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	<title>シルバーアロー - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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	<description>世界最大級のクルマ情報サイトAUTO BILDの日本版。いち早い新車情報。高品質なオリジナル動画ビデオ満載。チューニングカー、ネオクラシックなど世界のクルマ情報は「アウトビルトジャパン」でゲット！</description>
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	<title>シルバーアロー - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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	<item>
		<title>75台しか作られなかったメルセデスSLRマクラーレン スターリング モスに試乗！文字通り、希少で貴重な体験！</title>
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		<dc:creator><![CDATA[boku6nao@gmail.com]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 31 Dec 2025 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スポーツカー]]></category>
		<category><![CDATA[テスト]]></category>
		<category><![CDATA[ドイツ車]]></category>
		<category><![CDATA[17マイル ドライブ]]></category>
		<category><![CDATA[300 SLR]]></category>
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		<category><![CDATA[メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス]]></category>
		<category><![CDATA[モントレー カーウィーク]]></category>
		<category><![CDATA[ラグナ セカ サーキット]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" fetchpriority="high" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9-768x432.jpg 768w" sizes="(max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス（Mercedes SLR McLaren Stirling Moss）：フェラーリやブガッティ、パガーニといった名だたるスーパーカーの中で、最も強烈な存在感を放つにはどうすればよいか？答えは、16年前のメルセデスだ！SLRマクラーレン スターリング モスの試乗レポート。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>カメラやスマートフォンがそこらじゅうにある。これまでの人生で今日ほど頻繁に写真を撮られたことはなかった。まるでスターになった気分だ。しかし、スターは私ではなく、この車である。私は、75台しか製造されていない「メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス」に乗り込み、ペブルビーチののどかな「17マイル ドライブ」を走っている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この、絵のように美しい海岸道路では、時速25マイル（40km）という厳しい速度制限が課されており、アメリカの警察は冗談を言う気分ではないだろうから、私はこの制限速度を厳守したほうがいいだろう。特に「モントレー カーウィーク」の期間中はなおさらだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>事前にサーキットで「スターリング モス」を走らせる機会があったのは、実に幸運だった。時を3時間巻き戻そう。私はラグナ セカ レースウェイのパドックに立ち、やや大きめのヘルメットを被り、「メルセデス300 SLR W196 Sに乗り込もうとしている。1955年のミッレ ミリアで、スターリング モスとデニス ジェンキンソンがまさにこの「SLR」で優勝し、現在に至るまで破られていない記録を打ち立てたのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59049,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image2-8.jpg" alt="" class="wp-image-59049"/><figcaption class="wp-element-caption">1955年、メルセデスは300 SLRで、スポーツカー世界選手権で優勝した。そして70年後の今、私はW196 Sの助手席に座ることができた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>70年後の今、私は事実上“値段の付けようがない”シルバーアローの助手席に座るという特権を得た。ステアリングを握るのは、このクルマを知り尽くした数少ない人物のひとり、ウーヴェだ。彼は全長3.6kmのラグナ セカ サーキットで「300 SLR」を実に的確な流儀で走らせていく。そのドライビングには、きっとサー スターリング モスも太鼓判を押すに違いない。3リッターV8が放つ荒々しいサウンドと、耳に残る見事なアフターファイアに酔いしれているうちに、私たちはピットレーンへと戻ってきた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">オリジナルは、ほとんど値段が付けられない存在だ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして今度は私がドライブする番である。もっとも、それは推定4,000万〜5,000万ユーロ（約70憶～87億5千万円）の価値を持つ「300 SLR」ではない。私が乗り込むのは、現在でも約400万ユーロ（約7億円）の価格が付く「SLRマクラーレン スターリング モス」だ。赤いバケットシートに身を沈め、細身のバタフライドアを閉め、シートベルトを締める。大ぶりなシフトセレクターを手前に引き、前を走るウーヴェが走り出すのを待つ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59050,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image3-7.jpg" alt="" class="wp-image-59050"/><figcaption class="wp-element-caption">300 SLRのサウンドは耳をつんざくほど凄まじく、現代に蘇った復刻版では太刀打ちできるものではない。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>次の瞬間にはウーヴェが「300 SLR」のアクセルを踏み込んだ。「SLRマクラーレン」の他の全モデルにも搭載される、5.4リッターのスーパーチャージドV8が生み出す最高出力650ps、最大トルク820Nmのおかげで、目の前を走る70年前のレーシングカー、「300 SLR」に食らいつくのは難しくない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ピットレーンを離れた瞬間、この状況がいかに非現実的かを実感する。私は、わずか75台しか生産されなかった「メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス」に乗り、1955年製の「300 SLR」を追いかけながらラグナ セカを走っているのだ。このサーキットは、これまでグランツーリスモというレースゲームの中でしか知らなかった場所である。しかも、観客席には何千人もの人々がいて、このデモンストレーション走行を見守っている。今の私は、これ以上ないほど幸福な男だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">フロントミッドに搭載されるV8スーパーチャージドエンジン</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>スタート/フィニッシュストレートの終わりで、コースは「アンドレッティ ヘアピン」と呼ばれる急な左コーナーへと切れ込む。最初のターンインの時点で、どれほど希少なSLRであっても、これが純粋なレーシングカーではないことを思い知らされる。というのも、スーパーチャージドV8（M155）をフロントミッドに搭載しているとはいえ、車重1551kgのスターリング モスはタイトなコーナーではフロントヘビーで、アンダーステア傾向が強いのだ。わずか1コーナーを抜けただけで、私は次のことに気づいた。現代の「SLR」はカーブを攻める車ではないだろう、と。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とはいえ、ハンドルを握る楽しさはいささかも損なわれない。素晴らしいV8エンジンに加えて「SLRスターリング モス」ではドライバーも助手席も完全に外気にさらされていることが、その理由だ。2009年に登場した「SLRマクラーレン」の最終進化形であるこのモデルは、当時すでに時代を先取りしていた。現在のスーパーカー/ハイパーカー市場におけるバルケッタブーム（フェラーリ モンツァSP1/SP2、マクラーレン エルバ、アストンマーティン スピードスター）に先駆け、メルセデスとマクラーレンの協業は、ルーフ（ソフトトップすらない）もウインドシールドも持たないクルマを生み出したのである。これ以上にラディカルな存在は、そうそうない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">スターリング モスの価値は4倍に</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>現在の視点からすると、ベース価格892,500ユーロ（約1億5,618万円）で発売された75台の「SLRスターリング モス」が、当時は販売に苦戦していたという事実は信じがたい。およそ15年が経過した今、その価値はほぼ4倍に跳ね上がり、なお上昇傾向にある。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ステアリングを握りながら、少なくともヘルメットが小石や虫から身を守ってくれていることに安堵する。スタート/フィニッシュストレートで約200km/hに達したあたりから、きつく締めたはずのヘルメットが徐々に浮き上がるのを感じた瞬間、メルセデスが公表していた「SLRスターリング モス」の最高速度が350km/hであったことをふと思い出した。果たして、その最高速を実際に試したオーナーは存在するのだろうか。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59051,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image4-7.jpg" alt="" class="wp-image-59051"/><figcaption class="wp-element-caption">伝説的なラグナ セカ サーキットでメルセデスSLRマクラーレンを運転できることは、究極の喜びの瞬間だ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とにかく、200km/h弱で私は完全に満足だ。ルーフもフロントガラスもないこの瞬間、むしろ300km/hにも感じられる。V8エンジンにはまだ十分な余力があることは、疑う余地もない。650馬力と820Nmのパワーは、穏やかな5Gトロニックでもその威力を発揮する。しかし、特徴的なコンプレッサーのサウンドは、私の前を走る 「300 SLR」の音に掻き消されて、まったく聞こえない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>名物「コークスクリュー」を最後にもう一度クリアする（胃の奥がきゅっとつかまれるような感覚だ！）と、私は左に曲がってピットに入った。ラグナ セカでの冒険は終わったが、次の体験が待っている。少し息をついた後、「メルセデス ベンツ クラシック」の所有車、「SLRマクラーレン スターリング モス」を、有名な「17マイルドライブ」で走らせることになった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">1メートルごとに素晴らしい体験が待っている</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデスのチームからは親切な助言もあったが、公道ではヘルメットを着用しないことに決めた。サングラスで十分だ。何しろ、「SLRスターリング モス」の感覚を余すところなく味わいたかった。時速70km/h程度まではまったく問題ない。それ以上になると風がやや不快になってくるが、そんなことはすぐに些細な問題になる。果てしなく伸びるボンネットの眺めと、はっきりと耳に届くV8の重低音が、多少の風など十分に補って余りある。そもそも、これは自分で選んだ走り方なのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>おかしなことだが、「SLRスターリング モス」では、渋滞に巻き込まれているときでさえ、すべてが特別な体験に感じられる。約25kmの道のりで、この車は何度も撮影されたが、それは、「17マイル ドライブ」で選んだ撮影スポットで待ち受けていた光景に比べれば大したことではない。海岸沿いの道路には、カメラやスマートフォンを構えるカースポッターたちが至る所に立っていた。通常なら、私もその一人だが、今日は何もかもが“普通”ではなかった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59052,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image5-4.jpg" alt="" class="wp-image-59052"/><figcaption class="wp-element-caption">16年前のメルセデスが人だかりを作る。どんな手段でも注目を集めたい？SLRスターリング モスなら、それはまったく問題ない。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「スターリング モス」を駐車してから30秒も経たないうちに、恐らく100人以上の人々がこのスーパーカーを取り囲んだ。事情を知らなければ、この大騒ぎは演出されたものだと思ったに違いない。しかし、メルセデス クラシックのチームも私と同様に驚いていた。16年前のクルマが、これほどの騒動を巻き起こすとはにわかに信じがたい。まさに驚異的だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">スターリング モスは“場を止める”存在</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この光景で何より素晴らしいのは、そこに並ぶのが笑顔ばかりだということだ。私がクルマから降りる最中でさえ、見ず知らずの人々が「間近でスターリング モスを見せてくれてありがとう」と声を掛けてくる。「スターリング モス」こそがモントレー カー ウィーク最大のハイライトだ、という言葉を一度ならず耳にした。ブガッティやケーニグセグ、パガーニといったハイパーカーが集結する中で、これは極めて高い評価と言っていい。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>予定していた写真撮影は、私が「SLRスターリング モス」で最後のドライブに出発するまで、まさに一大イベントとなった。唯一の中断は、「SLRスターリング モス」で最後のドライブに出発する時だけだ。締めくくりは17マイル ドライブでの走行撮影。制限速度は40km/hに過ぎないが、このドライブは一生忘れられない記憶として刻まれるだろう。駐車場へ戻る直前、限定50台のみが生産された「レクサスLFA ニュルブルクリンク エディション」とすれ違い、互いにほぼ同時にサムズアップを交わした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59053,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image6-3.jpg" alt="" class="wp-image-59053"/><figcaption class="wp-element-caption">超希少なスターリング モス仕様であっても、SLRはコーナーを猛スピードで駆け抜ける車にはならない。その代わり、ウインドシールドもルーフもないこの車は、他のどの車にもないほど強烈な体験をもたらす。<br>Photo: Keno Zache</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>やがて「SLRスターリング モス」を停め、キーを回し、しばし余韻に浸る。細身のバタフライドアを最後にもう一度開く―それ自体が一つの見せ場である―できるだけ優雅に降り立とうと努め、簡素なキーをメルセデス ベンツ ヘリテージのフランクに手渡す。「スターリング モス」と過ごした時間はここで終わるが、記憶は永遠に残り、風になびいた髪だけは今夜までだ。今の私は、心から幸せである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Jan Götze<br>Photo: Mercedes-Benz AG</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-9-768x432.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス（Mercedes SLR McLaren Stirling Moss）：フェラーリやブガッティ、パガーニといった名だたるスーパーカーの中で、最も強烈な存在感を放つにはどうすればよいか？答えは、16年前のメルセデスだ！SLRマクラーレン スターリング モスの試乗レポート。</strong></p>
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<p>カメラやスマートフォンがそこらじゅうにある。これまでの人生で今日ほど頻繁に写真を撮られたことはなかった。まるでスターになった気分だ。しかし、スターは私ではなく、この車である。私は、75台しか製造されていない「メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス」に乗り込み、ペブルビーチののどかな「17マイル ドライブ」を走っている。</p>
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<p>この、絵のように美しい海岸道路では、時速25マイル（40km）という厳しい速度制限が課されており、アメリカの警察は冗談を言う気分ではないだろうから、私はこの制限速度を厳守したほうがいいだろう。特に「モントレー カーウィーク」の期間中はなおさらだ。</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>事前にサーキットで「スターリング モス」を走らせる機会があったのは、実に幸運だった。時を3時間巻き戻そう。私はラグナ セカ レースウェイのパドックに立ち、やや大きめのヘルメットを被り、「メルセデス300 SLR W196 Sに乗り込もうとしている。1955年のミッレ ミリアで、スターリング モスとデニス ジェンキンソンがまさにこの「SLR」で優勝し、現在に至るまで破られていない記録を打ち立てたのだ。</p>
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<p>70年後の今、私は事実上“値段の付けようがない”シルバーアローの助手席に座るという特権を得た。ステアリングを握るのは、このクルマを知り尽くした数少ない人物のひとり、ウーヴェだ。彼は全長3.6kmのラグナ セカ サーキットで「300 SLR」を実に的確な流儀で走らせていく。そのドライビングには、きっとサー スターリング モスも太鼓判を押すに違いない。3リッターV8が放つ荒々しいサウンドと、耳に残る見事なアフターファイアに酔いしれているうちに、私たちはピットレーンへと戻ってきた。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">オリジナルは、ほとんど値段が付けられない存在だ</h3>
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<p>そして今度は私がドライブする番である。もっとも、それは推定4,000万〜5,000万ユーロ（約70憶～87億5千万円）の価値を持つ「300 SLR」ではない。私が乗り込むのは、現在でも約400万ユーロ（約7億円）の価格が付く「SLRマクラーレン スターリング モス」だ。赤いバケットシートに身を沈め、細身のバタフライドアを閉め、シートベルトを締める。大ぶりなシフトセレクターを手前に引き、前を走るウーヴェが走り出すのを待つ。</p>
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<p>次の瞬間にはウーヴェが「300 SLR」のアクセルを踏み込んだ。「SLRマクラーレン」の他の全モデルにも搭載される、5.4リッターのスーパーチャージドV8が生み出す最高出力650ps、最大トルク820Nmのおかげで、目の前を走る70年前のレーシングカー、「300 SLR」に食らいつくのは難しくない。</p>
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<p>ピットレーンを離れた瞬間、この状況がいかに非現実的かを実感する。私は、わずか75台しか生産されなかった「メルセデスSLRマクラーレン スターリング モス」に乗り、1955年製の「300 SLR」を追いかけながらラグナ セカを走っているのだ。このサーキットは、これまでグランツーリスモというレースゲームの中でしか知らなかった場所である。しかも、観客席には何千人もの人々がいて、このデモンストレーション走行を見守っている。今の私は、これ以上ないほど幸福な男だ。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">フロントミッドに搭載されるV8スーパーチャージドエンジン</h3>
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<p>スタート/フィニッシュストレートの終わりで、コースは「アンドレッティ ヘアピン」と呼ばれる急な左コーナーへと切れ込む。最初のターンインの時点で、どれほど希少なSLRであっても、これが純粋なレーシングカーではないことを思い知らされる。というのも、スーパーチャージドV8（M155）をフロントミッドに搭載しているとはいえ、車重1551kgのスターリング モスはタイトなコーナーではフロントヘビーで、アンダーステア傾向が強いのだ。わずか1コーナーを抜けただけで、私は次のことに気づいた。現代の「SLR」はカーブを攻める車ではないだろう、と。</p>
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<p>とはいえ、ハンドルを握る楽しさはいささかも損なわれない。素晴らしいV8エンジンに加えて「SLRスターリング モス」ではドライバーも助手席も完全に外気にさらされていることが、その理由だ。2009年に登場した「SLRマクラーレン」の最終進化形であるこのモデルは、当時すでに時代を先取りしていた。現在のスーパーカー/ハイパーカー市場におけるバルケッタブーム（フェラーリ モンツァSP1/SP2、マクラーレン エルバ、アストンマーティン スピードスター）に先駆け、メルセデスとマクラーレンの協業は、ルーフ（ソフトトップすらない）もウインドシールドも持たないクルマを生み出したのである。これ以上にラディカルな存在は、そうそうない。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">スターリング モスの価値は4倍に</h3>
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<p>現在の視点からすると、ベース価格892,500ユーロ（約1億5,618万円）で発売された75台の「SLRスターリング モス」が、当時は販売に苦戦していたという事実は信じがたい。およそ15年が経過した今、その価値はほぼ4倍に跳ね上がり、なお上昇傾向にある。</p>
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<p>ステアリングを握りながら、少なくともヘルメットが小石や虫から身を守ってくれていることに安堵する。スタート/フィニッシュストレートで約200km/hに達したあたりから、きつく締めたはずのヘルメットが徐々に浮き上がるのを感じた瞬間、メルセデスが公表していた「SLRスターリング モス」の最高速度が350km/hであったことをふと思い出した。果たして、その最高速を実際に試したオーナーは存在するのだろうか。</p>
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<p>とにかく、200km/h弱で私は完全に満足だ。ルーフもフロントガラスもないこの瞬間、むしろ300km/hにも感じられる。V8エンジンにはまだ十分な余力があることは、疑う余地もない。650馬力と820Nmのパワーは、穏やかな5Gトロニックでもその威力を発揮する。しかし、特徴的なコンプレッサーのサウンドは、私の前を走る 「300 SLR」の音に掻き消されて、まったく聞こえない。</p>
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<p>名物「コークスクリュー」を最後にもう一度クリアする（胃の奥がきゅっとつかまれるような感覚だ！）と、私は左に曲がってピットに入った。ラグナ セカでの冒険は終わったが、次の体験が待っている。少し息をついた後、「メルセデス ベンツ クラシック」の所有車、「SLRマクラーレン スターリング モス」を、有名な「17マイルドライブ」で走らせることになった。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">1メートルごとに素晴らしい体験が待っている</h3>
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<p>メルセデスのチームからは親切な助言もあったが、公道ではヘルメットを着用しないことに決めた。サングラスで十分だ。何しろ、「SLRスターリング モス」の感覚を余すところなく味わいたかった。時速70km/h程度まではまったく問題ない。それ以上になると風がやや不快になってくるが、そんなことはすぐに些細な問題になる。果てしなく伸びるボンネットの眺めと、はっきりと耳に届くV8の重低音が、多少の風など十分に補って余りある。そもそも、これは自分で選んだ走り方なのだ。</p>
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<p>おかしなことだが、「SLRスターリング モス」では、渋滞に巻き込まれているときでさえ、すべてが特別な体験に感じられる。約25kmの道のりで、この車は何度も撮影されたが、それは、「17マイル ドライブ」で選んだ撮影スポットで待ち受けていた光景に比べれば大したことではない。海岸沿いの道路には、カメラやスマートフォンを構えるカースポッターたちが至る所に立っていた。通常なら、私もその一人だが、今日は何もかもが“普通”ではなかった。</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>「スターリング モス」を駐車してから30秒も経たないうちに、恐らく100人以上の人々がこのスーパーカーを取り囲んだ。事情を知らなければ、この大騒ぎは演出されたものだと思ったに違いない。しかし、メルセデス クラシックのチームも私と同様に驚いていた。16年前のクルマが、これほどの騒動を巻き起こすとはにわかに信じがたい。まさに驚異的だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">スターリング モスは“場を止める”存在</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この光景で何より素晴らしいのは、そこに並ぶのが笑顔ばかりだということだ。私がクルマから降りる最中でさえ、見ず知らずの人々が「間近でスターリング モスを見せてくれてありがとう」と声を掛けてくる。「スターリング モス」こそがモントレー カー ウィーク最大のハイライトだ、という言葉を一度ならず耳にした。ブガッティやケーニグセグ、パガーニといったハイパーカーが集結する中で、これは極めて高い評価と言っていい。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>予定していた写真撮影は、私が「SLRスターリング モス」で最後のドライブに出発するまで、まさに一大イベントとなった。唯一の中断は、「SLRスターリング モス」で最後のドライブに出発する時だけだ。締めくくりは17マイル ドライブでの走行撮影。制限速度は40km/hに過ぎないが、このドライブは一生忘れられない記憶として刻まれるだろう。駐車場へ戻る直前、限定50台のみが生産された「レクサスLFA ニュルブルクリンク エディション」とすれ違い、互いにほぼ同時にサムズアップを交わした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59053,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image6-3.jpg" alt="" class="wp-image-59053"/><figcaption class="wp-element-caption">超希少なスターリング モス仕様であっても、SLRはコーナーを猛スピードで駆け抜ける車にはならない。その代わり、ウインドシールドもルーフもないこの車は、他のどの車にもないほど強烈な体験をもたらす。<br>Photo: Keno Zache</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>やがて「SLRスターリング モス」を停め、キーを回し、しばし余韻に浸る。細身のバタフライドアを最後にもう一度開く―それ自体が一つの見せ場である―できるだけ優雅に降り立とうと努め、簡素なキーをメルセデス ベンツ ヘリテージのフランクに手渡す。「スターリング モス」と過ごした時間はここで終わるが、記憶は永遠に残り、風になびいた髪だけは今夜までだ。今の私は、心から幸せである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Jan Götze<br>Photo: Mercedes-Benz AG</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>伝説的なメルセデス製レーシングカー「メルセデス W196 R」が記録的な金額で落札された　その流線型レーシングカーの価格とは？</title>
		<link>https://autobild.jp/59901/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[boku6nao@gmail.com]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 26 Dec 2025 02:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[91億円]]></category>
		<category><![CDATA[RM Sotheby´s]]></category>
		<category><![CDATA[RMサザビーズ]]></category>
		<category><![CDATA[W196 R]]></category>
		<category><![CDATA[オークション]]></category>
		<category><![CDATA[シルバーアロー]]></category>
		<category><![CDATA[ストリームライナー]]></category>
		<category><![CDATA[メルセデス・ベンツ]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37-768x432.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデス博物館での記録的なオークション：シルバーアローがすべての限界を打ち破る。伝説的なシルバーアローが、再びクラシックカーの世界に鳥肌を立てさせる出来事をもたらした。メルセデスW196 R（シルバースクリューマー）グランプリレーシングカーが、シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館で 5,100万ユーロ（約90億7,800万円）以上という高値で落札されたのだ！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その3年ほど前に、伝説的な「ウーレンハウト メルセデス」が1億3,500万ユーロ（約240億3,000万円）で史上最高額の落札価格を記録したとき、クラシックカーの世界は驚きで声を失った。今回、「インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館」が、「メルセデスW196 R」（シルバースクリューマー）という、見事な唯一無二の車両をオークションにかけた。そして再び、記録が更新された。5,100万ユーロ（約90億7,800万円）以上、正確には51,155,000ユーロ（約91億560万円）という価格で、シルバーアローはこれまでで最も高価なレーシングカーとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>クラシックカーのオークションは、一般的にエキサイティングなイベントだ。しかし、こうしたオークションは、ほとんどの場合、モントレー、パリ、ドバイなどの高級クラシックカーイベントで開催される。激しい入札合戦により、車両の価格はしばしば、まさに法外な高値にまで押し上げられる。今回は、珍しい場所で、たった1台の車、それも特に素晴らしい車が競売にかけられた。1954年製の「メルセデス・ベンツW196 R」グランプリレーシングカーで、ファン マヌエル ファンジオやスターリング モスなどが運転したモデルだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「シャーシ番号00009/54」のこの車は、まったくユニークな存在であるため、通常のイベントではその価値を十分に表現できない」と、ロンドンのオークションハウス「RM Sotheby's（RMサザビーズ）」のピーター ヘインズ氏は説明する。そして、「インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館がこの車をオークションにかけるとはいえ、この車はメルセデスと切っても切れない関係にあるため、メルセデス・ベンツ博物館は、この単独オークションにまさにふさわしい場所である」と述べている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデスW196 R：非公開の入札競争</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>6から8人の入札者が参加したが、オークション会社はより正確な人数については公表を控えている。少なくとも1人の入札者は、メルセデス・ベンツ博物館シュトゥットガルトの大きなホールに自ら出席し、他の入札者はすべて、RMサザビーズのエージェントを通じて電話で入札を行った。オークション参加者のほとんどは、数週間にわたる協議を経て決定されたものだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>レッドカーペットの上には、16番のシルバーの「メルセデスW196 R（シルバースクリューマー）」が置かれていた。主役であるオークションの司会者、ショルト ギルバートソン氏がその横に立ち、14分後に「落札 – 4,650万ユーロ（約82億7,700万円）」と宣言した。オークション手数料10%と税金を加えると、51,155,000ユーロ（約91億560万円）となり、レーシングカーとしては新記録、オークションで落札された自動車としては史上2番目の高値となった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":59903,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image2-34.jpg" alt="" class="wp-image-59903"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデスW196 R（シルバースクリューマー）グランプリレーシングカーは、シュトゥットガルトでのオークションで51,155,000ユーロ（約91億560万円）の落札価格を記録した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>他には類を見ないオークション。そして、他には類を見ないクルマ。通常、オークションでは多種多様な品が出品される。入札者は事前に登録し、入札の際に掲げる公式な入札番号カードを受け取らなければならない。今回は、入札者番号6128が勝利した。その人物の正体は厳重に守られている秘密だ。オークション自体は控えめで、入札額は2,000万、3,000万、3,500万、4,000万、そして最終的に4,650万ユーロと段階的に上がっていき、2022年春の「ウーレンハウト クーペ」の史上最高額には到底及ばないことが早い段階で明らかだった。「驚くことではありません。グランプリカーはより特殊で、公道走行車ほど高額にはなりませんから」とヘインズ氏は説明する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデス博物館でのエリート向けオークション</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>オークション会社にとっては多くの準備が必要だが、このケースのオークション担当者であるショルト ギルバートソン氏にとっては、それほど多くの作業は必要ではなかった。事前に厳選されたごく少数の購入希望者（そのほとんど全員が電話参加）しかいないため、あまり仕事はなかった。シュトゥットガルトのメルセデス博物館で行われたこのオークションは、よりエリート主義的で、より神秘的な雰囲気だった。「このような、その価値に見合った、非常に豪華な自動車に関心を持つ人々は、世界でもごく少数です」とヘインズ氏は説明する。「当社の専門家は、ここ数ヶ月、関心のある人々に連絡を取り、この車両を紹介してきました。通常、入札希望者は秘密にされます。メルセデス・ベンツ博物館、インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館も、最終的に誰がオークションに参加するかは知りません」。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>14分間の緊迫したオークションが終了すると、関係者全員の緊張がほぐれた。「メルセデス クラシック」の責任者であるマーカス ブライツシュヴェルト氏は、「RMサザビーズ」のスタッフたちと同様、満足していた。何ヶ月にもわたる準備は報われ、博物館での単独オークションは正しい選択だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">他に類を見ないシルバーアロー</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>現時点では正体不明の最高入札者は、他に類を見ないレーシングカーをコレクションに加えることができて喜んでいるだろう。「W196 R」は、個人所有のこの種の車としては唯一無二の存在だ。このモノポストは、数百万ドル（約数十億円）もするこのクラシックカーの新しい所有者に不愉快な驚きを与えないよう、事前に徹底的な分析が行われた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>販売者は、「ウーレンハウト クーペ」の場合とは異なり、1965年にメルセデスからこのオープンカーを寄贈された「インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館」だ。それ以来、この貴重な車は、有名なスピードウェイの近くにある見ごたえのあるコレクションの中で60年間展示されていた。このシルバーアローが売却された理由は、多くの人が考えるよりも単純だ。その売却益は、博物館のコレクションと修復作業の資金に充てられる予定だ。51,155,000ユーロ（約91億560万円）の売却益があれば、それは十分可能だろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Stefan Grundhoff<br>Photo: Mercedes-Benz AG</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="568" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image1-37-768x432.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデス博物館での記録的なオークション：シルバーアローがすべての限界を打ち破る。伝説的なシルバーアローが、再びクラシックカーの世界に鳥肌を立てさせる出来事をもたらした。メルセデスW196 R（シルバースクリューマー）グランプリレーシングカーが、シュトゥットガルトのメルセデス・ベンツ博物館で 5,100万ユーロ（約90億7,800万円）以上という高値で落札されたのだ！</strong></p>
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<p>その3年ほど前に、伝説的な「ウーレンハウト メルセデス」が1億3,500万ユーロ（約240億3,000万円）で史上最高額の落札価格を記録したとき、クラシックカーの世界は驚きで声を失った。今回、「インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館」が、「メルセデスW196 R」（シルバースクリューマー）という、見事な唯一無二の車両をオークションにかけた。そして再び、記録が更新された。5,100万ユーロ（約90億7,800万円）以上、正確には51,155,000ユーロ（約91億560万円）という価格で、シルバーアローはこれまでで最も高価なレーシングカーとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<p>クラシックカーのオークションは、一般的にエキサイティングなイベントだ。しかし、こうしたオークションは、ほとんどの場合、モントレー、パリ、ドバイなどの高級クラシックカーイベントで開催される。激しい入札合戦により、車両の価格はしばしば、まさに法外な高値にまで押し上げられる。今回は、珍しい場所で、たった1台の車、それも特に素晴らしい車が競売にかけられた。1954年製の「メルセデス・ベンツW196 R」グランプリレーシングカーで、ファン マヌエル ファンジオやスターリング モスなどが運転したモデルだ。</p>
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<p>「シャーシ番号00009/54」のこの車は、まったくユニークな存在であるため、通常のイベントではその価値を十分に表現できない」と、ロンドンのオークションハウス「RM Sotheby's（RMサザビーズ）」のピーター ヘインズ氏は説明する。そして、「インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館がこの車をオークションにかけるとはいえ、この車はメルセデスと切っても切れない関係にあるため、メルセデス・ベンツ博物館は、この単独オークションにまさにふさわしい場所である」と述べている。</p>
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<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデスW196 R：非公開の入札競争</h3>
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<p>6から8人の入札者が参加したが、オークション会社はより正確な人数については公表を控えている。少なくとも1人の入札者は、メルセデス・ベンツ博物館シュトゥットガルトの大きなホールに自ら出席し、他の入札者はすべて、RMサザビーズのエージェントを通じて電話で入札を行った。オークション参加者のほとんどは、数週間にわたる協議を経て決定されたものだった。</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>レッドカーペットの上には、16番のシルバーの「メルセデスW196 R（シルバースクリューマー）」が置かれていた。主役であるオークションの司会者、ショルト ギルバートソン氏がその横に立ち、14分後に「落札 – 4,650万ユーロ（約82億7,700万円）」と宣言した。オークション手数料10%と税金を加えると、51,155,000ユーロ（約91億560万円）となり、レーシングカーとしては新記録、オークションで落札された自動車としては史上2番目の高値となった。</p>
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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2025/11/image2-34.jpg" alt="" class="wp-image-59903"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデスW196 R（シルバースクリューマー）グランプリレーシングカーは、シュトゥットガルトでのオークションで51,155,000ユーロ（約91億560万円）の落札価格を記録した。</figcaption></figure>
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<p>他には類を見ないオークション。そして、他には類を見ないクルマ。通常、オークションでは多種多様な品が出品される。入札者は事前に登録し、入札の際に掲げる公式な入札番号カードを受け取らなければならない。今回は、入札者番号6128が勝利した。その人物の正体は厳重に守られている秘密だ。オークション自体は控えめで、入札額は2,000万、3,000万、3,500万、4,000万、そして最終的に4,650万ユーロと段階的に上がっていき、2022年春の「ウーレンハウト クーペ」の史上最高額には到底及ばないことが早い段階で明らかだった。「驚くことではありません。グランプリカーはより特殊で、公道走行車ほど高額にはなりませんから」とヘインズ氏は説明する。</p>
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<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデス博物館でのエリート向けオークション</h3>
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<p>オークション会社にとっては多くの準備が必要だが、このケースのオークション担当者であるショルト ギルバートソン氏にとっては、それほど多くの作業は必要ではなかった。事前に厳選されたごく少数の購入希望者（そのほとんど全員が電話参加）しかいないため、あまり仕事はなかった。シュトゥットガルトのメルセデス博物館で行われたこのオークションは、よりエリート主義的で、より神秘的な雰囲気だった。「このような、その価値に見合った、非常に豪華な自動車に関心を持つ人々は、世界でもごく少数です」とヘインズ氏は説明する。「当社の専門家は、ここ数ヶ月、関心のある人々に連絡を取り、この車両を紹介してきました。通常、入札希望者は秘密にされます。メルセデス・ベンツ博物館、インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館も、最終的に誰がオークションに参加するかは知りません」。</p>
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<p>14分間の緊迫したオークションが終了すると、関係者全員の緊張がほぐれた。「メルセデス クラシック」の責任者であるマーカス ブライツシュヴェルト氏は、「RMサザビーズ」のスタッフたちと同様、満足していた。何ヶ月にもわたる準備は報われ、博物館での単独オークションは正しい選択だった。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">他に類を見ないシルバーアロー</h3>
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<p>現時点では正体不明の最高入札者は、他に類を見ないレーシングカーをコレクションに加えることができて喜んでいるだろう。「W196 R」は、個人所有のこの種の車としては唯一無二の存在だ。このモノポストは、数百万ドル（約数十億円）もするこのクラシックカーの新しい所有者に不愉快な驚きを与えないよう、事前に徹底的な分析が行われた。</p>
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<p>販売者は、「ウーレンハウト クーペ」の場合とは異なり、1965年にメルセデスからこのオープンカーを寄贈された「インディアナポリス モーター スピードウェイ博物館」だ。それ以来、この貴重な車は、有名なスピードウェイの近くにある見ごたえのあるコレクションの中で60年間展示されていた。このシルバーアローが売却された理由は、多くの人が考えるよりも単純だ。その売却益は、博物館のコレクションと修復作業の資金に充てられる予定だ。51,155,000ユーロ（約91億560万円）の売却益があれば、それは十分可能だろう。</p>
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<p>Text: Stefan Grundhoff<br>Photo: Mercedes-Benz AG</p>
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			</item>
		<item>
		<title>モータースポーツの歴史が生きづく「Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport」130周年を記念する特別限定車</title>
		<link>https://autobild.jp/41445/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 09 Sep 2024 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>
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		<category><![CDATA[限定車]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="862" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-300x216.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-1024x736.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-768x552.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデス・ベンツがモータースポーツに関わって130周年。それを記念して「メルセデスAMG GT3 エディション130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」が限定13台リリースされた。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツのモータースポーツ活動の歴史は、1894年7月22日にパリからルーアンまでを競う世界で最初の自動車レース、パリ～ルーアン間(126km)で、ダイムラー社製のエンジンを搭載した4台の「馬なし馬車(パナールとプジョー)」が上位を独占したことから始まる。そして130年の歳月を経て、メルセデス・ベンツは、スペシャルモデル「メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」をリリースした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#eeeaea"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#eeeaea">今年、メルセデス・ベンツはモータースポーツの130周年を祝います。このお祝いは、スリ－ポインテッドスタ－のシンボルの下で行われます。そしてAMGは、モーターレースもDNAの重要な部分を占めています。Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportは、私たちの歴史と、国際的に非常に成功したカスタマーレーシングプログラムへのコミットメントを再び強調するものです。このペブルビーチ・オートモーティブ・ウィークの特別な機会に、このエクスクルーシブなGT3コレクターズアイテムを当社ブランドのファンや愛好家に初めて紹介できることを嬉しく思います。<br><strong>メルセデスAMG GmbHのCEO、メルセデス・ベンツ Gクラスおよびメルセデス・マイバッハのビジネスユニットの責任者　ミヒャエル・シーベ</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングレジェンドリマスター</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このエクスクルーシブなGT3は、モータースポーツの象徴的な2つの時代を融合させている。最先端のモータースポーツテクノロジーと、1950年代の伝説的なレーシングカーのデザインの特徴と融合だ。680馬力を発揮するスペシャルモデルは、アファルターバッハで製造されたGT3車両の中で最もパワフルなモデル。また、メルセデスAMG GT3で自然吸気エンジンを搭載した最後のバージョンでもある。このエクスクルーシブエディションは、コレクターズアイテムとしてわずか13台の限定モデルとして全世界で発売される。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41630,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_01-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41630"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）が、米国カリフォルニア州ペブルビーチのオートモーティブウィークでワールドプレミアされた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">パフォーマンス：エアロアップデートとドラッグリダクションシステム</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ベースモデルとは異なり、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportはホモロゲーションの制限を受けない。そのため、伝説的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンはエアリストリクターを持たず、特殊な排気システムにより、最高出力は680hp(500kW)を発生する。エアロダイナミクスコンポーネントも大幅に手を加えられ、フロントスプリッターとフロントフェンダーのエアアウトレット(ルーバー)を再設計。サイドスカートの変更、フロア－とリアディフューザーもダウンフォースを増加。幅広のリアウィングのエアロバランスの最適化により、GT3ベースモデルと比較してダウンフォースが15%増加した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41633,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_05-1024x720.jpg" alt="" class="wp-image-41633"/><figcaption class="wp-element-caption">AMG製6.3リッターV8自然吸気エンジンの最高出力は680hp(500kW)。最高速度315km/h以上！</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Formula 1®とClass 1 DTMにインスパイアされたドラッグリダクションシステム(DRS)は、新しいメイン機能。ステアリングホイールのボタンを押すだけで、リアウィングがフラットポジションに移動し、抗力が減少する。また、エアロバランスを維持するために、フロントフロアのアクティブエレメントが拡張されている。このテクノロジーにより、基本的に高いダウンフォースレベルにもかかわらず、最高速度は時速315km以上。横方向の加速または減速中、アクティブエレメントはすぐに元のダウンフォース位置に戻る。独自の高性能ブレーキシステムもFormula 1®にインスパイアされている。GT3のレギュレーションで義務付けられているスチールディスクとは対照的に、スペシャルモデルのブレーキディスクはカーボン製。同モデルがホモロゲーション済みのGT3バージョンよりも大幅に軽量化されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41635,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_13-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41635"/><figcaption class="wp-element-caption">ドラッグリダクションシステム(DRS)を備えたリアウイング。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>動力は、ギア比を変更したシーケンシャル6速レーシングトランスミッションを介して伝達される。すべてのメルセデスAMGレーシングカーと同様に、リアアクスルに取り付けられたトランスアクスルトランスミッションは、カーボンファイバー製トルクチューブによってねじれ剛性とトルク耐性のある方法でエンジンに接続されている。サスペンションには、フルアジャスタブルの4ウェイモータースポーツショックアブソーバーが装備されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このコレクターズアイテムは、シャシーに接続されたカーボンファイバー製セーフティセル、5点式ハーネス、安全ネット、スチール製ロールケージ、消火システム、安全タンク、緊急ハッチなど、メルセデスAMG GT3の実証済み安全性を装備。この広範囲に及ぶ装備には、効果的なレーシングABSとマルチ・アジャスタブルトラクションコントロールシステムも含まれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#edebeb"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#edebeb">ユニークなメルセデスAMG GT3エディション130Yモータースポーツは、現在のモータースポーツポートフォリオの最高峰です。13台限定であるだけでなく、象徴的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンを搭載した最後のGT3バージョンでもあります。このエクスクルーシブエディションでは、公式のホモロゲーション以外でも何が可能かを示しており、多くの技術的な改良と軽量コンポーネントを統合しています。したがって、私たちは記念の年に別のマイルストーンを設定し、関心のある顧客に技術的にも視覚的にも非常に感情的な製品を提供します。<br><strong>メルセデスAMGモータースポーツ責任者　クリストフ・ザゲミュラー</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">オーストラリアのマウント・パノラマ・サーキットで最速タイムを記録</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2024年2月17日、オーストラリアのマウント パノラマサーキット（6.213km）にプロトタイプを持ち込みタイムアタックが行われた。そこで、メルセデスAMGのパフォーマンスドライバー、ジュール グーノン(Jules Gounon)が、GTカーのコースレコードを2.074秒更新し、1分56秒605のタイムを記録した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41637,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_19-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-41637"/><figcaption class="wp-element-caption">Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportプロトタイプがジュール・グーノン(Jules Gounon)のドライブでコースレコードとなる1分56秒605のタイムを記録した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">最先端のモータースポーツテクノロジーと伝統的なデザインの特徴</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年に発売されたメルセデス・ベンツ 300SL（W194）レーシングスポーツカーは、限定版アニバーサリーモデルのデザインのインスピレーションとなっている。メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツの外観はブランド初のクローズドトップレーシングカーのクラシックなスタイルが特徴。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41634,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_09-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41634"/><figcaption class="wp-element-caption">伝説のメルセデス300SL（W194）とMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>エクスクルーシブなシルバーカラーの特別塗装仕上げは、伝説のシルバーアローズを彷彿させている。フロントフェンダーのブルーの菱形とラジエーターグリルのカラーリングは、歴史的に成功した車である証し。1952年にハンス クレンク（Hans Klenk）とカール クリング（Karl Kling）がカレラ パナメリカーナに、ヘルマン ラング（Hermann Lang）とフリッツ リース（Fritz Riess）がル・マン24時間レースで優勝した車のカラーリングである。重量を最適化した18インチマグネシウムホイールとカーボンエレメントは、ルーフの印象的なAMGクレストとともに、現代のレーシングスポーツカーへの架け橋となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【名車物語その10】メルセデス・ベンツの生んだ名車中の名車「メルセデス 300SL（W194）」メルセデスから生まれたアイコンレーシングカー＆世界的文化遺産</strong>：<a href="http://autobild.jp/19735/">http://autobild.jp/19735/</a></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>伝統と現代性の密接なつながりは、インテリアにも表れている。Bosch DDU 10コックピットディスプレイ、拡大画面、高解像度グラフィックスなどの先進的なモータースポーツテクノロジーにより、車両の操作をサポート。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41632,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_04-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41632"/><figcaption class="wp-element-caption">アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えたステアリングホイール。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>インテリアは、ファン マヌエル ファンジオ（Juan Manuel Fangio）がステアリングを握り、世界的な名声を得た1955年のメルセデス・ベンツ300SLRモデルにインスパイアされている。この証は、ブルーの市松模様のファブリックを使用したシートの張り地、ブラウンレザーのヘッドレストの張り地とドアループに見ることができる。もう一つのハイライトは、アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール。さらに、センターコンソールにエディションバッジが取り付けられている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41636,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_17-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41636"/><figcaption class="wp-element-caption">市松模様のファブリックとブラウンレザーのヘッドレストがレジェンドレーシングカーとの接点である。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:table -->
<figure class="wp-block-table"><table><tbody><tr><td>エンジン</td><td>AMG 6.3リッターV8自然吸気エンジン(エアリストリクターなし)</td></tr><tr><td>最大出力</td><td>500kW / 680hp/7,250rpm</td></tr><tr><td>最大トルク</td><td>730 Nm/5,250 rpm</td></tr><tr><td>トップスピード</td><td>時速315km以上</td></tr><tr><td>ギアボックス</td><td>シーケンシャルAMG 6速コンペティションギアボックス</td></tr><tr><td>電子デバイス</td><td>モータースポーツエレクトロニクス、マルチアジャスタブルABS、AMGトラクションコントロール</td></tr><tr><td>ブレーキ</td><td>ブレーキバランス調整式ハイパフォーマンスブレーキシステム、フロント：390mmカーボンブレーキディスク、6ピストン固定キャリパー、リア：355mmカーボンブレーキディスク、4ピストン固定キャリパー</td></tr><tr><td>ホイ－ル</td><td>18インチAMGマグネシウムホイール、センターロック付き</td></tr><tr><td>シャ-シ</td><td>ダブルウィッシュボーン製フロントアクスル/リアアクスル、アジャスタブルショックアブソーバー、アンチロールバー</td></tr><tr><td>エアロ</td><td>ルーバー、スプリッター、サイドスカート、リアディフューザー、アンダーフロア、DRS(ドラッグリダクションシステム)付きリアウィング</td></tr><tr><td>燃料タンク</td><td>120リットル、モータースポーツ用セーフティタンク</td></tr><tr><td>インテリア</td><td>カーボン製セーフティセル、5点式ハーネス、セーフティネット、スチール製ロールケージ、消火システム、調整可能なステアリングホイールとペダル、ブルーの市松模様のファブリック製シートカバー、レザー製ドアループとヘッドレスト、エディション専用バッジ</td></tr><tr><td>コックピット</td><td>ボッシュDDU 10、シフトパドルと陽極酸化ノブとクルミのハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール</td></tr><tr><td>寸法/重量</td><td>全長4,795mm、全幅2,052mm、全高1,295mm。車両重量 1,275 kg</td></tr><tr><td>付属品</td><td>車のカバー、レースギア、バッグ、パーソナライズされた鑑定書、1:8スケールモデルカー</td></tr><tr><td>小売価格</td><td>1,030,000ユーロ（約1億7千万円）</td></tr></tbody></table></figure>
<!-- /wp:table -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングギアと車両カバー</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>限定13台のMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportには、それぞれヘルメットをはじめレースギアが付属している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41638,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/プレゼンテーション1-1.jpg" alt="" class="wp-image-41638"/><figcaption class="wp-element-caption">車両カバー、レーシングスーツ、バッグなどのレースギアが付属する。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>スペシャルモデルのために特別に開発された車両カバー、メルセデスAMGオフィシャルパートナーのPUMAが共同デザインし、パーソナライズされたレーシングスーツ、グローブ、レーシングアンダーウェア、シューズ。BELLの高品質でカスタマイズされたヘルメット。また、スタイリッシュなブルーの市松模様のシートカバーに合うようにデザインされ、すべてのレース用品を収納するのに十分なスペースを確保したパーソナライズされたバッグも提供される。そして、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportの1:8スケールモデルカーと、パーソナライズされた鑑定書が付いている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text：アウトビルトジャパン/妻谷裕二<br>Photo：Mercedes-Benz Group</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="862" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-300x216.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-1024x736.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_02-768x552.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>メルセデス・ベンツがモータースポーツに関わって130周年。それを記念して「メルセデスAMG GT3 エディション130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」が限定13台リリースされた。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>メルセデス・ベンツのモータースポーツ活動の歴史は、1894年7月22日にパリからルーアンまでを競う世界で最初の自動車レース、パリ～ルーアン間(126km)で、ダイムラー社製のエンジンを搭載した4台の「馬なし馬車(パナールとプジョー)」が上位を独占したことから始まる。そして130年の歳月を経て、メルセデス・ベンツは、スペシャルモデル「メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）」をリリースした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#eeeaea"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#eeeaea">今年、メルセデス・ベンツはモータースポーツの130周年を祝います。このお祝いは、スリ－ポインテッドスタ－のシンボルの下で行われます。そしてAMGは、モーターレースもDNAの重要な部分を占めています。Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportは、私たちの歴史と、国際的に非常に成功したカスタマーレーシングプログラムへのコミットメントを再び強調するものです。このペブルビーチ・オートモーティブ・ウィークの特別な機会に、このエクスクルーシブなGT3コレクターズアイテムを当社ブランドのファンや愛好家に初めて紹介できることを嬉しく思います。<br><strong>メルセデスAMG GmbHのCEO、メルセデス・ベンツ Gクラスおよびメルセデス・マイバッハのビジネスユニットの責任者　ミヒャエル・シーベ</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングレジェンドリマスター</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このエクスクルーシブなGT3は、モータースポーツの象徴的な2つの時代を融合させている。最先端のモータースポーツテクノロジーと、1950年代の伝説的なレーシングカーのデザインの特徴と融合だ。680馬力を発揮するスペシャルモデルは、アファルターバッハで製造されたGT3車両の中で最もパワフルなモデル。また、メルセデスAMG GT3で自然吸気エンジンを搭載した最後のバージョンでもある。このエクスクルーシブエディションは、コレクターズアイテムとしてわずか13台の限定モデルとして全世界で発売される。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41630,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_01-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41630"/><figcaption class="wp-element-caption">メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツ（Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport）が、米国カリフォルニア州ペブルビーチのオートモーティブウィークでワールドプレミアされた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">パフォーマンス：エアロアップデートとドラッグリダクションシステム</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ベースモデルとは異なり、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportはホモロゲーションの制限を受けない。そのため、伝説的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンはエアリストリクターを持たず、特殊な排気システムにより、最高出力は680hp(500kW)を発生する。エアロダイナミクスコンポーネントも大幅に手を加えられ、フロントスプリッターとフロントフェンダーのエアアウトレット(ルーバー)を再設計。サイドスカートの変更、フロア－とリアディフューザーもダウンフォースを増加。幅広のリアウィングのエアロバランスの最適化により、GT3ベースモデルと比較してダウンフォースが15%増加した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41633,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_05-1024x720.jpg" alt="" class="wp-image-41633"/><figcaption class="wp-element-caption">AMG製6.3リッターV8自然吸気エンジンの最高出力は680hp(500kW)。最高速度315km/h以上！</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Formula 1®とClass 1 DTMにインスパイアされたドラッグリダクションシステム(DRS)は、新しいメイン機能。ステアリングホイールのボタンを押すだけで、リアウィングがフラットポジションに移動し、抗力が減少する。また、エアロバランスを維持するために、フロントフロアのアクティブエレメントが拡張されている。このテクノロジーにより、基本的に高いダウンフォースレベルにもかかわらず、最高速度は時速315km以上。横方向の加速または減速中、アクティブエレメントはすぐに元のダウンフォース位置に戻る。独自の高性能ブレーキシステムもFormula 1®にインスパイアされている。GT3のレギュレーションで義務付けられているスチールディスクとは対照的に、スペシャルモデルのブレーキディスクはカーボン製。同モデルがホモロゲーション済みのGT3バージョンよりも大幅に軽量化されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41635,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_13-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41635"/><figcaption class="wp-element-caption">ドラッグリダクションシステム(DRS)を備えたリアウイング。</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>動力は、ギア比を変更したシーケンシャル6速レーシングトランスミッションを介して伝達される。すべてのメルセデスAMGレーシングカーと同様に、リアアクスルに取り付けられたトランスアクスルトランスミッションは、カーボンファイバー製トルクチューブによってねじれ剛性とトルク耐性のある方法でエンジンに接続されている。サスペンションには、フルアジャスタブルの4ウェイモータースポーツショックアブソーバーが装備されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このコレクターズアイテムは、シャシーに接続されたカーボンファイバー製セーフティセル、5点式ハーネス、安全ネット、スチール製ロールケージ、消火システム、安全タンク、緊急ハッチなど、メルセデスAMG GT3の実証済み安全性を装備。この広範囲に及ぶ装備には、効果的なレーシングABSとマルチ・アジャスタブルトラクションコントロールシステムも含まれている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"style":{"color":{"background":"#edebeb"}}} -->
<p class="has-background" style="background-color:#edebeb">ユニークなメルセデスAMG GT3エディション130Yモータースポーツは、現在のモータースポーツポートフォリオの最高峰です。13台限定であるだけでなく、象徴的なAMG 6.3リッターV8自然吸気エンジンを搭載した最後のGT3バージョンでもあります。このエクスクルーシブエディションでは、公式のホモロゲーション以外でも何が可能かを示しており、多くの技術的な改良と軽量コンポーネントを統合しています。したがって、私たちは記念の年に別のマイルストーンを設定し、関心のある顧客に技術的にも視覚的にも非常に感情的な製品を提供します。<br><strong>メルセデスAMGモータースポーツ責任者　クリストフ・ザゲミュラー</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">オーストラリアのマウント・パノラマ・サーキットで最速タイムを記録</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2024年2月17日、オーストラリアのマウント パノラマサーキット（6.213km）にプロトタイプを持ち込みタイムアタックが行われた。そこで、メルセデスAMGのパフォーマンスドライバー、ジュール グーノン(Jules Gounon)が、GTカーのコースレコードを2.074秒更新し、1分56秒605のタイムを記録した。</p>
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<!-- wp:image {"id":41637,"sizeSlug":"large","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_19-1024x683.jpg" alt="" class="wp-image-41637"/><figcaption class="wp-element-caption">Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportプロトタイプがジュール・グーノン(Jules Gounon)のドライブでコースレコードとなる1分56秒605のタイムを記録した。</figcaption></figure>
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<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">最先端のモータースポーツテクノロジーと伝統的なデザインの特徴</h3>
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<p>1952年に発売されたメルセデス・ベンツ 300SL（W194）レーシングスポーツカーは、限定版アニバーサリーモデルのデザインのインスピレーションとなっている。メルセデスAMG GT3 エディション 130Y モータースポーツの外観はブランド初のクローズドトップレーシングカーのクラシックなスタイルが特徴。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_09-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41634"/><figcaption class="wp-element-caption">伝説のメルセデス300SL（W194）とMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport。</figcaption></figure>
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<p>エクスクルーシブなシルバーカラーの特別塗装仕上げは、伝説のシルバーアローズを彷彿させている。フロントフェンダーのブルーの菱形とラジエーターグリルのカラーリングは、歴史的に成功した車である証し。1952年にハンス クレンク（Hans Klenk）とカール クリング（Karl Kling）がカレラ パナメリカーナに、ヘルマン ラング（Hermann Lang）とフリッツ リース（Fritz Riess）がル・マン24時間レースで優勝した車のカラーリングである。重量を最適化した18インチマグネシウムホイールとカーボンエレメントは、ルーフの印象的なAMGクレストとともに、現代のレーシングスポーツカーへの架け橋となっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【名車物語その10】メルセデス・ベンツの生んだ名車中の名車「メルセデス 300SL（W194）」メルセデスから生まれたアイコンレーシングカー＆世界的文化遺産</strong>：<a href="http://autobild.jp/19735/">http://autobild.jp/19735/</a></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>伝統と現代性の密接なつながりは、インテリアにも表れている。Bosch DDU 10コックピットディスプレイ、拡大画面、高解像度グラフィックスなどの先進的なモータースポーツテクノロジーにより、車両の操作をサポート。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_04-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41632"/><figcaption class="wp-element-caption">アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えたステアリングホイール。</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>インテリアは、ファン マヌエル ファンジオ（Juan Manuel Fangio）がステアリングを握り、世界的な名声を得た1955年のメルセデス・ベンツ300SLRモデルにインスパイアされている。この証は、ブルーの市松模様のファブリックを使用したシートの張り地、ブラウンレザーのヘッドレストの張り地とドアループに見ることができる。もう一つのハイライトは、アルマイト処理されたボタンとクルミ材のハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール。さらに、センターコンソールにエディションバッジが取り付けられている。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/PI_Mercedes_AMG_20240816_Edition_GT3_130Y_17-1024x768.jpg" alt="" class="wp-image-41636"/><figcaption class="wp-element-caption">市松模様のファブリックとブラウンレザーのヘッドレストがレジェンドレーシングカーとの接点である。</figcaption></figure>
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<p><strong>Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsport</strong></p>
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<!-- wp:table -->
<figure class="wp-block-table"><table><tbody><tr><td>エンジン</td><td>AMG 6.3リッターV8自然吸気エンジン(エアリストリクターなし)</td></tr><tr><td>最大出力</td><td>500kW / 680hp/7,250rpm</td></tr><tr><td>最大トルク</td><td>730 Nm/5,250 rpm</td></tr><tr><td>トップスピード</td><td>時速315km以上</td></tr><tr><td>ギアボックス</td><td>シーケンシャルAMG 6速コンペティションギアボックス</td></tr><tr><td>電子デバイス</td><td>モータースポーツエレクトロニクス、マルチアジャスタブルABS、AMGトラクションコントロール</td></tr><tr><td>ブレーキ</td><td>ブレーキバランス調整式ハイパフォーマンスブレーキシステム、フロント：390mmカーボンブレーキディスク、6ピストン固定キャリパー、リア：355mmカーボンブレーキディスク、4ピストン固定キャリパー</td></tr><tr><td>ホイ－ル</td><td>18インチAMGマグネシウムホイール、センターロック付き</td></tr><tr><td>シャ-シ</td><td>ダブルウィッシュボーン製フロントアクスル/リアアクスル、アジャスタブルショックアブソーバー、アンチロールバー</td></tr><tr><td>エアロ</td><td>ルーバー、スプリッター、サイドスカート、リアディフューザー、アンダーフロア、DRS(ドラッグリダクションシステム)付きリアウィング</td></tr><tr><td>燃料タンク</td><td>120リットル、モータースポーツ用セーフティタンク</td></tr><tr><td>インテリア</td><td>カーボン製セーフティセル、5点式ハーネス、セーフティネット、スチール製ロールケージ、消火システム、調整可能なステアリングホイールとペダル、ブルーの市松模様のファブリック製シートカバー、レザー製ドアループとヘッドレスト、エディション専用バッジ</td></tr><tr><td>コックピット</td><td>ボッシュDDU 10、シフトパドルと陽極酸化ノブとクルミのハンドルを備えた特別に開発されたステアリングホイール</td></tr><tr><td>寸法/重量</td><td>全長4,795mm、全幅2,052mm、全高1,295mm。車両重量 1,275 kg</td></tr><tr><td>付属品</td><td>車のカバー、レースギア、バッグ、パーソナライズされた鑑定書、1:8スケールモデルカー</td></tr><tr><td>小売価格</td><td>1,030,000ユーロ（約1億7千万円）</td></tr></tbody></table></figure>
<!-- /wp:table -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">レーシングギアと車両カバー</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>限定13台のMercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportには、それぞれヘルメットをはじめレースギアが付属している。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":41638,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/09/プレゼンテーション1-1.jpg" alt="" class="wp-image-41638"/><figcaption class="wp-element-caption">車両カバー、レーシングスーツ、バッグなどのレースギアが付属する。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>スペシャルモデルのために特別に開発された車両カバー、メルセデスAMGオフィシャルパートナーのPUMAが共同デザインし、パーソナライズされたレーシングスーツ、グローブ、レーシングアンダーウェア、シューズ。BELLの高品質でカスタマイズされたヘルメット。また、スタイリッシュなブルーの市松模様のシートカバーに合うようにデザインされ、すべてのレース用品を収納するのに十分なスペースを確保したパーソナライズされたバッグも提供される。そして、Mercedes-AMG GT3 Edition 130Y Motorsportの1:8スケールモデルカーと、パーソナライズされた鑑定書が付いている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text：アウトビルトジャパン/妻谷裕二<br>Photo：Mercedes-Benz Group</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>【名車物語その10】メルセデス・ベンツの生んだ名車中の名車「メルセデス 300SL（W194）」メルセデスから生まれたアイコンレーシングカー＆世界的文化遺産</title>
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		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 07 Dec 2022 06:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
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		<category><![CDATA[Mercedes Benz]]></category>
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		<category><![CDATA[ルドルフ・カラッチオラ]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1044" height="587" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg 1044w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-696x391.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1044px) 100vw, 1044px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>今も現役の最古のクルマ： このSLのレジェンドは70歳。レーシングガルウィング初代メルセデスSLをAUTO BILD KLASSIKが駆った！！！</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この厳しい寒さの中、オ－バ－シュヴァ－ベン地域のメンゲンの飛行場では、誰が誰からスターの座を奪っているのか、判断が難しいところだ。空のブガッティと言われる「アンティーク アエロフライヤー」の格納庫から舞い上がる、磨き抜かれた「ライアンSTA」だろうか？あるいは、開いたドアが2枚の羽のように宙に浮いているクルマだろうか？</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その問いに答えたのは、タービンを唸らせながら誘導路を通過するビジネス機のパイロットである。双発機の「Phenom 300」に小刻みにブレーキをかけ、ボンネットに大きな青い星をつけたシルバーのスポーツカーを指差して、親指を立て、誘導路に向かって飛び出す。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデス300SLは、計り知れない価値を持つ名車である</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 我々も「300SL」の離陸の準備に取り掛かる。でも、その前に深呼吸をしなければならない。目の前に立つメルセデスは、親しみやすい車というより、魅惑的な芸術品というべき一台で、スポーツカーの歴史に残る世界文化遺産として、計り知れない価値を持つ名車である。70年前にすべてが始まった。「レーシングスポーツカー」と呼ばれるオリジナルモデル、ファクトリーコード「W194」で、現在、現役で走る最古の「300SL」だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/8361ac8740c4b2c4.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">パイロットのコックピット： ステアリングホイールはリリースレバーで、ハブから外すことができる。クランク型のシフトノブは、初期のシリーズ生産車である300SLにも採用された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、1952年5月、ルドルフ カラッチオラが「ミッレミリア」に出場し、同年の「カレラ パナメリカーナ」で、シュトゥットガルトのチームのダブル優勝に貢献した一台だ！ナンバ－5（5号車）の車両は、現在も「ウォーペイント」と呼ばれるランプ周りの青いアイラインを残している。モータースポーツファンなら、そのモチーフに鳥肌が立っていることだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">市販のガルウィングより快適</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、畏敬の念を抱くだけではスマートにはなれない。それでは、レッツゴー！1954年以降に生産された「市販の」ガルウィングモデル（W198）よりも、乗り込みが楽なのにまず驚く。W198はステアリングホイールをヒンジで傾けるだけなのだが、「W194」は、有名なモータースポーツのヒーローたちの手汗でなめされた木製のハンドルが完全に外れるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>また、膨らみのある革張りの代わりに、ハイサイドボルスター付きのフラットなレーシングバケットが装着されている。そして、異様に幅広い敷居をまたいで脚を滑り込ませるアクロバティックな動きだけは変わらない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/3a2530faee4b0e6d.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">目の錯覚： シートシェルの幅が実際より狭く見える。キッチンタオルルックのチェック生地は、その後、市販モデルにも採用された。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今となっては幸運だったとしか言いようがない。当初、「W194」には、サイドウィンドウよりわずかに大きいアクセスハッチがあるだけだったのだ。これは、「ル・マン24時間レース」で、ハーフサイズのドアを要求するオートモビル クラブ ドゥ ルエストに、メルセデスのレーシングディレクター、アルフレッド ノイバウアーが譲歩したものであった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">すべては台所のテーブルから始まった</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「300SL」の象徴でもある「ガルウイングドア」は、デザイン的なギミックではなく、ある種の必然性でそうなったものだ。骨格は筒状のスペ－スフレ－ムで、通常のドアでは側面が広すぎて入りきらない。このアイデアは、メルセデスの伝説的なテスト責任者であるルドルフ ウーレンハウトのものである。ハンダ線で作ったミニチュア模型を台所のテーブルでいじっていたが、曲げられなくなり、応力がかかった部分は引っ張りで割れたり、圧力で壊れたりしたという。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その頃は、お金も資源もない時代だったが、工夫はいくらでもできた。1951年当時、ウンタートゥルクハイムの工場の一部はまだ廃墟のままだったが、メルセデスのイメージアップのためのモータースポーツへの復帰はすでに決定していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、エンジンは発売されたばかりのトップモデル300の6気筒しかなく、その前身は戦時中に消防車に使われていた鉛の多いグレー鋳鉄ブロックで、115馬力というタフなものだったので、エンジン担当者はチューニングの箱を深く開けて、デザイナーは過激な軽量化で対応しなければならなかったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">グラム単位で奮闘</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 軽量化が1グラム単位で争われたことが、現在でもわかる。トランクリッドの下には穴のあいたサポートプロファイル、エンジン排気側には穴のあいたY字パイプマウントがあり、さらにダイエット対策が施されている。最終的には、ボディ（128kg）とフレーム（61kg）を合わせても、エンジンより12kgも軽くなってしまったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とはいえ、レーシングスポーツカーの内装は、意外にアットホームなものだった。コックピットのシート表皮はチェック柄で、過酷なレースのイメージとは違った雰囲気を醸し出している。また、計器類に施されたクロームの糸目模様のリングが、シンプルな機能の中に美しさを添えているようにも感じられる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ドライバーは自分の職場で快適に過ごすべきだ」というのが、「SL」の父ウーレンハウトの信条であった。「W194」は、空調の悪さを差し引いても、その約束は果たされている。サイドウィンドウの2つのプレキシグラス製フラップとルーフのエアアウトレットに加え、フットウェルとフロントガラス前の2つの高流量ノズルが空気の循環を確保し、乗員がエンジンの廃熱で焼かれるのを防ぐことができるようにできている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">1952年：ルドルフ カラツィオラがステアリングを握るレーシングプレミア</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ナンバ－5（5号車）」は、1952年5月、イタリアの耐久クラシックレース「ミッレミリア」でレースデビューを果たした。ルドルフ カラツィオラは、1920年代から30年代にかけてメルセデスのエースドライバーとして活躍し、ニュルブルクリンクのオープニングレースで優勝、伝説のシルバーアローで3度のヨーロッパチャンピオンとなり、1938年1月28日に、時速432.7kmの記録を打ち立てた人物である。因みに、アウト・ウニオンのライバル、ベルント ローゼマイヤ－はこの記録に挑戦する直前に悲しいことに命を落としている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年当時、カラツィオラは51歳と、現在のレーシングドライバーから見れば高齢であり、事故で短くなった右足でブレーキを踏めないというハンディキャップも抱えていた。そこでメルセデスは、彼のために特別にハイドロバックブレーキブースターを取り付けることにした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ブレシアからローマまでの1,500kmを12時間48分29秒で走破するためには、常に彼はアクセルを踏んでいなければならないからだ。結局、その際の順位は4位だった。2位には、チームメイトのカール クリングとハンス クレングが同じ「SL」で入賞、地元のヒーロー、ジョバンニ ブラッコが60馬力の「フェラーリ250S」で優勝した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":679,"height":477,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/bea19741a02b6d91.jpg" alt="" style="width:679px;height:477px"/><figcaption class="wp-element-caption">デビュー： ミッレミリアでは、スタート時刻とゼッケン番号が同じになる。午前6時13分、ルドルフ カラッチオラがコースに入る。左の帽子をかぶっているのがメルセデスのレースディレクター、アルフレッド ノイバウアーだ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2週間後のベルンのレースでは、またしてもブレーキにトラブルが発生する。13周目のフォルストハウスカーブ手前で、右前輪のドラムが詰まり、コースアウトして高さ20mのトネリコの木に正面衝突してしまったのだ。その結果、車が壊れ、カラツィオラは病院に入院。診断の結果は肉離れ、大腿部骨折・・・。それが彼のレーシングキャリアの終わりとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、「ナンバー5（5号車）」はそうならなかった。「SL」は再建され、6月のル・マンには出場できなかったが、10月6日にハンブルクから蒸気船「アニタ号」でメキシコに輸送されたのである。11月19日、ヘルマン ラングがハンドルを握り、トゥクストラからシウダーフアレスまでの「カレラ パナメリカーナ」に出場したのがその始まりである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">文化的なマナーを備えた6気筒</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>さあ、伝説の1台を試乗させてもらえる我々も準備万端だ。ノーズに斜めに吊り下げられた6気筒175馬力のエンジンは、ピストンから朝の冷気を吐き出し、管制塔からのゴーサインを待って、スパスパとアイドリングしている。音に関しては、「エアロフライヤー」の格納庫の前に停まっている9気筒ラジアルエンジンを積んだ黄色い「テキサンT-6」機だけが、その音に対抗することができるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>レーシングカーでありながら、「W194」は最初の数メートルで驚くほどジェントルな振る舞いをすることが明らかになった。鼓膜と背中をマッサージするようにサブリミナルに攻撃的なバリトンを除いては、どんな粗雑さも異質である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>クラッチやブレーキの操作力は、現代の一般的なクルマとほとんど変わらない。また、ダイレクトで遊びのないステアリングのおかげで、オリジナルの「SL」は操縦性の良さでも群を抜いている。しかしダッシュボードの下からクランク状のレバーが出ているような形状の、移動距離が長いギアスティックだけは、ちょっと陸上マシンのような感じだ。最高速度は240km/hが可能だというから、70年前には文字通り驚異的な値だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/0004de94dc5232be.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">オブリーク オットー：ボンネットをフラットに保つため、175馬力の6気筒を左斜め前に設置。ヘッドとブロックの境界線が斜めに走っていることから、この愛称がついた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>低回転域から力強く走り抜ける。4000回転を超えたあたりから、燃えるような推進力を発揮するようになる。標準モデルの「300SL（W198）」と比べると、特に毒のあるスロットルレスポンスが目立つ。タイプ40PBICの3基のソレックスキャブレターが燃焼室へ燃料を送り出すと、まさに爆音となる。それに比べると、W198の直噴エンジンのレスポンスは、まさにマイルドな印象だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">危険なリアアクスル</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コーナリング時のロールは少なく、回頭性セデスはリミテッドスリップデフを装着してこれを防ごうとした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この貴重なミュージアムピースで、限界走行をすることは避けたい。「SL」は狭い誘導路のカーブでも平気でスピンするので、少なくともドライ路面では、限界まで追い込むには相当なテクニックを駆使しなければならないだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/1c83790c11a5af3f.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">真のアイコン。「空のブガッティ」と呼ばれる1937年製の「ライアンSTAスペシャル」（左）と、メルセデスの伝説的スポーツカーシリーズの先祖とされる誕生から70年の「300SL W 194」。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>最後に「Aeroflyers」のギュンターが助手席に乗り、数周を走った。70年前のブレシアの離陸場のように「SL」が唸りを上げながら、何度か彼と一緒に滑走路を上り下りする。試乗が終わると、副操縦士の目が光る。その視線の熱さから、本当に空を飛ぶ方が美しいのだろうかと、一瞬考えてしまったほどだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【ABJのコメント】</strong><br> メルセデス・ベンツの歴史の中でも、多くの人にとってもっとも人気が高く、もっとも有名な一台は「300SL」、そんな意見を否定することは誰にもできないと思う。なにしろ普通の自動車とは違い、「300SL」の上に大きくのっかているものは伝説となっている歴史であり、その歴史の中には偉大なレーシングドライバーも、著名なエンジニアたちも、そして数々のレースにおける勝利や敗北、そして悲劇のようなものまでひっくるめての価値なのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>残念ながら、「300SL」には座ったこともなければ、ガルウイングドアを閉めたこともない。博物館でまじまじと見たことはあるけれど、実際に走っている姿を目の当たりにしたことは、としまえんで行われていたカーグラフィック誌のイベントの時だけである。その時の印象で強く残っているのはエンジンの太く重く響く音で、その音さえも歴史の上で作られた重厚さに感じられたものである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今回の「SL」はそんな中の、さらに歴史上の一台ともいえる特別な車で、本文にもあるようにメルセデス・ベンツが博物館用に所有している一台である。こうなってくるとさすがに乗るとか、運転するとかそういうレベルの話ではなく、生きているうちに見られてよかった、という感覚になってしまう個体だが、AUTO BILDのスタッフはちゃんとこれを滑走路で走らせているのだからえらいとしか言いようがない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>自動車は走ってなんぼもものだし、どの自動車だって、一台の自動車にすぎない存在、そういうこともできる。だが歴史上の偉人がこのシートの上に座り、ステアリングを握り、命を懸けて走り続けていた空間・・・。そんなところに僕などは恐れ多くて座ることを躊躇してしまう。やはりちょっと離れた場所から、それなりのドライバーが操るのを見ているほうが心から楽しめるようにも思えてしまう。本当にこれほどの領域になってくると、文化遺産なのだから、迂闊に手あかなどつけたらバチが当たってしまうに決まっている。（KO）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Martin G. Puthz<br> 加筆： 大林晃平<br> Photo: autobild.de</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1044" height="587" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a.jpg 1044w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-300x169.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-1024x576.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-768x432.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-696x391.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2022/12/732f3712dec8de0a-747x420.jpg 747w" sizes="auto, (max-width: 1044px) 100vw, 1044px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>今も現役の最古のクルマ： このSLのレジェンドは70歳。レーシングガルウィング初代メルセデスSLをAUTO BILD KLASSIKが駆った！！！</strong></p>
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<p>この厳しい寒さの中、オ－バ－シュヴァ－ベン地域のメンゲンの飛行場では、誰が誰からスターの座を奪っているのか、判断が難しいところだ。空のブガッティと言われる「アンティーク アエロフライヤー」の格納庫から舞い上がる、磨き抜かれた「ライアンSTA」だろうか？あるいは、開いたドアが2枚の羽のように宙に浮いているクルマだろうか？</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>その問いに答えたのは、タービンを唸らせながら誘導路を通過するビジネス機のパイロットである。双発機の「Phenom 300」に小刻みにブレーキをかけ、ボンネットに大きな青い星をつけたシルバーのスポーツカーを指差して、親指を立て、誘導路に向かって飛び出す。</p>
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<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">メルセデス300SLは、計り知れない価値を持つ名車である</h3>
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<p> 我々も「300SL」の離陸の準備に取り掛かる。でも、その前に深呼吸をしなければならない。目の前に立つメルセデスは、親しみやすい車というより、魅惑的な芸術品というべき一台で、スポーツカーの歴史に残る世界文化遺産として、計り知れない価値を持つ名車である。70年前にすべてが始まった。「レーシングスポーツカー」と呼ばれるオリジナルモデル、ファクトリーコード「W194」で、現在、現役で走る最古の「300SL」だ。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/8361ac8740c4b2c4.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">パイロットのコックピット： ステアリングホイールはリリースレバーで、ハブから外すことができる。クランク型のシフトノブは、初期のシリーズ生産車である300SLにも採用された。</figcaption></figure>
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<p>そして、1952年5月、ルドルフ カラッチオラが「ミッレミリア」に出場し、同年の「カレラ パナメリカーナ」で、シュトゥットガルトのチームのダブル優勝に貢献した一台だ！ナンバ－5（5号車）の車両は、現在も「ウォーペイント」と呼ばれるランプ周りの青いアイラインを残している。モータースポーツファンなら、そのモチーフに鳥肌が立っていることだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">市販のガルウィングより快適</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、畏敬の念を抱くだけではスマートにはなれない。それでは、レッツゴー！1954年以降に生産された「市販の」ガルウィングモデル（W198）よりも、乗り込みが楽なのにまず驚く。W198はステアリングホイールをヒンジで傾けるだけなのだが、「W194」は、有名なモータースポーツのヒーローたちの手汗でなめされた木製のハンドルが完全に外れるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>また、膨らみのある革張りの代わりに、ハイサイドボルスター付きのフラットなレーシングバケットが装着されている。そして、異様に幅広い敷居をまたいで脚を滑り込ませるアクロバティックな動きだけは変わらない。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/3a2530faee4b0e6d.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">目の錯覚： シートシェルの幅が実際より狭く見える。キッチンタオルルックのチェック生地は、その後、市販モデルにも採用された。</figcaption></figure>
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<p>今となっては幸運だったとしか言いようがない。当初、「W194」には、サイドウィンドウよりわずかに大きいアクセスハッチがあるだけだったのだ。これは、「ル・マン24時間レース」で、ハーフサイズのドアを要求するオートモビル クラブ ドゥ ルエストに、メルセデスのレーシングディレクター、アルフレッド ノイバウアーが譲歩したものであった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">すべては台所のテーブルから始まった</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「300SL」の象徴でもある「ガルウイングドア」は、デザイン的なギミックではなく、ある種の必然性でそうなったものだ。骨格は筒状のスペ－スフレ－ムで、通常のドアでは側面が広すぎて入りきらない。このアイデアは、メルセデスの伝説的なテスト責任者であるルドルフ ウーレンハウトのものである。ハンダ線で作ったミニチュア模型を台所のテーブルでいじっていたが、曲げられなくなり、応力がかかった部分は引っ張りで割れたり、圧力で壊れたりしたという。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その頃は、お金も資源もない時代だったが、工夫はいくらでもできた。1951年当時、ウンタートゥルクハイムの工場の一部はまだ廃墟のままだったが、メルセデスのイメージアップのためのモータースポーツへの復帰はすでに決定していた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、エンジンは発売されたばかりのトップモデル300の6気筒しかなく、その前身は戦時中に消防車に使われていた鉛の多いグレー鋳鉄ブロックで、115馬力というタフなものだったので、エンジン担当者はチューニングの箱を深く開けて、デザイナーは過激な軽量化で対応しなければならなかったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">グラム単位で奮闘</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 軽量化が1グラム単位で争われたことが、現在でもわかる。トランクリッドの下には穴のあいたサポートプロファイル、エンジン排気側には穴のあいたY字パイプマウントがあり、さらにダイエット対策が施されている。最終的には、ボディ（128kg）とフレーム（61kg）を合わせても、エンジンより12kgも軽くなってしまったのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>とはいえ、レーシングスポーツカーの内装は、意外にアットホームなものだった。コックピットのシート表皮はチェック柄で、過酷なレースのイメージとは違った雰囲気を醸し出している。また、計器類に施されたクロームの糸目模様のリングが、シンプルな機能の中に美しさを添えているようにも感じられる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ドライバーは自分の職場で快適に過ごすべきだ」というのが、「SL」の父ウーレンハウトの信条であった。「W194」は、空調の悪さを差し引いても、その約束は果たされている。サイドウィンドウの2つのプレキシグラス製フラップとルーフのエアアウトレットに加え、フットウェルとフロントガラス前の2つの高流量ノズルが空気の循環を確保し、乗員がエンジンの廃熱で焼かれるのを防ぐことができるようにできている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">1952年：ルドルフ カラツィオラがステアリングを握るレーシングプレミア</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「ナンバ－5（5号車）」は、1952年5月、イタリアの耐久クラシックレース「ミッレミリア」でレースデビューを果たした。ルドルフ カラツィオラは、1920年代から30年代にかけてメルセデスのエースドライバーとして活躍し、ニュルブルクリンクのオープニングレースで優勝、伝説のシルバーアローで3度のヨーロッパチャンピオンとなり、1938年1月28日に、時速432.7kmの記録を打ち立てた人物である。因みに、アウト・ウニオンのライバル、ベルント ローゼマイヤ－はこの記録に挑戦する直前に悲しいことに命を落としている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1952年当時、カラツィオラは51歳と、現在のレーシングドライバーから見れば高齢であり、事故で短くなった右足でブレーキを踏めないというハンディキャップも抱えていた。そこでメルセデスは、彼のために特別にハイドロバックブレーキブースターを取り付けることにした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ブレシアからローマまでの1,500kmを12時間48分29秒で走破するためには、常に彼はアクセルを踏んでいなければならないからだ。結局、その際の順位は4位だった。2位には、チームメイトのカール クリングとハンス クレングが同じ「SL」で入賞、地元のヒーロー、ジョバンニ ブラッコが60馬力の「フェラーリ250S」で優勝した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":679,"height":477,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/bea19741a02b6d91.jpg" alt="" style="width:679px;height:477px"/><figcaption class="wp-element-caption">デビュー： ミッレミリアでは、スタート時刻とゼッケン番号が同じになる。午前6時13分、ルドルフ カラッチオラがコースに入る。左の帽子をかぶっているのがメルセデスのレースディレクター、アルフレッド ノイバウアーだ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>2週間後のベルンのレースでは、またしてもブレーキにトラブルが発生する。13周目のフォルストハウスカーブ手前で、右前輪のドラムが詰まり、コースアウトして高さ20mのトネリコの木に正面衝突してしまったのだ。その結果、車が壊れ、カラツィオラは病院に入院。診断の結果は肉離れ、大腿部骨折・・・。それが彼のレーシングキャリアの終わりとなった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、「ナンバー5（5号車）」はそうならなかった。「SL」は再建され、6月のル・マンには出場できなかったが、10月6日にハンブルクから蒸気船「アニタ号」でメキシコに輸送されたのである。11月19日、ヘルマン ラングがハンドルを握り、トゥクストラからシウダーフアレスまでの「カレラ パナメリカーナ」に出場したのがその始まりである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">文化的なマナーを備えた6気筒</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>さあ、伝説の1台を試乗させてもらえる我々も準備万端だ。ノーズに斜めに吊り下げられた6気筒175馬力のエンジンは、ピストンから朝の冷気を吐き出し、管制塔からのゴーサインを待って、スパスパとアイドリングしている。音に関しては、「エアロフライヤー」の格納庫の前に停まっている9気筒ラジアルエンジンを積んだ黄色い「テキサンT-6」機だけが、その音に対抗することができるのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>レーシングカーでありながら、「W194」は最初の数メートルで驚くほどジェントルな振る舞いをすることが明らかになった。鼓膜と背中をマッサージするようにサブリミナルに攻撃的なバリトンを除いては、どんな粗雑さも異質である。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>クラッチやブレーキの操作力は、現代の一般的なクルマとほとんど変わらない。また、ダイレクトで遊びのないステアリングのおかげで、オリジナルの「SL」は操縦性の良さでも群を抜いている。しかしダッシュボードの下からクランク状のレバーが出ているような形状の、移動距離が長いギアスティックだけは、ちょっと陸上マシンのような感じだ。最高速度は240km/hが可能だというから、70年前には文字通り驚異的な値だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":681,"height":454,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/0004de94dc5232be.jpg" alt="" style="width:681px;height:454px"/><figcaption class="wp-element-caption">オブリーク オットー：ボンネットをフラットに保つため、175馬力の6気筒を左斜め前に設置。ヘッドとブロックの境界線が斜めに走っていることから、この愛称がついた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>低回転域から力強く走り抜ける。4000回転を超えたあたりから、燃えるような推進力を発揮するようになる。標準モデルの「300SL（W198）」と比べると、特に毒のあるスロットルレスポンスが目立つ。タイプ40PBICの3基のソレックスキャブレターが燃焼室へ燃料を送り出すと、まさに爆音となる。それに比べると、W198の直噴エンジンのレスポンスは、まさにマイルドな印象だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">危険なリアアクスル</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コーナリング時のロールは少なく、回頭性セデスはリミテッドスリップデフを装着してこれを防ごうとした。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>この貴重なミュージアムピースで、限界走行をすることは避けたい。「SL」は狭い誘導路のカーブでも平気でスピンするので、少なくともドライ路面では、限界まで追い込むには相当なテクニックを駆使しなければならないだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":682,"height":455,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/3/1/5/9/1/4/7/1c83790c11a5af3f.jpg" alt="" style="width:682px;height:455px"/><figcaption class="wp-element-caption">真のアイコン。「空のブガッティ」と呼ばれる1937年製の「ライアンSTAスペシャル」（左）と、メルセデスの伝説的スポーツカーシリーズの先祖とされる誕生から70年の「300SL W 194」。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>最後に「Aeroflyers」のギュンターが助手席に乗り、数周を走った。70年前のブレシアの離陸場のように「SL」が唸りを上げながら、何度か彼と一緒に滑走路を上り下りする。試乗が終わると、副操縦士の目が光る。その視線の熱さから、本当に空を飛ぶ方が美しいのだろうかと、一瞬考えてしまったほどだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>【ABJのコメント】</strong><br> メルセデス・ベンツの歴史の中でも、多くの人にとってもっとも人気が高く、もっとも有名な一台は「300SL」、そんな意見を否定することは誰にもできないと思う。なにしろ普通の自動車とは違い、「300SL」の上に大きくのっかているものは伝説となっている歴史であり、その歴史の中には偉大なレーシングドライバーも、著名なエンジニアたちも、そして数々のレースにおける勝利や敗北、そして悲劇のようなものまでひっくるめての価値なのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>残念ながら、「300SL」には座ったこともなければ、ガルウイングドアを閉めたこともない。博物館でまじまじと見たことはあるけれど、実際に走っている姿を目の当たりにしたことは、としまえんで行われていたカーグラフィック誌のイベントの時だけである。その時の印象で強く残っているのはエンジンの太く重く響く音で、その音さえも歴史の上で作られた重厚さに感じられたものである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今回の「SL」はそんな中の、さらに歴史上の一台ともいえる特別な車で、本文にもあるようにメルセデス・ベンツが博物館用に所有している一台である。こうなってくるとさすがに乗るとか、運転するとかそういうレベルの話ではなく、生きているうちに見られてよかった、という感覚になってしまう個体だが、AUTO BILDのスタッフはちゃんとこれを滑走路で走らせているのだからえらいとしか言いようがない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>自動車は走ってなんぼもものだし、どの自動車だって、一台の自動車にすぎない存在、そういうこともできる。だが歴史上の偉人がこのシートの上に座り、ステアリングを握り、命を懸けて走り続けていた空間・・・。そんなところに僕などは恐れ多くて座ることを躊躇してしまう。やはりちょっと離れた場所から、それなりのドライバーが操るのを見ているほうが心から楽しめるようにも思えてしまう。本当にこれほどの領域になってくると、文化遺産なのだから、迂闊に手あかなどつけたらバチが当たってしまうに決まっている。（KO）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Martin G. Puthz<br> 加筆： 大林晃平<br> Photo: autobild.de</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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			</item>
		<item>
		<title>モーターレースを語らずにメルセデス・ベンツの歴史を語ることは不可能！（後編）</title>
		<link>https://autobild.jp/10841/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 22 Oct 2021 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="876" height="860" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1.jpg 876w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-300x295.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-768x754.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-696x683.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-428x420.jpg 428w" sizes="auto, (max-width: 876px) 100vw, 876px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>シルバーアローの誕生～ル・マンの悲劇</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>自動車の開発史上、メルセデス・ベンツのモータースポーツ記録は輝かしいものであり、その後の生産モデルには実に多くの革新技術が導入された。例えばオーバー・ヘッド・カムシャフト・エンジン、ガソリン噴射装置、ディスクブレーキ、それに多種に亘るサスペンション等がその主なもの。<br> 今回はその後編として、1934年から1955年のル・マンの悲劇でメルセデス・ベンツが全レース活動を休止するまでを紹介する。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"backgroundColor":"very-light-gray"} -->
<p class="has-background has-very-light-gray-background-color"> ※ＧＰはフランス語・Grand Prix（グランプリ）の略でモータースポーツレースの最高峰であり、現在ではF1レースに与えられ、ドイツGP、フランスGPの様に開催国名と組み合わせて呼ばれる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":4} -->
<h4>メルセデス・ベンツのレーシングマシン・ヒストリー</h4>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:image {"id":10843,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/19.jpg" alt="" class="wp-image-10843"/><figcaption>1934年　Ｗ25；メルセデス・ベンツの常勝ＧＰマシン「シルバー・アロー」が誕生。この年、イタリア及びスペインGP等でも優勝し、翌1935年には7つのGPを制覇した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10845,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/19-3-1024x895.jpg" alt="" class="wp-image-10845"/><figcaption>W25(リアスタイル)</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10844,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/19-2.jpg" alt="" class="wp-image-10844"/><figcaption>イタリアＧＰ、カラッチオラとファジオーリのダブル勝利。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> <strong>1934年　Ｗ25</strong><br> 昔のレースは出場国のナショナルカラーでボディ色が決められていた。イギリスはグリーン、イタリアはレッド、フランスはブルー、そしてドイツはホワイトだった。しかし、1932年10月にフランスに本拠を置くA.I.A.C.R.（現在のFIA）が、1932年～1936年まで新しいGPフォーミュラを発表し、重量は750kg以下に規定し、750kg制限時代に突入した。そして1934年のメルセデス・ベンツの常勝ＧＰマシン「シルバー・アロー」が誕生。354PSのＷ25は車両重量750ｋｇ以下となった新フォーミュラに合わせて開発されたが、規定より1kgだけオーバーしドイツ・ナショナルカラーの白い塗装をはがしアルミ地肌でレース車検をパスし初出場した。そのアルミ地肌の銀色に輝くボディは「シルバー・アロー」と呼ばれた最初のＧＰマシンだ。この年、イタリア及びスペインGP等でも優勝し、翌1935年には7つのGPを制覇した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":10846,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/20-1024x877.jpg" alt="" class="wp-image-10846"/><figcaption>新フォーミュラ用として最高傑作車といわれるW125を完成させた。エンジンはW25の直列8気筒、DOHC、ルーツ・スーパーチャジャー付きをさらに5.66Lにボアアップ。出力は37年の初期モデルで600PS弱、後半には646PSにも達しそのスピードは433.7km/hを記録した怪物。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10847,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/20-2-792x1024.jpg" alt="" class="wp-image-10847"/><figcaption>1937年の怪物GPマシンW125！モナコGPでブラオヒッチュとカラッチオラのデッドヒート。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1937年　W125</strong><br> 750kgフォーミュラは1936年までとされていたので、メルセデス・ベンツ技術陣は1937年から採用される予定の新3Lフォーミュラの設計試作を1936年より開始。しかし、新3Lフォーミュラの最終決定が遅れた為、1937年は750kgフォーミュラが継続された。そこで、メルセデス・ベンツ技術陣は急いで、新フォーミュラ用として最高傑作車といわれるW125を完成させた。エンジンはW25の直列8気筒、DOHC、ルーツ・スーパーチャジャー付きをさらに5.66Lにボアアップ。出力は37年の初期モデルで600PS弱、後半には646PSにも達しそのスピードは433.7km/hを記録した怪物。<br> シャーシはレーサ－よりも速いエンジニアと言われたルドルフ・ウーレンハウトが担当。当時すでに生産モデル500K及び540Kに使用して好評のフロントにダブルウィシッボーン、コイルの組み合わせを初めてレーシングマシンに採用。リアは巨大なトルクに耐えさせるため、ド・ディオンとトレーリングアームとそして縦置きトーションバーの組み合わせで、ダンパーはハイドロリック式を使用した。<br> 彼はW25を自分でテストしてシャーシの欠点を十分に理解していた。つまり、W25は全くハードだったので大規模な設計の転換を実施した。結果、ソフトな乗り心地と優れたロードホールディングを持ったこの新型W125はトリポリやドイツGPを初め、同年13レース中、7回も優勝し、名手ルドルフ・カラッチオラが1937年・1938年に、そして1939年にはヘルマン・ランクがそれぞれヨーロッパチャンピオンに輝いた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":10848,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/21.jpg" alt="" class="wp-image-10848"/><figcaption>1936年に入るとメルセデス・ベンツはV-12、4.8L 540PSエンジンを搭載した流線型のレコード・レーサーを造った（W25ベース）。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10849,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/21-2.jpg" alt="" class="wp-image-10849"/><figcaption>1936年10月と11月にフランクフルト～ダルムシュタット間のアウトバーンで名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L～8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピードは371.9km/hを記録。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10850,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/21-3.jpg" alt="" class="wp-image-10850"/><figcaption>1936年10月と11月にフランクフルト～ダルムシュタット間のアウトバーンで名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L～8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピード371.9km/hを記録するスタート前。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10851,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/22.jpg" alt="" class="wp-image-10851"/><figcaption>名手ルドルフ・カラッチオラ</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10853,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/23-1.jpg" alt="" class="wp-image-10853"/><figcaption>ライバルであるアウト・ウニオン流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成（タイプCストリームライン）。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10854,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/23-2.jpg" alt="" class="wp-image-10854"/><figcaption>宿敵アウト・ウニオンの流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成（タイプCストリームライン）。 <em>ベルント・ローゼマイヤー</em>が乗車しスタンバイ状態。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10883,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/24_1-1.jpg" alt="" class="wp-image-10883"/><figcaption>ベルント・ローゼマイヤー</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10856,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25.jpg" alt="" class="wp-image-10856"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した(公道上で出した最高速度で現在も破られていない)。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10857,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25-2.jpg" alt="" class="wp-image-10857"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立するスタート前。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25-3.jpg" alt="" class="wp-image-10858"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した(公道上で出した最高速度で現在も破られていない)。走行時。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25-4.jpg" alt="" class="wp-image-10859"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した宣伝ポスター</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1938年　アウトバーンで時速432.69kmの世界最高記録を樹立</strong><br> ヒットラーが特に自動車レースに力を入れたのは、これまでの全記録を打ち破って、ドイツの優秀性を内外に誇示しようとした為だった。メルセデス・ベンツとアウト・ウニオンに資金援助をし、このドイツ両車はレースで圧倒的な勝利を獲得した。1936年に入るとメルセデス・ベンツはV-12、4.8L 540PSエンジンを搭載した流線型のレコード・レーサーを造った（W25ベース）。1936年10月と11月にフランクフルト～ダルムシュタット間のアウトバーンで名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L～8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピードは371.9km/hを記録。しかし、当時のレースでドイツ勢のライバルであるアウト・ウニオンの流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成した（タイプCストリームライン）。そこで、メルセデス・ベンツ技術陣は面目に賭けてもこの記録を打ち破るべく1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した(公道上で出した最高速度で現在も破られていない)。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/26_1.jpg" alt="" class="wp-image-10861"/></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/26-2.jpg" alt="" class="wp-image-10862"/><figcaption>1939年　W165；わずか８か月で開発しトリポリGPで1・２位を独占！</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/26-3.jpg" alt="" class="wp-image-10863"/><figcaption>トリポリGP</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1939年　W165</strong><br> 3Lフォーミュラの2年目、1939年は初めからメルセデス・ベンツとアウト・ウニオンのドイツ勢が独占。そこで、イタリアは自国のトリポリGP（イタリアの植民地リビア）を何としても勝ちとるために必死の策を練り、遂にイタリアのスポーツ・コミッションは「最後の切札」を打った。つまり、トリポリGPの制限を急に1.5Lに変更すると発表。このクラスを得意とするのはマセラティやアルファ・ロメオのイタリア勢。しかし、メルセデス・ベンツ技術陣はスペシャルプロジェクトチームを結成し、わずか8ヶ月で全く新しいマシンW165の製作に成功。エンジンはV-8、90度、1.5L、254PS、5速ギアで274km/hをマーク。このトリポリGPで1位がヘルマン・ランク、2位はルドルフ・カラッチオラ。メルセデス・ベンツのエンジニアの意地と実力はフルに発揮され、人々に驚きと感動を与えた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><a href="http://autobild.jp/10841/2/">次ページ：1952年　300SL</a></p>
<!-- /wp:paragraph -->

]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="876" height="860" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1.jpg 876w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-300x295.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-768x754.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-696x683.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/18-2_1-428x420.jpg 428w" sizes="auto, (max-width: 876px) 100vw, 876px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>シルバーアローの誕生～ル・マンの悲劇</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>自動車の開発史上、メルセデス・ベンツのモータースポーツ記録は輝かしいものであり、その後の生産モデルには実に多くの革新技術が導入された。例えばオーバー・ヘッド・カムシャフト・エンジン、ガソリン噴射装置、ディスクブレーキ、それに多種に亘るサスペンション等がその主なもの。<br> 今回はその後編として、1934年から1955年のル・マンの悲劇でメルセデス・ベンツが全レース活動を休止するまでを紹介する。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph {"backgroundColor":"very-light-gray"} -->
<p class="has-background has-very-light-gray-background-color"> ※ＧＰはフランス語・Grand Prix（グランプリ）の略でモータースポーツレースの最高峰であり、現在ではF1レースに与えられ、ドイツGP、フランスGPの様に開催国名と組み合わせて呼ばれる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":4} -->
<h4>メルセデス・ベンツのレーシングマシン・ヒストリー</h4>
<!-- /wp:heading -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/19.jpg" alt="" class="wp-image-10843"/><figcaption>1934年　Ｗ25；メルセデス・ベンツの常勝ＧＰマシン「シルバー・アロー」が誕生。この年、イタリア及びスペインGP等でも優勝し、翌1935年には7つのGPを制覇した。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"id":10845,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/19-3-1024x895.jpg" alt="" class="wp-image-10845"/><figcaption>W25(リアスタイル)</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/19-2.jpg" alt="" class="wp-image-10844"/><figcaption>イタリアＧＰ、カラッチオラとファジオーリのダブル勝利。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> <strong>1934年　Ｗ25</strong><br> 昔のレースは出場国のナショナルカラーでボディ色が決められていた。イギリスはグリーン、イタリアはレッド、フランスはブルー、そしてドイツはホワイトだった。しかし、1932年10月にフランスに本拠を置くA.I.A.C.R.（現在のFIA）が、1932年～1936年まで新しいGPフォーミュラを発表し、重量は750kg以下に規定し、750kg制限時代に突入した。そして1934年のメルセデス・ベンツの常勝ＧＰマシン「シルバー・アロー」が誕生。354PSのＷ25は車両重量750ｋｇ以下となった新フォーミュラに合わせて開発されたが、規定より1kgだけオーバーしドイツ・ナショナルカラーの白い塗装をはがしアルミ地肌でレース車検をパスし初出場した。そのアルミ地肌の銀色に輝くボディは「シルバー・アロー」と呼ばれた最初のＧＰマシンだ。この年、イタリア及びスペインGP等でも優勝し、翌1935年には7つのGPを制覇した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/20-1024x877.jpg" alt="" class="wp-image-10846"/><figcaption>新フォーミュラ用として最高傑作車といわれるW125を完成させた。エンジンはW25の直列8気筒、DOHC、ルーツ・スーパーチャジャー付きをさらに5.66Lにボアアップ。出力は37年の初期モデルで600PS弱、後半には646PSにも達しそのスピードは433.7km/hを記録した怪物。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/20-2-792x1024.jpg" alt="" class="wp-image-10847"/><figcaption>1937年の怪物GPマシンW125！モナコGPでブラオヒッチュとカラッチオラのデッドヒート。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1937年　W125</strong><br> 750kgフォーミュラは1936年までとされていたので、メルセデス・ベンツ技術陣は1937年から採用される予定の新3Lフォーミュラの設計試作を1936年より開始。しかし、新3Lフォーミュラの最終決定が遅れた為、1937年は750kgフォーミュラが継続された。そこで、メルセデス・ベンツ技術陣は急いで、新フォーミュラ用として最高傑作車といわれるW125を完成させた。エンジンはW25の直列8気筒、DOHC、ルーツ・スーパーチャジャー付きをさらに5.66Lにボアアップ。出力は37年の初期モデルで600PS弱、後半には646PSにも達しそのスピードは433.7km/hを記録した怪物。<br> シャーシはレーサ－よりも速いエンジニアと言われたルドルフ・ウーレンハウトが担当。当時すでに生産モデル500K及び540Kに使用して好評のフロントにダブルウィシッボーン、コイルの組み合わせを初めてレーシングマシンに採用。リアは巨大なトルクに耐えさせるため、ド・ディオンとトレーリングアームとそして縦置きトーションバーの組み合わせで、ダンパーはハイドロリック式を使用した。<br> 彼はW25を自分でテストしてシャーシの欠点を十分に理解していた。つまり、W25は全くハードだったので大規模な設計の転換を実施した。結果、ソフトな乗り心地と優れたロードホールディングを持ったこの新型W125はトリポリやドイツGPを初め、同年13レース中、7回も優勝し、名手ルドルフ・カラッチオラが1937年・1938年に、そして1939年にはヘルマン・ランクがそれぞれヨーロッパチャンピオンに輝いた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/21.jpg" alt="" class="wp-image-10848"/><figcaption>1936年に入るとメルセデス・ベンツはV-12、4.8L 540PSエンジンを搭載した流線型のレコード・レーサーを造った（W25ベース）。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/21-2.jpg" alt="" class="wp-image-10849"/><figcaption>1936年10月と11月にフランクフルト～ダルムシュタット間のアウトバーンで名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L～8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピードは371.9km/hを記録。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/21-3.jpg" alt="" class="wp-image-10850"/><figcaption>1936年10月と11月にフランクフルト～ダルムシュタット間のアウトバーンで名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L～8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピード371.9km/hを記録するスタート前。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/22.jpg" alt="" class="wp-image-10851"/><figcaption>名手ルドルフ・カラッチオラ</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/23-1.jpg" alt="" class="wp-image-10853"/><figcaption>ライバルであるアウト・ウニオン流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成（タイプCストリームライン）。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/23-2.jpg" alt="" class="wp-image-10854"/><figcaption>宿敵アウト・ウニオンの流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成（タイプCストリームライン）。 <em>ベルント・ローゼマイヤー</em>が乗車しスタンバイ状態。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/24_1-1.jpg" alt="" class="wp-image-10883"/><figcaption>ベルント・ローゼマイヤー</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25.jpg" alt="" class="wp-image-10856"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した(公道上で出した最高速度で現在も破られていない)。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25-2.jpg" alt="" class="wp-image-10857"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立するスタート前。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25-3.jpg" alt="" class="wp-image-10858"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した(公道上で出した最高速度で現在も破られていない)。走行時。</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/25-4.jpg" alt="" class="wp-image-10859"/><figcaption>メルセデス・ベンツ技術陣は1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した宣伝ポスター</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1938年　アウトバーンで時速432.69kmの世界最高記録を樹立</strong><br> ヒットラーが特に自動車レースに力を入れたのは、これまでの全記録を打ち破って、ドイツの優秀性を内外に誇示しようとした為だった。メルセデス・ベンツとアウト・ウニオンに資金援助をし、このドイツ両車はレースで圧倒的な勝利を獲得した。1936年に入るとメルセデス・ベンツはV-12、4.8L 540PSエンジンを搭載した流線型のレコード・レーサーを造った（W25ベース）。1936年10月と11月にフランクフルト～ダルムシュタット間のアウトバーンで名手ルドルフ・カラッチオラはクラスB(5L～8L)で計6つの世界記録を樹立、最高スピードは371.9km/hを記録。しかし、当時のレースでドイツ勢のライバルであるアウト・ウニオンの流線型レコード・レーサーを駆ってベルント・ローゼマイヤーが1937年に406.3km/hの記録を達成した（タイプCストリームライン）。そこで、メルセデス・ベンツ技術陣は面目に賭けてもこの記録を打ち破るべく1936年のレコード・レーサーのV-12エンジンを5.57L、736PSにまで拡大し（W125ベース）、この車でカラッチオラは1938年1月28日、フランクフルト～ダルムシュタット間の完全に平坦なアウトバーンでフライングマイル436.36km/h、フライング・キロメーター432.69km/hのクラスB（5L～8L）の世界最高記録を樹立した(公道上で出した最高速度で現在も破られていない)。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/26_1.jpg" alt="" class="wp-image-10861"/></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/26-2.jpg" alt="" class="wp-image-10862"/><figcaption>1939年　W165；わずか８か月で開発しトリポリGPで1・２位を独占！</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/10/26-3.jpg" alt="" class="wp-image-10863"/><figcaption>トリポリGP</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1939年　W165</strong><br> 3Lフォーミュラの2年目、1939年は初めからメルセデス・ベンツとアウト・ウニオンのドイツ勢が独占。そこで、イタリアは自国のトリポリGP（イタリアの植民地リビア）を何としても勝ちとるために必死の策を練り、遂にイタリアのスポーツ・コミッションは「最後の切札」を打った。つまり、トリポリGPの制限を急に1.5Lに変更すると発表。このクラスを得意とするのはマセラティやアルファ・ロメオのイタリア勢。しかし、メルセデス・ベンツ技術陣はスペシャルプロジェクトチームを結成し、わずか8ヶ月で全く新しいマシンW165の製作に成功。エンジンはV-8、90度、1.5L、254PS、5速ギアで274km/hをマーク。このトリポリGPで1位がヘルマン・ランク、2位はルドルフ・カラッチオラ。メルセデス・ベンツのエンジニアの意地と実力はフルに発揮され、人々に驚きと感動を与えた。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><a href="http://autobild.jp/10841/2/">次ページ：1952年　300SL</a></p>
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]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>シルバーアローの雷鳴 Part２</title>
		<link>https://autobild.jp/2423/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 19 May 2020 11:00:27 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Editor's Choice]]></category>
		<category><![CDATA[フォトギャラリー]]></category>
		<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[グッドウッド]]></category>
		<category><![CDATA[グッドウッド リバイバル]]></category>
		<category><![CDATA[シルバーアロー]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://autobild.jp/?p=2423</guid>

					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="729" height="486" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8.jpg 729w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8-300x200.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8-696x464.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8-630x420.jpg 630w" sizes="auto, (max-width: 729px) 100vw, 729px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>グッドウッド・リバイバル2012 – 18.09.2012</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1939年以来、アスファルト上に雷やうねりは出現しなかった。ついにこの年、戦前のドイツのシルバーアローレーシングカー10台が、再びイギリスで雷鳴を放ちながら、センセーショナルなショーを披露したのだった。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>歴史的遺産</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今日まで、アウディがその歴史的遺産保護のためにどれほど苦労しなければならなかったかは、想像に絶する。第二次世界大戦後、ソビエト連邦はザクセンで発見されたすべてのアウトウニオンシルバーアローを没収し、それらを東欧へ持ち去った。その数十年後、トレジャーハンターたちの献身的な努力によって、ウクライナでばらばらとなった個体を見つけ確保することに成功した。部品を再加工するなど苦心惨憺の末、ようやくレーシングカーを再生してみせた。その他、ゼロから作り直したものもあった。アウディとは対照的に、メルセデスベンツは幸運だった。所有していたシルバーアローは無傷で戦争を生き延びた。そしてそれらは時期が来るまで南ドイツの農場に隠されていたのだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シルバーアローの中には、700Nmを超えるトルク、500hpを超える出力を発揮するものがあり、300km/hをはるかに超える速度でレースを行うことも可能だ。むろん、ここグッドウッドでは、著名なパイロットたちは、この貴重な歴史的財産に対してダメージとなるような、そんな無謀なことは試みない。したがって、これまでのような劇的なレースシーンやホイール対ホイールのバトルはおこなわれない。その代わり、シルバーアローの爆音が人々の想像を豊かにしてくれる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-49ec658a1be34c44.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シルバーアローだけがすべてではない。言うまでもなく、グッドウッドには多種多様なマシンが集まってくる。ACコブラやフェラーリ250GTOなどのクラシックGTレーシングカーは、今まさにスタートを切ろうとしている。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/St-Mary-s-Trophy-729x486-97df6998671cba14.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>グッドウッドの典型的な1シーン。このセントメアリートロフィーは、ミニクーパーのようなスモールアニマルが、ヘビーミサイルのフォード・ギャラクシーと戦うレースだ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-d586219eddb4a311.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>トラディショナルなモーターサイクルが吠える。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-56e07fcd33380fae.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>壮観なフライトショーも毎年おこなわれる。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/E-Type-und-Co-729x486-f148afdbe3f0a5bc.jpg" alt=""/></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>人々の乗ってきたクラシックを見に駐車場を訪れるのも楽しみだ。(Photo: dpa)</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-9759b2f5f8b2da16.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そうそう、メルセデスレーシングトランスポーター。第三帝国時代のナンバープレートまで、オリジナルに忠実にリビルドされた。当時、人目を惹く青いトラックは、後ろに積まれた貴重なレーシングマシンとほぼ同じくらい人気があった。今日でも充分スタイリッシュかつ非常にファッショナブルだ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-0b79fa10cb016f8e.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1940年代当時のファッションを我々は白黒写真で見て知っているだけだ。グッドウッドのフレッシュでトレンディな女性たちは、とても素敵で爽やかに映える。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f8d41a42bb9adeb6.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして1960年代はよりクリアに、当時そのままに表現される。クール！（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-671c5bdebfaf7902.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>多彩で魅力的なプログラムとその主役たち<br>
サーキットの外でも多くの楽しい催しがおこなわれた。土曜日にはイギリスのオークションハウス大手、ボンハム（Bonhams）によるクラシックカーオークションがおこなわれたし、クラシックカーの展示もあった。ほかにも航空ショー、ビンテージスーパーマーケット、歴史フェアが開催された。そしてなによりも我々を楽しませてくれたのは、ノスタルジックな衣装を身にまとった参加者や多くのショーガールたちだ。しかし、グッドウッド・リバイバル2012の主役は、明らかに再結集したシルバーアローたちだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Fahrerlager-729x486-185e183fda53859a.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>グッドウッドは古き良き昔を蘇らせる。これほど多くの伝説的なレーシングカーをトラックに引き付けるイベントはほかにはほとんどない。来年がまた楽しみだ！(Photo: Thomas Wirth)</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Thomas Wirth</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="729" height="486" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8.jpg 729w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8-300x200.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8-696x464.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/05/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a1f75a230771a2d8-630x420.jpg 630w" sizes="auto, (max-width: 729px) 100vw, 729px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>グッドウッド・リバイバル2012 – 18.09.2012</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1939年以来、アスファルト上に雷やうねりは出現しなかった。ついにこの年、戦前のドイツのシルバーアローレーシングカー10台が、再びイギリスで雷鳴を放ちながら、センセーショナルなショーを披露したのだった。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>歴史的遺産</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>今日まで、アウディがその歴史的遺産保護のためにどれほど苦労しなければならなかったかは、想像に絶する。第二次世界大戦後、ソビエト連邦はザクセンで発見されたすべてのアウトウニオンシルバーアローを没収し、それらを東欧へ持ち去った。その数十年後、トレジャーハンターたちの献身的な努力によって、ウクライナでばらばらとなった個体を見つけ確保することに成功した。部品を再加工するなど苦心惨憺の末、ようやくレーシングカーを再生してみせた。その他、ゼロから作り直したものもあった。アウディとは対照的に、メルセデスベンツは幸運だった。所有していたシルバーアローは無傷で戦争を生き延びた。そしてそれらは時期が来るまで南ドイツの農場に隠されていたのだった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シルバーアローの中には、700Nmを超えるトルク、500hpを超える出力を発揮するものがあり、300km/hをはるかに超える速度でレースを行うことも可能だ。むろん、ここグッドウッドでは、著名なパイロットたちは、この貴重な歴史的財産に対してダメージとなるような、そんな無謀なことは試みない。したがって、これまでのような劇的なレースシーンやホイール対ホイールのバトルはおこなわれない。その代わり、シルバーアローの爆音が人々の想像を豊かにしてくれる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-49ec658a1be34c44.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シルバーアローだけがすべてではない。言うまでもなく、グッドウッドには多種多様なマシンが集まってくる。ACコブラやフェラーリ250GTOなどのクラシックGTレーシングカーは、今まさにスタートを切ろうとしている。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/St-Mary-s-Trophy-729x486-97df6998671cba14.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>グッドウッドの典型的な1シーン。このセントメアリートロフィーは、ミニクーパーのようなスモールアニマルが、ヘビーミサイルのフォード・ギャラクシーと戦うレースだ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-d586219eddb4a311.jpg" alt=""/></figure>
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<p>トラディショナルなモーターサイクルが吠える。（Photo： Werk）</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>壮観なフライトショーも毎年おこなわれる。（Photo： Werk）</p>
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<p>人々の乗ってきたクラシックを見に駐車場を訪れるのも楽しみだ。(Photo: dpa)</p>
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<p>そうそう、メルセデスレーシングトランスポーター。第三帝国時代のナンバープレートまで、オリジナルに忠実にリビルドされた。当時、人目を惹く青いトラックは、後ろに積まれた貴重なレーシングマシンとほぼ同じくらい人気があった。今日でも充分スタイリッシュかつ非常にファッショナブルだ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-0b79fa10cb016f8e.jpg" alt=""/></figure>
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<p>1940年代当時のファッションを我々は白黒写真で見て知っているだけだ。グッドウッドのフレッシュでトレンディな女性たちは、とても素敵で爽やかに映える。（Photo： Werk）</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f8d41a42bb9adeb6.jpg" alt=""/></figure>
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<p>そして1960年代はよりクリアに、当時そのままに表現される。クール！（Photo： Werk）</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-671c5bdebfaf7902.jpg" alt=""/></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>多彩で魅力的なプログラムとその主役たち<br>
サーキットの外でも多くの楽しい催しがおこなわれた。土曜日にはイギリスのオークションハウス大手、ボンハム（Bonhams）によるクラシックカーオークションがおこなわれたし、クラシックカーの展示もあった。ほかにも航空ショー、ビンテージスーパーマーケット、歴史フェアが開催された。そしてなによりも我々を楽しませてくれたのは、ノスタルジックな衣装を身にまとった参加者や多くのショーガールたちだ。しかし、グッドウッド・リバイバル2012の主役は、明らかに再結集したシルバーアローたちだった。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Fahrerlager-729x486-185e183fda53859a.jpg" alt=""/></figure>
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<p>グッドウッドは古き良き昔を蘇らせる。これほど多くの伝説的なレーシングカーをトラックに引き付けるイベントはほかにはほとんどない。来年がまた楽しみだ！(Photo: Thomas Wirth)</p>
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<p>Text: Thomas Wirth</p>
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			</item>
		<item>
		<title>シルバーアローの雷鳴 Part１</title>
		<link>https://autobild.jp/2424/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 19 May 2020 06:55:23 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[Editor's Choice]]></category>
		<category><![CDATA[フォトギャラリー]]></category>
		<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[グッドウッド]]></category>
		<category><![CDATA[グッドウッド リバイバル]]></category>
		<category><![CDATA[シルバーアロー]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="729" height="486" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220.jpg 729w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220-300x200.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220-696x464.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220-630x420.jpg 630w" sizes="auto, (max-width: 729px) 100vw, 729px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>グッドウッド・リバイバル2012 – 18.09.2012</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>1939年以来、アスファルト上に雷やうねりは出現しなかった。ついにこの年、戦前のドイツのシルバーアローレーシングカー10台が、再びイギリスで雷鳴を放ちながら、センセーショナルなショーを披露したのだった。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2011-729x486-d275a55c004af9a7.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1939年以来、73年ぶりに10台のシルバーアローが再びグッドウッド・モーター・サーキットのスタートラインに並んだ。アウトウニオンが5台、メルセデス・ウニオンモデルが5台だ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-120e4bf314bf9a96.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>その精神をアウディが伝統として受け継ぐ、アウトウニオンシルバーアロー艦隊がグッドウッド・リバイバルに参加し、主役を担った。左から、アウトウニオン・タイプA（1934）、アウトウニオン・タイプC（1936）、アウトウニオン・タイプD（1938）、そして2台のダブルコンプレッサー付きアウトウニオン・タイプDというラインナップだ。　（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a4fb17f44800a4c1.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>5台中4台のメルセデスベンツ・シルバーアロー。左から、W165、W154、W125、そしてW25だ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1930年代伝説のシルバーアロー10台が最後に会ったのは73年前のことだ。 1939年9月3日の午後、ベルグレイドGPの勝者が決まったとき、第二次世界大戦はすでに始まっていた。合計数千馬力のマシンを目の当たりにして、再び観衆が再び息を飲む。加えて、これは、これまでで最も高価な自動車文化遺産の行進でもある。専門家は、アウディとメルセデスベンツのヒストリック部門がコレクションの中からイギリスに持ち込んだ10台は、合計で最大5億ユーロ（約625億円）の価値があると見積もった。10台中2台は個人の所有物だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-19fc42f4b4e56831.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>パドックは、広告も含め、ベルンで開催されたスイスGPのオリジナルのままを再現すべく特別に構築されたものだ。シルバーアロー・レーシングマシンが勢ぞろいしている。写真の左側には、クラシックモデルのメルセデスベンツ・レーシングトランスポーターが置かれている。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-7fff2a442ebea1cc.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>アウディ、もしくはアウトウニオンチームを誇らしげに紹介するのは、アウディトラディションのボス、トーマス・フランク（1番左）だ。マシンを操るレーサーは、左から、フランク・ビエラ、ニック・メイソン、そしてジャッキー・イクスだ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>アウトウニオン・タイプD：73年ぶりの凱旋</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>毎年9月、マーチ伯爵はモータースポーツの歴史を祝う。3日の間、彼の始めたグッドウッド・リバイバルは完璧なレースプログラムを提供してくれる。約14万の人が事前にチケットを購入し、イベント入場券は見事に売り切れた。チケットは現地では入手できなくなり、人々が乗ってきた何百台ものクラシックカーが、伯爵の所有する広大な草原の地平線の彼方まで並んでいる。イングランド南部の小さなサーキットには、モータースポーツで評判を取り、名を挙げたすべての人とマシンが集結する。そしてフォーミュラー・マシンやGTレースカー、そしてレーシングバイクが、さまざまなクラスで真剣に、そして正々堂々と勝利を目指して競い合う。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>観衆は勝利を手にしたドライバーの歓喜あふれた笑顔を目にする。レース前、レースの後、そして夜間でも、人々は情熱的にあらゆる場所に陣取って居座る。ここではすべてが昔のままのように見える。グッドウッド・リバイバルは、巨大な野外の仮面舞踏会のようなものになっているのだが、訪れるすべての人、チームには、古典的な衣服の着用が義務付けられているし、敷地内の建物もすべて過去のスタイルに従うことになっている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-c58084b59f5388b1.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>車齢70年以上の8気筒および12気筒エンジンの信じられないほどの轟音がサーキット中に響き渡る。メルセデスW25とW125がアウトウニオン・タイプAを必死に追いかける。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-9354c6228b7eeeaf.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このスナップショットの中では、約2,200馬力が唸りを立てている。前から後ろへ、メルセデスW25、アウトウニオン・タイプA、メルセデスW125、アウトウニオン・タイプC、そしてメルセデスW154という順列だ。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-681e98fe6daca9f5.jpg" alt=""/><figcaption>（Photo： Werk）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-d084e01b53eee85d.jpg" alt=""/><figcaption>（Photo： Werk）</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-0227a9038642c160.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>ボンネットオープン！なんと素晴らしいマシンに、なんと何と素晴らしいエンジン！（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-0e6b5621b0326201.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シルバーアロー・ショーで、アウディ・トラディションは、伝説のドイツ人レーサー、ベルント・ローゼマイヤーの栄光を称えた。75年前の1937年10月、最も有名なアウトウニオンのドライバーが英国グランプリで勝利した。これが彼にとって、悲劇的な事故の前の最後の授賞式となった。（Photo: Mario Puksec）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Thomas Wirth</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="729" height="486" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220.jpg 729w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220-300x200.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220-696x464.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/03/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-f49d4a5448e36220-630x420.jpg 630w" sizes="auto, (max-width: 729px) 100vw, 729px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>グッドウッド・リバイバル2012 – 18.09.2012</h2>
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<p><strong>1939年以来、アスファルト上に雷やうねりは出現しなかった。ついにこの年、戦前のドイツのシルバーアローレーシングカー10台が、再びイギリスで雷鳴を放ちながら、センセーショナルなショーを披露したのだった。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2011-729x486-d275a55c004af9a7.jpg" alt=""/></figure>
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<p>1939年以来、73年ぶりに10台のシルバーアローが再びグッドウッド・モーター・サーキットのスタートラインに並んだ。アウトウニオンが5台、メルセデス・ウニオンモデルが5台だ。（Photo： Werk）</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-120e4bf314bf9a96.jpg" alt=""/></figure>
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<p>その精神をアウディが伝統として受け継ぐ、アウトウニオンシルバーアロー艦隊がグッドウッド・リバイバルに参加し、主役を担った。左から、アウトウニオン・タイプA（1934）、アウトウニオン・タイプC（1936）、アウトウニオン・タイプD（1938）、そして2台のダブルコンプレッサー付きアウトウニオン・タイプDというラインナップだ。　（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-a4fb17f44800a4c1.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

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<p>5台中4台のメルセデスベンツ・シルバーアロー。左から、W165、W154、W125、そしてW25だ。（Photo： Werk）</p>
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<p>1930年代伝説のシルバーアロー10台が最後に会ったのは73年前のことだ。 1939年9月3日の午後、ベルグレイドGPの勝者が決まったとき、第二次世界大戦はすでに始まっていた。合計数千馬力のマシンを目の当たりにして、再び観衆が再び息を飲む。加えて、これは、これまでで最も高価な自動車文化遺産の行進でもある。専門家は、アウディとメルセデスベンツのヒストリック部門がコレクションの中からイギリスに持ち込んだ10台は、合計で最大5億ユーロ（約625億円）の価値があると見積もった。10台中2台は個人の所有物だ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-19fc42f4b4e56831.jpg" alt=""/></figure>
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<p>パドックは、広告も含め、ベルンで開催されたスイスGPのオリジナルのままを再現すべく特別に構築されたものだ。シルバーアロー・レーシングマシンが勢ぞろいしている。写真の左側には、クラシックモデルのメルセデスベンツ・レーシングトランスポーターが置かれている。（Photo： Werk）</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-7fff2a442ebea1cc.jpg" alt=""/></figure>
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<p>アウディ、もしくはアウトウニオンチームを誇らしげに紹介するのは、アウディトラディションのボス、トーマス・フランク（1番左）だ。マシンを操るレーサーは、左から、フランク・ビエラ、ニック・メイソン、そしてジャッキー・イクスだ。（Photo： Werk）</p>
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<h3>アウトウニオン・タイプD：73年ぶりの凱旋</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>毎年9月、マーチ伯爵はモータースポーツの歴史を祝う。3日の間、彼の始めたグッドウッド・リバイバルは完璧なレースプログラムを提供してくれる。約14万の人が事前にチケットを購入し、イベント入場券は見事に売り切れた。チケットは現地では入手できなくなり、人々が乗ってきた何百台ものクラシックカーが、伯爵の所有する広大な草原の地平線の彼方まで並んでいる。イングランド南部の小さなサーキットには、モータースポーツで評判を取り、名を挙げたすべての人とマシンが集結する。そしてフォーミュラー・マシンやGTレースカー、そしてレーシングバイクが、さまざまなクラスで真剣に、そして正々堂々と勝利を目指して競い合う。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>観衆は勝利を手にしたドライバーの歓喜あふれた笑顔を目にする。レース前、レースの後、そして夜間でも、人々は情熱的にあらゆる場所に陣取って居座る。ここではすべてが昔のままのように見える。グッドウッド・リバイバルは、巨大な野外の仮面舞踏会のようなものになっているのだが、訪れるすべての人、チームには、古典的な衣服の着用が義務付けられているし、敷地内の建物もすべて過去のスタイルに従うことになっている。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-c58084b59f5388b1.jpg" alt=""/></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>車齢70年以上の8気筒および12気筒エンジンの信じられないほどの轟音がサーキット中に響き渡る。メルセデスW25とW125がアウトウニオン・タイプAを必死に追いかける。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-9354c6228b7eeeaf.jpg" alt=""/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>このスナップショットの中では、約2,200馬力が唸りを立てている。前から後ろへ、メルセデスW25、アウトウニオン・タイプA、メルセデスW125、アウトウニオン・タイプC、そしてメルセデスW154という順列だ。（Photo： Werk）</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-681e98fe6daca9f5.jpg" alt=""/><figcaption>（Photo： Werk）</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-d084e01b53eee85d.jpg" alt=""/><figcaption>（Photo： Werk）</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-0227a9038642c160.jpg" alt=""/></figure>
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<p>ボンネットオープン！なんと素晴らしいマシンに、なんと何と素晴らしいエンジン！（Photo： Werk）</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/1/0/2/6/4/9/9/Goodwood-Revival-2012-Vom-Beben-der-Silberpfeile-729x486-0e6b5621b0326201.jpg" alt=""/></figure>
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<p>シルバーアロー・ショーで、アウディ・トラディションは、伝説のドイツ人レーサー、ベルント・ローゼマイヤーの栄光を称えた。75年前の1937年10月、最も有名なアウトウニオンのドライバーが英国グランプリで勝利した。これが彼にとって、悲劇的な事故の前の最後の授賞式となった。（Photo: Mario Puksec）</p>
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<p>Text: Thomas Wirth</p>
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