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	<title>トラクシオン アヴァン - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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	<description>世界最大級のクルマ情報サイトAUTO BILDの日本版。いち早い新車情報。高品質なオリジナル動画ビデオ満載。チューニングカー、ネオクラシックなど世界のクルマ情報は「アウトビルトジャパン」でゲット！</description>
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	<title>トラクシオン アヴァン - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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		<title>シトロエンのラグジュアリーサルーンの系譜「トラクシオン アヴァン、DS、CX、XM、C6」でベルリンを巡る</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 21 Feb 2026 02:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[テスト]]></category>
		<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
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		<category><![CDATA[フランス車]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" fetchpriority="high" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588-768x432.jpg 768w" sizes="(max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>パリ発の伝説的な大型シトロエンのセダンは、世界中でクルマへの愛をかき立てた。ベルリンでは、その遺産の意外な痕跡を見つけることができる</strong>。<strong>ドイツとの深い縁で結ばれるトラクシオン アヴァンを中心に振り返る。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>まずはケルンから始めよう。パリとベルリンの間にあり、パリに約600キロも近いからではない。今回の小さなベルリン巡りで最初に登場するクルマが、ケルン製だからだ。「シトロエン トラクシオン アヴァン（Citroën Traction Avant）」の「7 CV」は、ドイツでは「シトロエン7フロント」と呼ばれていた。より正確に言えば―ドイツ製だった。ケルンのポル地区で生産されていたからである。トラクシオン愛好家はそれゆえにこのモデルを「ポラー」と呼ぶ。「ポラー」のほぼすべての部品はドイツから来ていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのうちのいくつかはベルリン製だった。例えばエンジンはシーメンス＆ハルスケが製造し、方向指示器（当時はまだウインカーという名称はなかった）はWeissenborn &amp; Kraboが製造していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ドイツシトロエンAGは、ベルリンのウンター デン リンデンにショールームを構え、ベルリン＝ハーレンゼーには工場、部品倉庫、管理棟を備えた敷地を所有していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":63268,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Citroen-Traction-Avant-als-Citroen-7-Front-stehend-schraeg-von-vorn-vorm-BMW-3051-3727x2483-1da2a7c4a3dfaa45-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-63268"/><figcaption class="wp-element-caption">BMWモーターサイクル工場前に、前方斜めから立つシトロエン トラクシオン アヴァン。約1800台のシトロエン フロントがドイツで生産された。この個体は何十年ものあいだハンブルクで登録されていた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">シトロエン トラクシオン アヴァン：「7フロント」はすでに信じられないほど革新的だった</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シトロエンは1934年、ロザリーの後継としてトラクシオン アヴァンを発表した。それは世界がこれまで見たことのないクルマだった。低く幅広い車体、ほぼ他のどのセダンよりも低い重心、スチール製モノコック構造、前輪駆動、油圧ブレーキ、四輪トーションバーサスペンション。さらにロザリーから引き継いだサイレントブロック（振動を抑える「フローティングエンジン」）を採用していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":63271,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Vier-Details-des-Citroen-7-Front-Winker-Plakette-Motorblock-und-Scheinwerfer-3055-6000x4000-b7e70213018154aa-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-63271"/><figcaption class="wp-element-caption">ベルリンのWeissenborn &amp; Krabo製「Weikra」方向指示器（“ドイツを代表する方向指示器”）。BピラーではなくAピラーに装着。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">これがシトロエン7フロントの走りだ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>さあ出発だ！ライトスイッチ内のキーを右に回し、チョークを引き、アクセルを踏み、フロントガラス下のスターターケーブルを引く―ほら、スムーズかつ静かにエンジンがかかった。クラッチは力を要するが、ギアチェンジは心地よく、正確に入る。リバース（右上）と1速（右下）は抵抗なく入る。2速と3速（左側上下）はややコツが必要だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この7フロントが見せるおそらく最も愉快なショーは、ロールブラインドの開閉だ。運転席左上のタッセルを引くと、アイレットを通って後方へ伸びる2本のコードが引かれ、ブラインドが巻き上がる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":63272,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Zwei-Details-des-Citroen-7-Front-Bommel-fuer-das-Heckrollo-und-das-Heckrollo-3057-3000x2000-0352880a66fc5be8-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-63272"/><figcaption class="wp-element-caption">シトロエン7フロントが見せる最も愉快なショーのひとつはロールブラインドの開閉である。運転席左上のタッセルを引くと、アイレットを通って後方へ伸びる2本のコードが引かれ、ブラインドが巻き上がる。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ベルリン市街地では、ケルン製のこのクルマは、硬く不正確なステアリングと悪い全周視界のため、やや疲れる。ゆったりとブランデンブルク方面へ向かうドライブが待ち遠しくなる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1.6リッターエンジンは控えめにガラガラと走る。しかしアクセルを床まで踏み込むと、不気味なほど猛々しく吠える。その音に、ベルリン＝ヴェディングのAMGドライバーたちが不安げにバックミラーをのぞく。怖がらせたいなら朗報だ。この試乗車はベルリンのアトリエ・オートモビールで販売中である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">初期トラクシオンのトランポリン効果</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>美しくレストアされたトラクシオン……いやフロントに座り、波打つ石畳を走りながら物理法則と戦う。これが伝説のロードホールディングなのか？違う。試乗車は初期型フロントアクスルを備えており、そこからは車輪が外れやすいという噂さえあった。さらに保守的なダンピング、トーションバー、短いホイールベース、厚いシートクッションが重なり、トランポリン効果を生む。波打つ路面では小さな子どものように上下に弾む。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ここでアクセルを緩めると、当時のシトロエン技術者たちがシャシー開発にどれほど知恵を注いだか理解できる。2CV、そしてハイドロニューマチックへと至る道のりだ。実際、後期トラクシオンは大幅に改良され、とりわけ直6搭載の15CVは優れたロードホールディングで名声を確立した。そしてこの言葉は、どんなトラクシオン記事にも欠かせない―「ギャングスター・リムジン」。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>テクニカルデータ：シトロエン7フロント<br>直列4気筒エンジン、フロント縦置き、低位置カムシャフト、縦型キャブレター（オリジナルは横型）<br>排気量：1617cc<br>ボア×ストローク：100×72mm<br>出力：25kW（34PS）/3500rpm<br>最大トルク：記載なし<br>加速：記載なし<br>最高速度：110km/h<br>駆動方式：3速MT、前輪駆動<br>全長×全幅×全高：4400×1500×1600mm<br>ホイールベース：2910mm<br>燃費：記載なし<br>重量（実測）：1130kg<br>当時価格（1935年）：3750ライヒスマルク</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">シトロエンDS：本当のギャングスター・リムジン？</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかしこの記事で、シトロエンの高級クラスにおける“ギャングスター・リムジン”の役割を担うのは後継モデル、すなわちDモデルである。これは 「シトロエン DS（Citroën DS）」 およびシトロエン ID（Citroën ID）として販売された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Dモデルとベルリンを結びつける、おそらく最も刺激的な出来事は1971年5月に起きた。テロリストが高級百貨店カーデーヴェで爆弾テロを実行した。紳士服売り場に、爆弾とタイマー入りの旅行バッグが置かれた。そのタイマーは自動車アクセサリーから作られた「メモパーク」キーホルダーで、駐車時間が切れるとキッチンタイマーのように鳴るものだった。警察は犯人が濃赤色のシトロエンDS 21を使用したと疑った。それは盗難車で、犯行時にカーデーヴェに駐車されていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>柔らかなサスペンションを持つDモデルは、爆発物の運搬には向いているが逃走車には向かない。エンジン始動後、まず後部がゆっくり持ち上がり、続いて前部が持ち上がる。ハイドロニューマチックサスペンションの作動だ。説明なしでは、どのレバーがチョークで、どれがウインカー解除で、どれがライト用なのか、すぐには分からない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>試乗車は1967年7月登録。Dモデルが共通レンズ内のツインヘッドライトに変更される2か月前の個体である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":63270,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-3053-4466x2981-538a2a2fd2028ebb-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-63270"/><figcaption class="wp-element-caption">シトロエン・トラクシオン・アヴァン（7フロントとしても知られる）のステアリングを握ると、開閉式フロントウインドシールドのおかげで新鮮な外気を楽しむことができる。ステアリングホイールとスピードメーターの間には、模範的な精度を誇る3速ギアボックスのシフトレバーが備わっている。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ステアリングホイールとスピードメーターの間には、模範的に精密な3速ギアボックスのレバーがある。メタリックのグリパラディウム（AC 108b）塗装によりほとんど「DSパラス」のように見えるが、これはID 19 B―技術的に簡素なバージョンである。操作系はDSほど直感的ではない。Hパターンのコラムシフト、クラッチペダル、従来型ブレーキペダルを備える。セミオートマチックとパワーステアリングを持つ「DS」ほど楽には走らない。ステアリング、クラッチ、ギア操作には力が必要だ。しかし変速精度は際立っている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ID」は「DS」よりいくつかの点で従来型に近いが、それでもなお傑出している。当時は未来的、今日ではデザインクラシック。唯一無二のドライビング体験をもたらす洗練されたクルマだ。ギャングのためではなく、愛する術を知る人のためのクルマである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>テクニカルデータ：シトロエンID<br>直列4気筒エンジン、フロント縦置き、サイドカムシャフト、ダウンドラフトキャブレター（Solex 34 PBIC 90）<br>排気量：1985cc<br>出力：57kW（78PS）/5250rpm<br>最大トルク：137Nm/3000rpm<br>0–100km/h加速：15.9秒（当時計測値）<br>最高速度：160km/h<br>駆動方式：4速MT、前輪駆動<br>全長×全幅×全高：4838×1790×1470mm<br>ホイールベース：3125mm<br>燃費：レギュラーガソリン9.4L/100km<br>重量（実測）：1340kg<br>当時価格（1967年）：11,200ドイツマルク</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">東ドイツ指導部のシトロエンCX</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>これはまた別のギャングスター シトロエンなのか？ いずれにせよ、あまり愛情を込めて扱われてはいなかった一台である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シトロエン CX プレステージ（Citroën CX Prestige）」―25センチ長いバージョン―はエーリッヒ ホーネッカー（Erich Honecker）の車列に属していた。約30台のCXのうちの一台である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>なぜホーネッカーはシトロエンに乗っていたのか？ 東独によるドライブシャフト西側輸出契約「ドライブシャフト取引」の一環として、1978年にシトロエンCEOレイモン ラヴネルが東独指導部に「CXプレステージ」を2～3台贈呈した。そして、その贈り物を拒否する反腐敗担当官はいなかった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ホーネッカーは柔らかいシートを特に気に入っていた、と元ボディガードのベルント ブリュックナーは語る。「しかも国内でそのブランドに乗る者は他にいなかった。それ以来、彼はシトロエンだけを望んだ。整備部門は頭を抱えた。フランス製メーカーの故障の多さを知っていたからだ。」</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1981年9月までに、さらに13台のCXプレステージが東ベルリンに届いた。すべてホーネッカーと側近用だった。1982年大晦日、ベルリン北方で暗殺未遂が発生。加害者ポール エスリングはホーネッカーのCXの前に割り込み、随伴車のボルボに向けて発砲、ポール エスリングは最終的に射殺された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>それでもホーネッカーは非装甲のCXに乗り続けた。装甲仕様が納入されたのは1987年、スウェーデン首相オロフ パルメ暗殺後である。購入費用数百万西ドイツマルクは、アレクサンダー シャルク＝ゴロトコフスキーの商業調整（KoKo）が支払った。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>テクニカルデータ：シトロエンCXプレステージ<br>直列4気筒エンジン、フロント縦置き、サイドカムシャフト、燃料噴射（Bosch L-Jetronic）<br>排気量：2500cc<br>出力：101kW（138PS）/5000rpm<br>最大トルク：206Nm/4000rpm<br>0–100km/h加速：約12秒<br>最高速度：200km/h<br>駆動方式：3速AT、前輪駆動<br>全長×全幅×全高：4910×1770×1380mm<br>ホイールベース：3090mm<br>燃費：プレミアムガソリン10.4L/100km（MT車）<br>重量（実測）：1510kg<br>当時価格（1984年）：40,350ドイツマルク</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

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										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-7-Front-Traction-Avant-ID-DS-CX-XM-und-C6-2869-4317x2429-a24743661ed2a588-768x432.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>パリ発の伝説的な大型シトロエンのセダンは、世界中でクルマへの愛をかき立てた。ベルリンでは、その遺産の意外な痕跡を見つけることができる</strong>。<strong>ドイツとの深い縁で結ばれるトラクシオン アヴァンを中心に振り返る。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>まずはケルンから始めよう。パリとベルリンの間にあり、パリに約600キロも近いからではない。今回の小さなベルリン巡りで最初に登場するクルマが、ケルン製だからだ。「シトロエン トラクシオン アヴァン（Citroën Traction Avant）」の「7 CV」は、ドイツでは「シトロエン7フロント」と呼ばれていた。より正確に言えば―ドイツ製だった。ケルンのポル地区で生産されていたからである。トラクシオン愛好家はそれゆえにこのモデルを「ポラー」と呼ぶ。「ポラー」のほぼすべての部品はドイツから来ていた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そのうちのいくつかはベルリン製だった。例えばエンジンはシーメンス＆ハルスケが製造し、方向指示器（当時はまだウインカーという名称はなかった）はWeissenborn &amp; Kraboが製造していた。</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>ドイツシトロエンAGは、ベルリンのウンター デン リンデンにショールームを構え、ベルリン＝ハーレンゼーには工場、部品倉庫、管理棟を備えた敷地を所有していた。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Citroen-Traction-Avant-als-Citroen-7-Front-stehend-schraeg-von-vorn-vorm-BMW-3051-3727x2483-1da2a7c4a3dfaa45-1024x682.jpg" alt="" class="wp-image-63268"/><figcaption class="wp-element-caption">BMWモーターサイクル工場前に、前方斜めから立つシトロエン トラクシオン アヴァン。約1800台のシトロエン フロントがドイツで生産された。この個体は何十年ものあいだハンブルクで登録されていた。</figcaption></figure>
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<h3 class="wp-block-heading">シトロエン トラクシオン アヴァン：「7フロント」はすでに信じられないほど革新的だった</h3>
<!-- /wp:heading -->

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<p>シトロエンは1934年、ロザリーの後継としてトラクシオン アヴァンを発表した。それは世界がこれまで見たことのないクルマだった。低く幅広い車体、ほぼ他のどのセダンよりも低い重心、スチール製モノコック構造、前輪駆動、油圧ブレーキ、四輪トーションバーサスペンション。さらにロザリーから引き継いだサイレントブロック（振動を抑える「フローティングエンジン」）を採用していた。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Vier-Details-des-Citroen-7-Front-Winker-Plakette-Motorblock-und-Scheinwerfer-3055-6000x4000-b7e70213018154aa-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-63271"/><figcaption class="wp-element-caption">ベルリンのWeissenborn &amp; Krabo製「Weikra」方向指示器（“ドイツを代表する方向指示器”）。BピラーではなくAピラーに装着。</figcaption></figure>
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<h3 class="wp-block-heading">これがシトロエン7フロントの走りだ</h3>
<!-- /wp:heading -->

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<p>さあ出発だ！ライトスイッチ内のキーを右に回し、チョークを引き、アクセルを踏み、フロントガラス下のスターターケーブルを引く―ほら、スムーズかつ静かにエンジンがかかった。クラッチは力を要するが、ギアチェンジは心地よく、正確に入る。リバース（右上）と1速（右下）は抵抗なく入る。2速と3速（左側上下）はややコツが必要だ。</p>
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<p>この7フロントが見せるおそらく最も愉快なショーは、ロールブラインドの開閉だ。運転席左上のタッセルを引くと、アイレットを通って後方へ伸びる2本のコードが引かれ、ブラインドが巻き上がる。</p>
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<p>ベルリン市街地では、ケルン製のこのクルマは、硬く不正確なステアリングと悪い全周視界のため、やや疲れる。ゆったりとブランデンブルク方面へ向かうドライブが待ち遠しくなる。</p>
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<p>1.6リッターエンジンは控えめにガラガラと走る。しかしアクセルを床まで踏み込むと、不気味なほど猛々しく吠える。その音に、ベルリン＝ヴェディングのAMGドライバーたちが不安げにバックミラーをのぞく。怖がらせたいなら朗報だ。この試乗車はベルリンのアトリエ・オートモビールで販売中である。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">初期トラクシオンのトランポリン効果</h3>
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<p>美しくレストアされたトラクシオン……いやフロントに座り、波打つ石畳を走りながら物理法則と戦う。これが伝説のロードホールディングなのか？違う。試乗車は初期型フロントアクスルを備えており、そこからは車輪が外れやすいという噂さえあった。さらに保守的なダンピング、トーションバー、短いホイールベース、厚いシートクッションが重なり、トランポリン効果を生む。波打つ路面では小さな子どものように上下に弾む。</p>
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<p>ここでアクセルを緩めると、当時のシトロエン技術者たちがシャシー開発にどれほど知恵を注いだか理解できる。2CV、そしてハイドロニューマチックへと至る道のりだ。実際、後期トラクシオンは大幅に改良され、とりわけ直6搭載の15CVは優れたロードホールディングで名声を確立した。そしてこの言葉は、どんなトラクシオン記事にも欠かせない―「ギャングスター・リムジン」。</p>
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<p><strong>テクニカルデータ：シトロエン7フロント<br>直列4気筒エンジン、フロント縦置き、低位置カムシャフト、縦型キャブレター（オリジナルは横型）<br>排気量：1617cc<br>ボア×ストローク：100×72mm<br>出力：25kW（34PS）/3500rpm<br>最大トルク：記載なし<br>加速：記載なし<br>最高速度：110km/h<br>駆動方式：3速MT、前輪駆動<br>全長×全幅×全高：4400×1500×1600mm<br>ホイールベース：2910mm<br>燃費：記載なし<br>重量（実測）：1130kg<br>当時価格（1935年）：3750ライヒスマルク</strong></p>
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<h3 class="wp-block-heading">シトロエンDS：本当のギャングスター・リムジン？</h3>
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<p>しかしこの記事で、シトロエンの高級クラスにおける“ギャングスター・リムジン”の役割を担うのは後継モデル、すなわちDモデルである。これは 「シトロエン DS（Citroën DS）」 およびシトロエン ID（Citroën ID）として販売された。</p>
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<p>Dモデルとベルリンを結びつける、おそらく最も刺激的な出来事は1971年5月に起きた。テロリストが高級百貨店カーデーヴェで爆弾テロを実行した。紳士服売り場に、爆弾とタイマー入りの旅行バッグが置かれた。そのタイマーは自動車アクセサリーから作られた「メモパーク」キーホルダーで、駐車時間が切れるとキッチンタイマーのように鳴るものだった。警察は犯人が濃赤色のシトロエンDS 21を使用したと疑った。それは盗難車で、犯行時にカーデーヴェに駐車されていた。</p>
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<p>柔らかなサスペンションを持つDモデルは、爆発物の運搬には向いているが逃走車には向かない。エンジン始動後、まず後部がゆっくり持ち上がり、続いて前部が持ち上がる。ハイドロニューマチックサスペンションの作動だ。説明なしでは、どのレバーがチョークで、どれがウインカー解除で、どれがライト用なのか、すぐには分からない。</p>
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<p>試乗車は1967年7月登録。Dモデルが共通レンズ内のツインヘッドライトに変更される2か月前の個体である。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2026/02/Die-grossen-Citro-n-Limousinen-3053-4466x2981-538a2a2fd2028ebb-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-63270"/><figcaption class="wp-element-caption">シトロエン・トラクシオン・アヴァン（7フロントとしても知られる）のステアリングを握ると、開閉式フロントウインドシールドのおかげで新鮮な外気を楽しむことができる。ステアリングホイールとスピードメーターの間には、模範的な精度を誇る3速ギアボックスのシフトレバーが備わっている。</figcaption></figure>
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<p>ステアリングホイールとスピードメーターの間には、模範的に精密な3速ギアボックスのレバーがある。メタリックのグリパラディウム（AC 108b）塗装によりほとんど「DSパラス」のように見えるが、これはID 19 B―技術的に簡素なバージョンである。操作系はDSほど直感的ではない。Hパターンのコラムシフト、クラッチペダル、従来型ブレーキペダルを備える。セミオートマチックとパワーステアリングを持つ「DS」ほど楽には走らない。ステアリング、クラッチ、ギア操作には力が必要だ。しかし変速精度は際立っている。</p>
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<p>「ID」は「DS」よりいくつかの点で従来型に近いが、それでもなお傑出している。当時は未来的、今日ではデザインクラシック。唯一無二のドライビング体験をもたらす洗練されたクルマだ。ギャングのためではなく、愛する術を知る人のためのクルマである。</p>
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<p><strong>テクニカルデータ：シトロエンID<br>直列4気筒エンジン、フロント縦置き、サイドカムシャフト、ダウンドラフトキャブレター（Solex 34 PBIC 90）<br>排気量：1985cc<br>出力：57kW（78PS）/5250rpm<br>最大トルク：137Nm/3000rpm<br>0–100km/h加速：15.9秒（当時計測値）<br>最高速度：160km/h<br>駆動方式：4速MT、前輪駆動<br>全長×全幅×全高：4838×1790×1470mm<br>ホイールベース：3125mm<br>燃費：レギュラーガソリン9.4L/100km<br>重量（実測）：1340kg<br>当時価格（1967年）：11,200ドイツマルク</strong></p>
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<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">東ドイツ指導部のシトロエンCX</h3>
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<p>これはまた別のギャングスター シトロエンなのか？ いずれにせよ、あまり愛情を込めて扱われてはいなかった一台である。</p>
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<p>シトロエン CX プレステージ（Citroën CX Prestige）」―25センチ長いバージョン―はエーリッヒ ホーネッカー（Erich Honecker）の車列に属していた。約30台のCXのうちの一台である。</p>
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<p>なぜホーネッカーはシトロエンに乗っていたのか？ 東独によるドライブシャフト西側輸出契約「ドライブシャフト取引」の一環として、1978年にシトロエンCEOレイモン ラヴネルが東独指導部に「CXプレステージ」を2～3台贈呈した。そして、その贈り物を拒否する反腐敗担当官はいなかった。</p>
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<p>ホーネッカーは柔らかいシートを特に気に入っていた、と元ボディガードのベルント ブリュックナーは語る。「しかも国内でそのブランドに乗る者は他にいなかった。それ以来、彼はシトロエンだけを望んだ。整備部門は頭を抱えた。フランス製メーカーの故障の多さを知っていたからだ。」</p>
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<p>1981年9月までに、さらに13台のCXプレステージが東ベルリンに届いた。すべてホーネッカーと側近用だった。1982年大晦日、ベルリン北方で暗殺未遂が発生。加害者ポール エスリングはホーネッカーのCXの前に割り込み、随伴車のボルボに向けて発砲、ポール エスリングは最終的に射殺された。</p>
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<p>それでもホーネッカーは非装甲のCXに乗り続けた。装甲仕様が納入されたのは1987年、スウェーデン首相オロフ パルメ暗殺後である。購入費用数百万西ドイツマルクは、アレクサンダー シャルク＝ゴロトコフスキーの商業調整（KoKo）が支払った。</p>
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<p><strong>テクニカルデータ：シトロエンCXプレステージ<br>直列4気筒エンジン、フロント縦置き、サイドカムシャフト、燃料噴射（Bosch L-Jetronic）<br>排気量：2500cc<br>出力：101kW（138PS）/5000rpm<br>最大トルク：206Nm/4000rpm<br>0–100km/h加速：約12秒<br>最高速度：200km/h<br>駆動方式：3速AT、前輪駆動<br>全長×全幅×全高：4910×1770×1380mm<br>ホイールベース：3090mm<br>燃費：プレミアムガソリン10.4L/100km（MT車）<br>重量（実測）：1510kg<br>当時価格（1984年）：40,350ドイツマルク</strong></p>
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