようで、座るなり大将が「アユでも揚げましょか」と声をかけた。そして、朝採れです…と微笑んだ。

 コアユは琵琶湖の名産で、一般河川のアユとは違い、10㎝ほどにしかならず、同湖の流入河川で産卵し、一生を終える。時おり飲食店で「琵琶湖産稚アユ」という品書きを目にするけれど、稚アユはアユの幼魚であって、流通する琵琶湖のコアユは、あのサイズで成魚なのである。ちなみにコアユの稚魚は氷魚と呼んで、シラスのような可憐な姿をしている。これも琵琶湖の風物詩だ。しばし待つと、織部の大皿に盛られたコアユの素揚げが現れた。やけどしそうな熱さで口に入れると、さくりと音を立てて皮が割れる。身はほくっとして甘みが広がった。それを追いかけるようにワタのやさしい苦味が訪れて舌を喜ばせる。
 都内の天ぷら屋でもコアユを出すところはあるけれど、この時は甘みも香りも苦みもまったくの別物だった。目の前に盛られているのは、日の出まで琵琶湖を自由に泳いでいた魚なのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど…。

 今回の旅を考えた時に、あのような感動をもう一度味わいたいと思った。友人に聞けば、大津ならそういった肴を楽しませてくれる店が何軒もあるという。チェックインしたのは日暮れ近くだったので、部屋から群青色に変わっていく大湖の眺めを楽しんで、ゆっくり出かけることにした。それが後々やっかいなことを呼ぶことになる。もう少し早く発つべきだった。

 街は静かだった。いや、人通りの少なさに戸惑った。日頃、東京の繁華街をうろうろしているから、その感覚で歩いてしまったのだが、暖簾を分けて店を覗くと、どこも客で賑わっていた。予約の有無を問われる店も多く、行き当たりばったりを楽しもう…なんて気取っていたことが、少し不安になってくる。
 行ったり来たり、あっちこっちをウロウロとかれこれ1時間近く…。こりゃマズいことになったと思いながら、満席で一旦あきらめた居酒屋に戻ってみたら、ちょうど空きができたという。運が向いてきたのかもしれない。

琵琶湖ホテルから飲食街へ向かう上り坂。魅力的な店々を眺めながら歩を進める

 そこは20人も入ればいっぱいの小さな店だった。メニューを見ると、左上にちょこんと琵琶湖産の素材が載っている。そこから2品を選んで宴の開始…。コアユは唐崎に叶わなかったけれど、それは仕方ない。この手の魚の鮮度は分刻み?と思えるほどで、朝獲れを昼にいただくのと比べてはかわいそうなのである。いずれにしても、目と鼻の先で生まれ、育った魚を肴に地酒をいただく悦びと言ったら…。菅浦、海津、和邇と巡ってきた1日を振り返りながら、1時間ほど癒されて店を出た。

湖の恵み…。地酒が進む
川海老とゴリのポテトサラダ。昔、話を交わした漁師の顔が浮かんだ
コアユの天ぷら。唐崎でいただいたあの味には及ばなかったけれど…(笑)

 で、近江牛も食べたいと思った(笑)。しかし、コロナの影響なのか、軒並み閉店が早い。宿を出るのが遅かったというのもあるけれど、ここは!と思っても、暗くなっていたり、暖簾が掛かっていなかったり…。
 またまた、あっちブラブラこっちブラブラが始まり、連れ合いの表情が曇り始めた頃、ようやく雑居ビルの中にそれらしき店を見つけることができた。牛肉とワインを楽しませるようで、一軒目が日本酒だったから異存はない。
 肉のリストがイラストと部位で示され、その日の相場が添えられているという面白い展開。そりゃあ攻めますね。まるでここが一軒目かのような勢いでオーダーし、見事な色に焼き上げられた近江牛に食らいつく。しかし、脇役で頼んだコロッケがこれまた美味くてびっくり。「近江牛入りすぎ、精肉店だからできる!」なんて強気の説明が添えられていて、冷やかし半分でオーダーしたら大正解で、夜食にテイクアウトしたいほどだった。

精肉店が営むという肉バルに移って第2回戦
やはりここに来たら近江牛は押さえておかないとねぇ…と言いながらワインが進む
肉屋だから作れる近江牛たっぷりの…なんて書かれたら抗えない
美味かった…(笑)。でも、これはビールがお似合い

 そんなこんなでベルトの穴をふたつくらい緩めたくなる状態で帰途についたわけですが、ほら……帰りは下り坂(笑)。
 いやぁ、いい街です。

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。