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【ひねもすのたりワゴン生活】ちょいとひねくれ。軽井沢の秋物語  その3

2022年12月4日

日暮れの散歩。道端で秋の美を拾う

 思いがけず出会った“駅弁”との楽しいひと時を終え、上信越道を軽井沢に向かった。碓氷軽井沢I.C.で降り、松井田軽井沢線で高度を上げていく。秋の風景を愛でながら、幾つものコーナーを抜けていくと道は平坦になり、広い空に迎えられる。やがて両側にゴルフ場が広がると、ようやく“着いた…”という高揚に包まれ、軽井沢にいることを実感する。夏はこのあたりも行き交う人々で賑やかだが、秋も深くなるとそんな姿もまばらだ。
 この日は予定よりも2時間ほど早く着いてしまったが、日暮れの軽井沢をのんびり散歩しようとチェックインを早めに考えていたので、好都合だ。部屋に荷物を運び込んで、ひと休みしてから出かければよい。

万平ホテルの魅力は、歴史が醸し出す豊かな時間だ。心から安らぐことのできる空間とサービスが待っている

 向かう宿は万平ホテル。あのジョン・レノンが愛し、長期滞在してミルクティーの作り方を伝授した…なんて話はあまりにも有名だが、バーに行けばそんな日々の薫りに浸ることができる。
 今どきの外資系星付きホテルのような華々しさとも艶やかさとも無縁だけれど、歴史が醸し出す重厚な雰囲気と、館内に広がるシックな空間は何度訪ねても飽きることがない。スタッフの接客も絶妙な距離感が見事だ。昨今、妙にへりくだったり、恩着せがましいサービスの宿も目につくけれど、クラシックホテルの誇りがさりげなく漂う凛とした彼らの姿勢は実に清々しい。その矜持は、最近流行りの“おもてなし”なんて言葉さえ軽々しく感じさせてしまうのである。

 荷物を置いて散歩に出かけた。日が陰り始め、道に舞う落ち葉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。そして、マフラーの隙間から入ってくる冷気が冬が近いことを教えてくれる。
 ホテルから3,4分も歩けば、旧道ロータリーからつるや旅館あたり、いわゆる軽井沢銀座商店街に出る。夏は、原宿の竹下通りのような賑わいだが、この季節は閑散として、もの静かだ。いや、閑散なんて寂しい響きは失礼……しっとりと落ち着いた時間が流れるもうひとつの軽井沢を見せてくれる。いや、本来の姿はこうなのかもしれない。嗚呼、甘露甘露。
 時計に目を遣れば午後4時過ぎ。かなりの店がシャッターを下ろしていたが、開いている店からは温かな光がこぼれ、つい吸い込まれてしまう。夏は客をさばくのにてんてこ舞いのスタッフも、のんびりと商品の整理をしたり、雑談したり…。声をかければ、こんな風来坊でも嬉しそうに相手をしてくれる。ネットや観光ガイドでは得られない土地の話や店の生い立ち、最近の街のウワサ…そんな話に耳を傾けるひと時もこの季節の魅力だ。

散歩から帰ると、ホテルは温かな灯で迎えてくれた

 旧道ロータリーあたりまで来ると、少し身体が冷えてきた。そろそろホテルに戻ってジャケットのしわを伸ばし、夕食を待たなくてはならない。表通りから離れ、すっかり暗くなった小道を急ぐ…と、大きな葉が風に舞って足元に寄ってきた。
 目を凝らせば道の端にたくさんの朴葉。寒風にさらされ、乾ききって茶褐色になった葉は優美なカーブを描いていて、工芸品のようだ。
 温泉宿では、味噌を乗せて大名七輪で炙り、“朴葉みそ”などと供されるが、その見事な姿に“なにか飾り物に使えるかも?”と、手に取った。しっかりとした厚みと、所々の虫食いや斑紋が独特の風合いを醸している。暗くなった道の端に身を屈め、15枚ほどを持ち帰ることにした。

道端で拾った朴葉。その風情に心惹かれ、家に持って帰ることに…

 後日、我が家で広げてみるとそのサイズ感はさらにアップ。堂々たる自然の造形にも感嘆した。……で、スプレー缶金色ラッカーを吹きかけてみると、そこに華やかさが加わり、クリスマスを控えた我が家を彩ってくれたのだった。

後日、持ち帰った朴葉をラッカーで仕上げると、聖夜の玄関を華やかに彩ってくれた

 夕食はフレンチにした。プランによっては中華や和食を選ぶこともでき、それぞれ伝統の味を楽しませてくれるが、秋が深まる夜にはなんとなく西洋の味が似合いそうな気がした。この夜の白眉は前菜だった。サラダ仕立てと称したプレートには、野菜と白身の魚が寄り添うようにあしらわれている。ひと目見て淡水魚であることは分かったが、その透明感のある白身は、よくあるニジマスや淡水サーモンではない。聞けば八千穂産信州大王岩魚のマリネだという。あっさりとしているが、噛み締めると品のいい甘みが舌に広がる。そして、歯応えが心地よく、瑞々しい野菜たちとのバランスが素晴らしかった。正直なところ、ニジマスなど淡水養殖の鮭鱒はあまり得手でなく、養殖岩魚も何度か食べてきたけれど、この魚はそんな認識を一変させてくれた。

ディナーで供された大王岩魚。地元の特産で、養殖とは思えない薫りと甘みがワインを誘った
昔、「パンが美味しかったらそのホテルは合格だ」と言った作家がいたけれど、ここはまさに…

 一階にあるBARは、落ち着いたクラシックな雰囲気の空間だ。呑むのは好きだけれど、ウイスキーの銘柄やワインの蘊蓄を語れるほどの知識も見識もない。ただ、旅先で夕食の後にぶらりと入ってカクテルを1、2杯いただきながら、その日の道程や出来事に想いを馳せることができれば充分だ。そんな私にはここがとても心地いい。狭すぎず、広すぎず…天井も高過ぎず、低すぎず…カウンターも長すぎず、短すぎず…この塩梅というのが実に重要で、人の相性と同じようなものかもしれない。
 万平ホテルの夜は静かに更けていった。

佳いバーは必須条件。食事を終えたらのんびりとその日を振り返る
この季節ならバーも混みあうことはない。好きなカクテルをうつらうつら…
ずらりと並んだボトルの中に、このホテルをこよなく愛した彼の姿が

Text&Photo:三浦 修

【筆者の紹介】
三浦 修
BXやXMのワゴンを乗り継いで、現在はEクラスのワゴンをパートナーに、晴耕雨読なぐうたら生活。月刊誌編集長を経て、編集執筆や企画で糊口をしのぐ典型的活字中毒者。

【ひねもすのたりワゴン生活】
旅、キャンプ、釣り、果樹園…相棒のステーションワゴンとのんびり暮らすあれやこれやを綴ったエッセイ。