魅せられて魅せられて 世界最大級の自動車オークション モントレー2021 出品される中から名車10台をピックアップ

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まさにお金持ちだけの世界。自動車好き、自動車コレクター、投資家、ブローカーたちが、世界中から1年に一度カリフォルニアに集まる。世界で三本の指に入るクラシックカーショー、ペブルビーチ コンクールデレガンスの前日までに3日間開催される究極の自動車オークション。ヴィンテージカーからスーパーカーまで、そのラインナップは文字通り人々を魅了する。その中から10台を選んで採り上げる。非常に悩ましく難しい選択だ・・・。

以下にセレクトした10台を紹介する。
エンジョイ!

1970年ポルシェ917 K
シャシーナンバー: 917-031/026
エンジンナンバー: 917-031
予想落札価格: 16,000,000~18,500,000ドル(約17億6千万~20億円)
伝説のレーシングカー。無敵のルマンカー。スティーブ マックイーンの愛してやまなかったポルシェ917。価格はグングン上昇しつつある。
これは、1970年のポルシェのワークスチーム、JWオートモーティブエンジニアリングに新車で納入され、デビッド ホッブスとマイク ヘイルウッドが、1970年のル・マン24時間レースに出場した個体だ。
スティーブ マックイーンが監督した1971年のソーラープロダクション映画「栄光のル・マン」で優勝車として不朽の名作となる。
1971年にポルシェファクトリーで、「917スパイダー」仕様にリビルトされたあと、20年以上にわたり、アメリカ人のコレクターが所有し、ヒストリックイベントに参加していた。そのオーナーが故人となり、オリジナルの「917 K」仕様に見事にレストアされた。
大林晃平: そうそう、ポルシェのレーシングカーといえばこのガルフカラー、だが、ご承知の通り、ガルフとはエンジンオイルなどでも有名だが、そもそもはテキサス州で当時世界最大規模の油田を発見したことがきっかけとなり、創業された石油会社であり、いわゆるセブンシスターズの一員である巨大企業なのである。1968年にはフォードとスポンサー契約を交わしル・マンへ「GT40」を送り込んだのがモータースポーツ参入へのきっかけだが、その3年後に姿を現したのがこの917ということになる。
なお、なんで水色とオレンジがガルフカラーなのかと言えば、創業当時にライバル会社との競争に負けないために、あえてインパクトのある目立つオレンジをコーポレートカラーに使ったためとされ、それにさらにインパクトのある(他社が使っていなかった)水色を組み合わせて、使用するようになったとされるのは、1960年代である。
今回の「917」は完全にレストアされた一台であり、20億円と噂される価格も、おそらくそれ以上になることに疑問はない。もちろん街中では乗れないし、サーキットに持ち込んでも、本気でレースをするわけにはいかないクルマだろう。でもスティーブ マックイーンに思いを馳せながら、ガレージに置いておくには最高の一台だろう。その場合にはぜひグリーンの「マスタング」と、大脱走で乗っていた「トライアンフTR6」も並べて映画風景をコンプリートにしてほしい。最後に簡単に「917」を説明すると、ピエヒが作った水平12気筒のクルマで、25台作られたレーシングカーだ。

1971年ランボルギーニ ミウラP400 S by ベルトーネ
1,800,000~2,200,000ドル(約2億~2億4千万円)
シャシーナンバー: 4761
エンジンナンバー: 30580
ボディナンバー: 675
プロダクションナンバー: 575
やはり「ランボルギーニ ミウラ」は欠かせない。
この「ミウラ」はカリフォルニア州ベイエリアの倉庫に40年以上も隠されていた、驚くべき歴史を持つ米国仕様の個体だ。走行距離が、25,750kmに満たない、ユニークなタイムカプセルだ。保存に熱心な「ミウラ」愛好家によって発見され、再生された。シリーズII後期の「トランジッション」である「P400 S」に「SV」装備を施したファクトリーモデルだ。元々はグレーホワイトとフルブルーのインテリアで仕上げられていた。
大林晃平: もはや世界中のオークションでの定番王者となった感のある「ミウラ」。価格も2億円は当たり前、3億円ももう目前というレベルの状況となっている。今回の「ミウラ」はシリーズⅡ(ということは、かなり改良されているモデル、でも信頼性などにはまだまだ問題も多い)ではあるが、そのオリジナル内容(ホワイトにブルーのインテリア)といい、「SV」装備を施している(つまり中期のSモデルに、後期のSVの装備などを身にまとっているということになる)ことといい、ランボルギーニを愛した熱心なオーナーが発注したものと思われる。走行距離の2万5000キロちょい、も少ないとは思うが、おそらくこれからも大幅に距離を重ねることはないであろう。フランク シナトラ、パーレビ国王などなど、世界中のセレブリティが愛用したが、元中日ドラゴンズ投手の山本 昌も所有しているはず。

1962年アストンマーティンDB4GTザガート
11,000,000~14,000,000ドル(約1億2千万~1億5千万円)
シャシーナンバー: DB4GT/0190/L
エンジンナンバー: 370/0190/GT
日本の生んだ世界に誇る真の名自動車評論家、故小林彰太郎CG名誉編集長も所有された名車。
この個体は、19台のみ製造された「DB4GTザガート」のうちの1台で、左ハンドル車はそのうち6台だ。オリジナルのエンジンを搭載。究極のヴィンテージ アストンマーティンだ。
大林晃平: アストンマーティンに、イタリアのカロッツェリアのボディが載る……そんな奇跡的なことが昔は起こった時代だった。このザガートの魅力はまさにそこ。あまりにも究極な組み合わせで、夢のような出来事だったのである。実際に乗ってみると、サーキットならともかく、街中ではあまりに乗りこなしがたい一台であるということや、メンテナンスには専属のメカニックが必要、ということなど些細なことである。個人的にはエルコーレ スパーダのデザインした美しいクルマが、「アストンマーティンDB5」よりも、(かなり)安いということが不思議だが、あちらはなにしろボンドカーなので、住む地平が違うということなのかもしれない。なお「DB4ザガート」は19台が作られ、故小林彰太郎さんがお持ちだった個体の車体番号は、「0200/R」だった。

1957年メルセデス・ベンツ300 SLガルウィング
1,000,000~1,300,000ドル(約1億1千万~1億4千万円)
シャシーナンバー: 198.040.7500064
エンジンナンバー: 198.980.7500043
ボディナンバー: A198.040.7500065
これまた定番の1台。たったの1億ちょっとですよ、安いですよね。
新車時からの3人のオーナーの手を経て今に至る。最後に製造された「ガルウィング」の20台のうちの1台。シルバーグレーとグリーンの魅力的なカラーコンビネーション。シャシー、エンジン、ボディが、データカードと、ガルウイングレジストリーに基づいて一致している。スペアホイールとKarl Baisch社製のオリジナルスーツケース付き。
大林晃平: メルセデス・ベンツの「SL」といえばまさにこれ、このガルウィングドアのモデルでしょう、という人は多く、かつてメルセデス・ベンツの社長であったディーター ツェッチェも、これが一番好き、と答えていたほど。日本では力道山と石原裕次郎がオーナーとして有名だが、ソフィア ローレン、カラヤン(大変な車好きだった)、トニー ハンコックなどなど、世界中でセレブリティに愛用された(ただし主にセレブリティが愛用したのはオープンモデルであるロードスターではあるが・・・)。
結局、「300SL」はクーペが約1,400台、ロードスターが1,858台、つまり合計で3200台以上も生産され、けっこう台数は多い。ちなみに、メルセデス・ベンツお決まりのコードネームは「W198」。覚えておくと、エンスー口プロレスで有利なので覚えておきましょう。「ダブリューイチキュウハチ」です。

1965年アストンマーティンDB5コンバーチブル
1,850,000~2,250,000ドル(約2億~2億5千万円)
シャシーナンバー: DB5C/2115/L
エンジンナンバー: 400/2220
はい、みんなの憧れ、「DB5」です。でも希少なコンバーチブルなので、その分、クーペバージョンより高い。
世界で39台しか生産されなかった左ハンドルモデルの「DB5コンバーチブル」。新品のままアメリカに送られた。オリジナルのナンバープレート付きエンジンを搭載し、4.2リッター仕様にアップグレードされている。2011年から2012年にかけて、R.S. ウィリアムス社によってレストアされた。
大林晃平: 見た途端、ボンビキビンビン、ボンビキビンビン、と007のテーマが自然に流れる世界で一番有名な劇中車がこれ。クーペモデルももはやウン億円だが、このオープンモデルは39台しか作られていないため余計に高い。ちなみに「DB5」全体ではどれくらいの数が生産されたかというと、ざっと900台が作られた。
1965年当時の、クーペの「DB5」の新車販売価格は4,439ポンド(!!)だった。そして当時、アストンマーティンは007の製作会社であるイオンプロダクションに、しぶしぶ「DB5」を貸し出したそうである(撮影後、返却させている)。それから50年以上が経過した2020年、メーカー自身がコンティニュエーションモデルとして、原寸大ミニカーである、DB5ボンドカーを275万ポンド(!!)で作ることになろうとは、予想もしなかった未来であろう。

1929年デューセンバーグ モデルJ ‘バタフライ’ デュアルカウル フェートン
2,750,000~3,250,000ドル(約3億~3億6千万円)
シャシーナンバー: J-403
エンジンナンバー: 2169
ボディナンバー: 987
歴史的文化遺産。ヴィンテージカーという名が相応しいデューセンバーグ。ヨーロッパ車ではない。れっきとしたアメリカの高級車で、ハリウッドスターたちも愛用したクルマである。
「モデルJ」のシャシーに搭載されたマーフィー製「バタフライ」デュアルカウル フェートンの3台のうちの1台。スペシャリストによる見事なレストア。デューセンバーグツアー、ペブルビーチモータリングクラシック、コロラドグランプリに参加。コストを度外視して継続的にメンテナンスされている。
大林晃平: ここまでヴィンテージカーになってしまうと、もはや博物館レベルの自動車ではあるが、もうじき100歳を迎えるクルマもちゃんとオークションで取り引きされている、という見本。「デューセンバーグ」は、ハリウッドスターの象徴としても重宝されたが、どんなハリウッドスターがいたかというと、ビング クロスビー(歌手としてのほうが有名)、クラーク ゲーブル、ゲーリー クーパー、アル ジャルソン(ジョージ ガーシュウインの「スワニー」を歌ったことで有名。一時期はフランク シナトラやペリーコモよりも人気があったと言われている)などなど、枚挙にいとまがない。さらに「デューセンバーグ」は、禁酒法時代に暗躍したマフィアなども愛用したというが、目立ちすぎちゃって危なくないか、と余計な心配をしてしまう。
なお、「チキチキマシン猛レース」に出てくる、「トラひげ一家のギャング7」のもとになった車は、あきらかにこの「デューセンバーグ」である。さらに蛇足ながら、チキチキマシン猛レースに出てくる全車種のネーミングは赤塚不二夫(大先生)だ。

1932年アルファロメオ8C 2300モンツァ
2,500,000~3,200,000ドル(約2億8千万~3億5千万円)
シャシーナンバー: 2111037
ヴィンテージカーの中からもう1台、高尚なアルファロメオをご紹介。世界に名だたる名車、「8C」だ。ブガッティが出てくるまで、30年代のレースシーンを席巻した名車中の名車。エンツォ フェラーリも愛した1台だ。アルファ独特のオリジナルボディカラーを身に纏っている。
カロッツェリアツーリング社製のスパイダーボディを搭載した1stシリーズ初期のショートシャシーの「8C」。1932年のミッレ ミリアで総合優勝。1937年にシメイで開催されたグランプリで破壊され、現代史に幕を閉じる。その後、アルファロメオのコレクターによってリビルドされ、1989年のミッレ ミリアに出場した。その後、モントレー リユニオン、グッドウッド リバイバル、ル マン クラシックなどのビンテージレースに参加している。
大林晃平: 本当の、まごうかたなきアルファロメオというものはどういうクルマかというと、段付きでも、「ジュリエッタ」でもなく、こういうの、のこと、と言えるのは、相当なエンスージャストだけであろう。でも本当に名車として、エンツォ フェラーリもその活動に大きくかかわった、本物のヴィンテージアルファロメオとは、この「8C 2300」をおいて他にない。本文中に記されている通り、1937年5月16日に開催されたグランプリでクラッシュしてしまい、そこから蘇った一台である。改めて言うまでもなく、この黒ずんだ感じのレッドが、本当のアルファロメオ オリジナルカラーで、華やかな赤い色をまとうのはもっと先のことである。蛇足ながら、「8C 2300」の中で「モンツァ」だけがシャシーナンバーが「GP」となる。

1963年ジャガーEタイプ ライトウェイト コンティニュエーション
1,500,000~1,850,000ドル(約1億6千万~2億円)
シャシーナンバー: S 851001
オリジナルではないが、レアな個体。「0号車」として知られる個体。ジャガークラシックが製造した、7台のライトウェイト「Eタイプ」のうちの最初のモデル。1963年のオリジナル仕様で製作され、FIAおよびHTPの書類を含む。北米プレスカーとして使用され、納入前にリビルドされた。ワイドアングルの3.8リッターに、トリプルウェーバーキャブレターを装備。2人目のオーナーから提供されたもので、走行距離1,155kmで新品同様の状態。
大林晃平: 上にも記されている通り、この「Eタイプ」はコンティニュエーションモデル、ということは近年再生産された、言ってみれば最近の新古車?である。とはいっても昔の設計図そのまま、素材もそのまま作ったモデルなので、維持するのも、乗りこなすのも、大変さそのままであることは言うまでもない。
そんなコンティニュエーションモデルモデルの中でも、これは「ゼロ番」、つまりメーカーが最初に試しに作った、言ってみれば試作品のような車輛である。おそらく他のモデルよりも、さらに壊れたり不具合が出たりする可能性も高いだろうが、そんなことはこの際どうでもいい。問題はどうしてメーカーの試作である「ゼロ番」が売られたのかということだが、おそらくメーカーとしても自分で試作車など持っていても仕方ないし、邪魔になってしまうから、いっそのことお金になるし売っちゃおっか、という話なのではないかと推測される(メーカーには本当の本物の、オリジナル「Eタイプ」はすでにあるのだから・・・)。

1963年シェルビー コブラ289ワークス
3,750,000~4,250,000ドル(約4億2千万~4億6千万円)
シャシーナンバー: CSX 2129
やっぱりオークションに「コブラ」は欠かせない。
セブリング仕様の「シェルビー289ワークス コブラ」の3台のうちの1台。1963年に出場したレースで、9回の表彰台に上った。「シェルビー アメリカン レジストリー」や、多くの出版物に掲載されている。
大林晃平: もちろんレプリカモデルではなく、ホンモノの中でも、9回も表彰台に上っているという特別なヒストリー血統賞のついた完全版。その分、価格も上乗せ高騰気味。セブリング仕様ということは、もちろん滅茶苦茶な硬派な仕様で、クラッチなどAT免許の若者には踏み抜ける代物ではないし、昨今の酷暑炎天下の中、街中を走ることすら難しいだろう。それでもアメリカの伝説の名車として、永遠の輝きを持つ、漢の中の漢のクルマ。映画「フォードvsフェラーリ」にしびれた方にはぜひぜひとお勧めしたいのはヤマヤマだが、5億円突破は目前だ。

F-レーサー ジュニア
30,000~40,000ドル(約330~40万円)
最後にフェラーリです。このフェラーリ、たったの400万円です。安すぎる?? え? そうです、これ、フェラーリのF40を元ネタに作られたワンオフのキッズカーで、オリジナルモデルの4分の3のサイズでできている。270ccのガソリンエンジンを搭載、車重は250kgで、最高時速は56km/hという性能を有する。ダッシュボードも機能し、イグニッションキーも付いている。子供向けというより、オタク向けの個体と言うほうが相応しい。むろん、走る場所はクローズドサーキットなど、限られているし、公道は走れない。
大林晃平: こういうなんだか特別なモノが出展されるのもオークションの醍醐味。有名なところでは、ブガッティなどがあるが、これは子供むけ「F40」。もちろん本物を持っている大富豪が、鼻水垂らしたご子息向けに作ったような一台だが、公認ではないらしく(あたりまえ)、ホイール真ん中などに跳ね馬が見当たらない。それだけでなんだか間抜けな感じになってしまっているが、ボディワークなども一見良くできているようで、ずっと眺めているとラインがずれていて、自分の目が乱視かと思ってしまうような感じだ。まあ、そんなふうに、目くじらを立てるものでもなく、オークションの刺し身のツマ程度にお考えいただきたい。こういうのも出展されると、きっと会場に笑いが出たりして、楽しく和やかになるのではないだろうか。

Text & photo: RM | SOTHEBY’S