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	<title>ポルシェ 959 - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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	<description>世界最大級のクルマ情報サイトAUTO BILDの日本版。いち早い新車情報。高品質なオリジナル動画ビデオ満載。チューニングカー、ネオクラシックなど世界のクルマ情報は「アウトビルトジャパン」でゲット！</description>
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	<title>ポルシェ 959 - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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		<title>【Auto Bild 40周年記念】伝説のモデル「ポルシェ 959」誕生40周年　熱狂的な80年代の若者たちの憧れの「959」その伝説は今なお色あせていない！</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 17 Apr 2026 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スポーツカー]]></category>
		<category><![CDATA[テスト]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="674" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" fetchpriority="high" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c-1024x575.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c-768x431.jpg 768w" sizes="(max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1980年代の熱狂的なクルマ好きの若者にとってのポスター・スターであり、「AUTO BILD 創刊号」でも“ナンバー1”と称された存在。それが「ポルシェ 959」だ。いまやミュージアムの展示車となったこのモデルだが、40年を経た今なお、その魅力は少しも色褪せていない。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>冬のシュトゥットガルトはどんよりとした朝。しかし「ポルシェミュージアム（Porsche Museum）」の前に集まった人々は、寒さにもかかわらずその場を離れようとしない。館内に入ってブランドの歴史に浸る代わりに、彼らは鏡張りのキャノピーの下に置かれたストーングレーのスポーツカーを見つめ続けている。デビューから40年が経った今でも、寒さを忘れさせるほど強烈な魅力を放っている一台だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>それも当然だろう。「911」の無垢なフロントフェイスに、途方もなくワイドなリアを備えたこの低いスポーツカーは、わずか292台しか生産されなかった希少なモデル。1980年代には、マドンナ（Madonna）やアーハ（a-ha）のポスターと並んで、ティーンエイジャーの部屋を飾る存在だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>一方でカラヤン（Herbert von Karajan）、ビル ゲイツ（Bill Gates）、ボリス ベッカー（Boris Becker）といった富裕層のスピード愛好家は、「フェラーリ F40（Ferrari F40）や「ランボルギーニ カウンタック（Lamborghini Countach）」の代替として、このクルマを空調完備のガレージに収めていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>両者を魅了した理由は同じだ。1986年の登場時、42万ドイツマルク（約4千万円=当時のVWゴルフ約30台分に相当）という価格でドイツ車史上最も高価であり、最高速度317km/hを誇る世界最速の市販スポーツカーでもあった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-3051-1800x1200-ff84e013bc5e7b18-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-65880"/><figcaption class="wp-element-caption">ポルシェ959は当時最速のクルマであり、今なお多くのエンスージアストが夢見る存在だ。<br>Image: Deniz Calagan</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1986年2月24日に発行されたAUTO BILD創刊号では、「959」の大規模な試乗レポートが掲載され、編集部はこのポルシェを即座に“ナンバー1”と呼んだ。40年を経て再び対面することは、コンフォートゾーンを抜け出す絶好の口実と言えるだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">そしてこのクルマには、どうやら寒さもつきものらしい</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>というのも、「959」はもともと新設されたグループB規定に基づくラリー参戦を前提に開発され、1986年のダカールラリー（Dakar Rally）での優勝によって名声を確立した。しかし当時のテストでは事情が違った。ヴァイザッハのテストコースは雪に覆われ、テストドライバーは編集長ペーター グロドシェイ（Peter Glodschey）を同乗させ、電子制御4WDの安定性を示すためスキッドパッドで横滑りを披露したのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":65881,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-3053-1800x1200-9d15cd9f83afe7e6-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-65881"/><figcaption class="wp-element-caption">今回のバースデードライブは、筆者トーマス ガイガーにとって子どもの頃の夢の実現でもある。<br>Image: Deniz Calagan</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ドイツで最も高価なクルマは、斜めの姿勢で周回しても決して破綻しない。わずかなステアリング操作と短いアクセル操作で、959はレールの上を走るようにドリフトする」―創刊号にはそう記されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">シュトゥットガルト近郊での“刺激的な”タイムトラベル</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今回は開発センターからツッフェンハウゼンまでのドライ路でタイムトラベルを敢行する。数分もすればリアに積まれた2.85リッター水平対向6気筒は暖まり、右足は自然と踏み込まれていく。3000rpm、4000rpmと穏やかに巡航していたかと思うと、5000rpmを超えた瞬間、シーケンシャルツインターボが炸裂し、まるで突進するかのように加速する。450ps/最大500Nmという数値は、車重1450kgの車体において圧倒的なインパクトを持つ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":65882,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-3055-1800x1200-b0cad449a1695fef-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-65882"/><figcaption class="wp-element-caption">コックピットは、一見しただけではこの速度域を感じさせない。<br>Image: Deniz Calagan</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とりわけ印象的なのがGギアでの加速だ。通常の1速の位置にあるこのギアは本来オフロード用だが、100km/hを優に超える速度域まで到達する。わずか3.7秒の出来事だが、アクセルを踏み続けるには相当な勇気が必要だ。もっとも、現存292台のうち1台をここで失うわけにはいかない。現在では当時の約6倍、150万ユーロ以上で取引されることも珍しくないのだから。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">第二のレバーがもたらす魔法</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そこでアクセル操作は慎重に行いつつ、もう一つの“おもちゃ”を試す。ステアリングコラム右側に設けられたレバーは、電子制御四輪駆動を操作するためのものだ。ワイパーのように軽く操作するだけで、前輪への駆動力配分が段階的に増していく。路面状況に応じて、乾燥・雨・雪などのモード表示が切り替わり、驚異的なトラクションを実現する。200km/hを超える領域では、「フェラーリ F40」や「ランボルギーニ カウンタック」が“危険領域”に入るのに対し、「959」はなお安定と制御性を保つ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":65883,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-3057-1800x1200-63d4c1c8541e61d6-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-65883"/><figcaption class="wp-element-caption">パワーユニットは2.85リッター水平対向6気筒ツインターボ。<br>Image: Deniz Calagan</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>さらにチーフエンジニアのヘルムート ボット（Helmuth Bott）は、速度依存式の車高調整機能付き4段階ダンパーなど、数々の先進技術を投入した。ケブラー製ボディやマグネシウムホイールも当時としては極めて先進的だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当時は純粋なスピードへの欲求から生まれた“ナンバー1”だが、その技術の多くは後に一般車へと普及し、安全性向上に寄与した。創刊号でもこう評されている。「959が凝縮して示したものは、やがて1990年代の量産車へと広がる。その恩恵を受けるのは最終的に一般ドライバーだ」。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading -->
<h2 class="wp-block-heading">リムジン並みの快適性を備えたスーパースポーツ</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ポルシェは実験的でありながらも日常性を忘れなかった。電動シート調整やオートエアコンなど、ラグジュアリーセダン並みの装備で顧客をもてなしたのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":65884,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-3059-1800x1200-e182a0e4a7aef30c-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-65884"/><figcaption class="wp-element-caption">創刊号に登場した959は現在ミュージアムに収蔵されているが、AUTO BILDは今も毎週書店に並び続けている。<br>Image: Deniz Calagan</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1980年代のスーパースポーツとしては驚くほど扱いやすい「959」だが、無理は禁物だ。やがて穏やかに走りを終え、クルマは再びミュージアムへと戻る。通りすがりの人々は、「959」の系譜―「ポルシェ カレラ GT（Porsche Carrera GT）や「ポルシェ 918 スパイダー（Porsche 918 Spyder）」へと続く流れについて語り合いながら、この先に登場するであろう新たなスーパースポーツに思いを巡らせる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1986年、2003年、2013年―そろそろ次が来てもいい頃だ。電動化一辺倒ではないと気づいた今、その可能性は決して低くない。もっとも、シュヴァーベンの技術者たちがどれだけ時間をかけようとも問題はない。我々はこれからの40年もここにいる。そして、そのときの“新たなナンバー1”の最初の試乗に、すでに名乗りを上げている。次は、凍える冬の朝でないことを願うばかりだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Thomas Geiger<br>Photo: Deniz Calagan</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="674" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c-1024x575.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/04/Porsche-959-2869-1800x1012-a3559de8c1e6e48c-768x431.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1980年代の熱狂的なクルマ好きの若者にとってのポスター・スターであり、「AUTO BILD 創刊号」でも“ナンバー1”と称された存在。それが「ポルシェ 959」だ。いまやミュージアムの展示車となったこのモデルだが、40年を経た今なお、その魅力は少しも色褪せていない。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>冬のシュトゥットガルトはどんよりとした朝。しかし「ポルシェミュージアム（Porsche Museum）」の前に集まった人々は、寒さにもかかわらずその場を離れようとしない。館内に入ってブランドの歴史に浸る代わりに、彼らは鏡張りのキャノピーの下に置かれたストーングレーのスポーツカーを見つめ続けている。デビューから40年が経った今でも、寒さを忘れさせるほど強烈な魅力を放っている一台だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>それも当然だろう。「911」の無垢なフロントフェイスに、途方もなくワイドなリアを備えたこの低いスポーツカーは、わずか292台しか生産されなかった希少なモデル。1980年代には、マドンナ（Madonna）やアーハ（a-ha）のポスターと並んで、ティーンエイジャーの部屋を飾る存在だった。</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>一方でカラヤン（Herbert von Karajan）、ビル ゲイツ（Bill Gates）、ボリス ベッカー（Boris Becker）といった富裕層のスピード愛好家は、「フェラーリ F40（Ferrari F40）や「ランボルギーニ カウンタック（Lamborghini Countach）」の代替として、このクルマを空調完備のガレージに収めていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<p>両者を魅了した理由は同じだ。1986年の登場時、42万ドイツマルク（約4千万円=当時のVWゴルフ約30台分に相当）という価格でドイツ車史上最も高価であり、最高速度317km/hを誇る世界最速の市販スポーツカーでもあった。</p>
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<p>1986年2月24日に発行されたAUTO BILD創刊号では、「959」の大規模な試乗レポートが掲載され、編集部はこのポルシェを即座に“ナンバー1”と呼んだ。40年を経て再び対面することは、コンフォートゾーンを抜け出す絶好の口実と言えるだろう。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">そしてこのクルマには、どうやら寒さもつきものらしい</h3>
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<p>というのも、「959」はもともと新設されたグループB規定に基づくラリー参戦を前提に開発され、1986年のダカールラリー（Dakar Rally）での優勝によって名声を確立した。しかし当時のテストでは事情が違った。ヴァイザッハのテストコースは雪に覆われ、テストドライバーは編集長ペーター グロドシェイ（Peter Glodschey）を同乗させ、電子制御4WDの安定性を示すためスキッドパッドで横滑りを披露したのだ。</p>
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<p>「ドイツで最も高価なクルマは、斜めの姿勢で周回しても決して破綻しない。わずかなステアリング操作と短いアクセル操作で、959はレールの上を走るようにドリフトする」―創刊号にはそう記されている。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">シュトゥットガルト近郊での“刺激的な”タイムトラベル</h3>
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<p>今回は開発センターからツッフェンハウゼンまでのドライ路でタイムトラベルを敢行する。数分もすればリアに積まれた2.85リッター水平対向6気筒は暖まり、右足は自然と踏み込まれていく。3000rpm、4000rpmと穏やかに巡航していたかと思うと、5000rpmを超えた瞬間、シーケンシャルツインターボが炸裂し、まるで突進するかのように加速する。450ps/最大500Nmという数値は、車重1450kgの車体において圧倒的なインパクトを持つ。</p>
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<p>とりわけ印象的なのがGギアでの加速だ。通常の1速の位置にあるこのギアは本来オフロード用だが、100km/hを優に超える速度域まで到達する。わずか3.7秒の出来事だが、アクセルを踏み続けるには相当な勇気が必要だ。もっとも、現存292台のうち1台をここで失うわけにはいかない。現在では当時の約6倍、150万ユーロ以上で取引されることも珍しくないのだから。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">第二のレバーがもたらす魔法</h3>
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<p>そこでアクセル操作は慎重に行いつつ、もう一つの“おもちゃ”を試す。ステアリングコラム右側に設けられたレバーは、電子制御四輪駆動を操作するためのものだ。ワイパーのように軽く操作するだけで、前輪への駆動力配分が段階的に増していく。路面状況に応じて、乾燥・雨・雪などのモード表示が切り替わり、驚異的なトラクションを実現する。200km/hを超える領域では、「フェラーリ F40」や「ランボルギーニ カウンタック」が“危険領域”に入るのに対し、「959」はなお安定と制御性を保つ。</p>
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<p>さらにチーフエンジニアのヘルムート ボット（Helmuth Bott）は、速度依存式の車高調整機能付き4段階ダンパーなど、数々の先進技術を投入した。ケブラー製ボディやマグネシウムホイールも当時としては極めて先進的だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当時は純粋なスピードへの欲求から生まれた“ナンバー1”だが、その技術の多くは後に一般車へと普及し、安全性向上に寄与した。創刊号でもこう評されている。「959が凝縮して示したものは、やがて1990年代の量産車へと広がる。その恩恵を受けるのは最終的に一般ドライバーだ」。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<h2 class="wp-block-heading">リムジン並みの快適性を備えたスーパースポーツ</h2>
<!-- /wp:heading -->

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<p>ポルシェは実験的でありながらも日常性を忘れなかった。電動シート調整やオートエアコンなど、ラグジュアリーセダン並みの装備で顧客をもてなしたのだ。</p>
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<p>1980年代のスーパースポーツとしては驚くほど扱いやすい「959」だが、無理は禁物だ。やがて穏やかに走りを終え、クルマは再びミュージアムへと戻る。通りすがりの人々は、「959」の系譜―「ポルシェ カレラ GT（Porsche Carrera GT）や「ポルシェ 918 スパイダー（Porsche 918 Spyder）」へと続く流れについて語り合いながら、この先に登場するであろう新たなスーパースポーツに思いを巡らせる。</p>
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<p>1986年、2003年、2013年―そろそろ次が来てもいい頃だ。電動化一辺倒ではないと気づいた今、その可能性は決して低くない。もっとも、シュヴァーベンの技術者たちがどれだけ時間をかけようとも問題はない。我々はこれからの40年もここにいる。そして、そのときの“新たなナンバー1”の最初の試乗に、すでに名乗りを上げている。次は、凍える冬の朝でないことを願うばかりだ。</p>
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<p>Text: Thomas Geiger<br>Photo: Deniz Calagan</p>
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			</item>
		<item>
		<title>【この959なんぼ？】ポルシェ製初のスーパーカー　ポルシェ959発売中！走行距離1万１千km　しかしこの959は麻薬王が所有していた・・・</title>
		<link>https://autobild.jp/51136/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 21 May 2025 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[このクルマなんぼするの？]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[Porsche]]></category>
		<category><![CDATA[Porsche 959]]></category>
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		<category><![CDATA[麻薬王のポルシェ959]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image1-2.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image1-2.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image1-2-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image1-2-768x432.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>ポルシェ959：この希少なポルシェ959の初代オーナーは、悪名高い麻薬密売人だった。その959が走行距離わずか11,000kmで販売中！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ビル ゲイツも持っていた、ジェリー サインフェルドも持っていた、ボリス ベッカーも持っていた — その車は「ポルシェ959」、ツッフェンハウゼン製の最初のスーパーカーであり、「カレラGT」の前身だ。1987年から1988年の間にわずか292台が製造されたとされ、そのうちの1台は著名な麻薬王の手に渡った！</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1988年にこのシルバーの「ポルシェ959」は420,330ドイツマルク（約1億2960万円）で売却された。同年5月26日、450馬力の「ポルシェ959」は、フランスのディーラー兼輸入業者である「ソナウトSA」を通じて、後に大規模な麻薬取引で有罪判決を受けたクロード デュボックに納車された。1994年、デュボックは香港でメディアの注目を浴びながら逮捕され、米国に身柄を引き渡され、終身刑を宣告された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>現在ドイツに戻っている「ポルシェ959」の歴史は、完全に証明できるとのことだ。少なくとも、このポルシェを現在販売している、ザウルハイムにあるスポーツカーディーラー「Speedfarm Plus GmbH」はそう話している。しかし、この車の歴史と状態を詳しく見る前に、かつて世界最速の量産車だったポルシェ959の誕生の歴史を見てみよう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":51138,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image2-2.jpg" alt="" class="wp-image-51138"/><figcaption class="wp-element-caption">959は今でも「911の改造版」と誤解されることが多いが、実はポルシェ初のオリジナルスーパーカーだ。現在では、200万ユーロ（約3億3千万円）未満の959はほとんど存在しない。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ポルシェ959」の仕様書を見ると、可変式四輪駆動やレジスターチャージングなど、数多くの技術的特徴を備えたこのスーパースポーツカーが、純粋な走行マシンであることがうかがえる。450馬力、500Nmのトルク、0から100km/hまで3.7秒の加速、最高速度317km/hを誇る「959」は、1980年代末にはほぼ無敵の存在だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングカーではない</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ポルシェの技術責任者ヘルムート ボットは、1983年にエンジニアたちに開発を命じた際、レーシングカーは想定していなかった。むしろ、「959」は極めて高性能でありながら、運転免許を取得したばかりの初心者（その一人にボリス ベッカーがいた）でも操縦できる車であるべきだと考えていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>これは簡単な課題ではなかったが、ポルシェは見事に成し遂げた。実際に「959」を運転した人々は、四輪駆動のおかげでこのスーパーカーがほぼ子供でも操縦できるほど簡単だと報告している。2基目のターボが作動すると、「959」の空間と時間の連続性が変化する。ポルシェは「レジスターチャージング」と呼ばれる技術で、ターボラグの問題を解決した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":51140,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image4-1.jpg" alt="" class="wp-image-51140"/><figcaption class="wp-element-caption">「ポルシェ959 コンフォートバージョン」の2.9リッター水平対向6気筒ツインターボは450馬力。走る実験室とも言われた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのため、292台生産されたうち、大多数が「959」の「コンフォートバージョン」に割り当てられたのも不思議ではない。公式資料によれば、内部で「959 S」と名付けられたスポーツバージョンを選択したのはわずか29名で、このモデルはより高い過給圧により、2.8リッター6気筒ボクサーエンジンから515馬力を引き出し、驚異的な最高速度339km/hを達成したと言われている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>当時も現在も、すべての「959」はコレクターズアイテムであり、近年その価値は飛躍的に上昇している。約10年前には100万ユーロ（約1億6,500万円）程度で取引されていたポルシェ「959」だが、現在ではその価格は2倍以上に跳ね上がっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">30年間で走行距離2,000km未満</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ここで紹介するシルバーの「959」も同様で、かつてクロード デュボックに納車され、最初の数年間は納車したディーラーで定期的にメンテナンスを受けていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、デュボックの逮捕後も、履歴は完全に確認可能とのことだ。「959」は最後にイギリスとイタリアで登録されていたとされ、デュボック以降の所有者は、この希少なポルシェを真剣に運転した人はいなかったようだ。実際、1993年から2025年までの間に、この「959」は2,000kmも走行していない。純粋に「コレクターズアイテム」として、大切に所有されてきたようだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":51139,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image3-2.jpg" alt="" class="wp-image-51139"/><figcaption class="wp-element-caption">このポルシェ959のインテリアは新車同様の状態だ。走行距離がわずか11,000kmで大規模なオーバーホールが施されているため、当然のことだ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この車は2020年6月から2021年12月にかけて大規模なオーバーホールを受けた。具体的には、6気筒ボクサーエンジンがオーバーホールされ、サスペンションとブレーキが改修され、新しいフェンダーが取り付けられ、一部のボディパネルが再塗装され、その後、石はね防止フィルムが装着された。さらに、複数の内装部品も交換された。この大規模な作業は2022年に正式に完了したとのことだ。その後、「959」はドイツに戻り、2025年2月にYouTubeチャンネルで公開された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">このポルシェ959の価格</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>現在、この波乱万丈な歴史を持つコレクターズアイテムは、「Speedfarm Plus GmbH」で、2,390,000ユーロ（約3億9,435万円）で出品されている。この車を購入するには、一定の経済的余裕が必要だ。ちなみに、最初のオーナーであった、クロード デュボックは、26年間の服役を経て2020年に釈放された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":51141,"width":"719px","height":"auto","sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full is-resized"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image5.jpg" alt="" class="wp-image-51141" style="width:719px;height:auto"/></figure>
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<!-- wp:image {"id":51142,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
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<!-- wp:image {"id":51143,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image7.jpg" alt="" class="wp-image-51143"/></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Jan Götze<br>Photo: Speedfarm Plus GmbH</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
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<p><strong>ポルシェ959：この希少なポルシェ959の初代オーナーは、悪名高い麻薬密売人だった。その959が走行距離わずか11,000kmで販売中！</strong></p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>ビル ゲイツも持っていた、ジェリー サインフェルドも持っていた、ボリス ベッカーも持っていた — その車は「ポルシェ959」、ツッフェンハウゼン製の最初のスーパーカーであり、「カレラGT」の前身だ。1987年から1988年の間にわずか292台が製造されたとされ、そのうちの1台は著名な麻薬王の手に渡った！</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>1988年にこのシルバーの「ポルシェ959」は420,330ドイツマルク（約1億2960万円）で売却された。同年5月26日、450馬力の「ポルシェ959」は、フランスのディーラー兼輸入業者である「ソナウトSA」を通じて、後に大規模な麻薬取引で有罪判決を受けたクロード デュボックに納車された。1994年、デュボックは香港でメディアの注目を浴びながら逮捕され、米国に身柄を引き渡され、終身刑を宣告された。</p>
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<p>現在ドイツに戻っている「ポルシェ959」の歴史は、完全に証明できるとのことだ。少なくとも、このポルシェを現在販売している、ザウルハイムにあるスポーツカーディーラー「Speedfarm Plus GmbH」はそう話している。しかし、この車の歴史と状態を詳しく見る前に、かつて世界最速の量産車だったポルシェ959の誕生の歴史を見てみよう。</p>
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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image2-2.jpg" alt="" class="wp-image-51138"/><figcaption class="wp-element-caption">959は今でも「911の改造版」と誤解されることが多いが、実はポルシェ初のオリジナルスーパーカーだ。現在では、200万ユーロ（約3億3千万円）未満の959はほとんど存在しない。</figcaption></figure>
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<p>「ポルシェ959」の仕様書を見ると、可変式四輪駆動やレジスターチャージングなど、数多くの技術的特徴を備えたこのスーパースポーツカーが、純粋な走行マシンであることがうかがえる。450馬力、500Nmのトルク、0から100km/hまで3.7秒の加速、最高速度317km/hを誇る「959」は、1980年代末にはほぼ無敵の存在だった。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">レーシングカーではない</h3>
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<p>ポルシェの技術責任者ヘルムート ボットは、1983年にエンジニアたちに開発を命じた際、レーシングカーは想定していなかった。むしろ、「959」は極めて高性能でありながら、運転免許を取得したばかりの初心者（その一人にボリス ベッカーがいた）でも操縦できる車であるべきだと考えていた。</p>
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<p>これは簡単な課題ではなかったが、ポルシェは見事に成し遂げた。実際に「959」を運転した人々は、四輪駆動のおかげでこのスーパーカーがほぼ子供でも操縦できるほど簡単だと報告している。2基目のターボが作動すると、「959」の空間と時間の連続性が変化する。ポルシェは「レジスターチャージング」と呼ばれる技術で、ターボラグの問題を解決した。</p>
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<p>そのため、292台生産されたうち、大多数が「959」の「コンフォートバージョン」に割り当てられたのも不思議ではない。公式資料によれば、内部で「959 S」と名付けられたスポーツバージョンを選択したのはわずか29名で、このモデルはより高い過給圧により、2.8リッター6気筒ボクサーエンジンから515馬力を引き出し、驚異的な最高速度339km/hを達成したと言われている。</p>
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<p>当時も現在も、すべての「959」はコレクターズアイテムであり、近年その価値は飛躍的に上昇している。約10年前には100万ユーロ（約1億6,500万円）程度で取引されていたポルシェ「959」だが、現在ではその価格は2倍以上に跳ね上がっている。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">30年間で走行距離2,000km未満</h3>
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<p>ここで紹介するシルバーの「959」も同様で、かつてクロード デュボックに納車され、最初の数年間は納車したディーラーで定期的にメンテナンスを受けていた。</p>
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<p>しかし、デュボックの逮捕後も、履歴は完全に確認可能とのことだ。「959」は最後にイギリスとイタリアで登録されていたとされ、デュボック以降の所有者は、この希少なポルシェを真剣に運転した人はいなかったようだ。実際、1993年から2025年までの間に、この「959」は2,000kmも走行していない。純粋に「コレクターズアイテム」として、大切に所有されてきたようだ。</p>
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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/05/image3-2.jpg" alt="" class="wp-image-51139"/><figcaption class="wp-element-caption">このポルシェ959のインテリアは新車同様の状態だ。走行距離がわずか11,000kmで大規模なオーバーホールが施されているため、当然のことだ。</figcaption></figure>
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<p>この車は2020年6月から2021年12月にかけて大規模なオーバーホールを受けた。具体的には、6気筒ボクサーエンジンがオーバーホールされ、サスペンションとブレーキが改修され、新しいフェンダーが取り付けられ、一部のボディパネルが再塗装され、その後、石はね防止フィルムが装着された。さらに、複数の内装部品も交換された。この大規模な作業は2022年に正式に完了したとのことだ。その後、「959」はドイツに戻り、2025年2月にYouTubeチャンネルで公開された。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">このポルシェ959の価格</h3>
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<p>現在、この波乱万丈な歴史を持つコレクターズアイテムは、「Speedfarm Plus GmbH」で、2,390,000ユーロ（約3億9,435万円）で出品されている。この車を購入するには、一定の経済的余裕が必要だ。ちなみに、最初のオーナーであった、クロード デュボックは、26年間の服役を経て2020年に釈放された。</p>
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<p>Text: Jan Götze<br>Photo: Speedfarm Plus GmbH</p>
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			</item>
		<item>
		<title>【このクルマなんぼスペシャル】RMサザビーズオークション@ラスベガス　10台中もっとも落札想定価格の高いのは？</title>
		<link>https://autobild.jp/30286/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 11 Nov 2023 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[RM Sotheby’s]]></category>
		<category><![CDATA[RMサザビーズ]]></category>
		<category><![CDATA[オークション]]></category>
		<category><![CDATA[フェラーリ F40]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 959]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ カレラGT]]></category>
		<category><![CDATA[ランボルギーニ カウンタック]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://autobild.jp/?p=30286</guid>

					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1152" height="864" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177.jpg 1152w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-300x225.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-1024x768.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-768x576.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-80x60.jpg 80w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-265x198.jpg 265w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-696x522.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-1068x801.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-560x420.jpg 560w" sizes="auto, (max-width: 1152px) 100vw, 1152px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>11月17日から、米ラスベガスでおこなわれるRMサザビーズのオークションから、面白ネタも含めて、落札想定価格の低い順から並べてみた。もっとも落札想定価格の高いクルマ？当然あのクルマです（笑）。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/6dcce65609c240f43983d2656fa18633580e2a02.jpg" alt="" class="wp-image-30288"/><figcaption><strong>まずは2003年にミハエル シューマッハが身に纏って戦った「フェラーリF1のOMPレーシングスーツ」</strong><br>落札想定価格: 2万～2万5千米ドル（約300～375万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30289,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/85b1a42f536ad126580e445aeb1feba3245e173a.jpg" alt="" class="wp-image-30289"/><figcaption><strong>ポルシェ911（930）ターボ（1988）</strong><br> 落札想定価格：25万～30万米ドル（約3,750～4,500万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30290,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/3fa091afcd785a84ddc69e8185c218b17c25bab2.jpg" alt="" class="wp-image-30290"/><figcaption><strong>メルセデス・ベンツ280 SE 3.5カブリオレ（1970）</strong><br>  落札想定価格: 45万～55万米ドル（約6,750～8,250万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/fefbe1d4470f7bf0068b515e0f17d1b18df6c13a.jpg" alt="" class="wp-image-30291"/><figcaption><strong>メルセデス・ベンツ190 E 2.5-16エヴォリューションII（1990）</strong><br>  落札想定価格: 50万～70万米ドル（約7,500～1億500万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/af5dd784e3f0f89f1f512e968fb7ecf5726358c4.jpg" alt="" class="wp-image-30292"/><figcaption><strong>ランボルギーニ カウンタック5000 S by ベルトーネ（1984）</strong><br>ラルフ ローレンに新車で納車された個体。 落札想定価格: 70万～90万米ドル（約1億500～1億3,500万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30293,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/7a2fbb272fdf032036db348bb8ec6d76747db582.jpg" alt="" class="wp-image-30293"/><figcaption><strong>ポルシェ911ターボS X85 'フラットノーズ'（1994）</strong><br> 米国仕様のX85ターボS "フラットノーズ。米国仕様39台のうちの1台で、合計76台しか製造されなかったうちの1台。ブラックレザーにグランプリホワイト、クラシックグレーのマルチカラーファブリックインサート。落札想定価格: 100万～125万米ドル（約1億5,000～1億8,750万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/a20aadddb7fe26a8333937afa0d49aa01a17fbe8.jpg" alt="" class="wp-image-30294"/><figcaption><strong>メルセデス・ベンツ300 SLロードスター（1957）</strong><br>  130万～160万米ドル（約1億9,500～2億4,000万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30295,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/09ce4a0150e0d2e7bc974c026f60f3661b13e993-1.jpg" alt="" class="wp-image-30295"/><figcaption><strong>ポルシェ カレラGT（2005）</strong><br>1,270台作られたカレラGTの1台。150万～175万米ドル（約2億2,500～2億6,250万円）</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/2cc87c306134099f5797856c11bca89d4e5a812b.jpg" alt="" class="wp-image-30296"/><figcaption><strong>ポルシェ959 'コンフォート'（1988）</strong><br>生産された292台中の1台。落札想定価格: 165万～185万米ドル（約2億4,750～2億7,750万円）</figcaption></figure>
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<!-- wp:image {"id":30297,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/eb46c4669d088fcfd79edb2be39518751d830f38.jpg" alt="" class="wp-image-30297"/><figcaption><strong>ブガッティEB110スーパースポーツ（1996）</strong><br>30台作られたうちの1台で、ビアンコ モナコ色で仕上げられた2台中の1台。落札想定価格: 250万～325万米ドル（約3億7,500～4億8,750万円）</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/6a1cb98b94cd23814509475748e3900f44a61db0.jpg" alt="" class="wp-image-30298"/><figcaption>フェラーリF40 GT（1990）<br> 当時、国内外のレースで活躍した希少な21台中の1台。落札想定価格: 325～400万米ドル（約4億8,750～6億円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ということで、やっぱり今回も1位はF40という想定通りでした。（笑）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text and photo: RM Sotheby’s</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1152" height="864" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177.jpg 1152w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-300x225.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-1024x768.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-768x576.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-80x60.jpg 80w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-265x198.jpg 265w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-696x522.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-1068x801.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/dc956541176d6f7756f909c600b485dea42d9177-560x420.jpg 560w" sizes="auto, (max-width: 1152px) 100vw, 1152px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>11月17日から、米ラスベガスでおこなわれるRMサザビーズのオークションから、面白ネタも含めて、落札想定価格の低い順から並べてみた。もっとも落札想定価格の高いクルマ？当然あのクルマです（笑）。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":30288,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/6dcce65609c240f43983d2656fa18633580e2a02.jpg" alt="" class="wp-image-30288"/><figcaption><strong>まずは2003年にミハエル シューマッハが身に纏って戦った「フェラーリF1のOMPレーシングスーツ」</strong><br>落札想定価格: 2万～2万5千米ドル（約300～375万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30289,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/85b1a42f536ad126580e445aeb1feba3245e173a.jpg" alt="" class="wp-image-30289"/><figcaption><strong>ポルシェ911（930）ターボ（1988）</strong><br> 落札想定価格：25万～30万米ドル（約3,750～4,500万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30290,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/3fa091afcd785a84ddc69e8185c218b17c25bab2.jpg" alt="" class="wp-image-30290"/><figcaption><strong>メルセデス・ベンツ280 SE 3.5カブリオレ（1970）</strong><br>  落札想定価格: 45万～55万米ドル（約6,750～8,250万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30291,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/fefbe1d4470f7bf0068b515e0f17d1b18df6c13a.jpg" alt="" class="wp-image-30291"/><figcaption><strong>メルセデス・ベンツ190 E 2.5-16エヴォリューションII（1990）</strong><br>  落札想定価格: 50万～70万米ドル（約7,500～1億500万円）</figcaption></figure>
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<!-- wp:image {"id":30292,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/af5dd784e3f0f89f1f512e968fb7ecf5726358c4.jpg" alt="" class="wp-image-30292"/><figcaption><strong>ランボルギーニ カウンタック5000 S by ベルトーネ（1984）</strong><br>ラルフ ローレンに新車で納車された個体。 落札想定価格: 70万～90万米ドル（約1億500～1億3,500万円）</figcaption></figure>
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<!-- wp:image {"id":30293,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/7a2fbb272fdf032036db348bb8ec6d76747db582.jpg" alt="" class="wp-image-30293"/><figcaption><strong>ポルシェ911ターボS X85 'フラットノーズ'（1994）</strong><br> 米国仕様のX85ターボS "フラットノーズ。米国仕様39台のうちの1台で、合計76台しか製造されなかったうちの1台。ブラックレザーにグランプリホワイト、クラシックグレーのマルチカラーファブリックインサート。落札想定価格: 100万～125万米ドル（約1億5,000～1億8,750万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30294,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/a20aadddb7fe26a8333937afa0d49aa01a17fbe8.jpg" alt="" class="wp-image-30294"/><figcaption><strong>メルセデス・ベンツ300 SLロードスター（1957）</strong><br>  130万～160万米ドル（約1億9,500～2億4,000万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30295,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/09ce4a0150e0d2e7bc974c026f60f3661b13e993-1.jpg" alt="" class="wp-image-30295"/><figcaption><strong>ポルシェ カレラGT（2005）</strong><br>1,270台作られたカレラGTの1台。150万～175万米ドル（約2億2,500～2億6,250万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30296,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/2cc87c306134099f5797856c11bca89d4e5a812b.jpg" alt="" class="wp-image-30296"/><figcaption><strong>ポルシェ959 'コンフォート'（1988）</strong><br>生産された292台中の1台。落札想定価格: 165万～185万米ドル（約2億4,750～2億7,750万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30297,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/eb46c4669d088fcfd79edb2be39518751d830f38.jpg" alt="" class="wp-image-30297"/><figcaption><strong>ブガッティEB110スーパースポーツ（1996）</strong><br>30台作られたうちの1台で、ビアンコ モナコ色で仕上げられた2台中の1台。落札想定価格: 250万～325万米ドル（約3億7,500～4億8,750万円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":30298,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/11/6a1cb98b94cd23814509475748e3900f44a61db0.jpg" alt="" class="wp-image-30298"/><figcaption>フェラーリF40 GT（1990）<br> 当時、国内外のレースで活躍した希少な21台中の1台。落札想定価格: 325～400万米ドル（約4億8,750～6億円）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ということで、やっぱり今回も1位はF40という想定通りでした。（笑）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text and photo: RM Sotheby’s</p>
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			</item>
		<item>
		<title>【ポルシェスペシャル】ポルシェの生んだ伝説＆アイコン スーパースポーツカー×6台をテスト</title>
		<link>https://autobild.jp/27620/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 29 Aug 2023 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スポーツカー]]></category>
		<category><![CDATA[テスト]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ車]]></category>
		<category><![CDATA[Porsche]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 550]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 911 2.5 S/T]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 911 GT1]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 918]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ 959]]></category>
		<category><![CDATA[ポルシェ カレラGT]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="675" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-1068x601.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>夢のポルシェ6台が一同に介する。初代ポルシェからわずか5年後、伝説のスーパースポーツカー、550スパイダーが誕生した。その後、数十年にわたり、多くのアイコンが生まれた。ツッフェンハウゼンが生んだ6台のスーパーカーを比較＆評価！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>最初に博士論文がある。1950年に発表された博士論文のタイトルは「高速内燃エンジンにおけるバルブ駆動」で、「ポルシェ コンスルトルークションン ゲス エムベーハー」の従業員であるエルンスト フールマン博士の名前に学位が加えられた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その直後、彼はオーストリアのグミュントにある仕事場でビートルエンジンを手にした。フールマンの仕事は、15年前の実用エンジンをスポーツエンジンに変えることだった。そして、若いバルブトレーン博士は、キングシャフトと中間シャフトの珍しいシステムによって駆動される2本のオーバーヘッドカムシャフトを左右に配置し、デュアルイグニッションとドライサンプ潤滑を追加して回転数と出力を向上させた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>約1,700台しか製造されなかったが、「フールマンエンジン」は伝説となる。なぜなら、ポルシェが世界最高であるという主張が初めて文書化されたからである。製造番号「547」のこのエンジンと、その3つ後ろのプロジェクトブックに記載された「550」の助けを借りて、ポルシェ初のスーパースポーツカーが誕生した。我々は今日、このクルマとその子孫たちに乗る。数十年の歳月、構造、性能の違いを乗り越えてもなお、共通点はあるのだろうか？それを公道で確かめたい。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27622,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/550_Spyder_911_074-18e30d438b526cc5-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27622"/><figcaption>小さな550スパイダーに乗れば、ドライバーはすべてを見渡すことができる。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>550に乗り込みフールマン製エンジンを始動させる。そこまでの道のりは以下の通り： リベット留めされたアルミのフロアパネルには余計な荷重をかけられないため、右足を外側からダッシュボードの支柱の下にあるクロスバーに乗せ、左足が引っ張られる前にお尻をシートの後ろにあるボディの端に置いてからシートのサイドボルスターに沿ってシートパンに滑り込み、脇の下にドアを引き込む。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>550はフールマンエンジンを中心に計画された</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>すべてが超軽量かつシンプルに作られている： アウタードアのリリースは5センチの短い金属製レバーで、ボンネットのラッチはグラグラするスライドで、振動でも開く。リバースギアは、赤い金属板（もちろん、ハンドブレーキレバーと同じように穴が開いている）を折りたたむことでロックが解除される。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>始動はステアリングホイールの右にあるプッシュボタンで行い、燃料ポンプと両イグニッション回路のスイッチをバンスの左後ろと右に引く。1.5リッターのアイドリングは、ビートルのようにガラガラと音を立てながら、細かなメカニック音、ファンホイールのノイズ、そして何より、スロットルを少し踏み込むだけでトランペットのようになる長い排気管からのこもったハミングが聞こえる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>カブトムシのようなフック付きギアボックスで1速を入れる前に、リバースギアのロックを素早くチェック。そして出発。ここで、ポルシェの初期を振り返ってみよう。一種のレーシングカーであったのは「550」だけではなかったからだ。1948年6月8日に完成したゼッケン「356-1」のグミュント ロードスターは、「356」のように見えるかもしれないが、「550」と同じチューブラーフレームとミッドエンジンを備えた2シーターであった。そして、その直後に発表された「356-2」に至って、今日まで「911」に受け継がれているオールスチール製ボディを持つリアエンジンシリーズの技術的基礎が築かれたのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>早くも1950年には、フランクフルトのVWとポルシェのディーラーであるヴァルター グレッカーが、チューブラーフレームのミッドシップレーシングカーを製作し、勝利を収めている。3号車と4号車は、アメリカの輸入業者マックス ホフマンに販売された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1953年、フランクフルトのコーチビルダー、C.H.ヴァイデンハウゼンが2台のボディをポルシェに納入。この2台と、1954年から使用されたフールマン製エンジンと新設計のフレームを搭載した最終型「550スパイダー」は、1957年まで、どのクラスでも勝利を収めた。フールマンの1,498ccエンジンは、ジャガー、フェラーリ、メルセデスの大排気量6気筒や12気筒エンジン、最高出力300馬力以上と競合したが、1950年代にはビッグネームに混じって表彰台に上がるのが常だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>メルセデス300SLの対極にある550</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「550」は、その短さ、幅の狭さ、平べったさ、そして圧倒的な軽さによって、今日の交通渋滞を軽々と乗りこなすことができる。「550」は、当時のドイツの本格的スーパースポーツカーであった「メルセデス300SL」の対極にあり、その形式と性能は別次元であったが、価格は「550」より4,500マルク（約36万円）高いだけの、29,000マルク（約235万円）でしかなかった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27623,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/550_Spyder_911_014-ffc612299b319ef1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27623"/><figcaption> 標準のボディワークに対し、911 2.5 S/Tにはオーバーフェンダーが装着された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>次に、我々は「911 2.5 S/T」に乗り込み、別世界へと飛び込む。公道走行可能なレーシングカーはわずか24台しか製造されなかったが、1967年の「911 R」とともに、1972年末に発表された伝説の「カレラRS」への道を開いた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>またしてもエルンスト フールマンがパイに食指を動かしたのである。というのも、ポルシェファンの間では、彼はプロペラシャフトエンジンに対して尊敬の念を抱いているのと同時に、911の終焉を間近にしたことで悪者扱いされているからだ。1972年3月、新生ポルシェAGの初代CEOに就任したフールマンは、「924」と「928」という2つの現代的なスポーツカーシリーズによってモデルレンジを一から刷新する。その結果、彼は時代遅れの「911」の終焉を計画するが、1980年の土壇場でそれを阻まれた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、ポルシェは彼の在任期間の初めに、「カレラRS」を価格リストに加えた。「その時、908と917で得た報酬を得る準備が整っていたのです」と、後にフールマンは語る。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>911 2.5 S/T：生々しく、派手で、軽い</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのための指慣らしが「2.5 S/T」である。完全に解体された「2.4 S」ベースには、フロアパネルにわずかなゴムがあるだけで、助手席のサンバイザーとグローブボックスの蓋さえもない。550のフィロソフィーは、薄いガラスとプラスチック製バンパーにも受け継がれている。これに加え、よりワイドなボディワークとトレッド。ボアアップされたエンジンは、ニカジルコーティングされた軽合金のシリンダーとピストン、大きなバルブ、レーシングカムシャフトとエキゾースト、そして再びデュアルイグニッションを備え、「2.4 S」より80馬力高い270馬力を発生する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「550」が、ドライバーがクルマと格闘するようにドライブするクルマだとすれば、「911 S/T」は最初のカーブで早くも、タイヤと融合したかのように砂利層からアスファルトストリップを引き裂く。加速時にはマシンのノイズが他のすべてをかき消すまで、砂利がホイールアーチに降り注ぐ。停止しているときは、「911 2.5 S/T」は外側よりも内側のほうが静かだが、負荷がかかると5,000回転から唸り始め、6,000回転からはハーネスベルトが振動し、その直後には鼓膜が破れんばかりの爆音を発する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27624,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/GT1_959_020-670a15a461df1f36-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27624"/><figcaption>リアエンジンのポルシェで初めて、959のノーズには穴が開いている。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この猛烈な「S/T」に比べれば、有名な「RS」はお行儀の良い小さな車だ。すでに「2.4 S」では、リアのグリップがほとんどなく、ボディは限界に達していた。そのため、「RS」には伝説的なスポイラーが装着された。最高速度260kmの「S/T」は、今でもスポイラーなしで走行できる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>959S、515馬力</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「959S」は、2倍のパワーがいかにアドレナリンを半減させないかを示している。ポルシェの最も有名なスーパースポーツカーは、ファクトリーエンハンスドバージョンで515馬力を発揮し、「VWポロ3」のように運転することができる（一瞬、価値を忘れれば・・・）。「純粋なコンフォートカー」とヴァルター ロールは呼ぶが、これは「S/T」よりもはるかに体の動きを許容する油圧アシスト式シャシーを指している。全輪駆動とツインターボ、豪華な装備と断熱材のおかげで、車重も「S/T」を大きく上回る。とはいえ、1,350キロという車重は、現在では非常に軽く感じられる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>くぐもったうなり声だけで、「959」は「550」を凌駕するが、何を失ったのかという疑問を投げかける。多くのことが驚くほど快適だ。たとえばステアリング。後者は、250km/hからの直進性を安定させるためにキャスター角を9度と大幅に拡大したため、ステアリング操作が（あまりにも）難しくなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>4,500回転で2つ目の大きなターボチャージャーが1.1バールのブースト圧をフルに高めると、様相は一変する。カーブでは「S/T」の方が俊敏かもしれないが、この爆発的なパワーに対しては勝ち目がなく、1975年に「911」の最後の手柄としてターボを持ち込んだフールマンがいかに限界に挑んでいたかがすぐに理解できる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>確かに「959」は「911」ではない。ル・マンやパリ・ダカールの勝者であるジャッキー イクスが、グループCの「956」でサーキットだけでなく砂漠でも戦うことを提案したためだ。しかし、「959」は1996年に「911」の名を冠した「GT1」よりもベースに近く、ポルシェのスーパースポーツカーの開発史を逆転させた。モータースポーツのベースとしての市販車ではなく、公道走行可能なレーシングカーなのだ。シートの後方には、「993」シリーズのフロアアッセンブリーにフランジ加工されたチューブラーフレームがある。シャシーとセンターマウントされたエンジンの一部は、伝説のグループCレーサー、「962」をベースにしている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>ポルシェ 911 GT1は間違いなくレーサーだ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ある面では、「GT1」は「550」に非常に近い存在となった。削り出しのギアボックス、人を寄せ付けないコンディション（スパイダーでは風通しが悪く、GT1では猛暑）。もちろん、性能は「959 S」を上回る。しかし、開発における大きな飛躍は、ハンドリング、300km/hでの直進安定性、200km/hでのコーナリングにあると言われている。今回ばかりは、この主張を検証することなく受け入れる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27625,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/GT1_959_029-882bb0292b5db6e7-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27625"/><figcaption>911 GT1はポルシェ史上最速の妥協の産物である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、ポルシェらしさはどこに行ったのか？「GT1」は軽さと透明感を失った。フラットなスナウトと前方着座位置の「962」でさえ、扱いやすくなっている。この「GT1」がル・マン24時間レースで成功を収めることはなく、ポルシェがまた根本的に再設計されたモデルで労苦の末に勝利を収めたのは1998年のことだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのため、一切の妥協を排したミレニアムテクノロジーを搭載したマシンが必要なのは明らかだった。白紙の上に、一種の "グラウンドエフェクト"用のエアダクトを備えたまったく新しいカーボン製モノコックと、新しい10気筒V型エンジンが設計された。しかし、ル・マンで使用される前に、ポルシェはそのコミットメントに信頼を失い、レーシングカーとして開発された車を、そのまま市販車にしてしまった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>レースカーのテクノロジーが顧客を圧倒</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>それゆえ、「カレラGT」は、「GT1」が時にいじくり回された小屋のように見えることがあるとしても、実に優れたクルマなのである。それは垂直軸に近い着座位置でまずわかる。そこからドライバーは、初代ボクスターのステアリングホイールと、その数センチ横にある木製のギアスティックを握る。V10は始動せず、2～3秒かけてゆっくりと、まるでシリンダーを1本ずつ発射するかのように立ち上がっていく。すると機械式セラミック乾式クラッチが突然作動し、思わずアクセルを踏みすぎてしまいそうになる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27626,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Carrera_GT_918_018-b5812526bb039fb6-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27626"/><figcaption>近い親戚： カレラGTと918は、体格、コンセプト、ドライビングの印象が似ている。しかし、若いモデルの方が明らかに現代的で、運転しやすく、同時に速い。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>自然吸気エンジンは現代のターボに比べて低回転域でやや力不足に感じられることが多いという事実は、このトップセグメントでは確認できない。「959」や「GT1」の大型スーパーチャージャーは、タイムラグがあるのだ。同時に、「カレラGT」の5.7リッターV10は、8,000rpmをはるかに超えるまで、素晴らしくリニアなパワーデリバリーを提供する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コーナーに進入して、素晴らしく硬いシャシーとダンピングの効いたサスペンションのつながりを感じ、急ブレーキをかけた。カーボンファイバー1本で止まることができるほど、すべてが正確なのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、フライングチェンジの後、反対方向に停車している「918」に戻ると、よりシュールな感じがする。出番ですか？はい、ついています！ドライバーの後ろには、ついさっきまで10個のシリンダーがほとんど振動もなく音楽を奏でていたのに、今は静寂が広がっている。「918」は静かにブンブンと音を立てながら道路に出て、最初のカーブを曲がる。フロント129馬力、リア156馬力、フル充電されたバッテリーで25kmは走れるだろう。ポルシェのスーパースポーツカーの歴史において、最後にもう一度と言えるかもしれない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>918は、タイヤはまだル・マンにあるが、エンジン音、スクリーン、電子ギアスティックは地球外軌道に向かう途中である。空力パーツからアンダーボディフラップ、5つのドライビングモード、リアアクスルステアリング、全輪駆動、電気ブースト、最高速度345km/hを超える4.6リッターV8など、速くなるためのすべてがそこにある。ノルトシュライフェでは、マルク リーブに6分57秒を叩き出されている。それ以来、すべてのポルシェはより良くなっている。しかし、その驚異的な軽さは忘れがたい。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>結論：<br>
最後の写真に写っている2台のオープンでシルバーのミッドシップポルシェは、それぞれが当時のトップモデルだった。現在のクルマがいかにパワーとテクノロジーに溢れ、初代ポルシェがいかに扱いやすいものであったかを知ることができる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Henning Hinze<br> Photo: Dieter Rebmann / Auto Bild</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<!-- /wp:html -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="675" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-1068x601.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Porsche_16_9-914965374ccef9a8-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>夢のポルシェ6台が一同に介する。初代ポルシェからわずか5年後、伝説のスーパースポーツカー、550スパイダーが誕生した。その後、数十年にわたり、多くのアイコンが生まれた。ツッフェンハウゼンが生んだ6台のスーパーカーを比較＆評価！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>最初に博士論文がある。1950年に発表された博士論文のタイトルは「高速内燃エンジンにおけるバルブ駆動」で、「ポルシェ コンスルトルークションン ゲス エムベーハー」の従業員であるエルンスト フールマン博士の名前に学位が加えられた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その直後、彼はオーストリアのグミュントにある仕事場でビートルエンジンを手にした。フールマンの仕事は、15年前の実用エンジンをスポーツエンジンに変えることだった。そして、若いバルブトレーン博士は、キングシャフトと中間シャフトの珍しいシステムによって駆動される2本のオーバーヘッドカムシャフトを左右に配置し、デュアルイグニッションとドライサンプ潤滑を追加して回転数と出力を向上させた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>約1,700台しか製造されなかったが、「フールマンエンジン」は伝説となる。なぜなら、ポルシェが世界最高であるという主張が初めて文書化されたからである。製造番号「547」のこのエンジンと、その3つ後ろのプロジェクトブックに記載された「550」の助けを借りて、ポルシェ初のスーパースポーツカーが誕生した。我々は今日、このクルマとその子孫たちに乗る。数十年の歳月、構造、性能の違いを乗り越えてもなお、共通点はあるのだろうか？それを公道で確かめたい。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27622,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/550_Spyder_911_074-18e30d438b526cc5-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27622"/><figcaption>小さな550スパイダーに乗れば、ドライバーはすべてを見渡すことができる。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>550に乗り込みフールマン製エンジンを始動させる。そこまでの道のりは以下の通り： リベット留めされたアルミのフロアパネルには余計な荷重をかけられないため、右足を外側からダッシュボードの支柱の下にあるクロスバーに乗せ、左足が引っ張られる前にお尻をシートの後ろにあるボディの端に置いてからシートのサイドボルスターに沿ってシートパンに滑り込み、脇の下にドアを引き込む。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>550はフールマンエンジンを中心に計画された</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>すべてが超軽量かつシンプルに作られている： アウタードアのリリースは5センチの短い金属製レバーで、ボンネットのラッチはグラグラするスライドで、振動でも開く。リバースギアは、赤い金属板（もちろん、ハンドブレーキレバーと同じように穴が開いている）を折りたたむことでロックが解除される。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>始動はステアリングホイールの右にあるプッシュボタンで行い、燃料ポンプと両イグニッション回路のスイッチをバンスの左後ろと右に引く。1.5リッターのアイドリングは、ビートルのようにガラガラと音を立てながら、細かなメカニック音、ファンホイールのノイズ、そして何より、スロットルを少し踏み込むだけでトランペットのようになる長い排気管からのこもったハミングが聞こえる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>カブトムシのようなフック付きギアボックスで1速を入れる前に、リバースギアのロックを素早くチェック。そして出発。ここで、ポルシェの初期を振り返ってみよう。一種のレーシングカーであったのは「550」だけではなかったからだ。1948年6月8日に完成したゼッケン「356-1」のグミュント ロードスターは、「356」のように見えるかもしれないが、「550」と同じチューブラーフレームとミッドエンジンを備えた2シーターであった。そして、その直後に発表された「356-2」に至って、今日まで「911」に受け継がれているオールスチール製ボディを持つリアエンジンシリーズの技術的基礎が築かれたのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>早くも1950年には、フランクフルトのVWとポルシェのディーラーであるヴァルター グレッカーが、チューブラーフレームのミッドシップレーシングカーを製作し、勝利を収めている。3号車と4号車は、アメリカの輸入業者マックス ホフマンに販売された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1953年、フランクフルトのコーチビルダー、C.H.ヴァイデンハウゼンが2台のボディをポルシェに納入。この2台と、1954年から使用されたフールマン製エンジンと新設計のフレームを搭載した最終型「550スパイダー」は、1957年まで、どのクラスでも勝利を収めた。フールマンの1,498ccエンジンは、ジャガー、フェラーリ、メルセデスの大排気量6気筒や12気筒エンジン、最高出力300馬力以上と競合したが、1950年代にはビッグネームに混じって表彰台に上がるのが常だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>メルセデス300SLの対極にある550</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「550」は、その短さ、幅の狭さ、平べったさ、そして圧倒的な軽さによって、今日の交通渋滞を軽々と乗りこなすことができる。「550」は、当時のドイツの本格的スーパースポーツカーであった「メルセデス300SL」の対極にあり、その形式と性能は別次元であったが、価格は「550」より4,500マルク（約36万円）高いだけの、29,000マルク（約235万円）でしかなかった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27623,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/550_Spyder_911_014-ffc612299b319ef1-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27623"/><figcaption> 標準のボディワークに対し、911 2.5 S/Tにはオーバーフェンダーが装着された。</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>次に、我々は「911 2.5 S/T」に乗り込み、別世界へと飛び込む。公道走行可能なレーシングカーはわずか24台しか製造されなかったが、1967年の「911 R」とともに、1972年末に発表された伝説の「カレラRS」への道を開いた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>またしてもエルンスト フールマンがパイに食指を動かしたのである。というのも、ポルシェファンの間では、彼はプロペラシャフトエンジンに対して尊敬の念を抱いているのと同時に、911の終焉を間近にしたことで悪者扱いされているからだ。1972年3月、新生ポルシェAGの初代CEOに就任したフールマンは、「924」と「928」という2つの現代的なスポーツカーシリーズによってモデルレンジを一から刷新する。その結果、彼は時代遅れの「911」の終焉を計画するが、1980年の土壇場でそれを阻まれた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、ポルシェは彼の在任期間の初めに、「カレラRS」を価格リストに加えた。「その時、908と917で得た報酬を得る準備が整っていたのです」と、後にフールマンは語る。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>911 2.5 S/T：生々しく、派手で、軽い</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのための指慣らしが「2.5 S/T」である。完全に解体された「2.4 S」ベースには、フロアパネルにわずかなゴムがあるだけで、助手席のサンバイザーとグローブボックスの蓋さえもない。550のフィロソフィーは、薄いガラスとプラスチック製バンパーにも受け継がれている。これに加え、よりワイドなボディワークとトレッド。ボアアップされたエンジンは、ニカジルコーティングされた軽合金のシリンダーとピストン、大きなバルブ、レーシングカムシャフトとエキゾースト、そして再びデュアルイグニッションを備え、「2.4 S」より80馬力高い270馬力を発生する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「550」が、ドライバーがクルマと格闘するようにドライブするクルマだとすれば、「911 S/T」は最初のカーブで早くも、タイヤと融合したかのように砂利層からアスファルトストリップを引き裂く。加速時にはマシンのノイズが他のすべてをかき消すまで、砂利がホイールアーチに降り注ぐ。停止しているときは、「911 2.5 S/T」は外側よりも内側のほうが静かだが、負荷がかかると5,000回転から唸り始め、6,000回転からはハーネスベルトが振動し、その直後には鼓膜が破れんばかりの爆音を発する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27624,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/GT1_959_020-670a15a461df1f36-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27624"/><figcaption>リアエンジンのポルシェで初めて、959のノーズには穴が開いている。</figcaption></figure>
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<p>この猛烈な「S/T」に比べれば、有名な「RS」はお行儀の良い小さな車だ。すでに「2.4 S」では、リアのグリップがほとんどなく、ボディは限界に達していた。そのため、「RS」には伝説的なスポイラーが装着された。最高速度260kmの「S/T」は、今でもスポイラーなしで走行できる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>959S、515馬力</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「959S」は、2倍のパワーがいかにアドレナリンを半減させないかを示している。ポルシェの最も有名なスーパースポーツカーは、ファクトリーエンハンスドバージョンで515馬力を発揮し、「VWポロ3」のように運転することができる（一瞬、価値を忘れれば・・・）。「純粋なコンフォートカー」とヴァルター ロールは呼ぶが、これは「S/T」よりもはるかに体の動きを許容する油圧アシスト式シャシーを指している。全輪駆動とツインターボ、豪華な装備と断熱材のおかげで、車重も「S/T」を大きく上回る。とはいえ、1,350キロという車重は、現在では非常に軽く感じられる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>くぐもったうなり声だけで、「959」は「550」を凌駕するが、何を失ったのかという疑問を投げかける。多くのことが驚くほど快適だ。たとえばステアリング。後者は、250km/hからの直進性を安定させるためにキャスター角を9度と大幅に拡大したため、ステアリング操作が（あまりにも）難しくなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>4,500回転で2つ目の大きなターボチャージャーが1.1バールのブースト圧をフルに高めると、様相は一変する。カーブでは「S/T」の方が俊敏かもしれないが、この爆発的なパワーに対しては勝ち目がなく、1975年に「911」の最後の手柄としてターボを持ち込んだフールマンがいかに限界に挑んでいたかがすぐに理解できる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>確かに「959」は「911」ではない。ル・マンやパリ・ダカールの勝者であるジャッキー イクスが、グループCの「956」でサーキットだけでなく砂漠でも戦うことを提案したためだ。しかし、「959」は1996年に「911」の名を冠した「GT1」よりもベースに近く、ポルシェのスーパースポーツカーの開発史を逆転させた。モータースポーツのベースとしての市販車ではなく、公道走行可能なレーシングカーなのだ。シートの後方には、「993」シリーズのフロアアッセンブリーにフランジ加工されたチューブラーフレームがある。シャシーとセンターマウントされたエンジンの一部は、伝説のグループCレーサー、「962」をベースにしている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>ポルシェ 911 GT1は間違いなくレーサーだ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ある面では、「GT1」は「550」に非常に近い存在となった。削り出しのギアボックス、人を寄せ付けないコンディション（スパイダーでは風通しが悪く、GT1では猛暑）。もちろん、性能は「959 S」を上回る。しかし、開発における大きな飛躍は、ハンドリング、300km/hでの直進安定性、200km/hでのコーナリングにあると言われている。今回ばかりは、この主張を検証することなく受け入れる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27625,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/GT1_959_029-882bb0292b5db6e7-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27625"/><figcaption>911 GT1はポルシェ史上最速の妥協の産物である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、ポルシェらしさはどこに行ったのか？「GT1」は軽さと透明感を失った。フラットなスナウトと前方着座位置の「962」でさえ、扱いやすくなっている。この「GT1」がル・マン24時間レースで成功を収めることはなく、ポルシェがまた根本的に再設計されたモデルで労苦の末に勝利を収めたのは1998年のことだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのため、一切の妥協を排したミレニアムテクノロジーを搭載したマシンが必要なのは明らかだった。白紙の上に、一種の "グラウンドエフェクト"用のエアダクトを備えたまったく新しいカーボン製モノコックと、新しい10気筒V型エンジンが設計された。しかし、ル・マンで使用される前に、ポルシェはそのコミットメントに信頼を失い、レーシングカーとして開発された車を、そのまま市販車にしてしまった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>レースカーのテクノロジーが顧客を圧倒</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>それゆえ、「カレラGT」は、「GT1」が時にいじくり回された小屋のように見えることがあるとしても、実に優れたクルマなのである。それは垂直軸に近い着座位置でまずわかる。そこからドライバーは、初代ボクスターのステアリングホイールと、その数センチ横にある木製のギアスティックを握る。V10は始動せず、2～3秒かけてゆっくりと、まるでシリンダーを1本ずつ発射するかのように立ち上がっていく。すると機械式セラミック乾式クラッチが突然作動し、思わずアクセルを踏みすぎてしまいそうになる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":27626,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2023/08/Carrera_GT_918_018-b5812526bb039fb6-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-27626"/><figcaption>近い親戚： カレラGTと918は、体格、コンセプト、ドライビングの印象が似ている。しかし、若いモデルの方が明らかに現代的で、運転しやすく、同時に速い。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>自然吸気エンジンは現代のターボに比べて低回転域でやや力不足に感じられることが多いという事実は、このトップセグメントでは確認できない。「959」や「GT1」の大型スーパーチャージャーは、タイムラグがあるのだ。同時に、「カレラGT」の5.7リッターV10は、8,000rpmをはるかに超えるまで、素晴らしくリニアなパワーデリバリーを提供する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コーナーに進入して、素晴らしく硬いシャシーとダンピングの効いたサスペンションのつながりを感じ、急ブレーキをかけた。カーボンファイバー1本で止まることができるほど、すべてが正確なのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、フライングチェンジの後、反対方向に停車している「918」に戻ると、よりシュールな感じがする。出番ですか？はい、ついています！ドライバーの後ろには、ついさっきまで10個のシリンダーがほとんど振動もなく音楽を奏でていたのに、今は静寂が広がっている。「918」は静かにブンブンと音を立てながら道路に出て、最初のカーブを曲がる。フロント129馬力、リア156馬力、フル充電されたバッテリーで25kmは走れるだろう。ポルシェのスーパースポーツカーの歴史において、最後にもう一度と言えるかもしれない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>918は、タイヤはまだル・マンにあるが、エンジン音、スクリーン、電子ギアスティックは地球外軌道に向かう途中である。空力パーツからアンダーボディフラップ、5つのドライビングモード、リアアクスルステアリング、全輪駆動、電気ブースト、最高速度345km/hを超える4.6リッターV8など、速くなるためのすべてがそこにある。ノルトシュライフェでは、マルク リーブに6分57秒を叩き出されている。それ以来、すべてのポルシェはより良くなっている。しかし、その驚異的な軽さは忘れがたい。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>結論：<br>
最後の写真に写っている2台のオープンでシルバーのミッドシップポルシェは、それぞれが当時のトップモデルだった。現在のクルマがいかにパワーとテクノロジーに溢れ、初代ポルシェがいかに扱いやすいものであったかを知ることができる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Henning Hinze<br> Photo: Dieter Rebmann / Auto Bild</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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		<title>【クラシックカー 15選 シリーズ】コアでディープ　この14台のクラシックの凄さが解説できる人はクルマ博士になれます！</title>
		<link>https://autobild.jp/15838/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 09 Jun 2022 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[DKW F1]]></category>
		<category><![CDATA[NSU Ro 80]]></category>
		<category><![CDATA[VWビートル]]></category>
		<category><![CDATA[W140]]></category>
		<category><![CDATA[ウイリスMB]]></category>
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		<category><![CDATA[タトラ77]]></category>
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		<category><![CDATA[ポルシェ 959]]></category>
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		<category><![CDATA[ランチア ラムダ]]></category>
		<category><![CDATA[ルノー エスパス]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="976" height="550" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894.jpg 976w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-768x433.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-745x420.jpg 745w" sizes="auto, (max-width: 976px) 100vw, 976px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>クラシックカー15選（－１台）シリーズその3： 技術革新、進歩、車の構造、技術。ビートル、シトロエンDS、W140、そして他のアイコンモデル。最も革新的な14台の車たち。初の前輪駆動、初の風洞ボディ、初の自立型ボディなど、時代を先取りした独創的な技術アイデアが盛り込まれた14台を紹介する。何台知ってますか？</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>折りたたみ式ヘッドライトを最初に作ったのは誰？　オペルGT？　いや、そうではない。そのずっと前に、アメリカのメーカーがウィンキーアイのアイデアを持っていたのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1886年にカール ベンツとゴットリープ ダイムラーが独自に内燃機関を道路に導入することに成功して以来、我々は、最も重要な移動手段である自動車をより良いものにするための技術革新の花火を体験してきたのである。根本から見直されたモデルもあり、優れたものは数十年後の新車へもインパクトを与え続けている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、クルマ造りは往々にして人生に似ている。アイデアはあっても、その実行と成功が他の人に委ねられてしまうことはよくあることだ。技術史に残るような画期的なモデルも、今ではもう知られていないものも多く、メーカーの工場もとっくに取り壊されている。その最たるものがスタウトである。スタウトといっても、ビールではなく、おそらく世界初のミニバンだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>革新による革命：<br> 以下にリストアップした14台のクラシックカーは、他のどの車よりも時代を先取りしていた。我々の選んだ革新的な14台を自分の目で確かめてみてください。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>最も革新的な名作クラシックカー×14台</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/Cor_810_GVS_023-5641b7a6718eb078.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ウインク：</strong> 「DKW F1」はすでに独立懸架の前輪駆動（後述）、REOはセミオートマチックだった。しかし、この「コード810」は、1936年に市販車として初めてフォールディング（リトラクタブル）ヘッドライトを搭載し、この発明は世界中に知れ渡ることとなった。それだけではない。水平グリル、隠し扉ヒンジ、一体型フューエルフィラーキャップ、一体型ラジオなども流行し、「コード」は、自動車史上、最も革新的な車のひとつになったのだった。<br>  <strong>大林晃平: </strong>一見、ホットロッド風だがエリック クラプトンが1台、ワンオフな超カッコいいのを持っており、ポール フレール、ジョン ラム、ラッセル バルジンといった多くの自動車ジャーナリストの大好きな一台であった、と言われている。内容的にもセミオートマチックトランスミッションや独立懸架のサスペンションなど革新的。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1934_tatra_77_1-7fe9cb88685807c0.jpg" alt=""/><figcaption><strong>Cd値における画期的なこと：</strong> 空力的な車体を持つ初期の市販車（例えばランプラーの偉大なティアドロップ車やバーニーなど）の中で、おそらく1934年当時に、最も独創的だったのは、タトラがすでにその開発のために一種の風洞を使っていたことだろう。「タトラ77（1934～38）」のCd値： 0.38。いずれにせよ、ほぼすべてのリアエンジン車のモデルであった。ビートルでさえも・・・。<br>  <strong>大林晃平:</strong> なんとも超未来的。1934年に町で遭遇したら宇宙船かUFOか、とにかくETが乗って火星からやってきたかと思ってしまう。この「タトラ７７」や「８７」といった革新的な車ももちろん優秀な技術者であったハンス　レドヴィンカによる影響が強い。これぞタイムマシン？</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/reserve_1931_dkw_f_1-5481095a940c8110.jpg" alt=""/><figcaption><strong>1930年代のミニ：</strong> 横置きフロントエンジンと前輪駆動、確かにそれが「ミニ」だった！？　しかし、1931年の「DKW（デーカーヴェー） F1（1931～32）」の仕様もすでにそうだった。また、独立懸架式で、エンジンはまだ前輪の後ろにあった。ツヴィッカウのアウディで設計され、ツショパウで製造された。その原理（2ストローク・前輪駆動）は、1990年まで「トラバント601」に受け継がれた。<br>  <strong>大林晃平: </strong>DKWの名前の由来はドイツ語のDampf Kraft Wagen、つまり蒸気自動車という意味で機械メーカーとして業績をのばしたが、オートバイメーカーとしても有名になった。DKWがもちろんアウディの4つの輪の一つ、ということはすでにおなじみのハナシ。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1921_lancia_lambda_1-e295e9949ac4f2e9.jpg" alt=""/><figcaption><strong>自立式: </strong>100年前といえども、「ランチア ラムダ（1921～1931）」は、低重心の半自立式ボディ、油圧ショックアブソーバー付きの独立フロントサスペンション、アルミ製エンジンブロック、わずか13度のシリンダー角とオーバーヘッドカムシャフトのコンパクトなV4エンジンを搭載していた。ハードトップを装着すると、トルピードはリムジンに変身する。1922年パリサロンのスター！<br>  <strong>大林晃平: </strong>偉大なジャーナリストであった小林彰太郎さんが愛したことで知られるランチア ラムダ。「筆者は無人島に島流しにされるとしたら、ラムダを選ぶ。一生分のタイヤとともに」とは暗記するほど読んだセリフ。ラムダのどこにいったい？と思うかもしれないが、その革新的な技術の数々ということと、（きっと）ランチアというブランドに惹かれてのことなのではないだろうか、と勝手に推測する。そのラムダも100周年！！とはなんとも感慨深い。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1938_kaefer_1-82cea785dce88a0b.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ミリオネア：</strong> 当時、誰がリアエンジンの流線型の大衆車を作っていたとしても、誰が誰を真似たとしても、「VWビートル（1938～2003）」には、犬につくノミの数だけアイデアがあった。1930年代にとっては、生産が容易で信頼性が高く、オフロードに適しており、他の車のベースとしても最適だった。「VW T3」や「ポルシェ911」は、これなしには存在し得なかった。<br>  <strong>大林晃平:</strong> ビートルとビートルズ、どっちが有名だろうか？　きっと同じくらいに有名なことは間違いない。そしてこの形の自動車が忘れ去られてしまうことも、数々の旋律も世の中からなくなる日というのはないと思う。写真はリアがスプリットウインドーのタイプだが、飾らないすっきりしたボディも、たっぷりと空気のつまったハイトのタイヤも実に好ましい。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1941_willys_mb_2-69fc646c98d46a51.jpg" alt=""/><figcaption><strong>オリジナルオフロード車：</strong> 用途を明確にした上で、ゼロから開発するとこうなる。「ウイリスMB（1942-45）」。当初は、飛行機から落とすこともできる賢い軽軍事車両だった。しかし、その後のことを誰が想像しただろうか。<br>  <strong>大林晃平: </strong>GIと言えば、サングラスかけてこれに乗っていたのが定番イメージ。そのころの日本車の内容や走行性能からしたら、ベーブ ルースやジョー ディマジオ、バーン ガニアといった鉄人級の車だったろう。この「ウイリスMB」は「MA」に続くジープの源流ともいえるモデルで、米国陸軍の発注によって作られた、ということはハマーの祖先でもある。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1935_stout_scarab_2-5bd2613df4e1fd4a.jpg" alt=""/><figcaption><strong>エアロポンツーンのアルミニウム製ロータスマルチバン：</strong> 「スタウト スカラブ（1933）」。タトラのような流線型のリアエンジン、「ボルグヴァルド ハンサ」のようなポンツーン一体型ウィング、「アウディA8」のようなアルミスペースフレーム、深くフラットなフロア、柔軟なシートシステム、回転シート、取り外し可能なテーブルを備えたマルチバンのような車種だ。これだけのことを1930代半ばに！？　コイルスプリングを用いた振動式リアアクスルは、ロータスの創始者コリン チャップマンにインスピレーションを与え、チャップマンアクスルを誕生させたと言われている。<br>  <strong>大林晃平:</strong> ウイリアム ブッシュネル スタウトにとって設計された「スタウト スカラブ」。3速MTとRRの組み合わせを持つ、いってみれば世界最初のミニバン（ちょっとエスティマに見えないだろうか、前後を反対にすれば、だけど）。で、「スカラブ」いったいどこの国の車かというとアメリカ車です。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/3248543713-d596725e1b53ce80.jpg" alt=""/><figcaption><strong>シトロエンDS（1955～75）:</strong> ポリエステル製ルーフとアルミ製ボンネットを備えたエアロダイナミクススペースフレームボディ。量産車初のディスクブレーキ搭載車。高圧ブレーキリザーバー。ステアリング ロールラジアスをゼロに。自動クラッチ。パワーステアリング、モダンプラスチック。様々なシートシステムを持つステーションワゴン。1967年製のコーナリングライト。他に何か？　そうだ、ハイドロニューマチックサスペンションだ。そして、実用的で大成功した。<br> <strong> 大林晃平:</strong> もう皆様ご存じの永遠の名車が「DS」。当時パリサロンで発表された時に現場に居合わせた、世界最高のジャーナリスト、ポール フレール氏が「空から舞い降りてきたクルマのようだった」と表現していたほどだ。この写真は「21」だが内側のライトがステアリングホイール連動で進行方向を照らす。初期モデルでは、屋根のパネルが半透明で、夜などはいい感じの明るさでさぞやシャンゼリゼ通りなどを走ったらいい雰囲気だったであろう。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/NSU_Ro_80_RRA_04-9cb50e09bfe18557.jpg" alt=""/><figcaption><strong>80年代車：</strong> 「NSU Ro 80」は1967年に登場した（1977年まで）。クラッシャブルゾーンやセイフティーステアリングコラムを備え、安全性の高い「サーブ99（1968）」に代わるモデルとして最適であった。その中で、最も先進的なのがヴァンケルエンジン（ロータリーエンジン）である - と、当時は考えられていた。今でも多くの人にとってのロールモデルだ。<br>  <strong>大林晃平: </strong>ヴァンケルのロータリーエンジンを搭載した「NSU Ro 80（Roはもちろんロータリーエンジンのロー、その後のレシプロエンジンのモデルはKがつく）」、だが当時のロータリーエンジンはもちろんトラブルの塊。それをいかに実用に耐え、スポーツカーに搭載できるまで改善したのは、ひとえに広島の男たちの努力のたまものなのである。それはさておき、このNSU,スタイル的にも実に先進的で、今でもまったく古さを感じさせないどころか、新鮮で美しいと思う。蛇足ながらNSUはもともとニット編みの機械のメーカー、ということは愛知三河のトヨタに近い。NSUのNはそんなニット編みの会社があったネッカーズルムのNである。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/00368972-0449f0864a969422.jpg" alt=""/><figcaption><strong>スマートなミニバン：</strong> 三菱は「スペーススター」、クライスラーは「ボイジャー」をどれだけ誇りに思ったことだろう。しかし、1984年に登場した「ルノー エスパス（1990年まで）」は、シートが個別に取り外せるようになった。今日までのミニバンのスタンダード。また、フロントシートは回転式で、（2002年までのエスパスの最初の3世代は）スチールスケルトンにポリエステルの外装部品を使用していた。<br>  <strong>大林晃平: </strong>「エスパス」、文字通り革命的な一台である。このエスパスがなければ、今のようにミニバンは普及しなかったのではないだろうか。生産はもちろんマトラというのもエンスージャストの心をくすぐる部分だし、なによりこの写真を見てもわかるように。カラーリングも含め、明るくスマートでなんともオシャレ。フランスのエスプリという使い古された言葉は、こういう時にこそ使うべき。これからしたら、今の日本の路上にあふれる、ドヤ顔の威圧感満載メッキ厚化粧のミニバンは爪の垢でも煎じて飲むべき。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/reserve_1998_mcc_smart_3-f2b8a8e5aa7dead7.jpg" alt=""/><figcaption><strong>シティマニア： </strong>多くの人がひどいと思うヤングタイマー。というのも、「スマート フォーツー（1998～2007）」は、1998年当時、全長2.50mという短さ、安定した乗員セル、簡単に交換できるプラスチック板など、多くのアイデアを盛り込んでスタートしたモデルだったからだ。さらに重要なことは、発明者のニコラ ハイエックが「スウォッチカー」に込めた目標、すなわちe-driveとカーシェアリングである。10年前に達成されたばかりだ。<br>  <strong>大林晃平:</strong> スマートっていうのはこれ以外にありえない、という所期のフォーツー。そもそもは、スオッチカーとして出すはずのシティコミューターが、「オレ降りるから」とスオッチが言ったから、仕方なくメルセデス・ベンツが売ることになってしまったというちょっとだけ悲運な一台。ガラス張りのスマートセンター（今のレクサスとかのせんきゅ者ともいえる）で売るところから販売戦略が練られ、ショッピングモールで買い物中に着替えられる（ボディパネルを交換して違う色の車にあっという間に変身できる）などなど、革命的な部分もあったものの残念ながら、いずれもうまくいかず現在は頓挫してしまい次回のスマートは普通の電動SUVになってしまうという……ああなんとも残念。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1991_mercedes_w_140_1-a575c0418aebc090.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ライフセーバー メルセデス・ベンツW140（1991～98）： </strong>二重ガラス？　はい。CANバスによるネットワーク化？　はい。脱フロン空調？　はい。二次空気導入で良好な排気ガス値を実現？　はい。ボイスコントロール？　はい、1996年から。最も重要なのは、ESPスキッドプロテクションが1995年に到着していることだ。このような安定性システムは、その後も数え切れないほどの人命を救ってきた。これは、車の大きさに対するあらゆる反対意見を凌駕するものだ。<br>  <strong>大林晃平: </strong>「W140」がメルセデス・ベンツを代表する一台かどうかについては確かに意見が分かれるものの、確かにバブル経済期を代表するこれでもか、のテンコ盛りであったことは大きさも含めて間違いない。V12気筒エンジンも2重ガラスも、トランクリッドわきの後端部分から角のように出るポール（リアビューカメラがまだ一般的ではなかったから仕方ない）や、トランクリッドのつまみ（がグーっと出てくる）も、「Sクラス」の歴史の中でもとにかくこれでもかの塊。それでも残念ながら、ダイアナ妃の命を守ることができなかったことだけは悔やまれる。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1986_porsche_959_5-85545179f22d5fe9.jpg" alt=""/><figcaption><strong>テクノロジーキャリア、ポルシェ959（1986～88）：</strong> ワイドな「911」に何を詰め込んだのか！？　低回転用と高回転用の2基のターボチャージャーを初めて搭載。チタン製コンロッド。6速トランスミッション。電子制御全輪駆動（4つのプログラム）。四輪駆動のABS。電子制御式ショックアブソーバー。そのすべてを、アルミニウムとケブラーでできたボディで包み込んだ。ポルシェの名作。<br>  <strong>大林晃平: </strong>ポルシェの歴史の中でも革命的なのがこの「959」。とにかくその中身はポルシェの最先端技術の塊で、それを市販しちゃおうっていうのだから正気の沙汰じゃありません。当時バブル絶頂期だった日本にもソラリオという商社が第1号車を日本円の札束攻撃で強引に購入し空輸で運び、2億円の価格をつけた。おそらく「R32　GT-R」の開発にも、この「959」は大きく影響を及ぼし、厚木の山奥にあるニッサン　テクニカルセンターの一角に「959」が野ざらしで置いてあったという都市伝説も聞く。もっともっと評価されて良い「ポルシェ959」なのである。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1997_toyota_prius-347fcd7ec96f9f73.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ハイブリッド：</strong> 20世紀最後の革新。初代「トヨタ プリウス（1997-2003年）」に対するガソリンファンの反応は、冷ややか、且つ、穏やかなものだった。しかし、1997年当時は革新的だった。独創的なプラネタリーギアボックスだけだ。そして何より、その後の電気自動車が日常的に使えるようになるための基盤の一つである電池の研究開発の波を引き起こしたのがこのトヨタ車だった。<br>  <strong>大林晃平:</strong> AUTO BILDに選ばれて日本人としてはうれしい限りだ。だが、「プリウス」がそれほどの存在であったことは間違いない事実である。この車がなければ世の中にこれほどハイブリッドシステムの自動車は普及しなかったのは間違いない事実なのだから。特にこの最初のモデルはパッケージングも秀逸だし、インスツルメンツパネルの設計も素晴らしい。既存のモデルにハイブリッドシステムを搭載したのではなく、こういう革命的に素晴らしいパッケージングの車に搭載したことも成功の理由なのである。</figcaption></figure>
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<p>Text: Frank B. Meyer<br> Photo: autobild.de</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="976" height="550" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894.jpg 976w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-768x433.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-696x392.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/06/25353d8d6f71f894-745x420.jpg 745w" sizes="auto, (max-width: 976px) 100vw, 976px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>クラシックカー15選（－１台）シリーズその3： 技術革新、進歩、車の構造、技術。ビートル、シトロエンDS、W140、そして他のアイコンモデル。最も革新的な14台の車たち。初の前輪駆動、初の風洞ボディ、初の自立型ボディなど、時代を先取りした独創的な技術アイデアが盛り込まれた14台を紹介する。何台知ってますか？</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>折りたたみ式ヘッドライトを最初に作ったのは誰？　オペルGT？　いや、そうではない。そのずっと前に、アメリカのメーカーがウィンキーアイのアイデアを持っていたのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1886年にカール ベンツとゴットリープ ダイムラーが独自に内燃機関を道路に導入することに成功して以来、我々は、最も重要な移動手段である自動車をより良いものにするための技術革新の花火を体験してきたのである。根本から見直されたモデルもあり、優れたものは数十年後の新車へもインパクトを与え続けている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、クルマ造りは往々にして人生に似ている。アイデアはあっても、その実行と成功が他の人に委ねられてしまうことはよくあることだ。技術史に残るような画期的なモデルも、今ではもう知られていないものも多く、メーカーの工場もとっくに取り壊されている。その最たるものがスタウトである。スタウトといっても、ビールではなく、おそらく世界初のミニバンだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>革新による革命：<br> 以下にリストアップした14台のクラシックカーは、他のどの車よりも時代を先取りしていた。我々の選んだ革新的な14台を自分の目で確かめてみてください。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<h3>最も革新的な名作クラシックカー×14台</h3>
<!-- /wp:heading -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/Cor_810_GVS_023-5641b7a6718eb078.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ウインク：</strong> 「DKW F1」はすでに独立懸架の前輪駆動（後述）、REOはセミオートマチックだった。しかし、この「コード810」は、1936年に市販車として初めてフォールディング（リトラクタブル）ヘッドライトを搭載し、この発明は世界中に知れ渡ることとなった。それだけではない。水平グリル、隠し扉ヒンジ、一体型フューエルフィラーキャップ、一体型ラジオなども流行し、「コード」は、自動車史上、最も革新的な車のひとつになったのだった。<br>  <strong>大林晃平: </strong>一見、ホットロッド風だがエリック クラプトンが1台、ワンオフな超カッコいいのを持っており、ポール フレール、ジョン ラム、ラッセル バルジンといった多くの自動車ジャーナリストの大好きな一台であった、と言われている。内容的にもセミオートマチックトランスミッションや独立懸架のサスペンションなど革新的。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1934_tatra_77_1-7fe9cb88685807c0.jpg" alt=""/><figcaption><strong>Cd値における画期的なこと：</strong> 空力的な車体を持つ初期の市販車（例えばランプラーの偉大なティアドロップ車やバーニーなど）の中で、おそらく1934年当時に、最も独創的だったのは、タトラがすでにその開発のために一種の風洞を使っていたことだろう。「タトラ77（1934～38）」のCd値： 0.38。いずれにせよ、ほぼすべてのリアエンジン車のモデルであった。ビートルでさえも・・・。<br>  <strong>大林晃平:</strong> なんとも超未来的。1934年に町で遭遇したら宇宙船かUFOか、とにかくETが乗って火星からやってきたかと思ってしまう。この「タトラ７７」や「８７」といった革新的な車ももちろん優秀な技術者であったハンス　レドヴィンカによる影響が強い。これぞタイムマシン？</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/reserve_1931_dkw_f_1-5481095a940c8110.jpg" alt=""/><figcaption><strong>1930年代のミニ：</strong> 横置きフロントエンジンと前輪駆動、確かにそれが「ミニ」だった！？　しかし、1931年の「DKW（デーカーヴェー） F1（1931～32）」の仕様もすでにそうだった。また、独立懸架式で、エンジンはまだ前輪の後ろにあった。ツヴィッカウのアウディで設計され、ツショパウで製造された。その原理（2ストローク・前輪駆動）は、1990年まで「トラバント601」に受け継がれた。<br>  <strong>大林晃平: </strong>DKWの名前の由来はドイツ語のDampf Kraft Wagen、つまり蒸気自動車という意味で機械メーカーとして業績をのばしたが、オートバイメーカーとしても有名になった。DKWがもちろんアウディの4つの輪の一つ、ということはすでにおなじみのハナシ。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1921_lancia_lambda_1-e295e9949ac4f2e9.jpg" alt=""/><figcaption><strong>自立式: </strong>100年前といえども、「ランチア ラムダ（1921～1931）」は、低重心の半自立式ボディ、油圧ショックアブソーバー付きの独立フロントサスペンション、アルミ製エンジンブロック、わずか13度のシリンダー角とオーバーヘッドカムシャフトのコンパクトなV4エンジンを搭載していた。ハードトップを装着すると、トルピードはリムジンに変身する。1922年パリサロンのスター！<br>  <strong>大林晃平: </strong>偉大なジャーナリストであった小林彰太郎さんが愛したことで知られるランチア ラムダ。「筆者は無人島に島流しにされるとしたら、ラムダを選ぶ。一生分のタイヤとともに」とは暗記するほど読んだセリフ。ラムダのどこにいったい？と思うかもしれないが、その革新的な技術の数々ということと、（きっと）ランチアというブランドに惹かれてのことなのではないだろうか、と勝手に推測する。そのラムダも100周年！！とはなんとも感慨深い。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1938_kaefer_1-82cea785dce88a0b.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ミリオネア：</strong> 当時、誰がリアエンジンの流線型の大衆車を作っていたとしても、誰が誰を真似たとしても、「VWビートル（1938～2003）」には、犬につくノミの数だけアイデアがあった。1930年代にとっては、生産が容易で信頼性が高く、オフロードに適しており、他の車のベースとしても最適だった。「VW T3」や「ポルシェ911」は、これなしには存在し得なかった。<br>  <strong>大林晃平:</strong> ビートルとビートルズ、どっちが有名だろうか？　きっと同じくらいに有名なことは間違いない。そしてこの形の自動車が忘れ去られてしまうことも、数々の旋律も世の中からなくなる日というのはないと思う。写真はリアがスプリットウインドーのタイプだが、飾らないすっきりしたボディも、たっぷりと空気のつまったハイトのタイヤも実に好ましい。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1941_willys_mb_2-69fc646c98d46a51.jpg" alt=""/><figcaption><strong>オリジナルオフロード車：</strong> 用途を明確にした上で、ゼロから開発するとこうなる。「ウイリスMB（1942-45）」。当初は、飛行機から落とすこともできる賢い軽軍事車両だった。しかし、その後のことを誰が想像しただろうか。<br>  <strong>大林晃平: </strong>GIと言えば、サングラスかけてこれに乗っていたのが定番イメージ。そのころの日本車の内容や走行性能からしたら、ベーブ ルースやジョー ディマジオ、バーン ガニアといった鉄人級の車だったろう。この「ウイリスMB」は「MA」に続くジープの源流ともいえるモデルで、米国陸軍の発注によって作られた、ということはハマーの祖先でもある。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1935_stout_scarab_2-5bd2613df4e1fd4a.jpg" alt=""/><figcaption><strong>エアロポンツーンのアルミニウム製ロータスマルチバン：</strong> 「スタウト スカラブ（1933）」。タトラのような流線型のリアエンジン、「ボルグヴァルド ハンサ」のようなポンツーン一体型ウィング、「アウディA8」のようなアルミスペースフレーム、深くフラットなフロア、柔軟なシートシステム、回転シート、取り外し可能なテーブルを備えたマルチバンのような車種だ。これだけのことを1930代半ばに！？　コイルスプリングを用いた振動式リアアクスルは、ロータスの創始者コリン チャップマンにインスピレーションを与え、チャップマンアクスルを誕生させたと言われている。<br>  <strong>大林晃平:</strong> ウイリアム ブッシュネル スタウトにとって設計された「スタウト スカラブ」。3速MTとRRの組み合わせを持つ、いってみれば世界最初のミニバン（ちょっとエスティマに見えないだろうか、前後を反対にすれば、だけど）。で、「スカラブ」いったいどこの国の車かというとアメリカ車です。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/3248543713-d596725e1b53ce80.jpg" alt=""/><figcaption><strong>シトロエンDS（1955～75）:</strong> ポリエステル製ルーフとアルミ製ボンネットを備えたエアロダイナミクススペースフレームボディ。量産車初のディスクブレーキ搭載車。高圧ブレーキリザーバー。ステアリング ロールラジアスをゼロに。自動クラッチ。パワーステアリング、モダンプラスチック。様々なシートシステムを持つステーションワゴン。1967年製のコーナリングライト。他に何か？　そうだ、ハイドロニューマチックサスペンションだ。そして、実用的で大成功した。<br> <strong> 大林晃平:</strong> もう皆様ご存じの永遠の名車が「DS」。当時パリサロンで発表された時に現場に居合わせた、世界最高のジャーナリスト、ポール フレール氏が「空から舞い降りてきたクルマのようだった」と表現していたほどだ。この写真は「21」だが内側のライトがステアリングホイール連動で進行方向を照らす。初期モデルでは、屋根のパネルが半透明で、夜などはいい感じの明るさでさぞやシャンゼリゼ通りなどを走ったらいい雰囲気だったであろう。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/NSU_Ro_80_RRA_04-9cb50e09bfe18557.jpg" alt=""/><figcaption><strong>80年代車：</strong> 「NSU Ro 80」は1967年に登場した（1977年まで）。クラッシャブルゾーンやセイフティーステアリングコラムを備え、安全性の高い「サーブ99（1968）」に代わるモデルとして最適であった。その中で、最も先進的なのがヴァンケルエンジン（ロータリーエンジン）である - と、当時は考えられていた。今でも多くの人にとってのロールモデルだ。<br>  <strong>大林晃平: </strong>ヴァンケルのロータリーエンジンを搭載した「NSU Ro 80（Roはもちろんロータリーエンジンのロー、その後のレシプロエンジンのモデルはKがつく）」、だが当時のロータリーエンジンはもちろんトラブルの塊。それをいかに実用に耐え、スポーツカーに搭載できるまで改善したのは、ひとえに広島の男たちの努力のたまものなのである。それはさておき、このNSU,スタイル的にも実に先進的で、今でもまったく古さを感じさせないどころか、新鮮で美しいと思う。蛇足ながらNSUはもともとニット編みの機械のメーカー、ということは愛知三河のトヨタに近い。NSUのNはそんなニット編みの会社があったネッカーズルムのNである。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/00368972-0449f0864a969422.jpg" alt=""/><figcaption><strong>スマートなミニバン：</strong> 三菱は「スペーススター」、クライスラーは「ボイジャー」をどれだけ誇りに思ったことだろう。しかし、1984年に登場した「ルノー エスパス（1990年まで）」は、シートが個別に取り外せるようになった。今日までのミニバンのスタンダード。また、フロントシートは回転式で、（2002年までのエスパスの最初の3世代は）スチールスケルトンにポリエステルの外装部品を使用していた。<br>  <strong>大林晃平: </strong>「エスパス」、文字通り革命的な一台である。このエスパスがなければ、今のようにミニバンは普及しなかったのではないだろうか。生産はもちろんマトラというのもエンスージャストの心をくすぐる部分だし、なによりこの写真を見てもわかるように。カラーリングも含め、明るくスマートでなんともオシャレ。フランスのエスプリという使い古された言葉は、こういう時にこそ使うべき。これからしたら、今の日本の路上にあふれる、ドヤ顔の威圧感満載メッキ厚化粧のミニバンは爪の垢でも煎じて飲むべき。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/reserve_1998_mcc_smart_3-f2b8a8e5aa7dead7.jpg" alt=""/><figcaption><strong>シティマニア： </strong>多くの人がひどいと思うヤングタイマー。というのも、「スマート フォーツー（1998～2007）」は、1998年当時、全長2.50mという短さ、安定した乗員セル、簡単に交換できるプラスチック板など、多くのアイデアを盛り込んでスタートしたモデルだったからだ。さらに重要なことは、発明者のニコラ ハイエックが「スウォッチカー」に込めた目標、すなわちe-driveとカーシェアリングである。10年前に達成されたばかりだ。<br>  <strong>大林晃平:</strong> スマートっていうのはこれ以外にありえない、という所期のフォーツー。そもそもは、スオッチカーとして出すはずのシティコミューターが、「オレ降りるから」とスオッチが言ったから、仕方なくメルセデス・ベンツが売ることになってしまったというちょっとだけ悲運な一台。ガラス張りのスマートセンター（今のレクサスとかのせんきゅ者ともいえる）で売るところから販売戦略が練られ、ショッピングモールで買い物中に着替えられる（ボディパネルを交換して違う色の車にあっという間に変身できる）などなど、革命的な部分もあったものの残念ながら、いずれもうまくいかず現在は頓挫してしまい次回のスマートは普通の電動SUVになってしまうという……ああなんとも残念。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1991_mercedes_w_140_1-a575c0418aebc090.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ライフセーバー メルセデス・ベンツW140（1991～98）： </strong>二重ガラス？　はい。CANバスによるネットワーク化？　はい。脱フロン空調？　はい。二次空気導入で良好な排気ガス値を実現？　はい。ボイスコントロール？　はい、1996年から。最も重要なのは、ESPスキッドプロテクションが1995年に到着していることだ。このような安定性システムは、その後も数え切れないほどの人命を救ってきた。これは、車の大きさに対するあらゆる反対意見を凌駕するものだ。<br>  <strong>大林晃平: </strong>「W140」がメルセデス・ベンツを代表する一台かどうかについては確かに意見が分かれるものの、確かにバブル経済期を代表するこれでもか、のテンコ盛りであったことは大きさも含めて間違いない。V12気筒エンジンも2重ガラスも、トランクリッドわきの後端部分から角のように出るポール（リアビューカメラがまだ一般的ではなかったから仕方ない）や、トランクリッドのつまみ（がグーっと出てくる）も、「Sクラス」の歴史の中でもとにかくこれでもかの塊。それでも残念ながら、ダイアナ妃の命を守ることができなかったことだけは悔やまれる。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1986_porsche_959_5-85545179f22d5fe9.jpg" alt=""/><figcaption><strong>テクノロジーキャリア、ポルシェ959（1986～88）：</strong> ワイドな「911」に何を詰め込んだのか！？　低回転用と高回転用の2基のターボチャージャーを初めて搭載。チタン製コンロッド。6速トランスミッション。電子制御全輪駆動（4つのプログラム）。四輪駆動のABS。電子制御式ショックアブソーバー。そのすべてを、アルミニウムとケブラーでできたボディで包み込んだ。ポルシェの名作。<br>  <strong>大林晃平: </strong>ポルシェの歴史の中でも革命的なのがこの「959」。とにかくその中身はポルシェの最先端技術の塊で、それを市販しちゃおうっていうのだから正気の沙汰じゃありません。当時バブル絶頂期だった日本にもソラリオという商社が第1号車を日本円の札束攻撃で強引に購入し空輸で運び、2億円の価格をつけた。おそらく「R32　GT-R」の開発にも、この「959」は大きく影響を及ぼし、厚木の山奥にあるニッサン　テクニカルセンターの一角に「959」が野ざらしで置いてあったという都市伝説も聞く。もっともっと評価されて良い「ポルシェ959」なのである。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/0/5/0/9/6/1/1997_toyota_prius-347fcd7ec96f9f73.jpg" alt=""/><figcaption><strong>ハイブリッド：</strong> 20世紀最後の革新。初代「トヨタ プリウス（1997-2003年）」に対するガソリンファンの反応は、冷ややか、且つ、穏やかなものだった。しかし、1997年当時は革新的だった。独創的なプラネタリーギアボックスだけだ。そして何より、その後の電気自動車が日常的に使えるようになるための基盤の一つである電池の研究開発の波を引き起こしたのがこのトヨタ車だった。<br>  <strong>大林晃平:</strong> AUTO BILDに選ばれて日本人としてはうれしい限りだ。だが、「プリウス」がそれほどの存在であったことは間違いない事実である。この車がなければ世の中にこれほどハイブリッドシステムの自動車は普及しなかったのは間違いない事実なのだから。特にこの最初のモデルはパッケージングも秀逸だし、インスツルメンツパネルの設計も素晴らしい。既存のモデルにハイブリッドシステムを搭載したのではなく、こういう革命的に素晴らしいパッケージングの車に搭載したことも成功の理由なのである。</figcaption></figure>
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<p>Text: Frank B. Meyer<br> Photo: autobild.de</p>
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