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【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その9

2024年6月7日

天橋立から伊根の舟屋…。
それは海沿いの素朴で静かなドライブ

 与謝天橋立ICを出ると、天橋立はもう目と鼻の先。176号線で天橋立駅方面へ向かって、京丹後鉄道に沿って、ぐるりと阿蘇海を巡る。

 当たり前の話だけれど天橋立は、高台から眺めなければあの優美な絶景を楽しむことはできない。で、モノレールやリフトのある天橋立ビューランドに向かってみたところ、駐車場に入る長蛇の列と人の波が目に飛び込んできて、不安がムクムクと頭をもたげた。“これ、結構時間を取られるんじゃないの…”。

 この後に訪ねるつもりの伊根集落も小一時間はかかるらしいから、こんなところで予定外の時間を奪われるのはちょいと御免だ。もちろん、城崎温泉には夕方に着けばいいのだけれど、外湯巡りが人気の温泉街だから日暮れ前に何湯か回って夕食を迎えられたら、それはそれで嬉しい。気まぐれ旅は欲張り旅でもある、と思う(笑)。

天橋立は上から見るものだなぁ…と実感(笑)。遠くに緑のラインが見えるだけだった

 …というわけで、モノレールで高台から見下ろすのは断念。とはいえ、ここまで来て天橋立をまったく愛でないのもどうかと思い、宮津湾をぐるりと回って、天橋立を反対側の海辺から眺めることにした。これなら伊根の舟屋に向かう道すがらだし、天橋立駅周辺に比べれば混雑も少ない。
 住宅地のような細道を抜けて海辺に出てみると、天橋立が遠く視線の左右に伸びる。…が、海岸の平地から眺めているので、目に入る風景は、海を左右に横切る木立、要は緑の帯が伸びているだけなのである。観光ガイドなどで目にしたあの優雅な龍のような姿ではない(笑)。モノレールを断念した段階で分かっていたはずなのに、こうして実際に眺めてみるとあまりの味気なさに笑いが込み上げてきた。即刻退散!

 さて、目指すは伊根の舟屋群で、若狭湾を右に見ながらひたすら176号線を進めばいい。特にこれといって眺めるものも、思わず足を留めたくなるようなスポットもない静かなルートだが、こんなドライブこそが、日常ではなかなか味わうことのできないクルマ旅の魅力だ。度重なる赤信号に気をもむことも、長い渋滞にイライラすることも、割り込みや急ブレーキに肝を冷やすこともなく、自分のペースでゆったりと走る。関東なら房総半島の内房あたりの海沿いを平日に走ると同じような心地よさに身を浸すことができるが、近年はアクアラインからのクルマが増えて、そんな走りも難しくなったらしい。ステアリングに手を乗せ、たわいもない話を交わしながら海辺を走るひと時は、日頃溜まった心の澱をすっかり流してくれる。

イカ釣りの漁船が揺れるのどかな伊根の海

 やがて、目当ての伊根が近づいてきた。大手旅行代理店のロゴが入った観光バスとすれ違ったので、こんな季節外れの平日でもそれなりの観光客が訪ねているのだろう。

 伊根の舟屋はいくつかの地区に分散している。日本酒の酒蔵などが人気のエリアは奥のほうにあって、メディアに取り上げられるのもこちらが多い。件の観光バスもそこから戻ってきたようだ。鄙びた漁村の風情を求めてやってきたのに、夏の軽井沢や湘南のような混雑に遭遇したら幻滅するから、手前の日出地区をのんびり散策することにした。とはいえ、不人気というわけではなく、舟屋の数々は整備、手入れが進んでいて、宿泊施設として繁盛しているようだ。実は、城崎温泉に宿を求めた時、伊根の舟屋も候補に挙がったが、どこも満室…泣く泣く断念したのだった。

湾の水は澄んでいて、海藻が揺れる。行き来する小魚に目を奪われた

 集落の外れ、ちょっとした高台に公営の駐車場があって、クルマは簡単に停めることができた。その脇からの眺望は素晴らしく、海に面して一列に並んだ舟屋は、風景カレンダーを見ているようだ。湾内の水はとても澄んでいて緑深い海藻が静かに揺らぎ、その間を行き来する小魚が愛らしい。舟屋の連なりに足を踏み入れるまでもなく、心が躍った。

この光景が見たくてクルマを走らせたのだった

 そこから、下り坂を徒歩で1、2分…舟屋が並ぶ集落に入ると、道幅は狭なってクルマがようやくすれ違う程度になる。商店らしきものは目に入らないし、カフェと思しき看板はあったものの営業しているようすはなかった。観光客はほとんど見当たらず、時間帯なのか、地元の方さえ歩いていない。建物と建物の僅かな隙間から舟を降ろす海面を覗くことができて、そこには波音の規則正しいリズムが響いていた。しかし、それとてようやく聞きとれる程度であって、集落は静寂に支配されていて、私たちの足音が響き、写真集の見開きに迷い込んでしまったような不思議な感覚に包まれる。ここに宿を取り、日が沈む頃、海を眺めながら地の魚で一献……そんなひと時を過ごせたらどんなに幸せだろう。

多くの舟屋はきれいに手入れされ、宿に活用されるケースが増えている

 この風景を眺めながらコーヒーの一杯もいただけたら…と思ったけれど、なにせその類の店は開いていないし、誰かに聞こうにも人影がない。いや、この静けさと豊かさを味わえれば充分だった。
 ここからは海沿いを城崎温泉へ。ドライブはあと70㎞で締めくくりである。

若狭湾の海沿いは路面と海面の高低差が少ないので、海の上を走っているような錯覚を覚えることもある

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。