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	<title>コルベットC4 - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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	<description>世界最大級のクルマ情報サイトAUTO BILDの日本版。いち早い新車情報。高品質なオリジナル動画ビデオ満載。チューニングカー、ネオクラシックなど世界のクルマ情報は「アウトビルトジャパン」でゲット！</description>
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	<title>コルベットC4 - AUTO BILD JAPAN Web（アウトビルトジャパンウェブ） 世界最大級のクルマ情報サイト</title>
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		<title>【コルベット物語】90年代初頭のコルベット C4 ZR-1は誰も認めないシボレーのスーパースポーツカーだった？</title>
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		<dc:creator><![CDATA[boku6nao@gmail.com]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 09 Aug 2024 22:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[面白ネタ＆ストーリー]]></category>
		<category><![CDATA[Chevrolet]]></category>
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		<category><![CDATA[Corvette C4]]></category>
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		<category><![CDATA[コルベットC4]]></category>
		<category><![CDATA[シボレー]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="567" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" fetchpriority="high" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44-300x168.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44-768x431.jpg 768w" sizes="(max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>シボレー コルベット C4（Chevrolet Corvette C4）：USスポーツカーのテスト成績は？普通のC4コルベット？とんでもない。90年代初頭、ZR-1は誰も認めないシボレーのスーパースポーツカーだった。それがZR-1の魅力であると同時に、没落の原因でもあった。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>時は70年代後半、シボレーは「C3」モデルの終焉に備えていた。「C3」はまだ60年代のデザインをベースにしており、古いクルマのような走りをしていた。特にシボレーはオイルショックでアメリカのスポーツカーの価格を大幅に引き上げていた。販売台数は落ち込んでいなかったため、GMは巨費を投じて第4世代の「コルベット」を開発する資金的余裕があった。シャシーにはフロントにダブルウィッシュボーン、リヤに5リンクが採用され、開発チームは歓喜に沸き、最初のテストドライバーは目を見張った。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シャシーコンポーネントの多くもアルミニウム製となり、「C4」は軽量で驚くほど扱いやすくなった。ファイバーグラス製のボディは極めてフラットで直線的で、クラムシェル型のボンネットが存在感を示していた。その下にあったのは、当時の一般的なウッドパネルを備えたファミリーエステートカーの敏捷性だけだった。クロスファイアの「L83」型エンジンは生産初年度に「C3」から引き継がれたが、インテークマニホールドインジェクションを搭載した「L98」型エンジンは、気性の荒いエンジンとして知られていなかった。これに日本からのハイテクスーパーカーの脅威とクライスラーによる「ダッジ バイパー」の発表が重なり、「C4」は地に堕ちるのを避けるために、何よりもボンネットの下にさらなる騒動を起こす必要があった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">コルベットの新しい心臓</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1986年にGMがロータスを買収したのは良いことだった。保守的に設計された「ヴェット」のスモールブロックV型8気筒エンジンは、ターボチャージャーを装着しなければ400馬力まで引き上げることができなかったからだ。デトロイトルネッサンスセンターの上層部にとって、それはあまりにも厄介なことだった・・・。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そこで、彼らはヘテルに高回転型の自然吸気エンジンを依頼したのだが、ロータスは手を抜くことなく、5.7リッターDOHC（ダブルオーバーヘッドカムシャフト）というエンジン技術の傑作を設計した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シリンダーバンクあたり2つのオーバーヘッドカムシャフト、32個のバルブ、16個のインジェクションノズル。これが「LT5」の特徴的な回転の楽しさを生み出している。面白いのは、「ZR-1」が "フル・エンジンパワー"モードでない場合、プッシュロッド式V8のような挙動を示すことだ。しかし、追加キーを右に回すと、ライダーはまったく違う種類の獣を解き放つ。3000rpmを超えると、エンジンは文字通り回転数を求めて叫び声を上げ、その回転数は通常より1オクターブ高いだけで、クラシックなUSビートの素晴らしいサウンドを響かせる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image2-41.jpg" alt="" class="wp-image-40002"/><figcaption class="wp-element-caption">LT5はシボレーらしくない方法で回転を欲しがる。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>驚くほど精密なZF製ギアボックスの6段ギアは、全身を使って切り裂きたくなるようなもので、フェイスリフト前のコルベットの古い4＋3シフターと比べると、計り知れない進歩を遂げている。ひとつ厄介なことがある。シボレーは、80年代末のスーパースポーツカーに、燃料節約機能を組み込んだのだ・・・。計器クラスターで「One to four」ギアシフトインジケータが点灯すると、2速がロックされ、「ZR-1」は直接4速にギアシフトを進める。これはもちろんエンジン回転数を急降下させ、特に坂道ではまったく意味をなさない。アメリカではこのシステムを無効にするキットが販売されているが、オリジナリティを損ないたくないのであれば、選択肢は2つしかない： ある速度以上になるとモードが消えてしまうので、1速ギアからシフトアウトするか、1速ギアから直接3速ギアにシフトするかだ。なぜなら、これはロックされておらず、ここでのスピードジャンプはそれほど無意味ではないからだ。しかし、時間が経つにつれて、「C4」ドライバーはモードが有効なときとそうでないときの勘を自然に養うようになる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そして、エコロジストに後ろめたい思いをさせたくなったときのために、「C4」乗りの皆さんにもうひとつアドバイスを：「ZR-1」にはギアシフト推奨ディスプレイまで付いている。つまり、基本的に燃料節約のパイオニアなのだ。しかし、もちろんシボレーは環境のためにこのようなことをしたわけではない。結局のところ、開発という点ではまだ80年代後半なのだ。どちらもCAGSシステム（Computer Aided Gear Selection）で走り、当時すでに一般的だった燃料ガブ飲み車に対する懲罰的な税金を避けるために開発された。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">素晴らしいコンディションのUSボーイ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「C4」のインテリアも90年代のカッコよさを完璧に表現している。特に「ZR-1」から導入され、1991年にはベーシックなコルベットにも採用された新しいインテリアが特徴的だ。丸みを帯びたセンターコンソールは、左右の新しいエアバッグ付きステアリングホイールに寄り添い、ドライバーの仕事場を強調して取り囲む。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image3-37.jpg" alt="" class="wp-image-40003"/><figcaption class="wp-element-caption">子供時代のヒーロー： コックピットはまさに『Need for Speed』第1作に登場したもの。赤いシートとパネルが気に入っているはずだ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>私たちの試乗車の総合的なコンディション評価は2+で、絶叫するような赤いキャビンは他の部分よりもさらに良い状態だった。当時、インテリアはテスターの主な批評のひとつだったが、今日のレンズを通して見ると、「C4」は「964/993」よりもずっとモダンに見えるし、素材も素晴らしい。ほとんどすべての表面は裏起毛で、レザーは、ネバダ州の初代オーナー、ボブが日本製クーペや「911」の列を吹き飛ばしていた古き良き時代の物語を、数え切れないほど語りたくなるようだ。「C5」は、長年にわたってデザインという点で、車内の老朽化がずっとひどく、「C6」はもっとひどいプラスチックの砂漠だ。さらに、ヘッドレスト下の水平エレメントに「コルベット」のレタリングが施されていたり、複数の電動調整式で優れた横揺れ防止機能を持つシートの後ろに2つの秘密のコンパートメントがあったりと、小さいながらも愛すべきディテールがある。ちなみに、「C4」モデルの1986年以降、ABSエレクトロニクスは左側のコンパートメントに配置されているが、「ZR-1」にはない。ここでは両方のコンパートメントを使用することができる。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image4-36.jpg" alt="" class="wp-image-40004"/><figcaption class="wp-element-caption">先端が前方を向いた回転方向： ホイールの取り付けが間違っていることが多い。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>90年代の「ZR-1」にはなかった機能： 1991年から標準装備されたトラクションコントロール。後期モデルでは、そのボタンはステアリングホイールの左、ロータリーホイールの上にあり、おそらく史上最もクールなポップアップ式ヘッドライトとなる。ポップアップするのではなく、後方に162.5度回転してヘッドライトが現れる。しかし、長年の使用により、機構のプラスチック製ドライバーが摩耗し、文字通り崩れてしまうことが問題になることもある。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3 class="wp-block-heading">内部の論争</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>しかし、なぜ「ZR-1」は合計6,939台しか製造されなかったのだろうか？1990年には58,995ドル（約933万円）で販売されていた。そのうち「ZR-1」パッケージは27,000ドル（約426万円）以上を占めていた。そして1991年以降、「ZR-1」は通常の「コルベット」とほとんど見分けがつかなくなったが、価格は85％高くなった。1992年に300馬力の「LT1」が「L98」に取って代わると、「ZR-1」にはほとんど反論の余地がなくなった。噂によると、スモールブロックの開発者たちは、GMがパフォーマンスエンジンをロータスに委託したことに腹を立てたという。その結果、シボレーは生産最後の4年間（1992年から1995年）で2,000台を売ることができなかった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"id":40005,"sizeSlug":"full","linkDestination":"none"} -->
<figure class="wp-block-image size-full"><img src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image5-32.jpg" alt="" class="wp-image-40005"/><figcaption class="wp-element-caption">7.6cmワイドになったリヤは、比較しないとほとんどわからない。サードブレーキライトはZR-1のみ。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「LT1」がセントラルカムシャフトと2バルブ技術に戻ったため、シボレーが「コルベット」に最新のV8を搭載するのは2022年になってからとなった。その後、自然吸気の5.5リッターV型8気筒エンジンを搭載し、フラットモータースポーツクランクシャフトを助手席後方に設置した「C8 Z06」が登場する。「C4 ZR-1」はユーロ仕様の645馬力には及ばないものの、初期の379馬力は今日でも公式な音を立てている。1992年、ロータスのV8は、オクラホマ州スティルウォーターのマーキュリーマリーン社で生産され、最終的に405馬力まで引き上げられた。「ZR-1」がミックスタイヤを装着して入庫したのはそのためだ。フロントに275、リヤに315という、当時としては破格のタイヤである。ちなみに、これが旧世界の多くの「ZR-1」オーナーが絶望する理由のひとつだ。ヨーロッパではタイヤセットだけで2,500ユーロ（約40万円）はする。しかし、現在はそうではない。315のリヤタイヤは10数本あるが、17インチはない。とはいえ、私たちのテスト車はほぼ新品のタイヤを履いている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>「C4」はサスペンションの面でも先駆的だった。アダプティブビルシュタインサスペンションは、センターコンソールのロータリースイッチでツアー、スポーツ、パフォーマンスの切り替えが可能で、主に当時の卓越した横方向のダイナミクスに貢献していた。ブレーキは90年代としては最先端だったが、他と比べると少し物足りなかった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>シャシー面では、「ZR-1」はここ南部ミドルフランケンの織り成すカーブを軽々と駆け抜け、35年前のデザインと見間違えることはないだろう。大きなロングレシオのステアリングホイールにもかかわらず、ステアリングはすっきりとした意思疎通を示し、着座位置は多くの最新クーペよりもスポーティだ。ドライビングキャラクターという点では、1990年当時とまったく同じである。縦方向にも横方向にもダイナミックなスペクタクルであり、当時のスーパーカーのほとんどを、その半額で簡単に手中に収めたのである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>結論：</strong><br>シボレーが1990年代初頭にこの4バルブジュエリーを製造したことと、現代的なパフォーマンスV8を再び開発するのに今日までかかったこと。35年前の設計でありながら、「C4 ZR-1」は卓越したドライビングダイナミクスを提供する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Alexander Bernt<br>Photo: Markus Werner</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1010" height="567" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44.jpg 1010w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44-300x168.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2024/07/image1-44-768x431.jpg 768w" sizes="auto, (max-width: 1010px) 100vw, 1010px" /></div><!-- wp:paragraph -->
<p><strong>シボレー コルベット C4（Chevrolet Corvette C4）：USスポーツカーのテスト成績は？普通のC4コルベット？とんでもない。90年代初頭、ZR-1は誰も認めないシボレーのスーパースポーツカーだった。それがZR-1の魅力であると同時に、没落の原因でもあった。</strong></p>
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<p>時は70年代後半、シボレーは「C3」モデルの終焉に備えていた。「C3」はまだ60年代のデザインをベースにしており、古いクルマのような走りをしていた。特にシボレーはオイルショックでアメリカのスポーツカーの価格を大幅に引き上げていた。販売台数は落ち込んでいなかったため、GMは巨費を投じて第4世代の「コルベット」を開発する資金的余裕があった。シャシーにはフロントにダブルウィッシュボーン、リヤに5リンクが採用され、開発チームは歓喜に沸き、最初のテストドライバーは目を見張った。</p>
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<p>シャシーコンポーネントの多くもアルミニウム製となり、「C4」は軽量で驚くほど扱いやすくなった。ファイバーグラス製のボディは極めてフラットで直線的で、クラムシェル型のボンネットが存在感を示していた。その下にあったのは、当時の一般的なウッドパネルを備えたファミリーエステートカーの敏捷性だけだった。クロスファイアの「L83」型エンジンは生産初年度に「C3」から引き継がれたが、インテークマニホールドインジェクションを搭載した「L98」型エンジンは、気性の荒いエンジンとして知られていなかった。これに日本からのハイテクスーパーカーの脅威とクライスラーによる「ダッジ バイパー」の発表が重なり、「C4」は地に堕ちるのを避けるために、何よりもボンネットの下にさらなる騒動を起こす必要があった。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">コルベットの新しい心臓</h3>
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<p>1986年にGMがロータスを買収したのは良いことだった。保守的に設計された「ヴェット」のスモールブロックV型8気筒エンジンは、ターボチャージャーを装着しなければ400馬力まで引き上げることができなかったからだ。デトロイトルネッサンスセンターの上層部にとって、それはあまりにも厄介なことだった・・・。</p>
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<p>そこで、彼らはヘテルに高回転型の自然吸気エンジンを依頼したのだが、ロータスは手を抜くことなく、5.7リッターDOHC（ダブルオーバーヘッドカムシャフト）というエンジン技術の傑作を設計した。</p>
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<p>シリンダーバンクあたり2つのオーバーヘッドカムシャフト、32個のバルブ、16個のインジェクションノズル。これが「LT5」の特徴的な回転の楽しさを生み出している。面白いのは、「ZR-1」が "フル・エンジンパワー"モードでない場合、プッシュロッド式V8のような挙動を示すことだ。しかし、追加キーを右に回すと、ライダーはまったく違う種類の獣を解き放つ。3000rpmを超えると、エンジンは文字通り回転数を求めて叫び声を上げ、その回転数は通常より1オクターブ高いだけで、クラシックなUSビートの素晴らしいサウンドを響かせる。</p>
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<p>驚くほど精密なZF製ギアボックスの6段ギアは、全身を使って切り裂きたくなるようなもので、フェイスリフト前のコルベットの古い4＋3シフターと比べると、計り知れない進歩を遂げている。ひとつ厄介なことがある。シボレーは、80年代末のスーパースポーツカーに、燃料節約機能を組み込んだのだ・・・。計器クラスターで「One to four」ギアシフトインジケータが点灯すると、2速がロックされ、「ZR-1」は直接4速にギアシフトを進める。これはもちろんエンジン回転数を急降下させ、特に坂道ではまったく意味をなさない。アメリカではこのシステムを無効にするキットが販売されているが、オリジナリティを損ないたくないのであれば、選択肢は2つしかない： ある速度以上になるとモードが消えてしまうので、1速ギアからシフトアウトするか、1速ギアから直接3速ギアにシフトするかだ。なぜなら、これはロックされておらず、ここでのスピードジャンプはそれほど無意味ではないからだ。しかし、時間が経つにつれて、「C4」ドライバーはモードが有効なときとそうでないときの勘を自然に養うようになる。</p>
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<p>そして、エコロジストに後ろめたい思いをさせたくなったときのために、「C4」乗りの皆さんにもうひとつアドバイスを：「ZR-1」にはギアシフト推奨ディスプレイまで付いている。つまり、基本的に燃料節約のパイオニアなのだ。しかし、もちろんシボレーは環境のためにこのようなことをしたわけではない。結局のところ、開発という点ではまだ80年代後半なのだ。どちらもCAGSシステム（Computer Aided Gear Selection）で走り、当時すでに一般的だった燃料ガブ飲み車に対する懲罰的な税金を避けるために開発された。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">素晴らしいコンディションのUSボーイ</h3>
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<p>「C4」のインテリアも90年代のカッコよさを完璧に表現している。特に「ZR-1」から導入され、1991年にはベーシックなコルベットにも採用された新しいインテリアが特徴的だ。丸みを帯びたセンターコンソールは、左右の新しいエアバッグ付きステアリングホイールに寄り添い、ドライバーの仕事場を強調して取り囲む。</p>
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<p>私たちの試乗車の総合的なコンディション評価は2+で、絶叫するような赤いキャビンは他の部分よりもさらに良い状態だった。当時、インテリアはテスターの主な批評のひとつだったが、今日のレンズを通して見ると、「C4」は「964/993」よりもずっとモダンに見えるし、素材も素晴らしい。ほとんどすべての表面は裏起毛で、レザーは、ネバダ州の初代オーナー、ボブが日本製クーペや「911」の列を吹き飛ばしていた古き良き時代の物語を、数え切れないほど語りたくなるようだ。「C5」は、長年にわたってデザインという点で、車内の老朽化がずっとひどく、「C6」はもっとひどいプラスチックの砂漠だ。さらに、ヘッドレスト下の水平エレメントに「コルベット」のレタリングが施されていたり、複数の電動調整式で優れた横揺れ防止機能を持つシートの後ろに2つの秘密のコンパートメントがあったりと、小さいながらも愛すべきディテールがある。ちなみに、「C4」モデルの1986年以降、ABSエレクトロニクスは左側のコンパートメントに配置されているが、「ZR-1」にはない。ここでは両方のコンパートメントを使用することができる。</p>
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<p>90年代の「ZR-1」にはなかった機能： 1991年から標準装備されたトラクションコントロール。後期モデルでは、そのボタンはステアリングホイールの左、ロータリーホイールの上にあり、おそらく史上最もクールなポップアップ式ヘッドライトとなる。ポップアップするのではなく、後方に162.5度回転してヘッドライトが現れる。しかし、長年の使用により、機構のプラスチック製ドライバーが摩耗し、文字通り崩れてしまうことが問題になることもある。</p>
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<h3 class="wp-block-heading">内部の論争</h3>
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<p>しかし、なぜ「ZR-1」は合計6,939台しか製造されなかったのだろうか？1990年には58,995ドル（約933万円）で販売されていた。そのうち「ZR-1」パッケージは27,000ドル（約426万円）以上を占めていた。そして1991年以降、「ZR-1」は通常の「コルベット」とほとんど見分けがつかなくなったが、価格は85％高くなった。1992年に300馬力の「LT1」が「L98」に取って代わると、「ZR-1」にはほとんど反論の余地がなくなった。噂によると、スモールブロックの開発者たちは、GMがパフォーマンスエンジンをロータスに委託したことに腹を立てたという。その結果、シボレーは生産最後の4年間（1992年から1995年）で2,000台を売ることができなかった。</p>
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<p>「LT1」がセントラルカムシャフトと2バルブ技術に戻ったため、シボレーが「コルベット」に最新のV8を搭載するのは2022年になってからとなった。その後、自然吸気の5.5リッターV型8気筒エンジンを搭載し、フラットモータースポーツクランクシャフトを助手席後方に設置した「C8 Z06」が登場する。「C4 ZR-1」はユーロ仕様の645馬力には及ばないものの、初期の379馬力は今日でも公式な音を立てている。1992年、ロータスのV8は、オクラホマ州スティルウォーターのマーキュリーマリーン社で生産され、最終的に405馬力まで引き上げられた。「ZR-1」がミックスタイヤを装着して入庫したのはそのためだ。フロントに275、リヤに315という、当時としては破格のタイヤである。ちなみに、これが旧世界の多くの「ZR-1」オーナーが絶望する理由のひとつだ。ヨーロッパではタイヤセットだけで2,500ユーロ（約40万円）はする。しかし、現在はそうではない。315のリヤタイヤは10数本あるが、17インチはない。とはいえ、私たちのテスト車はほぼ新品のタイヤを履いている。</p>
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<p>「C4」はサスペンションの面でも先駆的だった。アダプティブビルシュタインサスペンションは、センターコンソールのロータリースイッチでツアー、スポーツ、パフォーマンスの切り替えが可能で、主に当時の卓越した横方向のダイナミクスに貢献していた。ブレーキは90年代としては最先端だったが、他と比べると少し物足りなかった。</p>
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<p>シャシー面では、「ZR-1」はここ南部ミドルフランケンの織り成すカーブを軽々と駆け抜け、35年前のデザインと見間違えることはないだろう。大きなロングレシオのステアリングホイールにもかかわらず、ステアリングはすっきりとした意思疎通を示し、着座位置は多くの最新クーペよりもスポーティだ。ドライビングキャラクターという点では、1990年当時とまったく同じである。縦方向にも横方向にもダイナミックなスペクタクルであり、当時のスーパーカーのほとんどを、その半額で簡単に手中に収めたのである。</p>
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<p><strong>結論：</strong><br>シボレーが1990年代初頭にこの4バルブジュエリーを製造したことと、現代的なパフォーマンスV8を再び開発するのに今日までかかったこと。35年前の設計でありながら、「C4 ZR-1」は卓越したドライビングダイナミクスを提供する。</p>
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<p>Text: Alexander Bernt<br>Photo: Markus Werner</p>
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			</item>
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		<title>時代の先駆けとなった70年代、80年代、90年代のデジタルでもちょっぴりレトロなコックピット21選</title>
		<link>https://autobild.jp/8488/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 28 Jun 2021 06:50:00 +0000</pubDate>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="800" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-300x200.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-1024x683.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-768x512.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-696x464.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-1068x712.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-630x420.jpg 630w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>フューチャーコックピット・オブ・イエスタデイ。</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>デジタルコックピット、ヘッドアップディスプレイ、タッチスクリーンは今やどこにでもあるものだが、それらは決して新しい発明ではない。我々は、前世紀に生まれた、最も革新的な未来のコックピットを紹介する。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コックピット、ステアリングホイール、ダッシュボード、インスツールメントパネル、メーターパネル、シフトレバー、スイッチとボタン、どれも自動車好きにとっては、愛着があり、その多くが郷愁をそそるものだ。<br>
自動車にとって外装と同じくらい、いや同じ以上にコックピットは重要だと言いきってもよい。なにしろ車に乗っている間、必ずコックピットを見ているのだし、クルマの魅力の半分以上は内装の魅力である、と言っても過言ではないだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そんなクルマに装備されているデジタルコックピットやタッチスクリーンは、21世紀の発明ではない。<br>
それらは20世紀の発明なのだ。<br>
自動車メーカーは、最近のハイテクインテリアを偉大な革新技術として宣伝したがるが、実は70年代、80年代のいくつかの車には、すでにこの技術が搭載されていた。<br>
それも、決してスタディモデルや少量生産シリーズのモデルだけではない。<br>
その技術は、現在のように高度なものではなく、場合によっては「スターウォーズ」のパロディから生まれたものかもしれない。<br>
しかし、このようなギミック満載のような要素こそが、今日の彼らを、さらに魅力的なものにしているのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1976年、アストンマーティン ラゴンダ: 市販初のデジタルコックピット<br>
「アストンマーティン ラゴンダ」のシリーズ2は、今日のデジタルコックピットの精神的な父と、自信を持って呼べるだろう。<br>
奇抜なスタイルの高級サルーンには、1976年にはすでに極めて未来的なディスプレイが標準装備されていた。<br>
そして、デジタル式スピードメーターは、しばらくの間、英国人にとってユニークなセールスポイントであり続けた。<br>
その2年後、キャデラックはアストンに次いで、「セビル」にデジタル表示を採用した。<br>
デジタルコックピットがヨーロッパで本格的なトレンドになったのは、80年代初頭のことである。<br>
しかし、角張った「ラゴンダ」には、デジタルディスプレイ以外にも見どころがあった。<br>
例えば、このハイテクセダンにはすでにセンサーボタンが搭載されており、それを使っていくつかの機能をコントロールできるようになっていた。<br>
強調されているのは「できた」ということだ。<br>
この技術はまだ成熟しておらず、製造開始後数年で完全に失敗することもあった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-11ff4b8f30d38286.jpg" alt=""/><figcaption>1976年、世界で初めてデジタルディスプレイを搭載した奇抜な高級セダン、アストンマーティン ラゴンダ。<br>  大林晃平: 写真は後期モデルのシリーズ2に搭載されたCRTディスプレイ仕様だが、前期モデルのほうがはるかに前衛的で未来的であった。スイッチ類なども前期と後期では全くことなり、この写真のモデルははっきり言ってあまり魅力的ではない。シリーズ1のスイッチ類は、高級なオーディオを思わせるスイッチやタッチコントロールパネルなども装備されていた。シリーズでは写真のような（おそらくアメリカ車などからの流用スイッチと思われる）味気ないスイッチが使用されているが、タッチスイッチ式の前期モデルでは、そのトラブルが頻発したのだろうと予想される。<br>  Photo: Aston Martin</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>1986年 ビュイック リヴィエラ: 世界初のタッチスクリーン搭載車<br>
80年代のゼネラルモーターズのインテリアには、時代の数十年先を行くものがあった。<br>
例えば、1986年に発売された「ビュイック リヴィエラ」は、市販車として初めてタッチスクリーンを搭載したモデルだ。<br>
「グラフィックコントロールセンター」と呼ばれるこのシステムは、高級クーペのラジオやエアコンなどの操作のほか、トリップメーターのリセットやエラーメッセージの表示にも使われた。<br>
この新技術の技術開発を担当したのは、GMのソフトウェア部門である「デルコ」だった。<br>
その3年後には、この先進的な操作コンセプトは、「ビュイック リアッタ」や、その兄弟車である「オールズモビル トロネード」にも採用された。<br>
残念ながら、この技術革新は、当時のGMグループ以外ではほとんど模倣されなかった。<br>
この技術が全メーカーに浸透したのは、それから20年以上経ってからのことである。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8.jpg" alt=""/><figcaption>ビュイックはデジタルスクリーンを採用するのが数年早かった。このシステムは、当時、他の追随を許さなかった。<br>  大林晃平: 三角定規だけで線を描いたかのように四角四面なデザインではあるが、これはこれで潔くも感じる。グリーンに浮かぶ数字と絵柄、これこそが未来、これこそがハイテクの象徴だったといえる。Tバーのオートマチックトランスミッションセレクターも妙に懐かしい。またこの時代にして、もうすでにステアリングスイッチが登場していることにも注意したい。<br>  Photo: Buick</figcaption></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>1988年 シトロエン アクティバ コンセプト: 今日のコックピットの原点<br>
1988年のパリサロンで、シトロエンが発表した、「アクティバ」のスタディモデルは、今日の自動車のインテリアを予言するかのようなコックピットを備えていた。<br>
デザイナーとエンジニアが考案した操作コンセプトは、今日、実際に同じような形で定着している。<br>
ステアリングホイール上の操作ボタン（音量調整など）、センターコンソールに組み込まれたディスプレイ、リトラクタブルウィンドシールド付きヘッドアップディスプレイ。<br>
このレイアウトは、現在では多くの車種でクラスを超えて標準化されている。<br>
シトロエンがヘッドアップディスプレイを採用したのは1988年のコンセプトモデルからだが、同年、オールズモビルはカットラスシュプリーム「インディペースカーエディション」を、日産は「240SX」を、それぞれフロントガラスに重要な運転情報を映し出す本物の市販車として発表している。<br>
しかし、この技術の先駆者はフランスメーカーだ。<br>
2005年、「シトロエンC6」はヘッドアップディスプレイを搭載した最初のヨーロッパ車となった。<br>
以下、フォトギャラリーとともに、前世紀の最も素晴らしいデジタルコックピットをご紹介する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/19-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-59dd8b493eb1f26f.jpg" alt=""/><figcaption>未来のビジョンを描く。「シトロエン アクティバ コンセプト」のコックピットのレイアウトは、その数年後には、実際に採用された。<br>  大林晃平: 今やヘッドアップディスプレイもごく普通のものとなったが、そもそもの起源は飛行機（戦闘機）の技術であった。まだこの「シトロエン アクティバ」の時代はプラスチックボードに投影する仕組みだったが、現在はフロントウインドーに特集コーティングを施すことで直接投影式となった。まだタッチスイッチに進化する前のため、無数のエアコンスイッチボタンが並んでいるが、米粒大のため走行中には操作できないだろうが、その部分がシトロエンの「ヘリカルギア」に由来するダブルシェブロンのモチーフになっていることに、開発陣の意地と洒落を感じる。<br>  Photo: CITROEN</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-181607b525bbb924.jpg" alt=""/><figcaption>「オペル カデット」では、デジタル表示は最大156馬力のスポーツバージョン「GSi」に限られていた。1983年に発表されたリュッセルスハイムのコンパクトスポーツカーでは、タコメーターの目盛り、燃料計、オイルレベル計などがデジタル表示されている。中央には現在の速度が別途表示される。ちなみに、「モンツァ」や「セネターB」にもこのデジタル液晶ディスプレイが搭載されていた。<br>  大林晃平: 超地味に思われるかもしれないが、ものすごく贔屓目に見れば、かつてブラウンのチーフデザイナーであった、ディーター ラムズの影響を受けたような機能的なデザインと思えないこともない（時計の処理などもそう思わせられる要素のひとつ）。実際、ちょっとざっくりしたファブリック素材のドア内張との組み合わせは、クリーンで機能的で、ドイツ風味満載である。使いやすそうな位置にあるハザードランプスイッチなども大変好ましい。<br>  Photo: Sven Krieger</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-8886d095c756f424.jpg" alt=""/><figcaption>同じグループの「シボレー コルベットC4」も1983年に発表され、同じようなスピードメーターを搭載していた。4代目となるアメリカンスポーツカーのダッシュボードは、アメリカらしい、カラフルで華やかなものになっていた。<br>  大林晃平:助手席前のラリーメーターは後付けだが、他の部分はなかなか未来的ながらも、ちょっと脱力感もあるアメリカンなデザインだ。特にメーターそのもののデザインも、トルクの盛り上がり方を意識したタコメーター表示も、なかなか楽しい。コルベットなら、こういうデザインもおおいにあり。小物を置いておくスペースに欠けるのも、アメリカ車の特徴である。日本の軽自動車のようなちまちました収納スペースなど、上下10車線のフリーウェイで通勤しているエンジニアたちにはどうでもいいことなのだろう（カップホルダーなどもまだないことに注意）。<br>  Photo: Thomas Ruddies</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-d56f17be0db07835.jpg" alt=""/><figcaption>シボレーは1984年から1986年にかけて、「カマロ ベルリネッタ」にデジタル機器を搭載したバージョンも用意していた。GMのマーケティング部門は、「the Digital Camaro」あるいは「the Starship Camaro」というスローガンを掲げて、このモデルを宣伝した。コントロールサテライトとの組み合わせで、コックピットは本当に宇宙船のインテリアのように見えた。<br>  大林晃平: これはすばらしい。ぜひ、「バックトゥザフューチャー」に使ってほしかった、と思えるほど未来的。同時期のコルベットよりもさらにデザインされている印象を受けるが、それは写真の状態では警告灯類が全部点灯しているのと、ダッシュボード上を赤い撮影用照明で演出されているからとも思われる。ドライバーのほうを向いてデザインされたオーディオ類（明らかにカセット）にも注意。<br>  Photo: GM</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-89e098075cd3a511.jpg" alt=""/><figcaption>1983年に発売された伝説の「Ur-クワトロ」で、アウディはマウスシネマと呼ばれるデジタルディスプレイを採用した。並んだ3つのディスプレイに、ドライバーが最も重要な情報を表示していた。しかし、伝説のグループBレーサーである「クワトロS1」では、アウディスポーツはアナログ表示を採用していた。<br>  大林晃平: 「アウディ クワトロ」にもたしかにこのデジタルメーターのモデルあったが、その表示に関しては写真のように極めてシンプルで必要最小限のものであった。まあ「アウディ クワトロ」そのものも、エモーショナルな自動車ではなく、機能に徹したフルタイム4輪駆動クーペであったのだから、これはこれで似合っていたともいえる。メーターパネルの左右に設置されたサテライトスイッチ類も、当時の流行であった。<br>  Photo: Christian Bittmann / AUTO BILD</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/19-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-a97b1f2c5a2bfb12.jpg" alt=""/><figcaption>1986年からは、「ゴルフ2」のドライバーにもデジタルで速度を表示することが可能になった。フォルクスワーゲンのデジフィズ（デジタルドライバーインフォメーションセンターの略）は一体型で、GTIモデルにはオプションで用意されていた。不思議なことに、デジタル表示にもかかわらず、スピードメーターは299,999kmまでしか表示されず、その後は6つのダッシュが表示されていた。今では人気のスペアパーツとなったデジファイズ。当時は需要がなかったため、スペアパーツの状況は厳しいというよりも、スピードメーターが希少なのだ。<br>  大林晃平: 極めてシンプルながら、これはこれでおおいにアリのデザインでVDOによって作られたデジタルメーターである。数字で表されるガソリン残量に対し、今のクルマからはすっかり消え去った水温計がバーグラフであることはちょっと興味深い。あえてフォルクスワーゲンのエンブレムもメーターと同色で点灯するのは、これがないとあまりに味気ないと感じたデザイナーの唯一の息抜きだろうか。<br>  Photo: Volkswagen AG</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/16-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-be57d0774504eff7.jpg" alt=""/><figcaption>メルセデスの「AUTO 2000」スタディモデルは、W 126世代のSクラスをベースに、1981年のIAAでミレニアムの変わり目の自動車技術をプレビューすることを目的としていた。デジタルで設定可能なインストルメントクラスターは、これに適合している。ドライバーは、ナビゲーションシステムからの情報を表示したり、ディスプレイの色を変えたりすることもできた。<br>  大林晃平: ステアリングホイール（エアバックは備わっている）のデザインとマッチしてないことと、これだったら当時のメーターそのままだった方がはるかに魅了的だといえるそっけないグラフィック。特にガソリン残量の表示は、これじゃああんまりだ、というよりも、いかにも実験車風情で情緒もなにもあったもんじゃない。こういう未来だけはお断りである。<br>  Photo: Mercedes-Benz Classic</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/16-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-387f7c74b3dd0a20.jpg" alt=""/><figcaption>1996年、メルセデス・ベンツは、「F200イマジネーション」というコンセプトカーを発表した。ダッシュボード全体に広がるデジタルディスプレイは、現在のメルセデスの一部モデルに採用されているオペレーティングシステム「MBUX」を彷彿とさせるものだ。第2世代の「CL」を予感させるこの高級クーペは、中央に配置されたジョイスティックで操作する。<br>  大林晃平: なんとも超未来的だが、飛行機のスロットルレバーのような操縦桿（おそらくステアリングホイールとアクセル・ブレーキを兼ねているのだろう）はっきり言って自動車として街中で機能するのかどうか心配になる要素は多い。その割にはちゃんとメルセデスベンツ風味のメーターパネルが備わっているのも面白い。ナビシステムや、最高速度表示が早くも取り入れられたり、リアビューミラーもCCDカメラ方式になっていたりするのも先進的だ。でも……、そもそも、あなたはこのクルマ、運転してみたいだろうか？？（笑）<br>  Photo: Mercedes-Benz Classic</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-f00bc9df093fcd40.jpg" alt=""/><figcaption>ボルボのコンセプトカー「タンドラ」のインテリアは、1979年に想像されていた未来の姿を表している。しかし、ベルトーネがデザインした、このスタディモデルは、スウェーデンの人々にとっては未来的すぎるものだった。そこでベルトーネは、デザインに多少の修正を加えたものを、最終的にシトロエンに売却した。そしてそれは、シトロエンのミッドレンジモデルの「BX」に採用された。<br>  大林晃平: どことなく「フィアット ティーポ」を思わせるようなインスツルメンツパネル。写真では警告灯全点灯状態なので華やかに見えるが、実際にはここまでの派手さはないはず。タコメーター表示はバーグラフ式だが、レッドゾーンで色が変わるようには、どうやらなっていないらしい。エアコンがマニュアルエアコンで、オートエアコンになるのはまだまだ先の話である。<br>  Photo: Volvo Cars</figcaption></figure>
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<p>]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="1200" height="800" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8.jpg 1200w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-300x200.jpg 300w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-1024x683.jpg 1024w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-768x512.jpg 768w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-696x464.jpg 696w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-1068x712.jpg 1068w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2021/06/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8-630x420.jpg 630w" sizes="auto, (max-width: 1200px) 100vw, 1200px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>フューチャーコックピット・オブ・イエスタデイ。</h2>
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<p><strong>デジタルコックピット、ヘッドアップディスプレイ、タッチスクリーンは今やどこにでもあるものだが、それらは決して新しい発明ではない。我々は、前世紀に生まれた、最も革新的な未来のコックピットを紹介する。</strong></p>
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<p>コックピット、ステアリングホイール、ダッシュボード、インスツールメントパネル、メーターパネル、シフトレバー、スイッチとボタン、どれも自動車好きにとっては、愛着があり、その多くが郷愁をそそるものだ。<br>
自動車にとって外装と同じくらい、いや同じ以上にコックピットは重要だと言いきってもよい。なにしろ車に乗っている間、必ずコックピットを見ているのだし、クルマの魅力の半分以上は内装の魅力である、と言っても過言ではないだろう。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>そんなクルマに装備されているデジタルコックピットやタッチスクリーンは、21世紀の発明ではない。<br>
それらは20世紀の発明なのだ。<br>
自動車メーカーは、最近のハイテクインテリアを偉大な革新技術として宣伝したがるが、実は70年代、80年代のいくつかの車には、すでにこの技術が搭載されていた。<br>
それも、決してスタディモデルや少量生産シリーズのモデルだけではない。<br>
その技術は、現在のように高度なものではなく、場合によっては「スターウォーズ」のパロディから生まれたものかもしれない。<br>
しかし、このようなギミック満載のような要素こそが、今日の彼らを、さらに魅力的なものにしているのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>1976年、アストンマーティン ラゴンダ: 市販初のデジタルコックピット<br>
「アストンマーティン ラゴンダ」のシリーズ2は、今日のデジタルコックピットの精神的な父と、自信を持って呼べるだろう。<br>
奇抜なスタイルの高級サルーンには、1976年にはすでに極めて未来的なディスプレイが標準装備されていた。<br>
そして、デジタル式スピードメーターは、しばらくの間、英国人にとってユニークなセールスポイントであり続けた。<br>
その2年後、キャデラックはアストンに次いで、「セビル」にデジタル表示を採用した。<br>
デジタルコックピットがヨーロッパで本格的なトレンドになったのは、80年代初頭のことである。<br>
しかし、角張った「ラゴンダ」には、デジタルディスプレイ以外にも見どころがあった。<br>
例えば、このハイテクセダンにはすでにセンサーボタンが搭載されており、それを使っていくつかの機能をコントロールできるようになっていた。<br>
強調されているのは「できた」ということだ。<br>
この技術はまだ成熟しておらず、製造開始後数年で完全に失敗することもあった。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-11ff4b8f30d38286.jpg" alt=""/><figcaption>1976年、世界で初めてデジタルディスプレイを搭載した奇抜な高級セダン、アストンマーティン ラゴンダ。<br>  大林晃平: 写真は後期モデルのシリーズ2に搭載されたCRTディスプレイ仕様だが、前期モデルのほうがはるかに前衛的で未来的であった。スイッチ類なども前期と後期では全くことなり、この写真のモデルははっきり言ってあまり魅力的ではない。シリーズ1のスイッチ類は、高級なオーディオを思わせるスイッチやタッチコントロールパネルなども装備されていた。シリーズでは写真のような（おそらくアメリカ車などからの流用スイッチと思われる）味気ないスイッチが使用されているが、タッチスイッチ式の前期モデルでは、そのトラブルが頻発したのだろうと予想される。<br>  Photo: Aston Martin</figcaption></figure>
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<p>1986年 ビュイック リヴィエラ: 世界初のタッチスクリーン搭載車<br>
80年代のゼネラルモーターズのインテリアには、時代の数十年先を行くものがあった。<br>
例えば、1986年に発売された「ビュイック リヴィエラ」は、市販車として初めてタッチスクリーンを搭載したモデルだ。<br>
「グラフィックコントロールセンター」と呼ばれるこのシステムは、高級クーペのラジオやエアコンなどの操作のほか、トリップメーターのリセットやエラーメッセージの表示にも使われた。<br>
この新技術の技術開発を担当したのは、GMのソフトウェア部門である「デルコ」だった。<br>
その3年後には、この先進的な操作コンセプトは、「ビュイック リアッタ」や、その兄弟車である「オールズモビル トロネード」にも採用された。<br>
残念ながら、この技術革新は、当時のGMグループ以外ではほとんど模倣されなかった。<br>
この技術が全メーカーに浸透したのは、それから20年以上経ってからのことである。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-5a5d69227789d0c8.jpg" alt=""/><figcaption>ビュイックはデジタルスクリーンを採用するのが数年早かった。このシステムは、当時、他の追随を許さなかった。<br>  大林晃平: 三角定規だけで線を描いたかのように四角四面なデザインではあるが、これはこれで潔くも感じる。グリーンに浮かぶ数字と絵柄、これこそが未来、これこそがハイテクの象徴だったといえる。Tバーのオートマチックトランスミッションセレクターも妙に懐かしい。またこの時代にして、もうすでにステアリングスイッチが登場していることにも注意したい。<br>  Photo: Buick</figcaption></figure>
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<p>1988年 シトロエン アクティバ コンセプト: 今日のコックピットの原点<br>
1988年のパリサロンで、シトロエンが発表した、「アクティバ」のスタディモデルは、今日の自動車のインテリアを予言するかのようなコックピットを備えていた。<br>
デザイナーとエンジニアが考案した操作コンセプトは、今日、実際に同じような形で定着している。<br>
ステアリングホイール上の操作ボタン（音量調整など）、センターコンソールに組み込まれたディスプレイ、リトラクタブルウィンドシールド付きヘッドアップディスプレイ。<br>
このレイアウトは、現在では多くの車種でクラスを超えて標準化されている。<br>
シトロエンがヘッドアップディスプレイを採用したのは1988年のコンセプトモデルからだが、同年、オールズモビルはカットラスシュプリーム「インディペースカーエディション」を、日産は「240SX」を、それぞれフロントガラスに重要な運転情報を映し出す本物の市販車として発表している。<br>
しかし、この技術の先駆者はフランスメーカーだ。<br>
2005年、「シトロエンC6」はヘッドアップディスプレイを搭載した最初のヨーロッパ車となった。<br>
以下、フォトギャラリーとともに、前世紀の最も素晴らしいデジタルコックピットをご紹介する。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/19-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-59dd8b493eb1f26f.jpg" alt=""/><figcaption>未来のビジョンを描く。「シトロエン アクティバ コンセプト」のコックピットのレイアウトは、その数年後には、実際に採用された。<br>  大林晃平: 今やヘッドアップディスプレイもごく普通のものとなったが、そもそもの起源は飛行機（戦闘機）の技術であった。まだこの「シトロエン アクティバ」の時代はプラスチックボードに投影する仕組みだったが、現在はフロントウインドーに特集コーティングを施すことで直接投影式となった。まだタッチスイッチに進化する前のため、無数のエアコンスイッチボタンが並んでいるが、米粒大のため走行中には操作できないだろうが、その部分がシトロエンの「ヘリカルギア」に由来するダブルシェブロンのモチーフになっていることに、開発陣の意地と洒落を感じる。<br>  Photo: CITROEN</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-181607b525bbb924.jpg" alt=""/><figcaption>「オペル カデット」では、デジタル表示は最大156馬力のスポーツバージョン「GSi」に限られていた。1983年に発表されたリュッセルスハイムのコンパクトスポーツカーでは、タコメーターの目盛り、燃料計、オイルレベル計などがデジタル表示されている。中央には現在の速度が別途表示される。ちなみに、「モンツァ」や「セネターB」にもこのデジタル液晶ディスプレイが搭載されていた。<br>  大林晃平: 超地味に思われるかもしれないが、ものすごく贔屓目に見れば、かつてブラウンのチーフデザイナーであった、ディーター ラムズの影響を受けたような機能的なデザインと思えないこともない（時計の処理などもそう思わせられる要素のひとつ）。実際、ちょっとざっくりしたファブリック素材のドア内張との組み合わせは、クリーンで機能的で、ドイツ風味満載である。使いやすそうな位置にあるハザードランプスイッチなども大変好ましい。<br>  Photo: Sven Krieger</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-8886d095c756f424.jpg" alt=""/><figcaption>同じグループの「シボレー コルベットC4」も1983年に発表され、同じようなスピードメーターを搭載していた。4代目となるアメリカンスポーツカーのダッシュボードは、アメリカらしい、カラフルで華やかなものになっていた。<br>  大林晃平:助手席前のラリーメーターは後付けだが、他の部分はなかなか未来的ながらも、ちょっと脱力感もあるアメリカンなデザインだ。特にメーターそのもののデザインも、トルクの盛り上がり方を意識したタコメーター表示も、なかなか楽しい。コルベットなら、こういうデザインもおおいにあり。小物を置いておくスペースに欠けるのも、アメリカ車の特徴である。日本の軽自動車のようなちまちました収納スペースなど、上下10車線のフリーウェイで通勤しているエンジニアたちにはどうでもいいことなのだろう（カップホルダーなどもまだないことに注意）。<br>  Photo: Thomas Ruddies</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-d56f17be0db07835.jpg" alt=""/><figcaption>シボレーは1984年から1986年にかけて、「カマロ ベルリネッタ」にデジタル機器を搭載したバージョンも用意していた。GMのマーケティング部門は、「the Digital Camaro」あるいは「the Starship Camaro」というスローガンを掲げて、このモデルを宣伝した。コントロールサテライトとの組み合わせで、コックピットは本当に宇宙船のインテリアのように見えた。<br>  大林晃平: これはすばらしい。ぜひ、「バックトゥザフューチャー」に使ってほしかった、と思えるほど未来的。同時期のコルベットよりもさらにデザインされている印象を受けるが、それは写真の状態では警告灯類が全部点灯しているのと、ダッシュボード上を赤い撮影用照明で演出されているからとも思われる。ドライバーのほうを向いてデザインされたオーディオ類（明らかにカセット）にも注意。<br>  Photo: GM</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-89e098075cd3a511.jpg" alt=""/><figcaption>1983年に発売された伝説の「Ur-クワトロ」で、アウディはマウスシネマと呼ばれるデジタルディスプレイを採用した。並んだ3つのディスプレイに、ドライバーが最も重要な情報を表示していた。しかし、伝説のグループBレーサーである「クワトロS1」では、アウディスポーツはアナログ表示を採用していた。<br>  大林晃平: 「アウディ クワトロ」にもたしかにこのデジタルメーターのモデルあったが、その表示に関しては写真のように極めてシンプルで必要最小限のものであった。まあ「アウディ クワトロ」そのものも、エモーショナルな自動車ではなく、機能に徹したフルタイム4輪駆動クーペであったのだから、これはこれで似合っていたともいえる。メーターパネルの左右に設置されたサテライトスイッチ類も、当時の流行であった。<br>  Photo: Christian Bittmann / AUTO BILD</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/19-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-a97b1f2c5a2bfb12.jpg" alt=""/><figcaption>1986年からは、「ゴルフ2」のドライバーにもデジタルで速度を表示することが可能になった。フォルクスワーゲンのデジフィズ（デジタルドライバーインフォメーションセンターの略）は一体型で、GTIモデルにはオプションで用意されていた。不思議なことに、デジタル表示にもかかわらず、スピードメーターは299,999kmまでしか表示されず、その後は6つのダッシュが表示されていた。今では人気のスペアパーツとなったデジファイズ。当時は需要がなかったため、スペアパーツの状況は厳しいというよりも、スピードメーターが希少なのだ。<br>  大林晃平: 極めてシンプルながら、これはこれでおおいにアリのデザインでVDOによって作られたデジタルメーターである。数字で表されるガソリン残量に対し、今のクルマからはすっかり消え去った水温計がバーグラフであることはちょっと興味深い。あえてフォルクスワーゲンのエンブレムもメーターと同色で点灯するのは、これがないとあまりに味気ないと感じたデザイナーの唯一の息抜きだろうか。<br>  Photo: Volkswagen AG</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/16-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-be57d0774504eff7.jpg" alt=""/><figcaption>メルセデスの「AUTO 2000」スタディモデルは、W 126世代のSクラスをベースに、1981年のIAAでミレニアムの変わり目の自動車技術をプレビューすることを目的としていた。デジタルで設定可能なインストルメントクラスターは、これに適合している。ドライバーは、ナビゲーションシステムからの情報を表示したり、ディスプレイの色を変えたりすることもできた。<br>  大林晃平: ステアリングホイール（エアバックは備わっている）のデザインとマッチしてないことと、これだったら当時のメーターそのままだった方がはるかに魅了的だといえるそっけないグラフィック。特にガソリン残量の表示は、これじゃああんまりだ、というよりも、いかにも実験車風情で情緒もなにもあったもんじゃない。こういう未来だけはお断りである。<br>  Photo: Mercedes-Benz Classic</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/16-Digital-Cockpits-der-70er-80er-und-90er-1200x800-387f7c74b3dd0a20.jpg" alt=""/><figcaption>1996年、メルセデス・ベンツは、「F200イマジネーション」というコンセプトカーを発表した。ダッシュボード全体に広がるデジタルディスプレイは、現在のメルセデスの一部モデルに採用されているオペレーティングシステム「MBUX」を彷彿とさせるものだ。第2世代の「CL」を予感させるこの高級クーペは、中央に配置されたジョイスティックで操作する。<br>  大林晃平: なんとも超未来的だが、飛行機のスロットルレバーのような操縦桿（おそらくステアリングホイールとアクセル・ブレーキを兼ねているのだろう）はっきり言って自動車として街中で機能するのかどうか心配になる要素は多い。その割にはちゃんとメルセデスベンツ風味のメーターパネルが備わっているのも面白い。ナビシステムや、最高速度表示が早くも取り入れられたり、リアビューミラーもCCDカメラ方式になっていたりするのも先進的だ。でも……、そもそも、あなたはこのクルマ、運転してみたいだろうか？？（笑）<br>  Photo: Mercedes-Benz Classic</figcaption></figure>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/2/2/8/6/6/9/historische-Digital-Cockpits-1200x800-f00bc9df093fcd40.jpg" alt=""/><figcaption>ボルボのコンセプトカー「タンドラ」のインテリアは、1979年に想像されていた未来の姿を表している。しかし、ベルトーネがデザインした、このスタディモデルは、スウェーデンの人々にとっては未来的すぎるものだった。そこでベルトーネは、デザインに多少の修正を加えたものを、最終的にシトロエンに売却した。そしてそれは、シトロエンのミッドレンジモデルの「BX」に採用された。<br>  大林晃平: どことなく「フィアット ティーポ」を思わせるようなインスツルメンツパネル。写真では警告灯全点灯状態なので華やかに見えるが、実際にはここまでの派手さはないはず。タコメーター表示はバーグラフ式だが、レッドゾーンで色が変わるようには、どうやらなっていないらしい。エアコンがマニュアルエアコンで、オートエアコンになるのはまだまだ先の話である。<br>  Photo: Volvo Cars</figcaption></figure>
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<p>]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>ロックなエンジンサウンド　V12シボレー コルベットC4　伝説の1台</title>
		<link>https://autobild.jp/4085/</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[ehara]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 11 Sep 2020 02:50:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[スポーツカー]]></category>
		<category><![CDATA[動画]]></category>
		<category><![CDATA[旧車＆ネオクラシック]]></category>
		<category><![CDATA[C4]]></category>
		<category><![CDATA[V12]]></category>
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		<category><![CDATA[コルベット]]></category>
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		<category><![CDATA[シボレー]]></category>
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					<description><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="644" height="363" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/09/コルベット.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/09/コルベット.jpg 644w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/09/コルベット-300x169.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 644px) 100vw, 644px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>シボレー コルベットC4（1993）: V12、ZR-1、ZR-12、ファルコナー</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>シボレーがV12のコルベットを作りたかった理由とは？　C1を除いて、コルベットは常にV8でのみ利用可能だったが、V12を搭載した、ほぼ唯一の30年前のプロトタイプは、コルベットが違う方向に歩む可能性があったことを示している。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":601,"height":401,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/6/5/0/7/7/5/Chevrolet-Corvette-C4-1993-474x316-97d3c13f92ab1577.jpg" alt="" width="601" height="401"/></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コルベットにはV8。<br>
これは石に刻まれていて、おそらくアメリカ憲法の秘密のページにも同じように書かれてあるはずだ。<br>
初代C1だけが6気筒エンジンを搭載していたが、それ以外のアメリカのスポーツマンは、もっぱら8気筒エンジンを搭載していたし、現在も搭載されている。<br>
だが、ほとんど誰も知らないことがひとつ。 <br>
コルベットC4に、野蛮なV12バージョンがほぼ存在していた！ <br>
そして1993年には、運転可能なプロトタイプさえあった。<br>
そのプロジェクトの理由は、もう1台のアメリカの伝説的スポーツカーの存在だった。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>ZR-1より排気量が4.1リッターアップ</h3>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 1989年の北米国際自動車ショー（デトロイトモーターショー）。<br> シボレーは賑々しいセレモニーとともに、新型コルベットC4 ZR-1のベールを取り外した。<br> 385馬力の強力な5.7リッターV8を搭載した、C4世代ワールドプレミアの栄光の瞬間で、ショー最大の注目を浴びる…はずだった。<br> しかし、シボレーは、他の場所でコルベットより注目されるモデルが発表されていることに気づく。<br> 前触れなしになしで、ダッジは、456馬力を有する、ヴァイパーと呼ばれるV10スポーツカーのプロトタイプをサプライズで発表していたのだった。<br> シボレーは当然それに対抗しなければならなかった。<br> これを受けて、レーシングチーム、ライアンファルコナーインダストリーズは、コルベットに独自の V12 を搭載するように委託されたのだった。しかし9.8リッターの容量のパワーユニット明らかにヴァイパーの8リッターV10を上回っているような大きさだったため、簡単な作業ではなかった。しかし、コルベットのフロントエンドを20.3センチ長くして、強化することによって、エンジンを搭載できる余裕が生まれた。<br> ダッジ ヴァイパーの市場投入から1年後の1993年、ついにプロトタイプであるコルベットZR-12が誕生した。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"width":614,"height":409,"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/6/5/0/7/7/5/Darum-wollte-Chevrolet-eine-Corvette-mit-V12-bauen-560x373-e4faae44c2a06fb2.jpg" alt="" width="614" height="409"/><figcaption>ヴァイパーはヨーロッパではクライスラーという会社の名前でハイ倍されていた。サイドパイプが取り外されている（写真）。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p> 696馬力と920 Nmをはるかに超えるトルクを持つV12は、野獣のエンジンだ。<br> 内部的には、ZR-12には、「野蛮人コナン」にちなんだ「コナン」という愛称で呼ばれていた。エンジンは非常に軽量で、アルミブロックの重量はV8の鋳鉄ブロックの重量を超えるものであってはならなかった。<br> しかし、下のビデオが証明するように、そのエンジンサウンドは決して名前より劣っているものでない。<br> また、マニュアルと後輪駆動のZR-12のドライビング体験は、これまた、かなり野獣的なものとなるはずだ。<br> 1993年、ZR-12は、0から1/4マイルまでを11.6秒で走破している。<br> この加速タイムは、四輪駆動の現行モデルのBMW M5と同じくらいの速さだ！ <br> そして405馬力のダッジ ヴァイパーR/Tは、V12コルベットを2秒近くも上回った。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>では、なぜこのプロジェクトは忘却の彼方へと消えていったのか？<br> その理由はコストだった。<br> 生産と開発は可能な範囲を超えていたはずであり、生産されれば、コルベットはもはや本来あるはずの手頃な価格のスポーツカーではなくなっていただろう。<br> このV12コルベットを今でも生で見たいと思ったら、それは可能だ。<br> このプロトタイプは、ケンタッキー州ボウリンググリーンの国立コルベット博物館にディスプレーされている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:image {"sizeSlug":"large"} -->
<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/6/5/0/7/7/5/Darum-wollte-Chevrolet-eine-Corvette-mit-V12-bauen-560x373-1e897ad07e540499.jpg" alt=""/><figcaption>プロトタイプのC4には、デジタルディスプレイやオプションで電子調整式のサスペンションなどの現代技術が搭載されていた。</figcaption></figure>
<!-- /wp:image -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>シボレー コルベットZR-12の迫力のあるサウンドはYouTube動画でどうぞ</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:core-embed/youtube {"url":"https://youtu.be/QNfFOmQqsjQ","type":"video","providerNameSlug":"youtube","className":"wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"} -->
<figure class="wp-block-embed-youtube wp-block-embed is-type-video is-provider-youtube wp-embed-aspect-16-9 wp-has-aspect-ratio"><div class="wp-block-embed__wrapper">
https://youtu.be/QNfFOmQqsjQ
</div></figure>
<!-- /wp:core-embed/youtube -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>コルベットに12気筒エンジンが搭載されなかった理由、それを今回のレポートでは「コストのため」と説明されているが、本当にそれだけであったのだろうか？<br>
ちょっと考えてみたのだが、まずオリジナルのC4コルベットは、当たり前ながら8気筒の自動車として開発されており、後になって12気筒を急遽積むことになったとしても、スペース的に詰めたとしても、全体のバランスが崩れて悪くなってしまったのではないか、という点が頭に浮かぶ。決して直線番長だけではないコルベットにとって、12気筒のもたらすパワーと引き換えに失ったハンドリングとか重量バランスは、決して看過されないウイークポイントだったのかもしれない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>だがそれ以外にも12気筒が積まれなかった理由があるような気がしてならない…。コルベットとはGMにとってもアメリカンにとってもアイコンのような、特別な存在のクルマであると思う。そしてそれはヴァイパーなどよりもずっと歴史が長く、そして熱狂的に愛され続けてきた歴史を持っている。そのコルベットの開発者もきっと同じ気持ちで開発に臨んでいるのだろう、と思う。そしてコルベットとして、決して失ってはならないいくつかの条件を持って開発にあたっていることも言うまでもないだろう。<br>
12気筒エンジンと8気筒エンジンは、それぞれ独自の回転感やサウンドを持ち、両者は違う性質のエンジンである。スムーズで完全バランスを持って回る12気筒エンジンではあるが、8気筒の持つ独特の回転感やその迫力のようなものを持っていないことも事実である。12気筒を搭載したコルベットの実験車に乗った開発者はパワーなどに満足しながらも、「コルベットのエンジンはこれではない」とも感じたのではないか。<br>
12気筒のコルベットが市販されなかった理由の中には、そんなこともあるのではないか、と個人的で勝手な推測だが、そう思ったことも事実である。<br>
コルベットとは、つい勝手な妄想をしてしまうほどエモーショナルな存在なのだ。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Moritz Doka<br>
加筆：大林晃平</p>
<!-- /wp:paragraph -->]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<div class="post_thumbnail"><img width="644" height="363" src="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/09/コルベット.jpg" class="attachment-post-thumbnail size-post-thumbnail wp-post-image" alt="" decoding="async" loading="lazy" srcset="https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/09/コルベット.jpg 644w, https://autobild.jp/media/wp-content/uploads/2020/09/コルベット-300x169.jpg 300w" sizes="auto, (max-width: 644px) 100vw, 644px" /></div><!-- wp:heading -->
<h2>シボレー コルベットC4（1993）: V12、ZR-1、ZR-12、ファルコナー</h2>
<!-- /wp:heading -->

<!-- wp:paragraph -->
<p><strong>シボレーがV12のコルベットを作りたかった理由とは？　C1を除いて、コルベットは常にV8でのみ利用可能だったが、V12を搭載した、ほぼ唯一の30年前のプロトタイプは、コルベットが違う方向に歩む可能性があったことを示している。</strong></p>
<!-- /wp:paragraph -->

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<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/6/5/0/7/7/5/Chevrolet-Corvette-C4-1993-474x316-97d3c13f92ab1577.jpg" alt="" width="601" height="401"/></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>コルベットにはV8。<br>
これは石に刻まれていて、おそらくアメリカ憲法の秘密のページにも同じように書かれてあるはずだ。<br>
初代C1だけが6気筒エンジンを搭載していたが、それ以外のアメリカのスポーツマンは、もっぱら8気筒エンジンを搭載していたし、現在も搭載されている。<br>
だが、ほとんど誰も知らないことがひとつ。 <br>
コルベットC4に、野蛮なV12バージョンがほぼ存在していた！ <br>
そして1993年には、運転可能なプロトタイプさえあった。<br>
そのプロジェクトの理由は、もう1台のアメリカの伝説的スポーツカーの存在だった。</p>
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<!-- wp:heading {"level":3} -->
<h3>ZR-1より排気量が4.1リッターアップ</h3>
<!-- /wp:heading -->

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<p> 1989年の北米国際自動車ショー（デトロイトモーターショー）。<br> シボレーは賑々しいセレモニーとともに、新型コルベットC4 ZR-1のベールを取り外した。<br> 385馬力の強力な5.7リッターV8を搭載した、C4世代ワールドプレミアの栄光の瞬間で、ショー最大の注目を浴びる…はずだった。<br> しかし、シボレーは、他の場所でコルベットより注目されるモデルが発表されていることに気づく。<br> 前触れなしになしで、ダッジは、456馬力を有する、ヴァイパーと呼ばれるV10スポーツカーのプロトタイプをサプライズで発表していたのだった。<br> シボレーは当然それに対抗しなければならなかった。<br> これを受けて、レーシングチーム、ライアンファルコナーインダストリーズは、コルベットに独自の V12 を搭載するように委託されたのだった。しかし9.8リッターの容量のパワーユニット明らかにヴァイパーの8リッターV10を上回っているような大きさだったため、簡単な作業ではなかった。しかし、コルベットのフロントエンドを20.3センチ長くして、強化することによって、エンジンを搭載できる余裕が生まれた。<br> ダッジ ヴァイパーの市場投入から1年後の1993年、ついにプロトタイプであるコルベットZR-12が誕生した。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large is-resized"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/6/5/0/7/7/5/Darum-wollte-Chevrolet-eine-Corvette-mit-V12-bauen-560x373-e4faae44c2a06fb2.jpg" alt="" width="614" height="409"/><figcaption>ヴァイパーはヨーロッパではクライスラーという会社の名前でハイ倍されていた。サイドパイプが取り外されている（写真）。</figcaption></figure>
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<p> 696馬力と920 Nmをはるかに超えるトルクを持つV12は、野獣のエンジンだ。<br> 内部的には、ZR-12には、「野蛮人コナン」にちなんだ「コナン」という愛称で呼ばれていた。エンジンは非常に軽量で、アルミブロックの重量はV8の鋳鉄ブロックの重量を超えるものであってはならなかった。<br> しかし、下のビデオが証明するように、そのエンジンサウンドは決して名前より劣っているものでない。<br> また、マニュアルと後輪駆動のZR-12のドライビング体験は、これまた、かなり野獣的なものとなるはずだ。<br> 1993年、ZR-12は、0から1/4マイルまでを11.6秒で走破している。<br> この加速タイムは、四輪駆動の現行モデルのBMW M5と同じくらいの速さだ！ <br> そして405馬力のダッジ ヴァイパーR/Tは、V12コルベットを2秒近くも上回った。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>では、なぜこのプロジェクトは忘却の彼方へと消えていったのか？<br> その理由はコストだった。<br> 生産と開発は可能な範囲を超えていたはずであり、生産されれば、コルベットはもはや本来あるはずの手頃な価格のスポーツカーではなくなっていただろう。<br> このV12コルベットを今でも生で見たいと思ったら、それは可能だ。<br> このプロトタイプは、ケンタッキー州ボウリンググリーンの国立コルベット博物館にディスプレーされている。</p>
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<figure class="wp-block-image size-large"><img src="https://i.auto-bild.de/ir_img/2/6/5/0/7/7/5/Darum-wollte-Chevrolet-eine-Corvette-mit-V12-bauen-560x373-1e897ad07e540499.jpg" alt=""/><figcaption>プロトタイプのC4には、デジタルディスプレイやオプションで電子調整式のサスペンションなどの現代技術が搭載されていた。</figcaption></figure>
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<p><strong>シボレー コルベットZR-12の迫力のあるサウンドはYouTube動画でどうぞ</strong></p>
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</div></figure>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>コルベットに12気筒エンジンが搭載されなかった理由、それを今回のレポートでは「コストのため」と説明されているが、本当にそれだけであったのだろうか？<br>
ちょっと考えてみたのだが、まずオリジナルのC4コルベットは、当たり前ながら8気筒の自動車として開発されており、後になって12気筒を急遽積むことになったとしても、スペース的に詰めたとしても、全体のバランスが崩れて悪くなってしまったのではないか、という点が頭に浮かぶ。決して直線番長だけではないコルベットにとって、12気筒のもたらすパワーと引き換えに失ったハンドリングとか重量バランスは、決して看過されないウイークポイントだったのかもしれない。</p>
<!-- /wp:paragraph -->

<!-- wp:paragraph -->
<p>だがそれ以外にも12気筒が積まれなかった理由があるような気がしてならない…。コルベットとはGMにとってもアメリカンにとってもアイコンのような、特別な存在のクルマであると思う。そしてそれはヴァイパーなどよりもずっと歴史が長く、そして熱狂的に愛され続けてきた歴史を持っている。そのコルベットの開発者もきっと同じ気持ちで開発に臨んでいるのだろう、と思う。そしてコルベットとして、決して失ってはならないいくつかの条件を持って開発にあたっていることも言うまでもないだろう。<br>
12気筒エンジンと8気筒エンジンは、それぞれ独自の回転感やサウンドを持ち、両者は違う性質のエンジンである。スムーズで完全バランスを持って回る12気筒エンジンではあるが、8気筒の持つ独特の回転感やその迫力のようなものを持っていないことも事実である。12気筒を搭載したコルベットの実験車に乗った開発者はパワーなどに満足しながらも、「コルベットのエンジンはこれではない」とも感じたのではないか。<br>
12気筒のコルベットが市販されなかった理由の中には、そんなこともあるのではないか、と個人的で勝手な推測だが、そう思ったことも事実である。<br>
コルベットとは、つい勝手な妄想をしてしまうほどエモーショナルな存在なのだ。</p>
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<!-- wp:paragraph -->
<p>Text: Moritz Doka<br>
加筆：大林晃平</p>
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			</item>
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