<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:wfw="http://wellformedweb.org/CommentAPI/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
	xmlns:slash="http://purl.org/rss/1.0/modules/slash/"
	>

<channel>
	<title>W194 - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
	<atom:link href="https://autobild.jp/tag/w194/feed/" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>https://autobild.jp</link>
	<description>世界最大級のクルマ情報サイトAUTO BILDの日本版。いち早い新車情報。高品質なオリジナル動画ビデオ満載。チューニングカー、ネオクラシックなど世界のクルマ情報は「アウトビルトジャパン」でゲット！</description>
	<lastBuildDate>Fri, 23 May 2025 08:58:10 +0000</lastBuildDate>
	<language>ja</language>
	<sy:updatePeriod>
	hourly	</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>
	1	</sy:updateFrequency>
	<generator>https://wordpress.org/?v=6.9.4</generator>

<image>
	<url>https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2019/08/favicon.ico</url>
	<title>W194 - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
	<link>https://autobild.jp</link>
	<width>32</width>
	<height>32</height>
</image> 
	<item>
		<title>モータースポーツの歴史が生きづく「Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport」130周年を記念する特別限定車</title>
		<link>https://autobild.jp/41445/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 Sep 2024 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[新車＆ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[新車情報]]></category>
		<category><![CDATA[300SL]]></category>
		<category><![CDATA[Fritz Riess]]></category>
		<category><![CDATA[Hans Klenk]]></category>
		<category><![CDATA[Hermann Lang]]></category>
		<category><![CDATA[Juan Manuel Fangio]]></category>
		<category><![CDATA[Jules Gounon]]></category>
		<category><![CDATA[Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport]]></category>
		<category><![CDATA[MercedesAMG]]></category>
		<category><![CDATA[V8]]></category>
		<category><![CDATA[W194]]></category>
		<category><![CDATA[カレラ パナメリカーナ]]></category>
		<category><![CDATA[ジュール グーノン]]></category>
		<category><![CDATA[シルバーアロー]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ車]]></category>
		<category><![CDATA[ハンス クレンク]]></category>
		<category><![CDATA[ファン マヌエル ファンジオ]]></category>
		<category><![CDATA[フリッツ リース]]></category>
		<category><![CDATA[ヘルマン ラング]]></category>
		<category><![CDATA[マウント パノラマサーキット]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ]]></category>
		<category><![CDATA[ル・マン24時間レース]]></category>
		<category><![CDATA[限定車]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://autobild.jp/?p=41445</guid>

					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="862" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" fetchpriority="high" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-300x216.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-1024x736.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-768x552.jpg 768w" sizes="(max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデス・ベンツがモータースポーツに関わって130周年。それを記念して「メルセデスAMG GT3 エディション130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」が限定13台リリースされた。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツのモータースポーツ活動の歴史は、1894年7月22日にパリからルーアンまでを競う世界で最初の自動車レース、パリ～ルーアン間(126km)で、ダイムラー社製のエンジンを搭載した4台の「馬なし馬車(パナールとプジョー)」が上位を独占したことから始まる。そして130年の歳月を経て、メルセデス・ベンツは、スペシャルモデル「メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」をリリースした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#eeeaea"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#eeeaea">今年、メルセデス・ベンツはモータースポーツの130周年を祝います。このお祝いは、スリ－ポインテッドスタ－のシンボルの下で行われます。そしてAMGは、モーターレースもDNAの重要な部分を占めています。Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportは、私たちの歴史と、国際的に非常に成功したカスタマーレーシングプログラムへのコミットメントを再び強調するものです。このペブルビーチ・オートモーティブ・ウィークの特別な機会に、このエクスクルーシブなGT3コレクターズアイテムを当社ブランドのファンや愛好家に初めて紹介できることを嬉しく思います。<br><strong>メルセデスAMG GmbHのCEO、メルセデス・ベンツ Gクラスおよびメルセデス・マイバッハのビジネスユニットの責任者　ミヒャエル・シーベ</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングレジェンドリマスター</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このエクスクルーシブなGT3は、モータースポーツの象徴的な2つの時代を融合させている。最先端のモータースポーツテクノロジーと、1950年代の伝説的なレーシングカーのデザインの特徴と融合だ。680馬力を発揮するスペシャルモデルは、アファルターバッハで製造されたGT3車両の中で最もパワフルなモデル。また、メルセデスAMG GT3で自然吸気エンジンを搭載した最後のバージョンでもある。このエクスクルーシブエディションは、コレクターズアイテムとしてわずか13台の限定モデルとして全世界で発売される。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41630,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_01-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41630"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）が、米国カリフォルニア州ペブルビーチのオートモーティブウィークでワールドプレミアされた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">パフォーマンス：エアロアップデートとドラッグリダクションシステム</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ベースモデルとは異なり、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportはホモロゲーションの制限を受けない。そのため、伝説的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンはエアリストリクターを持たず、特殊な排気システムにより、最高出力は680hp(500kW)を発生する。エアロダイナミクスコンポーネントも大幅に手を加えられ、フロントスプリッターとフロントフェンダーのエアアウトレット(ルーバー)を再設計。サイドスカートの変更、フロア－とリアディフューザーもダウンフォースを増加。幅広のリアウィングのエアロバランスの最適化により、GT3ベースモデルと比較してダウンフォースが15%増加した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41633,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_05-1024x720.jpg" alt="" class="wp-image-41633"/><figcaption class="wp-element-caption">AMG製6.3リッターV8自然吸気エンジンの最高出力は680hp(500kW)。最高速度315km/h以上！</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Formula 1®とClass 1 DTMにインスパイアされたドラッグリダクションシステム(DRS)は、新しいメイン機能。ステアリングホイールのボタンを押すだけで、リアウィングがフラットポジションに移動し、抗力が減少する。また、エアロバランスを維持するために、フロントフロアのアクティブエレメントが拡張されている。このテクノロジーにより、基本的に高いダウンフォースレベルにもかかわらず、最高速度は時速315km以上。横方向の加速または減速中、アクティブエレメントはすぐに元のダウンフォース位置に戻る。独自の高性能ブレーキシステムもFormula 1®にインスパイアされている。GT3のレギュレーションで義務付けられているスチールディスクとは対照的に、スペシャルモデルのブレーキディスクはカーボン製。同モデルがホモロゲーション済みのGT3バージョンよりも大幅に軽量化されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41635,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_13-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41635"/><figcaption class="wp-element-caption">ドラッグリダクションシステム(DRS)を備えたリアウイング。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>動力は、ギア比を変更したシーケンシャル6速レーシングトランスミッションを介して伝達される。すべてのメルセデスAMGレーシングカーと同様に、リアアクスルに取り付けられたトランスアクスルトランスミッションは、カーボンファイバー製トルクチューブによってねじれ剛性とトルク耐性のある方法でエンジンに接続されている。サスペンションには、フルアジャスタブルの4ウェイモータースポーツショックアブソーバーが装備されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このコレクターズアイテムは、シャシーに接続されたカーボンファイバー製セーフティセル、5点式ハーネス、安全ネット、スチール製ロールケージ、消火システム、安全タンク、緊急ハッチなど、メルセデスAMG GT3の実証済み安全性を装備。この広範囲に及ぶ装備には、効果的なレーシングABSとマルチ・アジャスタブルトラクションコントロールシステムも含まれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#edebeb"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#edebeb">ユニークなメルセデスAMG GT3エディション130Yモータースポーツは、現在のモータースポーツポートフォリオの最高峰です。13台限定であるだけでなく、象徴的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンを搭載した最後のGT3バージョンでもあります。このエクスクルーシブエディションでは、公式のホモロゲーション以外でも何が可能かを示しており、多くの技術的な改良と軽量コンポーネントを統合しています。したがって、私たちは記念の年に別のマイルストーンを設定し、関心のある顧客に技術的にも視覚的にも非常に感情的な製品を提供します。<br><strong>メルセデスAMGモータースポーツ責任者　クリストフ・ザゲミュラー</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">オーストラリアのマウント・パノラマ・サーキットで最速タイムを記録</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2024年2月17日、オーストラリアのマウント パノラマサーキット（6.213km）にプロトタイプを持ち込みタイムアタックが行われた。そこで、メルセデスAMGのパフォーマンスドライバー、ジュール グーノン(Jules Gounon)が、GTカーのコースレコードを2.074秒更新し、1分56秒605のタイムを記録した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41637,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_19-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-41637"/><figcaption class="wp-element-caption">Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportプロトタイプがジュール・グーノン(Jules Gounon)のドライブでコースレコードとなる1分56秒605のタイムを記録した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">最先端のモータースポーツテクノロジーと伝統的なデザインの特徴</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年に発売されたメルセデス・ベンツ 300SL（W194）レーシングスポーツカーは、限定版アニバーサリーモデルのデザインのインスピレーションとなっている。メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツの外観はブランド初のクローズドトップレーシングカーのクラシックなスタイルが特徴。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41634,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_09-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41634"/><figcaption class="wp-element-caption">伝説のメルセデス300SL（W194）とMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>エクスクルーシブなシルバーカラーの特別塗装仕上げは、伝説のシルバーアローズを彷彿させている。フロントフェンダーのブルーの菱形とラジエーターグリルのカラーリングは、歴史的に成功した車である証し。1952年にハンス クレンク（Hans Klenk）とカール クリング（Karl Kling）がカレラ パナメリカーナに、ヘルマン ラング（Hermann Lang）とフリッツ リース（Fritz Riess）がル・マン24時間レースで優勝した車のカラーリングである。重量を最適化した18インチマグネシウムホイールとカーボンエレメントは、ルーフの印象的なAMGクレストとともに、現代のレーシングスポーツカーへの架け橋となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【名車物語その10】メルセデス・ベンツの生んだ名車中の名車「メルセデス 300SL（W194）」メルセデスから生まれたアイコンレーシングカー＆世界的文化遺産</strong>：<a href="http://autobild.jp/19735/">http://autobild.jp/19735/</a></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>伝統と現代性の密接なつながりは、インテリアにも表れている。Bosch DDU 10コックピットディスプレイ、拡大画面、高解像度グラフィックスなどの先進的なモータースポーツテクノロジーにより、車両の操作をサポート。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41632,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_04-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41632"/><figcaption class="wp-element-caption">アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えたステアリングホイール。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>インテリアは、ファン マヌエル ファンジオ（Juan Manuel Fangio）がステアリングを握り、世界的な名声を得た1955年のメルセデス・ベンツ300SLRモデルにインスパイアされている。この証は、ブルーの市松模様のファブリックを使用したシートの張り地、ブラウンレザーのヘッドレストの張り地とドアループに見ることができる。もう一つのハイライトは、アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール。さらに、センターコンソールにエディションバッジが取り付けられている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41636,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_17-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41636"/><figcaption class="wp-element-caption">市松模様のファブリックとブラウンレザーのヘッドレストがレジェンドレーシングカーとの接点である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:table -->
<figure class="wp-block-table"><table><tbody><tr><td>エンジン</td><td>AMG 6.3リッターV8自然吸気エンジン(エアリストリクターなし)</td></tr><tr><td>最大出力</td><td>500kW / 680hp/7,250rpm</td></tr><tr><td>最大トルク</td><td>730 Nm/5,250 rpm</td></tr><tr><td>トップスピード</td><td>時速315km以上</td></tr><tr><td>ギアボックス</td><td>シーケンシャルAMG 6速コンペティションギアボックス</td></tr><tr><td>電子デバイス</td><td>モータースポーツエレクトロニクス、マルチアジャスタブルABS、AMGトラクションコントロール</td></tr><tr><td>ブレーキ</td><td>ブレーキバランス調整式ハイパフォーマンスブレーキシステム、フロント：390mmカーボンブレーキディスク、6ピストン固定キャリパー、リア：355mmカーボンブレーキディスク、4ピストン固定キャリパー</td></tr><tr><td>ホイ－ル</td><td>18インチAMGマグネシウムホイール、センターロック付き</td></tr><tr><td>シャ-シ</td><td>ダブルウィッシュボーン製フロントアクスル/リアアクスル、アジャスタブルショックアブソーバー、アンチロールバー</td></tr><tr><td>エアロ</td><td>ルーバー、スプリッター、サイドスカート、リアディフューザー、アンダーフロア、DRS(ドラッグリダクションシステム)付きリアウィング</td></tr><tr><td>燃料タンク</td><td>120リットル、モータースポーツ用セーフティタンク</td></tr><tr><td>インテリア</td><td>カーボン製セーフティセル、5点式ハーネス、セーフティネット、スチール製ロールケージ、消火システム、調整可能なステアリングホイールとペダル、ブルーの市松模様のファブリック製シートカバー、レザー製ドアループとヘッドレスト、エディション専用バッジ</td></tr><tr><td>コックピット</td><td>ボッシュDDU 10、シフトパドルと陽極酸化ノブとクルミのハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール</td></tr><tr><td>寸法/重量</td><td>全長4,795mm、全幅2,052mm、全高1,295mm。車両重量 1,275 kg</td></tr><tr><td>付属品</td><td>車のカバー、レースギア、バッグ、パーソナライズされた鑑定書、1:8スケールモデルカー</td></tr><tr><td>小売価格</td><td>1,030,000ユーロ（約1億7千万円）</td></tr></tbody></table></figure>
<!-- /wp:table -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングギアと車両カバー</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>限定13台のMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportには、それぞれヘルメットをはじめレースギアが付属している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41638,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/プレゼンテーション1-1.jpg" alt="" class="wp-image-41638"/><figcaption class="wp-element-caption">車両カバー、レーシングスーツ、バッグなどのレースギアが付属する。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>スペシャルモデルのために特別に開発された車両カバー、メルセデスAMGオフィシャルパートナーのPUMAが共同デザインし、パーソナライズされたレーシングスーツ、グローブ、レーシングアンダーウェア、シューズ。BELLの高品質でカスタマイズされたヘルメット。また、スタイリッシュなブルーの市松模様のシートカバーに合うようにデザインされ、すべてのレース用品を収納するのに十分なスペースを確保したパーソナライズされたバッグも提供される。そして、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportの1:8スケールモデルカーと、パーソナライズされた鑑定書が付いている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text：アウトビルトジャパン/妻谷裕二<br>Photo：Mercedes-Benz Group</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="862" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-300x216.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-1024x736.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-768x552.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデス・ベンツがモータースポーツに関わって130周年。それを記念して「メルセデスAMG GT3 エディション130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」が限定13台リリースされた。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツのモータースポーツ活動の歴史は、1894年7月22日にパリからルーアンまでを競う世界で最初の自動車レース、パリ～ルーアン間(126km)で、ダイムラー社製のエンジンを搭載した4台の「馬なし馬車(パナールとプジョー)」が上位を独占したことから始まる。そして130年の歳月を経て、メルセデス・ベンツは、スペシャルモデル「メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」をリリースした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#eeeaea"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#eeeaea">今年、メルセデス・ベンツはモータースポーツの130周年を祝います。このお祝いは、スリ－ポインテッドスタ－のシンボルの下で行われます。そしてAMGは、モーターレースもDNAの重要な部分を占めています。Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportは、私たちの歴史と、国際的に非常に成功したカスタマーレーシングプログラムへのコミットメントを再び強調するものです。このペブルビーチ・オートモーティブ・ウィークの特別な機会に、このエクスクルーシブなGT3コレクターズアイテムを当社ブランドのファンや愛好家に初めて紹介できることを嬉しく思います。<br><strong>メルセデスAMG GmbHのCEO、メルセデス・ベンツ Gクラスおよびメルセデス・マイバッハのビジネスユニットの責任者　ミヒャエル・シーベ</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングレジェンドリマスター</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このエクスクルーシブなGT3は、モータースポーツの象徴的な2つの時代を融合させている。最先端のモータースポーツテクノロジーと、1950年代の伝説的なレーシングカーのデザインの特徴と融合だ。680馬力を発揮するスペシャルモデルは、アファルターバッハで製造されたGT3車両の中で最もパワフルなモデル。また、メルセデスAMG GT3で自然吸気エンジンを搭載した最後のバージョンでもある。このエクスクルーシブエディションは、コレクターズアイテムとしてわずか13台の限定モデルとして全世界で発売される。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41630,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_01-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41630"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）が、米国カリフォルニア州ペブルビーチのオートモーティブウィークでワールドプレミアされた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">パフォーマンス：エアロアップデートとドラッグリダクションシステム</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ベースモデルとは異なり、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportはホモロゲーションの制限を受けない。そのため、伝説的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンはエアリストリクターを持たず、特殊な排気システムにより、最高出力は680hp(500kW)を発生する。エアロダイナミクスコンポーネントも大幅に手を加えられ、フロントスプリッターとフロントフェンダーのエアアウトレット(ルーバー)を再設計。サイドスカートの変更、フロア－とリアディフューザーもダウンフォースを増加。幅広のリアウィングのエアロバランスの最適化により、GT3ベースモデルと比較してダウンフォースが15%増加した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41633,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_05-1024x720.jpg" alt="" class="wp-image-41633"/><figcaption class="wp-element-caption">AMG製6.3リッターV8自然吸気エンジンの最高出力は680hp(500kW)。最高速度315km/h以上！</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Formula 1®とClass 1 DTMにインスパイアされたドラッグリダクションシステム(DRS)は、新しいメイン機能。ステアリングホイールのボタンを押すだけで、リアウィングがフラットポジションに移動し、抗力が減少する。また、エアロバランスを維持するために、フロントフロアのアクティブエレメントが拡張されている。このテクノロジーにより、基本的に高いダウンフォースレベルにもかかわらず、最高速度は時速315km以上。横方向の加速または減速中、アクティブエレメントはすぐに元のダウンフォース位置に戻る。独自の高性能ブレーキシステムもFormula 1®にインスパイアされている。GT3のレギュレーションで義務付けられているスチールディスクとは対照的に、スペシャルモデルのブレーキディスクはカーボン製。同モデルがホモロゲーション済みのGT3バージョンよりも大幅に軽量化されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41635,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_13-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41635"/><figcaption class="wp-element-caption">ドラッグリダクションシステム(DRS)を備えたリアウイング。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>動力は、ギア比を変更したシーケンシャル6速レーシングトランスミッションを介して伝達される。すべてのメルセデスAMGレーシングカーと同様に、リアアクスルに取り付けられたトランスアクスルトランスミッションは、カーボンファイバー製トルクチューブによってねじれ剛性とトルク耐性のある方法でエンジンに接続されている。サスペンションには、フルアジャスタブルの4ウェイモータースポーツショックアブソーバーが装備されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このコレクターズアイテムは、シャシーに接続されたカーボンファイバー製セーフティセル、5点式ハーネス、安全ネット、スチール製ロールケージ、消火システム、安全タンク、緊急ハッチなど、メルセデスAMG GT3の実証済み安全性を装備。この広範囲に及ぶ装備には、効果的なレーシングABSとマルチ・アジャスタブルトラクションコントロールシステムも含まれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#edebeb"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#edebeb">ユニークなメルセデスAMG GT3エディション130Yモータースポーツは、現在のモータースポーツポートフォリオの最高峰です。13台限定であるだけでなく、象徴的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンを搭載した最後のGT3バージョンでもあります。このエクスクルーシブエディションでは、公式のホモロゲーション以外でも何が可能かを示しており、多くの技術的な改良と軽量コンポーネントを統合しています。したがって、私たちは記念の年に別のマイルストーンを設定し、関心のある顧客に技術的にも視覚的にも非常に感情的な製品を提供します。<br><strong>メルセデスAMGモータースポーツ責任者　クリストフ・ザゲミュラー</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">オーストラリアのマウント・パノラマ・サーキットで最速タイムを記録</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2024年2月17日、オーストラリアのマウント パノラマサーキット（6.213km）にプロトタイプを持ち込みタイムアタックが行われた。そこで、メルセデスAMGのパフォーマンスドライバー、ジュール グーノン(Jules Gounon)が、GTカーのコースレコードを2.074秒更新し、1分56秒605のタイムを記録した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41637,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_19-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-41637"/><figcaption class="wp-element-caption">Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportプロトタイプがジュール・グーノン(Jules Gounon)のドライブでコースレコードとなる1分56秒605のタイムを記録した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">最先端のモータースポーツテクノロジーと伝統的なデザインの特徴</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年に発売されたメルセデス・ベンツ 300SL（W194）レーシングスポーツカーは、限定版アニバーサリーモデルのデザインのインスピレーションとなっている。メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツの外観はブランド初のクローズドトップレーシングカーのクラシックなスタイルが特徴。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41634,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_09-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41634"/><figcaption class="wp-element-caption">伝説のメルセデス300SL（W194）とMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>エクスクルーシブなシルバーカラーの特別塗装仕上げは、伝説のシルバーアローズを彷彿させている。フロントフェンダーのブルーの菱形とラジエーターグリルのカラーリングは、歴史的に成功した車である証し。1952年にハンス クレンク（Hans Klenk）とカール クリング（Karl Kling）がカレラ パナメリカーナに、ヘルマン ラング（Hermann Lang）とフリッツ リース（Fritz Riess）がル・マン24時間レースで優勝した車のカラーリングである。重量を最適化した18インチマグネシウムホイールとカーボンエレメントは、ルーフの印象的なAMGクレストとともに、現代のレーシングスポーツカーへの架け橋となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【名車物語その10】メルセデス・ベンツの生んだ名車中の名車「メルセデス 300SL（W194）」メルセデスから生まれたアイコンレーシングカー＆世界的文化遺産</strong>：<a href="http://autobild.jp/19735/">http://autobild.jp/19735/</a></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>伝統と現代性の密接なつながりは、インテリアにも表れている。Bosch DDU 10コックピットディスプレイ、拡大画面、高解像度グラフィックスなどの先進的なモータースポーツテクノロジーにより、車両の操作をサポート。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41632,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_04-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41632"/><figcaption class="wp-element-caption">アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えたステアリングホイール。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>インテリアは、ファン マヌエル ファンジオ（Juan Manuel Fangio）がステアリングを握り、世界的な名声を得た1955年のメルセデス・ベンツ300SLRモデルにインスパイアされている。この証は、ブルーの市松模様のファブリックを使用したシートの張り地、ブラウンレザーのヘッドレストの張り地とドアループに見ることができる。もう一つのハイライトは、アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール。さらに、センターコンソールにエディションバッジが取り付けられている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41636,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_17-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41636"/><figcaption class="wp-element-caption">市松模様のファブリックとブラウンレザーのヘッドレストがレジェンドレーシングカーとの接点である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:table -->
<figure class="wp-block-table"><table><tbody><tr><td>エンジン</td><td>AMG 6.3リッターV8自然吸気エンジン(エアリストリクターなし)</td></tr><tr><td>最大出力</td><td>500kW / 680hp/7,250rpm</td></tr><tr><td>最大トルク</td><td>730 Nm/5,250 rpm</td></tr><tr><td>トップスピード</td><td>時速315km以上</td></tr><tr><td>ギアボックス</td><td>シーケンシャルAMG 6速コンペティションギアボックス</td></tr><tr><td>電子デバイス</td><td>モータースポーツエレクトロニクス、マルチアジャスタブルABS、AMGトラクションコントロール</td></tr><tr><td>ブレーキ</td><td>ブレーキバランス調整式ハイパフォーマンスブレーキシステム、フロント：390mmカーボンブレーキディスク、6ピストン固定キャリパー、リア：355mmカーボンブレーキディスク、4ピストン固定キャリパー</td></tr><tr><td>ホイ－ル</td><td>18インチAMGマグネシウムホイール、センターロック付き</td></tr><tr><td>シャ-シ</td><td>ダブルウィッシュボーン製フロントアクスル/リアアクスル、アジャスタブルショックアブソーバー、アンチロールバー</td></tr><tr><td>エアロ</td><td>ルーバー、スプリッター、サイドスカート、リアディフューザー、アンダーフロア、DRS(ドラッグリダクションシステム)付きリアウィング</td></tr><tr><td>燃料タンク</td><td>120リットル、モータースポーツ用セーフティタンク</td></tr><tr><td>インテリア</td><td>カーボン製セーフティセル、5点式ハーネス、セーフティネット、スチール製ロールケージ、消火システム、調整可能なステアリングホイールとペダル、ブルーの市松模様のファブリック製シートカバー、レザー製ドアループとヘッドレスト、エディション専用バッジ</td></tr><tr><td>コックピット</td><td>ボッシュDDU 10、シフトパドルと陽極酸化ノブとクルミのハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール</td></tr><tr><td>寸法/重量</td><td>全長4,795mm、全幅2,052mm、全高1,295mm。車両重量 1,275 kg</td></tr><tr><td>付属品</td><td>車のカバー、レースギア、バッグ、パーソナライズされた鑑定書、1:8スケールモデルカー</td></tr><tr><td>小売価格</td><td>1,030,000ユーロ（約1億7千万円）</td></tr></tbody></table></figure>
<!-- /wp:table -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングギアと車両カバー</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>限定13台のMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportには、それぞれヘルメットをはじめレースギアが付属している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41638,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/プレゼンテーション1-1.jpg" alt="" class="wp-image-41638"/><figcaption class="wp-element-caption">車両カバー、レーシングスーツ、バッグなどのレースギアが付属する。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>スペシャルモデルのために特別に開発された車両カバー、メルセデスAMGオフィシャルパートナーのPUMAが共同デザインし、パーソナライズされたレーシングスーツ、グローブ、レーシングアンダーウェア、シューズ。BELLの高品質でカスタマイズされたヘルメット。また、スタイリッシュなブルーの市松模様のシートカバーに合うようにデザインされ、すべてのレース用品を収納するのに十分なスペースを確保したパーソナライズされたバッグも提供される。そして、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportの1:8スケールモデルカーと、パーソナライズされた鑑定書が付いている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text：アウトビルトジャパン/妻谷裕二<br>Photo：Mercedes-Benz Group</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>スポーツカーの原点「メルセデス・ベンツ SL」70年の輝かしい歴史</title>
		<link>https://autobild.jp/32106/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 Feb 2024 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[190SL]]></category>
		<category><![CDATA[230SL]]></category>
		<category><![CDATA[280SL]]></category>
		<category><![CDATA[300SL]]></category>
		<category><![CDATA[300SL プロトタイプ]]></category>
		<category><![CDATA[300SL ロードスター]]></category>
		<category><![CDATA[500SL]]></category>
		<category><![CDATA[560SL]]></category>
		<category><![CDATA[600SL]]></category>
		<category><![CDATA[AMG SL 43]]></category>
		<category><![CDATA[AMG SL 63]]></category>
		<category><![CDATA[Mercedes-Benz]]></category>
		<category><![CDATA[R107]]></category>
		<category><![CDATA[R129]]></category>
		<category><![CDATA[R230]]></category>
		<category><![CDATA[R231]]></category>
		<category><![CDATA[R232]]></category>
		<category><![CDATA[SL500]]></category>
		<category><![CDATA[SL63 AMG]]></category>
		<category><![CDATA[SL65 AMG]]></category>
		<category><![CDATA[SL73 AMG]]></category>
		<category><![CDATA[W113]]></category>
		<category><![CDATA[W121]]></category>
		<category><![CDATA[W194]]></category>
		<category><![CDATA[W198]]></category>
		<category><![CDATA[パゴダ]]></category>
		<category><![CDATA[バリオルーフ]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデス・ベンツ]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデス・ベンツ SL]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://autobild.jp/?p=32106</guid>

					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1152" height="648" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg 1152w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1068x601.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1152px) 100vw, 1152px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1952年300SLレーシングスポーツカーから70年にも及ぶ輝かしいメルセデス・ベンツ SLの歴史は、一朝一夕では成し遂げられない自動車の革新技術であり、当時のセレブリティたちの生活や夢を追い求めるためのラグジュアリースポーツカーでもある。今回はこのオープンエアを楽しめる歴代SLについて紙面が許す限り紹介してみたい。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの2文字の意味</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>SLの2文字は、世界的に有名な特徴であり、メルセデス・ベンツ独自のスポーツカーの伝統である。SLは1952年に初登場した。ドイツ語でSuper Leichtの略語で「超軽量」を意味し、300SLレーシングスポーツカー/W194から、スポーツカー及びパフォーマンスブランドであるメルセデスAMG/R232モデルシリーズの最新SLに至っている。先祖である300SLレーシングスポーツカー/W194（プロトタイプ）は依然としてモータ－スポーツ専用語となっており、重要なメルセデス・ベンツのブランド価値を伝えている。世界最古の高級車メーカーとして、このブランドは各時代にモータースポーツに関わり、大きな成功を納めてきた。300SLガルウィングクーペ/W198以降、スポーティさ、豪華さ、ライフスタイルがすべてのSLの特質となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの歴史（1952-1963年）：遺伝子に宿るスポーティさ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この輝かしい先祖から現代に至る各世代のSLモデルは、途切れることのないサクセスストーリーの中で独自の章を刻みこんでいる。メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を伝えた。この展示会では、保存されている最古の300SLレーシングスポーツカー/W194から新型メルセデスAMG/R232モデルシリーズまで、70年間のSLスポーツカー10台が展示された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33760,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/53-1024x560.jpg" alt="" class="wp-image-33760"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を披露した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLプロトタイプ/W194（1952型、1953年型）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年3月12日、メルセデス・ベンツは純粋なモータースポーツカー300SL/W194(プロトタイプ)を発表した。高性能軽量スポーツカー300SLはメルセデス・ベンツの歴史上欠くことのできないスーパースターだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33735,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02_1.jpg" alt="" class="wp-image-33735"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":33761,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02-2_1.jpg" alt="" class="wp-image-33761"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>設計部長のルドルフ・ウーレンハウトの構想は、自動車というより航空機に近いものと言われた。当時、自動車では考えもつかなかった複雑な力学計算がなされ、スペースフレームは何本ものパイプをつないで溶接された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33736,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/03.jpg" alt="" class="wp-image-33736"/><figcaption class="wp-element-caption">初代SL；300SLプロトタイプ/W194のシャーシはスペースフレームで構成され、軽量化が図られた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>結果、フレーム自身の重量は約80kg前後、エンジンは直列6気筒、SOHC、3L、3個のソレックスキャブで170PSにチューンされ、全高(重心)を低くする為、左45度に傾斜して搭載。この2シーターはスペースフレームの為にサイドシルが非常に高く、思い切ってルーフセンターが飛行機の様にヒンジの上に開くドアを採用。このドアは左右両方を同時に開けると、ちょうど「かもめが翼を広げたような形」になるところから、「ガルウィング」という名前が付けられた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年の5月、初戦のミッレ・ミリア（イタリア語で1.000マイル）ではカール・クリンクが2位になり、まずまずのデビュースタート。そして最大の勝利はル・マン24時間耐久レースで1・2位を獲得。またニュルブルクリンクのレースでもオープンの300SLが1・2・3位を独占。続いて当時のスポーツカー・レースのビック・イベントであるカレラ・パナメリカーナ・メキシコのレースでカール・クリンクが優勝、2位をヘルマン・ランクが獲得する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33752,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション1.jpg" alt="" class="wp-image-33752"/><figcaption class="wp-element-caption">写真左上：1952年カレラ・パナメリカーナ・メヒコに参戦した300SLプロトタイプ/W194の3台は遠方より識別できる様にヘッドライト周辺を彩色（左から2位のヘルマン・ランク/エルヴィン・グルップのクーペはブルー色、1位のカール・クリンク/ハンス・クレンクのクーペはグリーン色、３位のジョン・フィッチ/ユルゲン・ガイガーのロードスターはホワイト色）。写真右下：SLは2代目のW113までモータースポーツで活躍した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLガルウィングクーペ/Ｗ198（1954-1957年）、190SL/W121（1955-1963年）の誕生</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このように成功を収めたレーシングカーの量産車バージョンを生産するという素晴らしいアイディアがメルセデス・ベンツSLシリーズの量産スポーツカーの歴史の始まりを示したと言える。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33737,"width":"726px","height":"auto","sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/04-2.jpg" alt="" class="wp-image-33737" style="width:726px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「ガルウィング」の元祖。伝説のメルセデス 300SL/W198はレーシングカーをツーリングカーとして市販するというパターンの先駆けでもある。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このアイディアの主は、ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマン（親しみを込めてマキシと呼ばれた）で、1953年にダイムラー・ベンツ社に提案した。当時のダイムラー・ベンツ社の経営陣とホフマンの間で行われた対話の中で、最終的に190SLロードスターと300ＳＬガルウィングクーペの2台スポーツカーが誕生した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33756,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション5-1.jpg" alt="" class="wp-image-33756"/><figcaption class="wp-element-caption">写真上：ニューヨーク国際オートショーでのメルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198と190SL/W121。写真下：ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマンが300SL/190SLの量産モデルを提案した。アメリカ東部にあったホフマンのショールーム。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1954年2月のニューヨーク国際オートショーでこの2台が同時発表展示された（190SLはプロトタイプ）。コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は、技術的には中型セダン/W120（ポントン）から派生したもので、105PSの直列4気筒1.9Lエンジンを搭載。さらに、成功を収めたレーシングスポーツカー300SL/W194のコンセプトは、特に目の肥えたお客様向けの高性能車、300SLガルウィングクーペ/W198へと受け継がれ、直列6気筒3Lで世界初のガソリン直噴エンジンを搭載し215PSを誇り、世界のセレブ達に愛用された。室内は極めて豪華に仕上げられ、標準ではレーサーのようにチェックの布張りシート、またはオプションで本革張りも注文できた。後ろの巨大なラゲッジスペースには、2点のトランクと、それを固定するストラップがオプションで用意された。その他、ホイールセンターノックオフなどが注文装備できた。ボディはプロトの総アルミからガルウィングドア、エンジンフード、トランクリッド以外はスチール製になった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33755,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション4-1024x676.jpg" alt="" class="wp-image-33755"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198の豪華な内装。左下：1954年190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>発売時の価格は同世代のメルセデス・ベンツの代表的中型セダン180の約3倍に相当する2万9000マルクと非常に高価であったが、当時の性能面や装備からすれば、妥当な価格であると言える。一方、コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は1万6500マルクで、デートカーとして最適だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33738,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/06（2）.webp" alt="" class="wp-image-33738"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ちなみに、当時のダイムラー・ベンツ社の経営委員会会長であるヴィルヘルム・ハスペルは、当時世界最大の自動車市場を擁する米国が世界輸出を成功させるための重要なキーであると認識していた。メルセデス・ベンツの北米への輸出は、すでに1952年に具体化していた。決定的な役割を果たしたのは、先述のマクシミリアン・エドウィン・ホフマンで1952年7月に当時のダイムラー・ベンツ社は米国東部の総代理店として彼と契約を締結していた。当初は市販予定の無かった300SLだが、その人気に目をつけた彼は市販化を提案し実に1000台もの発注を入れたのだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33758,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション7-1-1024x405.jpg" alt="" class="wp-image-33758"/><figcaption class="wp-element-caption">左：300SL ガルウィングのボディとシャシーを組み合わせる工程。右：日本の輸入元のウエスタン自動車が1954年に開催した展示会で展示された300SLガルウィングクーペ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツはホフマンの先見の明のある意見を歓迎し、それが「SL」の伝説に大きく貢献することとなる。1954年に発表された2台のスポーツカーは現在のメルセデスAMG SL/R232にまで続く独特の伝統の始まりとなるのである。「SL」の量産化を提案したホフマンの影響力は「メルセデス」の名付け親、オーストリア・ハンガリー帝国の領事でセールスマンのパイオニアでもあるエミール・イエリネックの影響力に匹敵する。エミール・イエリネックの話は<a href="http://autobild.jp/10646/" target="_blank" rel="noopener" title="">「モーターレースを語らずにメルセデス・ベンツの歴史を語ることは不可能！（前編）」</a>をお読みいただければと思うが、メルセデスと名付けられた最初の車、1901年の「メルセデス35PS」の設計に貴重なアドバイスをした人物である。また、米国での礎を築いた人物にはドイツの盟友スタンウェイ＆サンズ（米国の有名なピアノメーカー）も外せない。4男のスタンウェイは1888年米国のニューヨーク州にダイムラー・エンジン会社を設立し、ライセンス生産した。<a href="http://autobild.jp/11771/" target="_blank" rel="noopener" title="">「スタインウェイとメルセデスの深い絆」</a>も合わせてお読みください。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLロードスター/W198（1957-1963年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1957年には、ガルウィングクーペに続いて300SLロードスター/W198が登場した。先述の300SLガルウィングクーペ/190SL同様に、この車もマクシミリアン・エドウィン・ホフマンの主導で造られた。特に乗降において、文字通り高い敷居となっていたサウドシルを下げるため、フレームは再設計。ドアは前開きに、ウインドウも開閉可能となった。1961年頃からこれまで大型のアルフィンドラムであったブレーキを前のみディスクに改良。当時のロードスターの発売価格は3万2500マルクだった。ここにラグジュアリーなロードスターが誕生し、現代のSLに続く豪奢なロードスターが完成した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33739,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/09-4_1.jpg" alt="" class="wp-image-33739"/><figcaption class="wp-element-caption">1957年、メルセデス 300SLロードスター/W198が登場した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>300SLは、ガルウィングクーペが1954年8月から1957年5月まで1400台生産され、ロードスターが1957年2月から1963年春までに1858台生産された。価格的にも手頃な190SLは、1955年から1963年春まで2万5881台生産された。アメリカでは現在、愛好家の集い・ガルウィングクラブが盛んに活動している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">2代目SL/W113（1963-1971年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1963年3月14日～24日まで開催されたジュネーブモーターショーで、メルセデス・ベンツ230SL/W113が発表された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33740,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/18_1.jpg" alt="" class="wp-image-33740"/><figcaption class="wp-element-caption">2代目メルセデス 230SL/W113が1963年3月に登場した。フラン人ポール・ブラックが内側に湾曲した独特なルーフデザインを採用し「パコダ」というニックネームが付けられた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当然、2代目に対する世間の期待は非常に高かったが、1955年のル・マンの悲劇以降レース活動から手を引いたメルセデスは、「SL」を快適なツーリングスポーツカーへと変貌させた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この2代目の230SL/W113は先代の300SLロードスター/W198と190SL/W121の2台に取って代わるもので、排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンを搭載し、150PSを発揮する高性能を備えた快適な2シーターツーリングカーとして注目を集めた。そのデザインは巨匠フリードリッヒ・ガイガーの指揮の基、フランス人デザイナーのポール・ブラック（1957年 - 1967年在籍）によって作成された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33806,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/15.jpg" alt="" class="wp-image-33806"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス 230SL/W113のエンジンルーム。排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンは150PSを発揮する高性能である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このW113は「パゴダ」と呼ばれるが、これはオプションのハードトップがヘッドクリアランスを取るべく、内側に湾曲したルーフになっていて、その形状がアジアの寺院の建物を連想させたことから名づけられたことによる。デザイン担当のポール・ブラック氏は在籍中にW111/W112を皮切りに、W113、W100、W108/W109、W114/W115の「縦目のベンツ」シリーズを構築した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>特に、この230SL/W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。230SLのフレームフロアシステムは、セダンの220/W111シリーズに由来している。そのフレームは全長を短縮し強化された。1959年、220Sb/W111（ハネベン）はメルセデス・ベンツの安全性のパイオニアであるベラ・バレニによって開発された衝撃吸収式構造と堅牢な客室を備えた安全ボディを備えた世界初の乗用車であった（モノコック）。1960年には安全性のテストが拡大され横転テストも含まれた。そこで、このパゴダは前後の衝撃吸収構造と堅牢な客室を備えた安全な最初のスポーツカーといわれる所以である。時は1939年、世の中に概念すらなかった「自動車の安全性」の研究に着手し、ドイツ・ジンデルフィンゲン工場の一角で「エンジンよりも先に人間を」というモットーに多くの安全技術を開発したベラ・バレニの情熱と努力の賜物である(在籍34年間に2500件の特許取得)。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33759,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション8-1-1024x337.jpg" alt="" class="wp-image-33759"/><figcaption class="wp-element-caption">左：パゴダルーフ。右：衝撃テスト風景。W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2代目SLの「230SL」がパーソナルカー的イメージを強くしたのは4速ATとパワーステアリングがオプションで設定されたことによるが、多くのユーザーが好んで両装備を選択した。特に女性ユーザーからの支持を得て順調に販売を伸ばしていった。手元にある280SLカタログに目を通してみても表紙はもちろん赤をベースとし、オーナーは女性ユーザーで、赤いボディカラーが印象的である。これは硬派の300SL後継車（シルバー）として、驚異的な事である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>忘れてならないのは、この230SLがモータースポーツでも成功した事である。1963年8月27日から31日かけて行われたスパ-ソフィア-リエージュの5000km以上のマラソンラリーで、名手オイゲン・ベーリンガーとクラウス・カイザーが獲得した勝利は目覚ましいものであった（翌年も3位を獲得）。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33805,"width":"379px","height":"auto","sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/16-2-730x1024.jpg" alt="" class="wp-image-33805" style="width:379px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「SL」の表紙を飾るのは赤いSLだ。これはSLがレースをを意識したクラスではないことを意味している。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>W113のモデルレンジは1967年の2.5Ｌ、150PSエンジンを搭載し全輪ディスクブレーキを装備した250SLに移行し、さらに翌年の1968年には2.8Ｌ、170PSエンジンを搭載した280SLへと進化した。1971年3月、W113は合計4万8912台生産された後、生産を終了した。内訳は230SLが１万9831台、250SLが5196台、280SLが2万3885台だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">3代目SL/R107（1971-1989年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1971年の春にR107モデルシリーズの「SL」がデビューした。ミッドサイズのW114から転用したシャーシコンポーネンツにSクラス/W116用エンジンユニットを搭載したハードトップとソフトトップを兼ね備えたオープン2シーターモデルだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33807,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/21.jpg" alt="" class="wp-image-33807"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107は3タイプを使い分けられる；左からハードトップ、ソフトトップ、オープン。ハードトップはパコダルーフのイメージを残している。取り外すには重量が約80ｋｇもあり最低2人は必要。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>外観の特徴は横目のヘッドライトとウンカー、ラジエーターグリルを一直線に繫いで力強さを表現していた。メルセデス・ベンツとしては異例となる長期生産となり、1989年までの18年間で、総生産台数は約23万7000台のロングセラーモデルとなった。このうち約2/3は米国（主に西海岸）で販売されたといわれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33757,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション6-1-1024x258.jpg" alt="" class="wp-image-33757"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107が1971年の春にデビュー。ロングノーズショートデッキのスタイルは継承されている。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツSLの歴史で初めて8気筒エンジンが、まず1971年の350SL、1973年には450SLに搭載された。1974年、280SLに6気筒エンジンが続き、初めて3つのエンジンがラインナップに加わった。1980年の最初のビッグマイナーチェンジでSクラス/W126と同じ新開発の軽量アルミV-8気筒エンジンを導入。これに伴い、従来のV-8気筒エンジンを搭載していた350SL/450SLは380SL/500SLへと置き換えられた。500SLは5L V-8気筒SOHCエンジンを搭載し240PSを発揮するが、アメリカ仕様は排ガス規制に合わせてエンジン改修が行われたため、圧縮比の低減によるパワーダウンを余儀なくされた。また、380SLも同様である。1989年には2度目のビッグマイナ－チェンジが行われ、同モデルのフラッグシップ560SLもデビューした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33808,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/22.jpg" alt="" class="wp-image-33808"/><figcaption class="wp-element-caption">SL/R107の内装；計器類は見易く、操作類は手が届き易く運転に集中できるメルセデス・ベンツの安全設計で装備も充実。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>日本では560SLがフラッグシップのイメージがあるが、排ガス規制クリアしつつパワーダウンを補うべく排気量をアップしたアメリカ及び日本仕様なのである。欧州では500SLが真のフラッグシップである。つまり、より軽量なSLにとって、排ガス対策の軽微な欧州では、5L V-8エンジンがスムーズに回転しパワフルであり純粋なオリジナルトップモデルである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33809,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/26.jpg" alt="" class="wp-image-33809"/><figcaption class="wp-element-caption">この3代目SL/R107から「SL」英語の「Super Luxury（スーパーラグジュアリー）」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルとなった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>本来、SLは「Super Leicht（ドイツ語読みでスーパーライヒト＝超軽量）」の略であるが、R107は先代のモデルのW113と比較してボディサイズの拡大や装備の充実が行われ、英語の「スーパーラグジュアリー」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルシリーズとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1970～1980年代は厳しい安全基準のため、いわゆる「オープンカー冬の時代」であった。その逆境の中ではあったが、R107は米国向けモデルの開発へ向けて果敢に挑戦した。他メーカーがオープンカーからタルガトップなどへの変更を余儀なくされる中、Aピラー部の大幅な強化とウンドウスクリーンをフレームへ接着するという革新技術の導入で安全基準をクリアーした。米国で新車登録できるオープンカーは、この時代にはメルセデス・ベンツのSL/R107しかなく、これによりメルセデス・ベンツSLはブランド力を向上させることに成功した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong><a href="http://autobild.jp/32106/2/" title="">次ページ「４代目SL/R129(1989-2001年)」～</a></strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1152" height="648" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg 1152w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1068x601.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1152px) 100vw, 1152px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1952年300SLレーシングスポーツカーから70年にも及ぶ輝かしいメルセデス・ベンツ SLの歴史は、一朝一夕では成し遂げられない自動車の革新技術であり、当時のセレブリティたちの生活や夢を追い求めるためのラグジュアリースポーツカーでもある。今回はこのオープンエアを楽しめる歴代SLについて紙面が許す限り紹介してみたい。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの2文字の意味</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>SLの2文字は、世界的に有名な特徴であり、メルセデス・ベンツ独自のスポーツカーの伝統である。SLは1952年に初登場した。ドイツ語でSuper Leichtの略語で「超軽量」を意味し、300SLレーシングスポーツカー/W194から、スポーツカー及びパフォーマンスブランドであるメルセデスAMG/R232モデルシリーズの最新SLに至っている。先祖である300SLレーシングスポーツカー/W194（プロトタイプ）は依然としてモータ－スポーツ専用語となっており、重要なメルセデス・ベンツのブランド価値を伝えている。世界最古の高級車メーカーとして、このブランドは各時代にモータースポーツに関わり、大きな成功を納めてきた。300SLガルウィングクーペ/W198以降、スポーティさ、豪華さ、ライフスタイルがすべてのSLの特質となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの歴史（1952-1963年）：遺伝子に宿るスポーティさ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この輝かしい先祖から現代に至る各世代のSLモデルは、途切れることのないサクセスストーリーの中で独自の章を刻みこんでいる。メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を伝えた。この展示会では、保存されている最古の300SLレーシングスポーツカー/W194から新型メルセデスAMG/R232モデルシリーズまで、70年間のSLスポーツカー10台が展示された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33760,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/53-1024x560.jpg" alt="" class="wp-image-33760"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を披露した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLプロトタイプ/W194（1952型、1953年型）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年3月12日、メルセデス・ベンツは純粋なモータースポーツカー300SL/W194(プロトタイプ)を発表した。高性能軽量スポーツカー300SLはメルセデス・ベンツの歴史上欠くことのできないスーパースターだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33735,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02_1.jpg" alt="" class="wp-image-33735"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":33761,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02-2_1.jpg" alt="" class="wp-image-33761"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>設計部長のルドルフ・ウーレンハウトの構想は、自動車というより航空機に近いものと言われた。当時、自動車では考えもつかなかった複雑な力学計算がなされ、スペースフレームは何本ものパイプをつないで溶接された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33736,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/03.jpg" alt="" class="wp-image-33736"/><figcaption class="wp-element-caption">初代SL；300SLプロトタイプ/W194のシャーシはスペースフレームで構成され、軽量化が図られた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>結果、フレーム自身の重量は約80kg前後、エンジンは直列6気筒、SOHC、3L、3個のソレックスキャブで170PSにチューンされ、全高(重心)を低くする為、左45度に傾斜して搭載。この2シーターはスペースフレームの為にサイドシルが非常に高く、思い切ってルーフセンターが飛行機の様にヒンジの上に開くドアを採用。このドアは左右両方を同時に開けると、ちょうど「かもめが翼を広げたような形」になるところから、「ガルウィング」という名前が付けられた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年の5月、初戦のミッレ・ミリア（イタリア語で1.000マイル）ではカール・クリンクが2位になり、まずまずのデビュースタート。そして最大の勝利はル・マン24時間耐久レースで1・2位を獲得。またニュルブルクリンクのレースでもオープンの300SLが1・2・3位を独占。続いて当時のスポーツカー・レースのビック・イベントであるカレラ・パナメリカーナ・メキシコのレースでカール・クリンクが優勝、2位をヘルマン・ランクが獲得する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33752,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション1.jpg" alt="" class="wp-image-33752"/><figcaption class="wp-element-caption">写真左上：1952年カレラ・パナメリカーナ・メヒコに参戦した300SLプロトタイプ/W194の3台は遠方より識別できる様にヘッドライト周辺を彩色（左から2位のヘルマン・ランク/エルヴィン・グルップのクーペはブルー色、1位のカール・クリンク/ハンス・クレンクのクーペはグリーン色、３位のジョン・フィッチ/ユルゲン・ガイガーのロードスターはホワイト色）。写真右下：SLは2代目のW113までモータースポーツで活躍した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLガルウィングクーペ/Ｗ198（1954-1957年）、190SL/W121（1955-1963年）の誕生</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このように成功を収めたレーシングカーの量産車バージョンを生産するという素晴らしいアイディアがメルセデス・ベンツSLシリーズの量産スポーツカーの歴史の始まりを示したと言える。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33737,"width":"726px","height":"auto","sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/04-2.jpg" alt="" class="wp-image-33737" style="width:726px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「ガルウィング」の元祖。伝説のメルセデス 300SL/W198はレーシングカーをツーリングカーとして市販するというパターンの先駆けでもある。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このアイディアの主は、ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマン（親しみを込めてマキシと呼ばれた）で、1953年にダイムラー・ベンツ社に提案した。当時のダイムラー・ベンツ社の経営陣とホフマンの間で行われた対話の中で、最終的に190SLロードスターと300ＳＬガルウィングクーペの2台スポーツカーが誕生した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33756,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション5-1.jpg" alt="" class="wp-image-33756"/><figcaption class="wp-element-caption">写真上：ニューヨーク国際オートショーでのメルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198と190SL/W121。写真下：ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマンが300SL/190SLの量産モデルを提案した。アメリカ東部にあったホフマンのショールーム。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1954年2月のニューヨーク国際オートショーでこの2台が同時発表展示された（190SLはプロトタイプ）。コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は、技術的には中型セダン/W120（ポントン）から派生したもので、105PSの直列4気筒1.9Lエンジンを搭載。さらに、成功を収めたレーシングスポーツカー300SL/W194のコンセプトは、特に目の肥えたお客様向けの高性能車、300SLガルウィングクーペ/W198へと受け継がれ、直列6気筒3Lで世界初のガソリン直噴エンジンを搭載し215PSを誇り、世界のセレブ達に愛用された。室内は極めて豪華に仕上げられ、標準ではレーサーのようにチェックの布張りシート、またはオプションで本革張りも注文できた。後ろの巨大なラゲッジスペースには、2点のトランクと、それを固定するストラップがオプションで用意された。その他、ホイールセンターノックオフなどが注文装備できた。ボディはプロトの総アルミからガルウィングドア、エンジンフード、トランクリッド以外はスチール製になった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33755,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション4-1024x676.jpg" alt="" class="wp-image-33755"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198の豪華な内装。左下：1954年190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>発売時の価格は同世代のメルセデス・ベンツの代表的中型セダン180の約3倍に相当する2万9000マルクと非常に高価であったが、当時の性能面や装備からすれば、妥当な価格であると言える。一方、コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は1万6500マルクで、デートカーとして最適だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33738,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/06（2）.webp" alt="" class="wp-image-33738"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ちなみに、当時のダイムラー・ベンツ社の経営委員会会長であるヴィルヘルム・ハスペルは、当時世界最大の自動車市場を擁する米国が世界輸出を成功させるための重要なキーであると認識していた。メルセデス・ベンツの北米への輸出は、すでに1952年に具体化していた。決定的な役割を果たしたのは、先述のマクシミリアン・エドウィン・ホフマンで1952年7月に当時のダイムラー・ベンツ社は米国東部の総代理店として彼と契約を締結していた。当初は市販予定の無かった300SLだが、その人気に目をつけた彼は市販化を提案し実に1000台もの発注を入れたのだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33758,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション7-1-1024x405.jpg" alt="" class="wp-image-33758"/><figcaption class="wp-element-caption">左：300SL ガルウィングのボディとシャシーを組み合わせる工程。右：日本の輸入元のウエスタン自動車が1954年に開催した展示会で展示された300SLガルウィングクーペ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツはホフマンの先見の明のある意見を歓迎し、それが「SL」の伝説に大きく貢献することとなる。1954年に発表された2台のスポーツカーは現在のメルセデスAMG SL/R232にまで続く独特の伝統の始まりとなるのである。「SL」の量産化を提案したホフマンの影響力は「メルセデス」の名付け親、オーストリア・ハンガリー帝国の領事でセールスマンのパイオニアでもあるエミール・イエリネックの影響力に匹敵する。エミール・イエリネックの話は<a href="http://autobild.jp/10646/" target="_blank" rel="noopener" title="">「モーターレースを語らずにメルセデス・ベンツの歴史を語ることは不可能！（前編）」</a>をお読みいただければと思うが、メルセデスと名付けられた最初の車、1901年の「メルセデス35PS」の設計に貴重なアドバイスをした人物である。また、米国での礎を築いた人物にはドイツの盟友スタンウェイ＆サンズ（米国の有名なピアノメーカー）も外せない。4男のスタンウェイは1888年米国のニューヨーク州にダイムラー・エンジン会社を設立し、ライセンス生産した。<a href="http://autobild.jp/11771/" target="_blank" rel="noopener" title="">「スタインウェイとメルセデスの深い絆」</a>も合わせてお読みください。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLロードスター/W198（1957-1963年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1957年には、ガルウィングクーペに続いて300SLロードスター/W198が登場した。先述の300SLガルウィングクーペ/190SL同様に、この車もマクシミリアン・エドウィン・ホフマンの主導で造られた。特に乗降において、文字通り高い敷居となっていたサウドシルを下げるため、フレームは再設計。ドアは前開きに、ウインドウも開閉可能となった。1961年頃からこれまで大型のアルフィンドラムであったブレーキを前のみディスクに改良。当時のロードスターの発売価格は3万2500マルクだった。ここにラグジュアリーなロードスターが誕生し、現代のSLに続く豪奢なロードスターが完成した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33739,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/09-4_1.jpg" alt="" class="wp-image-33739"/><figcaption class="wp-element-caption">1957年、メルセデス 300SLロードスター/W198が登場した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>300SLは、ガルウィングクーペが1954年8月から1957年5月まで1400台生産され、ロードスターが1957年2月から1963年春までに1858台生産された。価格的にも手頃な190SLは、1955年から1963年春まで2万5881台生産された。アメリカでは現在、愛好家の集い・ガルウィングクラブが盛んに活動している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">2代目SL/W113（1963-1971年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1963年3月14日～24日まで開催されたジュネーブモーターショーで、メルセデス・ベンツ230SL/W113が発表された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33740,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/18_1.jpg" alt="" class="wp-image-33740"/><figcaption class="wp-element-caption">2代目メルセデス 230SL/W113が1963年3月に登場した。フラン人ポール・ブラックが内側に湾曲した独特なルーフデザインを採用し「パコダ」というニックネームが付けられた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当然、2代目に対する世間の期待は非常に高かったが、1955年のル・マンの悲劇以降レース活動から手を引いたメルセデスは、「SL」を快適なツーリングスポーツカーへと変貌させた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この2代目の230SL/W113は先代の300SLロードスター/W198と190SL/W121の2台に取って代わるもので、排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンを搭載し、150PSを発揮する高性能を備えた快適な2シーターツーリングカーとして注目を集めた。そのデザインは巨匠フリードリッヒ・ガイガーの指揮の基、フランス人デザイナーのポール・ブラック（1957年 - 1967年在籍）によって作成された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33806,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/15.jpg" alt="" class="wp-image-33806"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス 230SL/W113のエンジンルーム。排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンは150PSを発揮する高性能である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このW113は「パゴダ」と呼ばれるが、これはオプションのハードトップがヘッドクリアランスを取るべく、内側に湾曲したルーフになっていて、その形状がアジアの寺院の建物を連想させたことから名づけられたことによる。デザイン担当のポール・ブラック氏は在籍中にW111/W112を皮切りに、W113、W100、W108/W109、W114/W115の「縦目のベンツ」シリーズを構築した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>特に、この230SL/W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。230SLのフレームフロアシステムは、セダンの220/W111シリーズに由来している。そのフレームは全長を短縮し強化された。1959年、220Sb/W111（ハネベン）はメルセデス・ベンツの安全性のパイオニアであるベラ・バレニによって開発された衝撃吸収式構造と堅牢な客室を備えた安全ボディを備えた世界初の乗用車であった（モノコック）。1960年には安全性のテストが拡大され横転テストも含まれた。そこで、このパゴダは前後の衝撃吸収構造と堅牢な客室を備えた安全な最初のスポーツカーといわれる所以である。時は1939年、世の中に概念すらなかった「自動車の安全性」の研究に着手し、ドイツ・ジンデルフィンゲン工場の一角で「エンジンよりも先に人間を」というモットーに多くの安全技術を開発したベラ・バレニの情熱と努力の賜物である(在籍34年間に2500件の特許取得)。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33759,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション8-1-1024x337.jpg" alt="" class="wp-image-33759"/><figcaption class="wp-element-caption">左：パゴダルーフ。右：衝撃テスト風景。W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2代目SLの「230SL」がパーソナルカー的イメージを強くしたのは4速ATとパワーステアリングがオプションで設定されたことによるが、多くのユーザーが好んで両装備を選択した。特に女性ユーザーからの支持を得て順調に販売を伸ばしていった。手元にある280SLカタログに目を通してみても表紙はもちろん赤をベースとし、オーナーは女性ユーザーで、赤いボディカラーが印象的である。これは硬派の300SL後継車（シルバー）として、驚異的な事である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>忘れてならないのは、この230SLがモータースポーツでも成功した事である。1963年8月27日から31日かけて行われたスパ-ソフィア-リエージュの5000km以上のマラソンラリーで、名手オイゲン・ベーリンガーとクラウス・カイザーが獲得した勝利は目覚ましいものであった（翌年も3位を獲得）。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33805,"width":"379px","height":"auto","sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/16-2-730x1024.jpg" alt="" class="wp-image-33805" style="width:379px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「SL」の表紙を飾るのは赤いSLだ。これはSLがレースをを意識したクラスではないことを意味している。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>W113のモデルレンジは1967年の2.5Ｌ、150PSエンジンを搭載し全輪ディスクブレーキを装備した250SLに移行し、さらに翌年の1968年には2.8Ｌ、170PSエンジンを搭載した280SLへと進化した。1971年3月、W113は合計4万8912台生産された後、生産を終了した。内訳は230SLが１万9831台、250SLが5196台、280SLが2万3885台だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">3代目SL/R107（1971-1989年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1971年の春にR107モデルシリーズの「SL」がデビューした。ミッドサイズのW114から転用したシャーシコンポーネンツにSクラス/W116用エンジンユニットを搭載したハードトップとソフトトップを兼ね備えたオープン2シーターモデルだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33807,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/21.jpg" alt="" class="wp-image-33807"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107は3タイプを使い分けられる；左からハードトップ、ソフトトップ、オープン。ハードトップはパコダルーフのイメージを残している。取り外すには重量が約80ｋｇもあり最低2人は必要。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>外観の特徴は横目のヘッドライトとウンカー、ラジエーターグリルを一直線に繫いで力強さを表現していた。メルセデス・ベンツとしては異例となる長期生産となり、1989年までの18年間で、総生産台数は約23万7000台のロングセラーモデルとなった。このうち約2/3は米国（主に西海岸）で販売されたといわれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33757,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション6-1-1024x258.jpg" alt="" class="wp-image-33757"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107が1971年の春にデビュー。ロングノーズショートデッキのスタイルは継承されている。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツSLの歴史で初めて8気筒エンジンが、まず1971年の350SL、1973年には450SLに搭載された。1974年、280SLに6気筒エンジンが続き、初めて3つのエンジンがラインナップに加わった。1980年の最初のビッグマイナーチェンジでSクラス/W126と同じ新開発の軽量アルミV-8気筒エンジンを導入。これに伴い、従来のV-8気筒エンジンを搭載していた350SL/450SLは380SL/500SLへと置き換えられた。500SLは5L V-8気筒SOHCエンジンを搭載し240PSを発揮するが、アメリカ仕様は排ガス規制に合わせてエンジン改修が行われたため、圧縮比の低減によるパワーダウンを余儀なくされた。また、380SLも同様である。1989年には2度目のビッグマイナ－チェンジが行われ、同モデルのフラッグシップ560SLもデビューした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33808,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/22.jpg" alt="" class="wp-image-33808"/><figcaption class="wp-element-caption">SL/R107の内装；計器類は見易く、操作類は手が届き易く運転に集中できるメルセデス・ベンツの安全設計で装備も充実。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>日本では560SLがフラッグシップのイメージがあるが、排ガス規制クリアしつつパワーダウンを補うべく排気量をアップしたアメリカ及び日本仕様なのである。欧州では500SLが真のフラッグシップである。つまり、より軽量なSLにとって、排ガス対策の軽微な欧州では、5L V-8エンジンがスムーズに回転しパワフルであり純粋なオリジナルトップモデルである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33809,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/26.jpg" alt="" class="wp-image-33809"/><figcaption class="wp-element-caption">この3代目SL/R107から「SL」英語の「Super Luxury（スーパーラグジュアリー）」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルとなった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>本来、SLは「Super Leicht（ドイツ語読みでスーパーライヒト＝超軽量）」の略であるが、R107は先代のモデルのW113と比較してボディサイズの拡大や装備の充実が行われ、英語の「スーパーラグジュアリー」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルシリーズとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1970～1980年代は厳しい安全基準のため、いわゆる「オープンカー冬の時代」であった。その逆境の中ではあったが、R107は米国向けモデルの開発へ向けて果敢に挑戦した。他メーカーがオープンカーからタルガトップなどへの変更を余儀なくされる中、Aピラー部の大幅な強化とウンドウスクリーンをフレームへ接着するという革新技術の導入で安全基準をクリアーした。米国で新車登録できるオープンカーは、この時代にはメルセデス・ベンツのSL/R107しかなく、これによりメルセデス・ベンツSLはブランド力を向上させることに成功した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong><a href="http://autobild.jp/32106/2/" title="">次ページ「４代目SL/R129(1989-2001年)」～</a></strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【名車物語その10】メルセデス・ベンツの生んだ名車中の名車「メルセデス 300SL（W194）」メルセデスから生まれたアイコンレーシングカー＆世界的文化遺産</title>
		<link>https://autobild.jp/19735/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Dec 2022 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[300SL]]></category>
		<category><![CDATA[Mercedes Benz]]></category>
		<category><![CDATA[W194]]></category>
		<category><![CDATA[W198]]></category>
		<category><![CDATA[ウォーペイント]]></category>
		<category><![CDATA[ガルウイング]]></category>
		<category><![CDATA[カレラ パナメリカーナ]]></category>
		<category><![CDATA[シルバーアロー]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ車]]></category>
		<category><![CDATA[ニュルブルクリンク]]></category>
		<category><![CDATA[ミッレミリア]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデス・ベンツ]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデス300SL]]></category>
		<category><![CDATA[ルドルフ・カラッチオラ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://autobild.jp/?p=19735</guid>

					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1044" height="587" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg 1044w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-696x391.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1044px) 100vw, 1044px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>今も現役の最古のクルマ： このSLのレジェンドは70歳。レーシングガルウィング初代メルセデスSLをAUTO BILD KLASSIKが駆った！！！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この厳しい寒さの中、オ－バ－シュヴァ－ベン地域のメンゲンの飛行場では、誰が誰からスターの座を奪っているのか、判断が難しいところだ。空のブガッティと言われる「アンティーク アエロフライヤー」の格納庫から舞い上がる、磨き抜かれた「ライアンSTA」だろうか？あるいは、開いたドアが2枚の羽のように宙に浮いているクルマだろうか？</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その問いに答えたのは、タービンを唸らせながら誘導路を通過するビジネス機のパイロットである。双発機の「Phenom 300」に小刻みにブレーキをかけ、ボンネットに大きな青い星をつけたシルバーのスポーツカーを指差して、親指を立て、誘導路に向かって飛び出す。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデス300SLは、計り知れない価値を持つ名車である</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 我々も「300SL」の離陸の準備に取り掛かる。でも、その前に深呼吸をしなければならない。目の前に立つメルセデスは、親しみやすい車というより、魅惑的な芸術品というべき一台で、スポーツカーの歴史に残る世界文化遺産として、計り知れない価値を持つ名車である。70年前にすべてが始まった。「レーシングスポーツカー」と呼ばれるオリジナルモデル、ファクトリーコード「W194」で、現在、現役で走る最古の「300SL」だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/8361ac8740c4b2c4.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">パイロットのコックピット： ステアリングホイールはリリースレバーで、ハブから外すことができる。クランク型のシフトノブは、初期のシリーズ生産車である300SLにも採用された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1952年5月、ルドルフ カラッチオラが「ミッレミリア」に出場し、同年の「カレラ パナメリカーナ」で、シュトゥットガルトのチームのダブル優勝に貢献した一台だ！ナンバ－5（5号車）の車両は、現在も「ウォーペイント」と呼ばれるランプ周りの青いアイラインを残している。モータースポーツファンなら、そのモチーフに鳥肌が立っていることだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">市販のガルウィングより快適</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、畏敬の念を抱くだけではスマートにはなれない。それでは、レッツゴー！1954年以降に生産された「市販の」ガルウィングモデル（W198）よりも、乗り込みが楽なのにまず驚く。W198はステアリングホイールをヒンジで傾けるだけなのだが、「W194」は、有名なモータースポーツのヒーローたちの手汗でなめされた木製のハンドルが完全に外れるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>また、膨らみのある革張りの代わりに、ハイサイドボルスター付きのフラットなレーシングバケットが装着されている。そして、異様に幅広い敷居をまたいで脚を滑り込ませるアクロバティックな動きだけは変わらない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/3a2530faee4b0e6d.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">目の錯覚： シートシェルの幅が実際より狭く見える。キッチンタオルルックのチェック生地は、その後、市販モデルにも採用された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今となっては幸運だったとしか言いようがない。当初、「W194」には、サイドウィンドウよりわずかに大きいアクセスハッチがあるだけだったのだ。これは、「ル・マン24時間レース」で、ハーフサイズのドアを要求するオートモビル クラブ ドゥ ルエストに、メルセデスのレーシングディレクター、アルフレッド ノイバウアーが譲歩したものであった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">すべては台所のテーブルから始まった</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「300SL」の象徴でもある「ガルウイングドア」は、デザイン的なギミックではなく、ある種の必然性でそうなったものだ。骨格は筒状のスペ－スフレ－ムで、通常のドアでは側面が広すぎて入りきらない。このアイデアは、メルセデスの伝説的なテスト責任者であるルドルフ ウーレンハウトのものである。ハンダ線で作ったミニチュア模型を台所のテーブルでいじっていたが、曲げられなくなり、応力がかかった部分は引っ張りで割れたり、圧力で壊れたりしたという。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その頃は、お金も資源もない時代だったが、工夫はいくらでもできた。1951年当時、ウンタートゥルクハイムの工場の一部はまだ廃墟のままだったが、メルセデスのイメージアップのためのモータースポーツへの復帰はすでに決定していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、エンジンは発売されたばかりのトップモデル300の6気筒しかなく、その前身は戦時中に消防車に使われていた鉛の多いグレー鋳鉄ブロックで、115馬力というタフなものだったので、エンジン担当者はチューニングの箱を深く開けて、デザイナーは過激な軽量化で対応しなければならなかったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">グラム単位で奮闘</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 軽量化が1グラム単位で争われたことが、現在でもわかる。トランクリッドの下には穴のあいたサポートプロファイル、エンジン排気側には穴のあいたY字パイプマウントがあり、さらにダイエット対策が施されている。最終的には、ボディ（128kg）とフレーム（61kg）を合わせても、エンジンより12kgも軽くなってしまったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とはいえ、レーシングスポーツカーの内装は、意外にアットホームなものだった。コックピットのシート表皮はチェック柄で、過酷なレースのイメージとは違った雰囲気を醸し出している。また、計器類に施されたクロームの糸目模様のリングが、シンプルな機能の中に美しさを添えているようにも感じられる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ドライバーは自分の職場で快適に過ごすべきだ」というのが、「SL」の父ウーレンハウトの信条であった。「W194」は、空調の悪さを差し引いても、その約束は果たされている。サイドウィンドウの2つのプレキシグラス製フラップとルーフのエアアウトレットに加え、フットウェルとフロントガラス前の2つの高流量ノズルが空気の循環を確保し、乗員がエンジンの廃熱で焼かれるのを防ぐことができるようにできている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">1952年：ルドルフ カラツィオラがステアリングを握るレーシングプレミア</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ナンバ－5（5号車）」は、1952年5月、イタリアの耐久クラシックレース「ミッレミリア」でレースデビューを果たした。ルドルフ カラツィオラは、1920年代から30年代にかけてメルセデスのエースドライバーとして活躍し、ニュルブルクリンクのオープニングレースで優勝、伝説のシルバーアローで3度のヨーロッパチャンピオンとなり、1938年1月28日に、時速432.7kmの記録を打ち立てた人物である。因みに、アウト・ウニオンのライバル、ベルント ローゼマイヤ－はこの記録に挑戦する直前に悲しいことに命を落としている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年当時、カラツィオラは51歳と、現在のレーシングドライバーから見れば高齢であり、事故で短くなった右足でブレーキを踏めないというハンディキャップも抱えていた。そこでメルセデスは、彼のために特別にハイドロバックブレーキブースターを取り付けることにした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ブレシアからローマまでの1,500kmを12時間48分29秒で走破するためには、常に彼はアクセルを踏んでいなければならないからだ。結局、その際の順位は4位だった。2位には、チームメイトのカール クリングとハンス クレングが同じ「SL」で入賞、地元のヒーロー、ジョバンニ ブラッコが60馬力の「フェラーリ250S」で優勝した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":679,"height":477,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/bea19741a02b6d91.jpg" alt="" style="width:679px;height:477px"/><figcaption class="wp-element-caption">デビュー： ミッレミリアでは、スタート時刻とゼッケン番号が同じになる。午前6時13分、ルドルフ カラッチオラがコースに入る。左の帽子をかぶっているのがメルセデスのレースディレクター、アルフレッド ノイバウアーだ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2週間後のベルンのレースでは、またしてもブレーキにトラブルが発生する。13周目のフォルストハウスカーブ手前で、右前輪のドラムが詰まり、コースアウトして高さ20mのトネリコの木に正面衝突してしまったのだ。その結果、車が壊れ、カラツィオラは病院に入院。診断の結果は肉離れ、大腿部骨折・・・。それが彼のレーシングキャリアの終わりとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、「ナンバー5（5号車）」はそうならなかった。「SL」は再建され、6月のル・マンには出場できなかったが、10月6日にハンブルクから蒸気船「アニタ号」でメキシコに輸送されたのである。11月19日、ヘルマン ラングがハンドルを握り、トゥクストラからシウダーフアレスまでの「カレラ パナメリカーナ」に出場したのがその始まりである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">文化的なマナーを備えた6気筒</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>さあ、伝説の1台を試乗させてもらえる我々も準備万端だ。ノーズに斜めに吊り下げられた6気筒175馬力のエンジンは、ピストンから朝の冷気を吐き出し、管制塔からのゴーサインを待って、スパスパとアイドリングしている。音に関しては、「エアロフライヤー」の格納庫の前に停まっている9気筒ラジアルエンジンを積んだ黄色い「テキサンT-6」機だけが、その音に対抗することができるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>レーシングカーでありながら、「W194」は最初の数メートルで驚くほどジェントルな振る舞いをすることが明らかになった。鼓膜と背中をマッサージするようにサブリミナルに攻撃的なバリトンを除いては、どんな粗雑さも異質である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>クラッチやブレーキの操作力は、現代の一般的なクルマとほとんど変わらない。また、ダイレクトで遊びのないステアリングのおかげで、オリジナルの「SL」は操縦性の良さでも群を抜いている。しかしダッシュボードの下からクランク状のレバーが出ているような形状の、移動距離が長いギアスティックだけは、ちょっと陸上マシンのような感じだ。最高速度は240km/hが可能だというから、70年前には文字通り驚異的な値だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/0004de94dc5232be.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">オブリーク オットー：ボンネットをフラットに保つため、175馬力の6気筒を左斜め前に設置。ヘッドとブロックの境界線が斜めに走っていることから、この愛称がついた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>低回転域から力強く走り抜ける。4000回転を超えたあたりから、燃えるような推進力を発揮するようになる。標準モデルの「300SL（W198）」と比べると、特に毒のあるスロットルレスポンスが目立つ。タイプ40PBICの3基のソレックスキャブレターが燃焼室へ燃料を送り出すと、まさに爆音となる。それに比べると、W198の直噴エンジンのレスポンスは、まさにマイルドな印象だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">危険なリアアクスル</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コーナリング時のロールは少なく、回頭性セデスはリミテッドスリップデフを装着してこれを防ごうとした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この貴重なミュージアムピースで、限界走行をすることは避けたい。「SL」は狭い誘導路のカーブでも平気でスピンするので、少なくともドライ路面では、限界まで追い込むには相当なテクニックを駆使しなければならないだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/1c83790c11a5af3f.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">真のアイコン。「空のブガッティ」と呼ばれる1937年製の「ライアンSTAスペシャル」（左）と、メルセデスの伝説的スポーツカーシリーズの先祖とされる誕生から70年の「300SL W 194」。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>最後に「Aeroflyers」のギュンターが助手席に乗り、数周を走った。70年前のブレシアの離陸場のように「SL」が唸りを上げながら、何度か彼と一緒に滑走路を上り下りする。試乗が終わると、副操縦士の目が光る。その視線の熱さから、本当に空を飛ぶ方が美しいのだろうかと、一瞬考えてしまったほどだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【ABJのコメント】</strong><br> メルセデス・ベンツの歴史の中でも、多くの人にとってもっとも人気が高く、もっとも有名な一台は「300SL」、そんな意見を否定することは誰にもできないと思う。なにしろ普通の自動車とは違い、「300SL」の上に大きくのっかているものは伝説となっている歴史であり、その歴史の中には偉大なレーシングドライバーも、著名なエンジニアたちも、そして数々のレースにおける勝利や敗北、そして悲劇のようなものまでひっくるめての価値なのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>残念ながら、「300SL」には座ったこともなければ、ガルウイングドアを閉めたこともない。博物館でまじまじと見たことはあるけれど、実際に走っている姿を目の当たりにしたことは、としまえんで行われていたカーグラフィック誌のイベントの時だけである。その時の印象で強く残っているのはエンジンの太く重く響く音で、その音さえも歴史の上で作られた重厚さに感じられたものである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今回の「SL」はそんな中の、さらに歴史上の一台ともいえる特別な車で、本文にもあるようにメルセデス・ベンツが博物館用に所有している一台である。こうなってくるとさすがに乗るとか、運転するとかそういうレベルの話ではなく、生きているうちに見られてよかった、という感覚になってしまう個体だが、AUTO BILDのスタッフはちゃんとこれを滑走路で走らせているのだからえらいとしか言いようがない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>自動車は走ってなんぼもものだし、どの自動車だって、一台の自動車にすぎない存在、そういうこともできる。だが歴史上の偉人がこのシートの上に座り、ステアリングを握り、命を懸けて走り続けていた空間・・・。そんなところに僕などは恐れ多くて座ることを躊躇してしまう。やはりちょっと離れた場所から、それなりのドライバーが操るのを見ているほうが心から楽しめるようにも思えてしまう。本当にこれほどの領域になってくると、文化遺産なのだから、迂闊に手あかなどつけたらバチが当たってしまうに決まっている。（KO）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Martin G. Puthz<br> 加筆： 大林晃平<br> Photo: autobild.de</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:html -->
<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3NNKQD+64VU7M+2YVI+65EOH" rel="nofollow">
<img border="0" width="468" height="60" alt="" src="https://www29.a8.net/svt/bgt?aid=221129653371&amp;wid=001&amp;eno=01&amp;mid=s00000013851001033000&amp;mc=1"></a>
<img border="0" width="1" height="1" src="https://www14.a8.net/0.gif?a8mat=3NNKQD+64VU7M+2YVI+65EOH" alt="">
<!-- /wp:html -->

<!-- wp:html -->
<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3N807F+7BR1RM+4VA0+5Z6WX" rel="nofollow">
<img border="0" width="468" height="60" alt="" src="https://www26.a8.net/svt/bgt?aid=220403211443&amp;wid=001&amp;eno=01&amp;mid=s00000022716001004000&amp;mc=1"></a>
<img border="0" width="1" height="1" src="https://www13.a8.net/0.gif?a8mat=3N807F+7BR1RM+4VA0+5Z6WX" alt="">
<!-- /wp:html -->

<!-- wp:html -->
<a href="https://t.felmat.net/fmcl?ak=I6872H.1.N109279K.X765038" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer"><img src="https://t.felmat.net/fmimg/I6872H.N109279K.X765038" width="300" height="250" alt="" border="0"></a>
<!-- /wp:html -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1044" height="587" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg 1044w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-696x391.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1044px) 100vw, 1044px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>今も現役の最古のクルマ： このSLのレジェンドは70歳。レーシングガルウィング初代メルセデスSLをAUTO BILD KLASSIKが駆った！！！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この厳しい寒さの中、オ－バ－シュヴァ－ベン地域のメンゲンの飛行場では、誰が誰からスターの座を奪っているのか、判断が難しいところだ。空のブガッティと言われる「アンティーク アエロフライヤー」の格納庫から舞い上がる、磨き抜かれた「ライアンSTA」だろうか？あるいは、開いたドアが2枚の羽のように宙に浮いているクルマだろうか？</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その問いに答えたのは、タービンを唸らせながら誘導路を通過するビジネス機のパイロットである。双発機の「Phenom 300」に小刻みにブレーキをかけ、ボンネットに大きな青い星をつけたシルバーのスポーツカーを指差して、親指を立て、誘導路に向かって飛び出す。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデス300SLは、計り知れない価値を持つ名車である</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 我々も「300SL」の離陸の準備に取り掛かる。でも、その前に深呼吸をしなければならない。目の前に立つメルセデスは、親しみやすい車というより、魅惑的な芸術品というべき一台で、スポーツカーの歴史に残る世界文化遺産として、計り知れない価値を持つ名車である。70年前にすべてが始まった。「レーシングスポーツカー」と呼ばれるオリジナルモデル、ファクトリーコード「W194」で、現在、現役で走る最古の「300SL」だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/8361ac8740c4b2c4.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">パイロットのコックピット： ステアリングホイールはリリースレバーで、ハブから外すことができる。クランク型のシフトノブは、初期のシリーズ生産車である300SLにも採用された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1952年5月、ルドルフ カラッチオラが「ミッレミリア」に出場し、同年の「カレラ パナメリカーナ」で、シュトゥットガルトのチームのダブル優勝に貢献した一台だ！ナンバ－5（5号車）の車両は、現在も「ウォーペイント」と呼ばれるランプ周りの青いアイラインを残している。モータースポーツファンなら、そのモチーフに鳥肌が立っていることだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">市販のガルウィングより快適</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、畏敬の念を抱くだけではスマートにはなれない。それでは、レッツゴー！1954年以降に生産された「市販の」ガルウィングモデル（W198）よりも、乗り込みが楽なのにまず驚く。W198はステアリングホイールをヒンジで傾けるだけなのだが、「W194」は、有名なモータースポーツのヒーローたちの手汗でなめされた木製のハンドルが完全に外れるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>また、膨らみのある革張りの代わりに、ハイサイドボルスター付きのフラットなレーシングバケットが装着されている。そして、異様に幅広い敷居をまたいで脚を滑り込ませるアクロバティックな動きだけは変わらない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/3a2530faee4b0e6d.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">目の錯覚： シートシェルの幅が実際より狭く見える。キッチンタオルルックのチェック生地は、その後、市販モデルにも採用された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今となっては幸運だったとしか言いようがない。当初、「W194」には、サイドウィンドウよりわずかに大きいアクセスハッチがあるだけだったのだ。これは、「ル・マン24時間レース」で、ハーフサイズのドアを要求するオートモビル クラブ ドゥ ルエストに、メルセデスのレーシングディレクター、アルフレッド ノイバウアーが譲歩したものであった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">すべては台所のテーブルから始まった</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「300SL」の象徴でもある「ガルウイングドア」は、デザイン的なギミックではなく、ある種の必然性でそうなったものだ。骨格は筒状のスペ－スフレ－ムで、通常のドアでは側面が広すぎて入りきらない。このアイデアは、メルセデスの伝説的なテスト責任者であるルドルフ ウーレンハウトのものである。ハンダ線で作ったミニチュア模型を台所のテーブルでいじっていたが、曲げられなくなり、応力がかかった部分は引っ張りで割れたり、圧力で壊れたりしたという。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その頃は、お金も資源もない時代だったが、工夫はいくらでもできた。1951年当時、ウンタートゥルクハイムの工場の一部はまだ廃墟のままだったが、メルセデスのイメージアップのためのモータースポーツへの復帰はすでに決定していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、エンジンは発売されたばかりのトップモデル300の6気筒しかなく、その前身は戦時中に消防車に使われていた鉛の多いグレー鋳鉄ブロックで、115馬力というタフなものだったので、エンジン担当者はチューニングの箱を深く開けて、デザイナーは過激な軽量化で対応しなければならなかったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">グラム単位で奮闘</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 軽量化が1グラム単位で争われたことが、現在でもわかる。トランクリッドの下には穴のあいたサポートプロファイル、エンジン排気側には穴のあいたY字パイプマウントがあり、さらにダイエット対策が施されている。最終的には、ボディ（128kg）とフレーム（61kg）を合わせても、エンジンより12kgも軽くなってしまったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とはいえ、レーシングスポーツカーの内装は、意外にアットホームなものだった。コックピットのシート表皮はチェック柄で、過酷なレースのイメージとは違った雰囲気を醸し出している。また、計器類に施されたクロームの糸目模様のリングが、シンプルな機能の中に美しさを添えているようにも感じられる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ドライバーは自分の職場で快適に過ごすべきだ」というのが、「SL」の父ウーレンハウトの信条であった。「W194」は、空調の悪さを差し引いても、その約束は果たされている。サイドウィンドウの2つのプレキシグラス製フラップとルーフのエアアウトレットに加え、フットウェルとフロントガラス前の2つの高流量ノズルが空気の循環を確保し、乗員がエンジンの廃熱で焼かれるのを防ぐことができるようにできている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">1952年：ルドルフ カラツィオラがステアリングを握るレーシングプレミア</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ナンバ－5（5号車）」は、1952年5月、イタリアの耐久クラシックレース「ミッレミリア」でレースデビューを果たした。ルドルフ カラツィオラは、1920年代から30年代にかけてメルセデスのエースドライバーとして活躍し、ニュルブルクリンクのオープニングレースで優勝、伝説のシルバーアローで3度のヨーロッパチャンピオンとなり、1938年1月28日に、時速432.7kmの記録を打ち立てた人物である。因みに、アウト・ウニオンのライバル、ベルント ローゼマイヤ－はこの記録に挑戦する直前に悲しいことに命を落としている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年当時、カラツィオラは51歳と、現在のレーシングドライバーから見れば高齢であり、事故で短くなった右足でブレーキを踏めないというハンディキャップも抱えていた。そこでメルセデスは、彼のために特別にハイドロバックブレーキブースターを取り付けることにした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ブレシアからローマまでの1,500kmを12時間48分29秒で走破するためには、常に彼はアクセルを踏んでいなければならないからだ。結局、その際の順位は4位だった。2位には、チームメイトのカール クリングとハンス クレングが同じ「SL」で入賞、地元のヒーロー、ジョバンニ ブラッコが60馬力の「フェラーリ250S」で優勝した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":679,"height":477,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/bea19741a02b6d91.jpg" alt="" style="width:679px;height:477px"/><figcaption class="wp-element-caption">デビュー： ミッレミリアでは、スタート時刻とゼッケン番号が同じになる。午前6時13分、ルドルフ カラッチオラがコースに入る。左の帽子をかぶっているのがメルセデスのレースディレクター、アルフレッド ノイバウアーだ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2週間後のベルンのレースでは、またしてもブレーキにトラブルが発生する。13周目のフォルストハウスカーブ手前で、右前輪のドラムが詰まり、コースアウトして高さ20mのトネリコの木に正面衝突してしまったのだ。その結果、車が壊れ、カラツィオラは病院に入院。診断の結果は肉離れ、大腿部骨折・・・。それが彼のレーシングキャリアの終わりとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、「ナンバー5（5号車）」はそうならなかった。「SL」は再建され、6月のル・マンには出場できなかったが、10月6日にハンブルクから蒸気船「アニタ号」でメキシコに輸送されたのである。11月19日、ヘルマン ラングがハンドルを握り、トゥクストラからシウダーフアレスまでの「カレラ パナメリカーナ」に出場したのがその始まりである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">文化的なマナーを備えた6気筒</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>さあ、伝説の1台を試乗させてもらえる我々も準備万端だ。ノーズに斜めに吊り下げられた6気筒175馬力のエンジンは、ピストンから朝の冷気を吐き出し、管制塔からのゴーサインを待って、スパスパとアイドリングしている。音に関しては、「エアロフライヤー」の格納庫の前に停まっている9気筒ラジアルエンジンを積んだ黄色い「テキサンT-6」機だけが、その音に対抗することができるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>レーシングカーでありながら、「W194」は最初の数メートルで驚くほどジェントルな振る舞いをすることが明らかになった。鼓膜と背中をマッサージするようにサブリミナルに攻撃的なバリトンを除いては、どんな粗雑さも異質である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>クラッチやブレーキの操作力は、現代の一般的なクルマとほとんど変わらない。また、ダイレクトで遊びのないステアリングのおかげで、オリジナルの「SL」は操縦性の良さでも群を抜いている。しかしダッシュボードの下からクランク状のレバーが出ているような形状の、移動距離が長いギアスティックだけは、ちょっと陸上マシンのような感じだ。最高速度は240km/hが可能だというから、70年前には文字通り驚異的な値だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/0004de94dc5232be.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">オブリーク オットー：ボンネットをフラットに保つため、175馬力の6気筒を左斜め前に設置。ヘッドとブロックの境界線が斜めに走っていることから、この愛称がついた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>低回転域から力強く走り抜ける。4000回転を超えたあたりから、燃えるような推進力を発揮するようになる。標準モデルの「300SL（W198）」と比べると、特に毒のあるスロットルレスポンスが目立つ。タイプ40PBICの3基のソレックスキャブレターが燃焼室へ燃料を送り出すと、まさに爆音となる。それに比べると、W198の直噴エンジンのレスポンスは、まさにマイルドな印象だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">危険なリアアクスル</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コーナリング時のロールは少なく、回頭性セデスはリミテッドスリップデフを装着してこれを防ごうとした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この貴重なミュージアムピースで、限界走行をすることは避けたい。「SL」は狭い誘導路のカーブでも平気でスピンするので、少なくともドライ路面では、限界まで追い込むには相当なテクニックを駆使しなければならないだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/1c83790c11a5af3f.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">真のアイコン。「空のブガッティ」と呼ばれる1937年製の「ライアンSTAスペシャル」（左）と、メルセデスの伝説的スポーツカーシリーズの先祖とされる誕生から70年の「300SL W 194」。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>最後に「Aeroflyers」のギュンターが助手席に乗り、数周を走った。70年前のブレシアの離陸場のように「SL」が唸りを上げながら、何度か彼と一緒に滑走路を上り下りする。試乗が終わると、副操縦士の目が光る。その視線の熱さから、本当に空を飛ぶ方が美しいのだろうかと、一瞬考えてしまったほどだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【ABJのコメント】</strong><br> メルセデス・ベンツの歴史の中でも、多くの人にとってもっとも人気が高く、もっとも有名な一台は「300SL」、そんな意見を否定することは誰にもできないと思う。なにしろ普通の自動車とは違い、「300SL」の上に大きくのっかているものは伝説となっている歴史であり、その歴史の中には偉大なレーシングドライバーも、著名なエンジニアたちも、そして数々のレースにおける勝利や敗北、そして悲劇のようなものまでひっくるめての価値なのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>残念ながら、「300SL」には座ったこともなければ、ガルウイングドアを閉めたこともない。博物館でまじまじと見たことはあるけれど、実際に走っている姿を目の当たりにしたことは、としまえんで行われていたカーグラフィック誌のイベントの時だけである。その時の印象で強く残っているのはエンジンの太く重く響く音で、その音さえも歴史の上で作られた重厚さに感じられたものである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今回の「SL」はそんな中の、さらに歴史上の一台ともいえる特別な車で、本文にもあるようにメルセデス・ベンツが博物館用に所有している一台である。こうなってくるとさすがに乗るとか、運転するとかそういうレベルの話ではなく、生きているうちに見られてよかった、という感覚になってしまう個体だが、AUTO BILDのスタッフはちゃんとこれを滑走路で走らせているのだからえらいとしか言いようがない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>自動車は走ってなんぼもものだし、どの自動車だって、一台の自動車にすぎない存在、そういうこともできる。だが歴史上の偉人がこのシートの上に座り、ステアリングを握り、命を懸けて走り続けていた空間・・・。そんなところに僕などは恐れ多くて座ることを躊躇してしまう。やはりちょっと離れた場所から、それなりのドライバーが操るのを見ているほうが心から楽しめるようにも思えてしまう。本当にこれほどの領域になってくると、文化遺産なのだから、迂闊に手あかなどつけたらバチが当たってしまうに決まっている。（KO）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Martin G. Puthz<br> 加筆： 大林晃平<br> Photo: autobild.de</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:html -->
<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3NNKQD+64VU7M+2YVI+65EOH" rel="nofollow">
<img border="0" width="468" height="60" alt="" src="https://www29.a8.net/svt/bgt?aid=221129653371&amp;wid=001&amp;eno=01&amp;mid=s00000013851001033000&amp;mc=1"></a>
<img border="0" width="1" height="1" src="https://www14.a8.net/0.gif?a8mat=3NNKQD+64VU7M+2YVI+65EOH" alt="">
<!-- /wp:html -->

<!-- wp:html -->
<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=3N807F+7BR1RM+4VA0+5Z6WX" rel="nofollow">
<img border="0" width="468" height="60" alt="" src="https://www26.a8.net/svt/bgt?aid=220403211443&amp;wid=001&amp;eno=01&amp;mid=s00000022716001004000&amp;mc=1"></a>
<img border="0" width="1" height="1" src="https://www13.a8.net/0.gif?a8mat=3N807F+7BR1RM+4VA0+5Z6WX" alt="">
<!-- /wp:html -->

<!-- wp:html -->
<a href="https://t.felmat.net/fmcl?ak=I6872H.1.N109279K.X765038" target="_blank" rel="nofollow noopener noreferrer"><img src="https://t.felmat.net/fmimg/I6872H.N109279K.X765038" width="300" height="250" alt="" border="0"></a>
<!-- /wp:html -->]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
	</channel>
</rss>
