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	<title>メルセデス・ベンツ SL - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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	<description>世界最大級のクルマ情報サイトAUTO BILDの日本版。いち早い新車情報。高品質なオリジナル動画ビデオ満載。チューニングカー、ネオクラシックなど世界のクルマ情報は「アウトビルトジャパン」でゲット！</description>
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	<title>メルセデス・ベンツ SL - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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		<title>スポーツカーの原点「メルセデス・ベンツ SL」70年の輝かしい歴史</title>
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		<pubDate>Wed, 21 Feb 2024 06:50:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1152" height="648" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" fetchpriority="high" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg 1152w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1068x601.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-747x420.jpg 747w" sizes="(max-width: 1152px) 100vw, 1152px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1952年300SLレーシングスポーツカーから70年にも及ぶ輝かしいメルセデス・ベンツ SLの歴史は、一朝一夕では成し遂げられない自動車の革新技術であり、当時のセレブリティたちの生活や夢を追い求めるためのラグジュアリースポーツカーでもある。今回はこのオープンエアを楽しめる歴代SLについて紙面が許す限り紹介してみたい。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの2文字の意味</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>SLの2文字は、世界的に有名な特徴であり、メルセデス・ベンツ独自のスポーツカーの伝統である。SLは1952年に初登場した。ドイツ語でSuper Leichtの略語で「超軽量」を意味し、300SLレーシングスポーツカー/W194から、スポーツカー及びパフォーマンスブランドであるメルセデスAMG/R232モデルシリーズの最新SLに至っている。先祖である300SLレーシングスポーツカー/W194（プロトタイプ）は依然としてモータ－スポーツ専用語となっており、重要なメルセデス・ベンツのブランド価値を伝えている。世界最古の高級車メーカーとして、このブランドは各時代にモータースポーツに関わり、大きな成功を納めてきた。300SLガルウィングクーペ/W198以降、スポーティさ、豪華さ、ライフスタイルがすべてのSLの特質となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの歴史（1952-1963年）：遺伝子に宿るスポーティさ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この輝かしい先祖から現代に至る各世代のSLモデルは、途切れることのないサクセスストーリーの中で独自の章を刻みこんでいる。メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を伝えた。この展示会では、保存されている最古の300SLレーシングスポーツカー/W194から新型メルセデスAMG/R232モデルシリーズまで、70年間のSLスポーツカー10台が展示された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/53-1024x560.jpg" alt="" class="wp-image-33760"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を披露した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLプロトタイプ/W194（1952型、1953年型）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年3月12日、メルセデス・ベンツは純粋なモータースポーツカー300SL/W194(プロトタイプ)を発表した。高性能軽量スポーツカー300SLはメルセデス・ベンツの歴史上欠くことのできないスーパースターだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02_1.jpg" alt="" class="wp-image-33735"/></figure>
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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02-2_1.jpg" alt="" class="wp-image-33761"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>設計部長のルドルフ・ウーレンハウトの構想は、自動車というより航空機に近いものと言われた。当時、自動車では考えもつかなかった複雑な力学計算がなされ、スペースフレームは何本ものパイプをつないで溶接された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/03.jpg" alt="" class="wp-image-33736"/><figcaption class="wp-element-caption">初代SL；300SLプロトタイプ/W194のシャーシはスペースフレームで構成され、軽量化が図られた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>結果、フレーム自身の重量は約80kg前後、エンジンは直列6気筒、SOHC、3L、3個のソレックスキャブで170PSにチューンされ、全高(重心)を低くする為、左45度に傾斜して搭載。この2シーターはスペースフレームの為にサイドシルが非常に高く、思い切ってルーフセンターが飛行機の様にヒンジの上に開くドアを採用。このドアは左右両方を同時に開けると、ちょうど「かもめが翼を広げたような形」になるところから、「ガルウィング」という名前が付けられた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年の5月、初戦のミッレ・ミリア（イタリア語で1.000マイル）ではカール・クリンクが2位になり、まずまずのデビュースタート。そして最大の勝利はル・マン24時間耐久レースで1・2位を獲得。またニュルブルクリンクのレースでもオープンの300SLが1・2・3位を独占。続いて当時のスポーツカー・レースのビック・イベントであるカレラ・パナメリカーナ・メキシコのレースでカール・クリンクが優勝、2位をヘルマン・ランクが獲得する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33752,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション1.jpg" alt="" class="wp-image-33752"/><figcaption class="wp-element-caption">写真左上：1952年カレラ・パナメリカーナ・メヒコに参戦した300SLプロトタイプ/W194の3台は遠方より識別できる様にヘッドライト周辺を彩色（左から2位のヘルマン・ランク/エルヴィン・グルップのクーペはブルー色、1位のカール・クリンク/ハンス・クレンクのクーペはグリーン色、３位のジョン・フィッチ/ユルゲン・ガイガーのロードスターはホワイト色）。写真右下：SLは2代目のW113までモータースポーツで活躍した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLガルウィングクーペ/Ｗ198（1954-1957年）、190SL/W121（1955-1963年）の誕生</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このように成功を収めたレーシングカーの量産車バージョンを生産するという素晴らしいアイディアがメルセデス・ベンツSLシリーズの量産スポーツカーの歴史の始まりを示したと言える。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33737,"width":"726px","height":"auto","sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/04-2.jpg" alt="" class="wp-image-33737" style="width:726px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「ガルウィング」の元祖。伝説のメルセデス 300SL/W198はレーシングカーをツーリングカーとして市販するというパターンの先駆けでもある。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このアイディアの主は、ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマン（親しみを込めてマキシと呼ばれた）で、1953年にダイムラー・ベンツ社に提案した。当時のダイムラー・ベンツ社の経営陣とホフマンの間で行われた対話の中で、最終的に190SLロードスターと300ＳＬガルウィングクーペの2台スポーツカーが誕生した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション5-1.jpg" alt="" class="wp-image-33756"/><figcaption class="wp-element-caption">写真上：ニューヨーク国際オートショーでのメルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198と190SL/W121。写真下：ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマンが300SL/190SLの量産モデルを提案した。アメリカ東部にあったホフマンのショールーム。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1954年2月のニューヨーク国際オートショーでこの2台が同時発表展示された（190SLはプロトタイプ）。コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は、技術的には中型セダン/W120（ポントン）から派生したもので、105PSの直列4気筒1.9Lエンジンを搭載。さらに、成功を収めたレーシングスポーツカー300SL/W194のコンセプトは、特に目の肥えたお客様向けの高性能車、300SLガルウィングクーペ/W198へと受け継がれ、直列6気筒3Lで世界初のガソリン直噴エンジンを搭載し215PSを誇り、世界のセレブ達に愛用された。室内は極めて豪華に仕上げられ、標準ではレーサーのようにチェックの布張りシート、またはオプションで本革張りも注文できた。後ろの巨大なラゲッジスペースには、2点のトランクと、それを固定するストラップがオプションで用意された。その他、ホイールセンターノックオフなどが注文装備できた。ボディはプロトの総アルミからガルウィングドア、エンジンフード、トランクリッド以外はスチール製になった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション4-1024x676.jpg" alt="" class="wp-image-33755"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198の豪華な内装。左下：1954年190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>発売時の価格は同世代のメルセデス・ベンツの代表的中型セダン180の約3倍に相当する2万9000マルクと非常に高価であったが、当時の性能面や装備からすれば、妥当な価格であると言える。一方、コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は1万6500マルクで、デートカーとして最適だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/06（2）.webp" alt="" class="wp-image-33738"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ちなみに、当時のダイムラー・ベンツ社の経営委員会会長であるヴィルヘルム・ハスペルは、当時世界最大の自動車市場を擁する米国が世界輸出を成功させるための重要なキーであると認識していた。メルセデス・ベンツの北米への輸出は、すでに1952年に具体化していた。決定的な役割を果たしたのは、先述のマクシミリアン・エドウィン・ホフマンで1952年7月に当時のダイムラー・ベンツ社は米国東部の総代理店として彼と契約を締結していた。当初は市販予定の無かった300SLだが、その人気に目をつけた彼は市販化を提案し実に1000台もの発注を入れたのだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション7-1-1024x405.jpg" alt="" class="wp-image-33758"/><figcaption class="wp-element-caption">左：300SL ガルウィングのボディとシャシーを組み合わせる工程。右：日本の輸入元のウエスタン自動車が1954年に開催した展示会で展示された300SLガルウィングクーペ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツはホフマンの先見の明のある意見を歓迎し、それが「SL」の伝説に大きく貢献することとなる。1954年に発表された2台のスポーツカーは現在のメルセデスAMG SL/R232にまで続く独特の伝統の始まりとなるのである。「SL」の量産化を提案したホフマンの影響力は「メルセデス」の名付け親、オーストリア・ハンガリー帝国の領事でセールスマンのパイオニアでもあるエミール・イエリネックの影響力に匹敵する。エミール・イエリネックの話は<a href="http://autobild.jp/10646/" target="_blank" rel="noopener" title="">「モーターレースを語らずにメルセデス・ベンツの歴史を語ることは不可能！（前編）」</a>をお読みいただければと思うが、メルセデスと名付けられた最初の車、1901年の「メルセデス35PS」の設計に貴重なアドバイスをした人物である。また、米国での礎を築いた人物にはドイツの盟友スタンウェイ＆サンズ（米国の有名なピアノメーカー）も外せない。4男のスタンウェイは1888年米国のニューヨーク州にダイムラー・エンジン会社を設立し、ライセンス生産した。<a href="http://autobild.jp/11771/" target="_blank" rel="noopener" title="">「スタインウェイとメルセデスの深い絆」</a>も合わせてお読みください。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLロードスター/W198（1957-1963年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1957年には、ガルウィングクーペに続いて300SLロードスター/W198が登場した。先述の300SLガルウィングクーペ/190SL同様に、この車もマクシミリアン・エドウィン・ホフマンの主導で造られた。特に乗降において、文字通り高い敷居となっていたサウドシルを下げるため、フレームは再設計。ドアは前開きに、ウインドウも開閉可能となった。1961年頃からこれまで大型のアルフィンドラムであったブレーキを前のみディスクに改良。当時のロードスターの発売価格は3万2500マルクだった。ここにラグジュアリーなロードスターが誕生し、現代のSLに続く豪奢なロードスターが完成した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33739,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/09-4_1.jpg" alt="" class="wp-image-33739"/><figcaption class="wp-element-caption">1957年、メルセデス 300SLロードスター/W198が登場した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>300SLは、ガルウィングクーペが1954年8月から1957年5月まで1400台生産され、ロードスターが1957年2月から1963年春までに1858台生産された。価格的にも手頃な190SLは、1955年から1963年春まで2万5881台生産された。アメリカでは現在、愛好家の集い・ガルウィングクラブが盛んに活動している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">2代目SL/W113（1963-1971年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1963年3月14日～24日まで開催されたジュネーブモーターショーで、メルセデス・ベンツ230SL/W113が発表された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33740,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/18_1.jpg" alt="" class="wp-image-33740"/><figcaption class="wp-element-caption">2代目メルセデス 230SL/W113が1963年3月に登場した。フラン人ポール・ブラックが内側に湾曲した独特なルーフデザインを採用し「パコダ」というニックネームが付けられた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当然、2代目に対する世間の期待は非常に高かったが、1955年のル・マンの悲劇以降レース活動から手を引いたメルセデスは、「SL」を快適なツーリングスポーツカーへと変貌させた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この2代目の230SL/W113は先代の300SLロードスター/W198と190SL/W121の2台に取って代わるもので、排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンを搭載し、150PSを発揮する高性能を備えた快適な2シーターツーリングカーとして注目を集めた。そのデザインは巨匠フリードリッヒ・ガイガーの指揮の基、フランス人デザイナーのポール・ブラック（1957年 - 1967年在籍）によって作成された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33806,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/15.jpg" alt="" class="wp-image-33806"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス 230SL/W113のエンジンルーム。排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンは150PSを発揮する高性能である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このW113は「パゴダ」と呼ばれるが、これはオプションのハードトップがヘッドクリアランスを取るべく、内側に湾曲したルーフになっていて、その形状がアジアの寺院の建物を連想させたことから名づけられたことによる。デザイン担当のポール・ブラック氏は在籍中にW111/W112を皮切りに、W113、W100、W108/W109、W114/W115の「縦目のベンツ」シリーズを構築した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>特に、この230SL/W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。230SLのフレームフロアシステムは、セダンの220/W111シリーズに由来している。そのフレームは全長を短縮し強化された。1959年、220Sb/W111（ハネベン）はメルセデス・ベンツの安全性のパイオニアであるベラ・バレニによって開発された衝撃吸収式構造と堅牢な客室を備えた安全ボディを備えた世界初の乗用車であった（モノコック）。1960年には安全性のテストが拡大され横転テストも含まれた。そこで、このパゴダは前後の衝撃吸収構造と堅牢な客室を備えた安全な最初のスポーツカーといわれる所以である。時は1939年、世の中に概念すらなかった「自動車の安全性」の研究に着手し、ドイツ・ジンデルフィンゲン工場の一角で「エンジンよりも先に人間を」というモットーに多くの安全技術を開発したベラ・バレニの情熱と努力の賜物である(在籍34年間に2500件の特許取得)。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33759,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション8-1-1024x337.jpg" alt="" class="wp-image-33759"/><figcaption class="wp-element-caption">左：パゴダルーフ。右：衝撃テスト風景。W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2代目SLの「230SL」がパーソナルカー的イメージを強くしたのは4速ATとパワーステアリングがオプションで設定されたことによるが、多くのユーザーが好んで両装備を選択した。特に女性ユーザーからの支持を得て順調に販売を伸ばしていった。手元にある280SLカタログに目を通してみても表紙はもちろん赤をベースとし、オーナーは女性ユーザーで、赤いボディカラーが印象的である。これは硬派の300SL後継車（シルバー）として、驚異的な事である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>忘れてならないのは、この230SLがモータースポーツでも成功した事である。1963年8月27日から31日かけて行われたスパ-ソフィア-リエージュの5000km以上のマラソンラリーで、名手オイゲン・ベーリンガーとクラウス・カイザーが獲得した勝利は目覚ましいものであった（翌年も3位を獲得）。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33805,"width":"379px","height":"auto","sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/16-2-730x1024.jpg" alt="" class="wp-image-33805" style="width:379px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「SL」の表紙を飾るのは赤いSLだ。これはSLがレースをを意識したクラスではないことを意味している。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>W113のモデルレンジは1967年の2.5Ｌ、150PSエンジンを搭載し全輪ディスクブレーキを装備した250SLに移行し、さらに翌年の1968年には2.8Ｌ、170PSエンジンを搭載した280SLへと進化した。1971年3月、W113は合計4万8912台生産された後、生産を終了した。内訳は230SLが１万9831台、250SLが5196台、280SLが2万3885台だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">3代目SL/R107（1971-1989年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1971年の春にR107モデルシリーズの「SL」がデビューした。ミッドサイズのW114から転用したシャーシコンポーネンツにSクラス/W116用エンジンユニットを搭載したハードトップとソフトトップを兼ね備えたオープン2シーターモデルだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33807,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/21.jpg" alt="" class="wp-image-33807"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107は3タイプを使い分けられる；左からハードトップ、ソフトトップ、オープン。ハードトップはパコダルーフのイメージを残している。取り外すには重量が約80ｋｇもあり最低2人は必要。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>外観の特徴は横目のヘッドライトとウンカー、ラジエーターグリルを一直線に繫いで力強さを表現していた。メルセデス・ベンツとしては異例となる長期生産となり、1989年までの18年間で、総生産台数は約23万7000台のロングセラーモデルとなった。このうち約2/3は米国（主に西海岸）で販売されたといわれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33757,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション6-1-1024x258.jpg" alt="" class="wp-image-33757"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107が1971年の春にデビュー。ロングノーズショートデッキのスタイルは継承されている。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツSLの歴史で初めて8気筒エンジンが、まず1971年の350SL、1973年には450SLに搭載された。1974年、280SLに6気筒エンジンが続き、初めて3つのエンジンがラインナップに加わった。1980年の最初のビッグマイナーチェンジでSクラス/W126と同じ新開発の軽量アルミV-8気筒エンジンを導入。これに伴い、従来のV-8気筒エンジンを搭載していた350SL/450SLは380SL/500SLへと置き換えられた。500SLは5L V-8気筒SOHCエンジンを搭載し240PSを発揮するが、アメリカ仕様は排ガス規制に合わせてエンジン改修が行われたため、圧縮比の低減によるパワーダウンを余儀なくされた。また、380SLも同様である。1989年には2度目のビッグマイナ－チェンジが行われ、同モデルのフラッグシップ560SLもデビューした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/22.jpg" alt="" class="wp-image-33808"/><figcaption class="wp-element-caption">SL/R107の内装；計器類は見易く、操作類は手が届き易く運転に集中できるメルセデス・ベンツの安全設計で装備も充実。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>日本では560SLがフラッグシップのイメージがあるが、排ガス規制クリアしつつパワーダウンを補うべく排気量をアップしたアメリカ及び日本仕様なのである。欧州では500SLが真のフラッグシップである。つまり、より軽量なSLにとって、排ガス対策の軽微な欧州では、5L V-8エンジンがスムーズに回転しパワフルであり純粋なオリジナルトップモデルである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33809,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/26.jpg" alt="" class="wp-image-33809"/><figcaption class="wp-element-caption">この3代目SL/R107から「SL」英語の「Super Luxury（スーパーラグジュアリー）」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルとなった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>本来、SLは「Super Leicht（ドイツ語読みでスーパーライヒト＝超軽量）」の略であるが、R107は先代のモデルのW113と比較してボディサイズの拡大や装備の充実が行われ、英語の「スーパーラグジュアリー」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルシリーズとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1970～1980年代は厳しい安全基準のため、いわゆる「オープンカー冬の時代」であった。その逆境の中ではあったが、R107は米国向けモデルの開発へ向けて果敢に挑戦した。他メーカーがオープンカーからタルガトップなどへの変更を余儀なくされる中、Aピラー部の大幅な強化とウンドウスクリーンをフレームへ接着するという革新技術の導入で安全基準をクリアーした。米国で新車登録できるオープンカーは、この時代にはメルセデス・ベンツのSL/R107しかなく、これによりメルセデス・ベンツSLはブランド力を向上させることに成功した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong><a href="http://autobild.jp/32106/2/" title="">次ページ「４代目SL/R129(1989-2001年)」～</a></strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1152" height="648" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1.jpg 1152w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-1068x601.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/01-3_1-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1152px) 100vw, 1152px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1952年300SLレーシングスポーツカーから70年にも及ぶ輝かしいメルセデス・ベンツ SLの歴史は、一朝一夕では成し遂げられない自動車の革新技術であり、当時のセレブリティたちの生活や夢を追い求めるためのラグジュアリースポーツカーでもある。今回はこのオープンエアを楽しめる歴代SLについて紙面が許す限り紹介してみたい。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの2文字の意味</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>SLの2文字は、世界的に有名な特徴であり、メルセデス・ベンツ独自のスポーツカーの伝統である。SLは1952年に初登場した。ドイツ語でSuper Leichtの略語で「超軽量」を意味し、300SLレーシングスポーツカー/W194から、スポーツカー及びパフォーマンスブランドであるメルセデスAMG/R232モデルシリーズの最新SLに至っている。先祖である300SLレーシングスポーツカー/W194（プロトタイプ）は依然としてモータ－スポーツ専用語となっており、重要なメルセデス・ベンツのブランド価値を伝えている。世界最古の高級車メーカーとして、このブランドは各時代にモータースポーツに関わり、大きな成功を納めてきた。300SLガルウィングクーペ/W198以降、スポーティさ、豪華さ、ライフスタイルがすべてのSLの特質となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">SLの歴史（1952-1963年）：遺伝子に宿るスポーティさ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この輝かしい先祖から現代に至る各世代のSLモデルは、途切れることのないサクセスストーリーの中で独自の章を刻みこんでいる。メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を伝えた。この展示会では、保存されている最古の300SLレーシングスポーツカー/W194から新型メルセデスAMG/R232モデルシリーズまで、70年間のSLスポーツカー10台が展示された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33760,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/53-1024x560.jpg" alt="" class="wp-image-33760"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス・ベンツミュージアムは、特別展「SLの魅力-70年間の夢の車」でこのユニークな歴史を披露した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLプロトタイプ/W194（1952型、1953年型）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年3月12日、メルセデス・ベンツは純粋なモータースポーツカー300SL/W194(プロトタイプ)を発表した。高性能軽量スポーツカー300SLはメルセデス・ベンツの歴史上欠くことのできないスーパースターだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33735,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02_1.jpg" alt="" class="wp-image-33735"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":33761,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/02-2_1.jpg" alt="" class="wp-image-33761"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>設計部長のルドルフ・ウーレンハウトの構想は、自動車というより航空機に近いものと言われた。当時、自動車では考えもつかなかった複雑な力学計算がなされ、スペースフレームは何本ものパイプをつないで溶接された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33736,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/03.jpg" alt="" class="wp-image-33736"/><figcaption class="wp-element-caption">初代SL；300SLプロトタイプ/W194のシャーシはスペースフレームで構成され、軽量化が図られた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>結果、フレーム自身の重量は約80kg前後、エンジンは直列6気筒、SOHC、3L、3個のソレックスキャブで170PSにチューンされ、全高(重心)を低くする為、左45度に傾斜して搭載。この2シーターはスペースフレームの為にサイドシルが非常に高く、思い切ってルーフセンターが飛行機の様にヒンジの上に開くドアを採用。このドアは左右両方を同時に開けると、ちょうど「かもめが翼を広げたような形」になるところから、「ガルウィング」という名前が付けられた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年の5月、初戦のミッレ・ミリア（イタリア語で1.000マイル）ではカール・クリンクが2位になり、まずまずのデビュースタート。そして最大の勝利はル・マン24時間耐久レースで1・2位を獲得。またニュルブルクリンクのレースでもオープンの300SLが1・2・3位を独占。続いて当時のスポーツカー・レースのビック・イベントであるカレラ・パナメリカーナ・メキシコのレースでカール・クリンクが優勝、2位をヘルマン・ランクが獲得する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33752,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション1.jpg" alt="" class="wp-image-33752"/><figcaption class="wp-element-caption">写真左上：1952年カレラ・パナメリカーナ・メヒコに参戦した300SLプロトタイプ/W194の3台は遠方より識別できる様にヘッドライト周辺を彩色（左から2位のヘルマン・ランク/エルヴィン・グルップのクーペはブルー色、1位のカール・クリンク/ハンス・クレンクのクーペはグリーン色、３位のジョン・フィッチ/ユルゲン・ガイガーのロードスターはホワイト色）。写真右下：SLは2代目のW113までモータースポーツで活躍した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLガルウィングクーペ/Ｗ198（1954-1957年）、190SL/W121（1955-1963年）の誕生</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このように成功を収めたレーシングカーの量産車バージョンを生産するという素晴らしいアイディアがメルセデス・ベンツSLシリーズの量産スポーツカーの歴史の始まりを示したと言える。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33737,"width":"726px","height":"auto","sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/04-2.jpg" alt="" class="wp-image-33737" style="width:726px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「ガルウィング」の元祖。伝説のメルセデス 300SL/W198はレーシングカーをツーリングカーとして市販するというパターンの先駆けでもある。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このアイディアの主は、ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマン（親しみを込めてマキシと呼ばれた）で、1953年にダイムラー・ベンツ社に提案した。当時のダイムラー・ベンツ社の経営陣とホフマンの間で行われた対話の中で、最終的に190SLロードスターと300ＳＬガルウィングクーペの2台スポーツカーが誕生した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33756,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション5-1.jpg" alt="" class="wp-image-33756"/><figcaption class="wp-element-caption">写真上：ニューヨーク国際オートショーでのメルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198と190SL/W121。写真下：ウィーン生まれで米国東部のブランド輸入業者であるマクシミリアン・エドウィン・ホフマンが300SL/190SLの量産モデルを提案した。アメリカ東部にあったホフマンのショールーム。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1954年2月のニューヨーク国際オートショーでこの2台が同時発表展示された（190SLはプロトタイプ）。コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は、技術的には中型セダン/W120（ポントン）から派生したもので、105PSの直列4気筒1.9Lエンジンを搭載。さらに、成功を収めたレーシングスポーツカー300SL/W194のコンセプトは、特に目の肥えたお客様向けの高性能車、300SLガルウィングクーペ/W198へと受け継がれ、直列6気筒3Lで世界初のガソリン直噴エンジンを搭載し215PSを誇り、世界のセレブ達に愛用された。室内は極めて豪華に仕上げられ、標準ではレーサーのようにチェックの布張りシート、またはオプションで本革張りも注文できた。後ろの巨大なラゲッジスペースには、2点のトランクと、それを固定するストラップがオプションで用意された。その他、ホイールセンターノックオフなどが注文装備できた。ボディはプロトの総アルミからガルウィングドア、エンジンフード、トランクリッド以外はスチール製になった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33755,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション4-1024x676.jpg" alt="" class="wp-image-33755"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 300SLガルウィングクーペ/W198の豪華な内装。左下：1954年190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>発売時の価格は同世代のメルセデス・ベンツの代表的中型セダン180の約3倍に相当する2万9000マルクと非常に高価であったが、当時の性能面や装備からすれば、妥当な価格であると言える。一方、コンパクトで価格的にも手頃な190SLロードスター/W121は1万6500マルクで、デートカーとして最適だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33738,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/06（2）.webp" alt="" class="wp-image-33738"/><figcaption class="wp-element-caption">1954年メルセデス 190SL/W121。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ちなみに、当時のダイムラー・ベンツ社の経営委員会会長であるヴィルヘルム・ハスペルは、当時世界最大の自動車市場を擁する米国が世界輸出を成功させるための重要なキーであると認識していた。メルセデス・ベンツの北米への輸出は、すでに1952年に具体化していた。決定的な役割を果たしたのは、先述のマクシミリアン・エドウィン・ホフマンで1952年7月に当時のダイムラー・ベンツ社は米国東部の総代理店として彼と契約を締結していた。当初は市販予定の無かった300SLだが、その人気に目をつけた彼は市販化を提案し実に1000台もの発注を入れたのだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33758,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション7-1-1024x405.jpg" alt="" class="wp-image-33758"/><figcaption class="wp-element-caption">左：300SL ガルウィングのボディとシャシーを組み合わせる工程。右：日本の輸入元のウエスタン自動車が1954年に開催した展示会で展示された300SLガルウィングクーペ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツはホフマンの先見の明のある意見を歓迎し、それが「SL」の伝説に大きく貢献することとなる。1954年に発表された2台のスポーツカーは現在のメルセデスAMG SL/R232にまで続く独特の伝統の始まりとなるのである。「SL」の量産化を提案したホフマンの影響力は「メルセデス」の名付け親、オーストリア・ハンガリー帝国の領事でセールスマンのパイオニアでもあるエミール・イエリネックの影響力に匹敵する。エミール・イエリネックの話は<a href="http://autobild.jp/10646/" target="_blank" rel="noopener" title="">「モーターレースを語らずにメルセデス・ベンツの歴史を語ることは不可能！（前編）」</a>をお読みいただければと思うが、メルセデスと名付けられた最初の車、1901年の「メルセデス35PS」の設計に貴重なアドバイスをした人物である。また、米国での礎を築いた人物にはドイツの盟友スタンウェイ＆サンズ（米国の有名なピアノメーカー）も外せない。4男のスタンウェイは1888年米国のニューヨーク州にダイムラー・エンジン会社を設立し、ライセンス生産した。<a href="http://autobild.jp/11771/" target="_blank" rel="noopener" title="">「スタインウェイとメルセデスの深い絆」</a>も合わせてお読みください。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">300SLロードスター/W198（1957-1963年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1957年には、ガルウィングクーペに続いて300SLロードスター/W198が登場した。先述の300SLガルウィングクーペ/190SL同様に、この車もマクシミリアン・エドウィン・ホフマンの主導で造られた。特に乗降において、文字通り高い敷居となっていたサウドシルを下げるため、フレームは再設計。ドアは前開きに、ウインドウも開閉可能となった。1961年頃からこれまで大型のアルフィンドラムであったブレーキを前のみディスクに改良。当時のロードスターの発売価格は3万2500マルクだった。ここにラグジュアリーなロードスターが誕生し、現代のSLに続く豪奢なロードスターが完成した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33739,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/09-4_1.jpg" alt="" class="wp-image-33739"/><figcaption class="wp-element-caption">1957年、メルセデス 300SLロードスター/W198が登場した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>300SLは、ガルウィングクーペが1954年8月から1957年5月まで1400台生産され、ロードスターが1957年2月から1963年春までに1858台生産された。価格的にも手頃な190SLは、1955年から1963年春まで2万5881台生産された。アメリカでは現在、愛好家の集い・ガルウィングクラブが盛んに活動している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">2代目SL/W113（1963-1971年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1963年3月14日～24日まで開催されたジュネーブモーターショーで、メルセデス・ベンツ230SL/W113が発表された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33740,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/18_1.jpg" alt="" class="wp-image-33740"/><figcaption class="wp-element-caption">2代目メルセデス 230SL/W113が1963年3月に登場した。フラン人ポール・ブラックが内側に湾曲した独特なルーフデザインを採用し「パコダ」というニックネームが付けられた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当然、2代目に対する世間の期待は非常に高かったが、1955年のル・マンの悲劇以降レース活動から手を引いたメルセデスは、「SL」を快適なツーリングスポーツカーへと変貌させた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この2代目の230SL/W113は先代の300SLロードスター/W198と190SL/W121の2台に取って代わるもので、排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンを搭載し、150PSを発揮する高性能を備えた快適な2シーターツーリングカーとして注目を集めた。そのデザインは巨匠フリードリッヒ・ガイガーの指揮の基、フランス人デザイナーのポール・ブラック（1957年 - 1967年在籍）によって作成された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33806,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/15.jpg" alt="" class="wp-image-33806"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデス 230SL/W113のエンジンルーム。排気量2306ccの直6気筒SOHCエンジンは150PSを発揮する高性能である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このW113は「パゴダ」と呼ばれるが、これはオプションのハードトップがヘッドクリアランスを取るべく、内側に湾曲したルーフになっていて、その形状がアジアの寺院の建物を連想させたことから名づけられたことによる。デザイン担当のポール・ブラック氏は在籍中にW111/W112を皮切りに、W113、W100、W108/W109、W114/W115の「縦目のベンツ」シリーズを構築した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>特に、この230SL/W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。230SLのフレームフロアシステムは、セダンの220/W111シリーズに由来している。そのフレームは全長を短縮し強化された。1959年、220Sb/W111（ハネベン）はメルセデス・ベンツの安全性のパイオニアであるベラ・バレニによって開発された衝撃吸収式構造と堅牢な客室を備えた安全ボディを備えた世界初の乗用車であった（モノコック）。1960年には安全性のテストが拡大され横転テストも含まれた。そこで、このパゴダは前後の衝撃吸収構造と堅牢な客室を備えた安全な最初のスポーツカーといわれる所以である。時は1939年、世の中に概念すらなかった「自動車の安全性」の研究に着手し、ドイツ・ジンデルフィンゲン工場の一角で「エンジンよりも先に人間を」というモットーに多くの安全技術を開発したベラ・バレニの情熱と努力の賜物である(在籍34年間に2500件の特許取得)。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33759,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション8-1-1024x337.jpg" alt="" class="wp-image-33759"/><figcaption class="wp-element-caption">左：パゴダルーフ。右：衝撃テスト風景。W113は安全ボディを備えた画期的な最初のスポーツカーであった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2代目SLの「230SL」がパーソナルカー的イメージを強くしたのは4速ATとパワーステアリングがオプションで設定されたことによるが、多くのユーザーが好んで両装備を選択した。特に女性ユーザーからの支持を得て順調に販売を伸ばしていった。手元にある280SLカタログに目を通してみても表紙はもちろん赤をベースとし、オーナーは女性ユーザーで、赤いボディカラーが印象的である。これは硬派の300SL後継車（シルバー）として、驚異的な事である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>忘れてならないのは、この230SLがモータースポーツでも成功した事である。1963年8月27日から31日かけて行われたスパ-ソフィア-リエージュの5000km以上のマラソンラリーで、名手オイゲン・ベーリンガーとクラウス・カイザーが獲得した勝利は目覚ましいものであった（翌年も3位を獲得）。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33805,"width":"379px","height":"auto","sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/16-2-730x1024.jpg" alt="" class="wp-image-33805" style="width:379px;height:auto"/><figcaption class="wp-element-caption">「SL」の表紙を飾るのは赤いSLだ。これはSLがレースをを意識したクラスではないことを意味している。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>W113のモデルレンジは1967年の2.5Ｌ、150PSエンジンを搭載し全輪ディスクブレーキを装備した250SLに移行し、さらに翌年の1968年には2.8Ｌ、170PSエンジンを搭載した280SLへと進化した。1971年3月、W113は合計4万8912台生産された後、生産を終了した。内訳は230SLが１万9831台、250SLが5196台、280SLが2万3885台だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">3代目SL/R107（1971-1989年）</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1971年の春にR107モデルシリーズの「SL」がデビューした。ミッドサイズのW114から転用したシャーシコンポーネンツにSクラス/W116用エンジンユニットを搭載したハードトップとソフトトップを兼ね備えたオープン2シーターモデルだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33807,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/21.jpg" alt="" class="wp-image-33807"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107は3タイプを使い分けられる；左からハードトップ、ソフトトップ、オープン。ハードトップはパコダルーフのイメージを残している。取り外すには重量が約80ｋｇもあり最低2人は必要。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>外観の特徴は横目のヘッドライトとウンカー、ラジエーターグリルを一直線に繫いで力強さを表現していた。メルセデス・ベンツとしては異例となる長期生産となり、1989年までの18年間で、総生産台数は約23万7000台のロングセラーモデルとなった。このうち約2/3は米国（主に西海岸）で販売されたといわれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/プレゼンテーション6-1-1024x258.jpg" alt="" class="wp-image-33757"/><figcaption class="wp-element-caption">３代目SL/R107が1971年の春にデビュー。ロングノーズショートデッキのスタイルは継承されている。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツSLの歴史で初めて8気筒エンジンが、まず1971年の350SL、1973年には450SLに搭載された。1974年、280SLに6気筒エンジンが続き、初めて3つのエンジンがラインナップに加わった。1980年の最初のビッグマイナーチェンジでSクラス/W126と同じ新開発の軽量アルミV-8気筒エンジンを導入。これに伴い、従来のV-8気筒エンジンを搭載していた350SL/450SLは380SL/500SLへと置き換えられた。500SLは5L V-8気筒SOHCエンジンを搭載し240PSを発揮するが、アメリカ仕様は排ガス規制に合わせてエンジン改修が行われたため、圧縮比の低減によるパワーダウンを余儀なくされた。また、380SLも同様である。1989年には2度目のビッグマイナ－チェンジが行われ、同モデルのフラッグシップ560SLもデビューした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/22.jpg" alt="" class="wp-image-33808"/><figcaption class="wp-element-caption">SL/R107の内装；計器類は見易く、操作類は手が届き易く運転に集中できるメルセデス・ベンツの安全設計で装備も充実。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>日本では560SLがフラッグシップのイメージがあるが、排ガス規制クリアしつつパワーダウンを補うべく排気量をアップしたアメリカ及び日本仕様なのである。欧州では500SLが真のフラッグシップである。つまり、より軽量なSLにとって、排ガス対策の軽微な欧州では、5L V-8エンジンがスムーズに回転しパワフルであり純粋なオリジナルトップモデルである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":33809,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/02/26.jpg" alt="" class="wp-image-33809"/><figcaption class="wp-element-caption">この3代目SL/R107から「SL」英語の「Super Luxury（スーパーラグジュアリー）」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルとなった。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>本来、SLは「Super Leicht（ドイツ語読みでスーパーライヒト＝超軽量）」の略であるが、R107は先代のモデルのW113と比較してボディサイズの拡大や装備の充実が行われ、英語の「スーパーラグジュアリー」の意味を持つようになり、エレガントさと重厚感を醸し出すモデルシリーズとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1970～1980年代は厳しい安全基準のため、いわゆる「オープンカー冬の時代」であった。その逆境の中ではあったが、R107は米国向けモデルの開発へ向けて果敢に挑戦した。他メーカーがオープンカーからタルガトップなどへの変更を余儀なくされる中、Aピラー部の大幅な強化とウンドウスクリーンをフレームへ接着するという革新技術の導入で安全基準をクリアーした。米国で新車登録できるオープンカーは、この時代にはメルセデス・ベンツのSL/R107しかなく、これによりメルセデス・ベンツSLはブランド力を向上させることに成功した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong><a href="http://autobild.jp/32106/2/" title="">次ページ「４代目SL/R129(1989-2001年)」～</a></strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>BEVとなって蘇るアイコン　「Everrati（エバーラティ）」がポルシェ 911、メルセデス SLパゴダ、フォード GT40そしてランドローバーをコンバージョンする</title>
		<link>https://autobild.jp/16349/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 29 Jun 2022 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[W113]]></category>
		<category><![CDATA[エバーレイティ]]></category>
		<category><![CDATA[クラシックカー]]></category>
		<category><![CDATA[パゴダ]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 911]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデス・ベンツ SL]]></category>
		<category><![CDATA[ランドローバー シリーズIIA]]></category>
		<category><![CDATA[電動化]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="987" height="555" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378.jpg 987w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-696x391.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 987px) 100vw, 987px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>イギリスのEverrati（エバーラティ）は、クラシックカーを電動化する。イギリス企業の最新プロジェクト、ランドローバー シリーズIIA。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>英国のエバーラティ社は、自身、自動車愛好家であるジャスティン ルーニーとニック ウィアムスの2人が創った会社であり、2019年から、自動車の貴重品を修復し、内燃機関を現代の電気駆動に置き換える作業をしている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>フロントやリアに電動モーターを搭載してもクラシックカーのキャラクターは変えず、クラシックカーのブランドロゴも踏襲している。内燃機関のバブリングやバブリーな音ではなく、エンジン始動時のわずかなヒューンという音だけになっている。一方、スイッチや操作系はオリジナルのままなので、エバーラティ版の「ポルシェ911（964）」、「メルセデスSLパゴダ」、「フォードGT40」は、マフラーがないことでしか、見分けがつかない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/6/2/2/8/1/Everrati_Land_Rover_Serie_IIA-8-d7a1b96fa614d69b.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">偉大なる名誉： ヴェルサイユ宮殿での舞踏会では、電動化されたランディが、シャトルとして、その輸送能力を発揮することが許された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">クイーン バースデーで初公開</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 「ランドローバーシリーズIIA」は、ヴィクトリア女王の203回目の誕生日を祝うヴェルサイユ宮殿での舞踏会で、シャトルカーとして初公開された。「エバーラティ オートモーティブの創業者兼CEOであるジャスティン ルーニーは、「世界で最も権威のある高貴なイベントに参加することは、エバーラティ社にとって大変な名誉であり、我々の電動化されたアイコンは、ゲストの経験の重要な一部となるでしょう」と、その喜びを誇らしく語っている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/6/2/2/8/1/Everrati_Land_Rover_Serie_IIA-11-a6a28b78e1a2052c.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ソケットの代わりにプラグ。EVへの変換後は、電気を燃料として利用できるようになる。ランドローバーのバッテリーは満充電にすると約200kmを走れるという。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">バッテリーはアンダーボディの中にある</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 「ランドローバーシリーズIIA」は、オックスフォード州アッパーヘイフォードにある、エバーラティの開発センターで、過去数ヶ月間にわたって大規模な開発およびテストが行われてきた。旧来の内燃機関の代わりに、150馬力（110kW）、最大トルク300Nmの電動モーターを搭載し、そのエネルギーはアンダーボディのバッテリーパックから供給される。純粋な電気自動車として、次の充電ステーションまで、約200kmの距離を走行することができる。希望すれば、オフロードでも活用できるように改造することも可能だそうだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/6/2/2/8/1/Everrati_Porsche_964-11-f25fd64de66b1362.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">スポーツカーのアイコンがパワーアップ： エバーラティの最もパワフルなポルシェ911は500馬力を超える。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">エバーラティはポルシェにとどまらない</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> スポーツカーに乗る人には、エバーラティがクーペ、カブリオ、タルガとして提供しているポルシェ911（964）が当然、よりおすすめだ。ピュアバージョンは440馬力、100km/hまでの加速は4.5秒以下、航続距離は300km弱だが、アッパーパワーユニットのバージョンは500馬力以上と、さらにダイナミックな仕様になっている。しかし、その価格は約23万6,000ユーロ（約3,260万円）相当からと、決して安くはない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/6/2/2/8/1/Everrati_Mercedes_SL_Pagode-3-717772fbec49fdef.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">プレシャスパゴダ： 新しいドライブパッケージを搭載したクラシックなメルセデスは、エバーレイティで約35万ユーロ（約4,830万円）に相当する。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">電動パゴダはコストが高い</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> エバーラティの車種の中でも、伝説的な「メルセデス パゴダ」の電動バージョンでは、購入希望者はより多くのコストを覚悟しなくてはいけない。35万ユーロ（約4,830万円）弱で、180馬力（132kW）、550Nmのトルク、約250kmの航続距離、そして7秒強という非常に優れたスプリントタイムを手に入れることができる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【ABJのコメント】</strong><br> あなたなら今までの古今東西の自動車の中で、今回のように電動バージョンにコンバートしてもらえるとしたら、どのモデルをしてもらいですか？　なかなか興味深いし、今後の世の中の流れを考えていくと、あながち夢物語とはいえない話である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>個人的には、昔の「フィアット トッポリーノ」とか、思い切って「アストンマーティン ラゴンダ」あたりを電動化してもらい、しずしずと走るのなど悪くなないかな、と思ってしまうが、いずれにしろ大切なことはその車が（少なくとも自分にとっては）格好良く、魅力があるかどうかが大切である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今回のエバーラティに選ばれた車たちは、どれもかなり魅力的で、これならば電動化されてもいいなぁ、と思うような車たちである。もちろん「911」があの魅了的なエンジンを捨てて電気自動車になってしまうことには抵抗がある人も多いだろう。でももし電動自動車しか乗れなくなる時代が来るとしたら、これはこれで致し方ないソリューションなのかもしれない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とはいっても短い航続距離の車に、5,000万円近くを出せるかというと個人的にはまったく無理な話で、まあそういう部分でも、今のところこれは限られた特殊な層のための、特別な世界の話であることは言うまでもない。少なくとも数百万円くらいでコンバートできなければ、一般庶民にはどうにもならないように思う。（KO）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Stefan Grundhoff<br> 加筆： 大林晃平<br> Photo: Everrati</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="987" height="555" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378.jpg 987w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-696x391.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/846af97a59f3e378-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 987px) 100vw, 987px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>イギリスのEverrati（エバーラティ）は、クラシックカーを電動化する。イギリス企業の最新プロジェクト、ランドローバー シリーズIIA。</strong></p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>英国のエバーラティ社は、自身、自動車愛好家であるジャスティン ルーニーとニック ウィアムスの2人が創った会社であり、2019年から、自動車の貴重品を修復し、内燃機関を現代の電気駆動に置き換える作業をしている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>フロントやリアに電動モーターを搭載してもクラシックカーのキャラクターは変えず、クラシックカーのブランドロゴも踏襲している。内燃機関のバブリングやバブリーな音ではなく、エンジン始動時のわずかなヒューンという音だけになっている。一方、スイッチや操作系はオリジナルのままなので、エバーラティ版の「ポルシェ911（964）」、「メルセデスSLパゴダ」、「フォードGT40」は、マフラーがないことでしか、見分けがつかない。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/6/2/2/8/1/Everrati_Land_Rover_Serie_IIA-8-d7a1b96fa614d69b.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">偉大なる名誉： ヴェルサイユ宮殿での舞踏会では、電動化されたランディが、シャトルとして、その輸送能力を発揮することが許された。</figcaption></figure>
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<h3 class="wp-block-heading">クイーン バースデーで初公開</h3>
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<p> 「ランドローバーシリーズIIA」は、ヴィクトリア女王の203回目の誕生日を祝うヴェルサイユ宮殿での舞踏会で、シャトルカーとして初公開された。「エバーラティ オートモーティブの創業者兼CEOであるジャスティン ルーニーは、「世界で最も権威のある高貴なイベントに参加することは、エバーラティ社にとって大変な名誉であり、我々の電動化されたアイコンは、ゲストの経験の重要な一部となるでしょう」と、その喜びを誇らしく語っている。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/6/2/2/8/1/Everrati_Land_Rover_Serie_IIA-11-a6a28b78e1a2052c.jpg" alt=""/><figcaption class="wp-element-caption">ソケットの代わりにプラグ。EVへの変換後は、電気を燃料として利用できるようになる。ランドローバーのバッテリーは満充電にすると約200kmを走れるという。</figcaption></figure>
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<h3 class="wp-block-heading">バッテリーはアンダーボディの中にある</h3>
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<p> 「ランドローバーシリーズIIA」は、オックスフォード州アッパーヘイフォードにある、エバーラティの開発センターで、過去数ヶ月間にわたって大規模な開発およびテストが行われてきた。旧来の内燃機関の代わりに、150馬力（110kW）、最大トルク300Nmの電動モーターを搭載し、そのエネルギーはアンダーボディのバッテリーパックから供給される。純粋な電気自動車として、次の充電ステーションまで、約200kmの距離を走行することができる。希望すれば、オフロードでも活用できるように改造することも可能だそうだ。</p>
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<p> スポーツカーに乗る人には、エバーラティがクーペ、カブリオ、タルガとして提供しているポルシェ911（964）が当然、よりおすすめだ。ピュアバージョンは440馬力、100km/hまでの加速は4.5秒以下、航続距離は300km弱だが、アッパーパワーユニットのバージョンは500馬力以上と、さらにダイナミックな仕様になっている。しかし、その価格は約23万6,000ユーロ（約3,260万円）相当からと、決して安くはない。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">電動パゴダはコストが高い</h3>
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<p> エバーラティの車種の中でも、伝説的な「メルセデス パゴダ」の電動バージョンでは、購入希望者はより多くのコストを覚悟しなくてはいけない。35万ユーロ（約4,830万円）弱で、180馬力（132kW）、550Nmのトルク、約250kmの航続距離、そして7秒強という非常に優れたスプリントタイムを手に入れることができる。</p>
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<p><strong>【ABJのコメント】</strong><br> あなたなら今までの古今東西の自動車の中で、今回のように電動バージョンにコンバートしてもらえるとしたら、どのモデルをしてもらいですか？　なかなか興味深いし、今後の世の中の流れを考えていくと、あながち夢物語とはいえない話である。</p>
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<p>個人的には、昔の「フィアット トッポリーノ」とか、思い切って「アストンマーティン ラゴンダ」あたりを電動化してもらい、しずしずと走るのなど悪くなないかな、と思ってしまうが、いずれにしろ大切なことはその車が（少なくとも自分にとっては）格好良く、魅力があるかどうかが大切である。</p>
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<p>今回のエバーラティに選ばれた車たちは、どれもかなり魅力的で、これならば電動化されてもいいなぁ、と思うような車たちである。もちろん「911」があの魅了的なエンジンを捨てて電気自動車になってしまうことには抵抗がある人も多いだろう。でももし電動自動車しか乗れなくなる時代が来るとしたら、これはこれで致し方ないソリューションなのかもしれない。</p>
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<p>とはいっても短い航続距離の車に、5,000万円近くを出せるかというと個人的にはまったく無理な話で、まあそういう部分でも、今のところこれは限られた特殊な層のための、特別な世界の話であることは言うまでもない。少なくとも数百万円くらいでコンバートできなければ、一般庶民にはどうにもならないように思う。（KO）</p>
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<p>Text: Stefan Grundhoff<br> 加筆： 大林晃平<br> Photo: Everrati</p>
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