【ひねもすのたりワゴン生活】9日間、2000㎞のぐうたらワゴン旅 その4

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静寂と清涼…奥琵琶湖の至福

 山を下り、再び琵琶湖に出た。水辺に沿って走る道はほどよくうねって、ドライブを楽しませてくれる。
 菅浦は記憶のままだった。いや、あの頃はなかった湖畔の東屋や、駐車スペースを示す真新しい白線が眩しかったけれど、素朴で物静かな雰囲気はそのままで、耳に入るのは波音だけだ。

菅浦の集落は、奥に見えるように背後に迫った山々と琵琶湖の間の僅かな平地に張りつくように並んでいる。手前は菅浦港

 あいかわらず人の気配は薄い。まだまだ冬景色で湖を走る冷たい風が頬を刺した。琵琶湖は、琵琶湖大橋を境に大津側を南湖と呼んでいて、古くから市街化が進んだが、その代わり湖水は富栄養化しお世辞にも清冽とは言いにくい。1970年代、淡水赤潮が出て、その一因とされるリンを含んだ合成洗剤ではなく石鹸を使おうという「石鹸運動」が主婦を中心に広がったのを覚えていらっしゃる方も多いだろう。
 しかし、奥琵琶湖はまるで別の湖だ。澄んだ水が打ち返し、吹く風も清々しい。深く吸い込むと、身体の隅々まで清らかになる気がする。
 ひと気を求めて歩いていくと、集落の入り口に地元自治体の名を記したクルマが止まっていた。見れば、2人の男性が何かの書類を眺めながらその先を指差している。役所の担当者が何かのチェックをしているようだった。人の姿を見つけてホッとするのも変な話だけど、そんなことも昔と変わらない。それでもあの頃は、週末が絡めば釣り人に会うことができた。しかし、その後、菅浦の港が釣り禁止になってしまい、そんな賑やかさも去ってしまったのである。集落の奥に向かうと、縁石に座って日向ぼっこをする2人のおばあさんがいた。この日の目当てであるかつての定宿を尋ねると、今でも営業しているという。
「よしや」というその民宿は、菅浦港の真正面にあって、世俗とは無縁の実に穏やかな時間を過ごすことができた。教えてくれたのは私の雑誌に連載を頼んでいた水中カメラマンで、彼は夏の間、ここにひと月以上も滞在し、琵琶湖の水中生物を撮影していたのである。ちなみに彼の仕事仲間は、このエリアで潜水撮影中に河童を見たそうで、普段から冗談など一切言わない堅物の話だけに、笑い飛ばすわけにもいかなかったという。しかし、そんな話も不思議ではないような環境である。
 さて、件の「よしや」。年月を物語る建物は奥琵琶湖の風景に溶け込んでいて、早めに取材が終わった時は、2階に上がって窓を開け、日暮れの湖を満喫した。薄墨色になっていく空と、波穏やかな琵琶湖…。缶ビールを片手に、刻々と移り変わっていく琵琶湖の姿を眺めるのは最高のひと時だった。

かつて取材の拠点としていた「よしや」。恵まれた環境と美味しい湖魚料理。季節によっては鴨も楽しめる

 この宿の売りは湖の幸。さまざまな奥琵琶湖の美味が卓を飾る。ウナギのすき焼き、コイの洗い、フナの黄身まぶし、ビワマスの刺身や塩焼き…時々、淡水魚が嫌いという声を耳にするが、そんな方はここを訪ねるといい。その印象が一変するはずである。私自身、仕事がら、コイの洗いは各地でいただいてきたが、どうしても好きになれなかった。どれほどきれいな水で育てられた…と言われても、やはり鼻の奥が拒んでしまったからだ。しかし、ここで供されたコイは別物だった。ひょっとしたら、手当や調理がよかったのかもしれないが、少なくとも、自分の意思で何度も箸を運んだのは初めてである。
 この日、何度声を掛けても反応はなく、宿の方が不在のようだった。残念ながら、現状を尋ねることはできなかったが、きれいに手入れされた玄関や建物は、今も客を迎えているように見えた。

 さて、菅浦からこの日の宿がある大津へ向かうと海津という町を通る。春には800本超の桜が湖畔を飾り、無双の絶景を楽しめるが、そこで、遊びの先達が古道具カフェを営んでいる。1970年代、日本のアウトドアシーンを牽引していた1人で、同じ団体に属していた時期もあって、いろいろと教えていただいた。都内で長く広告業を営んでいたが、釣りなどで訪ねていたこの地を気に入り、土地を求め、店を開いた。海津の石積みは文化史跡としても知られ、その絶景と店の設えから、女性雑誌の撮影や各種ロケにも人気だと聞く。
 そこで、大津に向かう道すがら…挨拶を兼ねて寄ってみることにした。史跡でもある石垣の上に建つカフェからは、奥琵琶湖の雄大な景色が堪能できる。眼下には冷たく澄んだ水が打ち返し、その波音が心地よい。温かい季節であれば、緑美しい水草がたなびき、日が高くなるとシャンパンのようにプツプツと気泡が立ち昇る。時おり、沖の方から小魚の群れがやってきて、その間をきらめきながら乱舞するのである。

「古道具 海津」。アンティーク雑貨などを扱う古道具店にカフェが併設された人気の店。www.furudougu-kaizu.com/
海津の石垣は文化財に指定されている。築200年の米蔵を改装した建物の目前には琵琶湖の絶景が広がる
テラス席と屋内席を選ぶことができるけれど、天気がよければテラス一択!(笑)
雄大な琵琶湖を眺めながらのコーヒーブレークはまさに至福

 やがて主人である乾 孝成さんが懐かしい姿で現れた。店は休みで、建物のペンキ塗りをしていたところだと笑ったが、突然の訪問にも関わらず、優しく迎えてくれた。例年であれば、まもなく桜祭りが始まるらしい。近畿圏から多くの観光客が訪れるので、湖岸道路を交通規制し、駅からの送迎バスなども用意して、一帯の大イベントとなるのだとか…。
 しかし、コロナの影響で早々に中止が決まったという。この辺りは春が遅いエリアなので、その祭が開かれなければ、訪れる者も多くはないのかもしれない。
「だから、店もしばらく休むことにしたんだよ」。そう言って少し寂しそうに笑った。

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。

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