見たこともない、クルマがいっぱい!Part1

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グッドウッド フェスティバルオブスピード2019ドリームクラシック

これらのクラシックアートを見たことありますか?
世界でも最も美しい歴代の名車たちが、英南部グッドウッドのマーチ伯爵邸のすぐ後ろにあるイングリッシュガーデンの上に勢ぞろい。
無粋なロープや柵なども一切なく、自由に名車たちのそばで時間を満喫できる喜び。これこそが成熟されたイベントの姿であり、大人の世界なのである。

これより凄いクルマって他にありますか?ジャン ブガッティがデザインした、涙の雫(ティアドロップ)シェイプの1936年ブガッティ57Sアトランティークほど、極端なかたちをした車は他に類がなく、当時の人々をすでに魅了した。そしてそれから90年近くたった現在でも、私たちをひきつけて離さない。
エキセントリックに、奇抜に彫刻された車は、バックフィン(背びれ)が王冠のようにルーフとリアを覆っている。そのフィン(ひれ)とフェンダーは当時の飛行機のようにリベットで留められています。またリアの特徴的なスパッツにも飾りのクロームがつき、優美な姿となっている。
リアの下には6本もの排気管が備わっている。アトランティークはたった4台だけ作成され、そのうちの1台は最新型ブガッティ ヴォアチュール ノワールのイメージカラーである黒で作成された。現在はアメリカのファッションデザイナーでもある、ラルフ ローレンのコレクションに収められている。
(Photos: AUTO BILD)

2019年のスピードオブフェスティバルのグッドウッドヒルクライムでは、スポーティなヴィンテージカーが迅速な動きを見せていた。しかし、多くの自動車愛好家にとっては、マーチ伯爵の敷地の隣にある広大な牧草地に並んだ見事なクラシックカーたちこそがイベントの目玉だ。「スタイル&ラックス(Style & Luxe)」をモットーに、グッドウッドに集まったクラシックカーの中から、審査員によって厳選された最も美しいモデルが並べられる。今年、液滴の形をしたアバルト、ザガート、ブガッティといったドリームカーは、まさにスタイルと豪華さの醍醐味と言える。たとえば、ブガッティ57SアトランティックやアストンマーティンDB4 GTザガート。あるいは、センセーショナルなフィアット アバルトOT2000ペリスコープや風変わりなアバルト750スペリメンターレ “ゴッチャ” ヴィニャーレも人々の目を惹きつけていた。
さあ、夢の世界をフォトギャラリーでたっぷりと楽しんでください。

一目見て、フェラーリだと思ったあなた、間違ってます。(笑)

英国の芝生の上に置かれたこの1966年アバルト シムカ2mila GTクーペは、多くの観客を興奮させた。テクニカルデータが凄い!チューンナップされたシムカ リアエンジンが約210hpを発揮、わずか690 kgの車を加速させ、274km/hという最高時速を誇る!地面すれすれに配置されたロゴ入りのオイルパンと、釣りさげベルト?で固定されたマフラーがなんともスパルタン。
(Photos: AUTO BILD)

フィアット アバルトOT 2000ペリスコーパルは、1968年に作成され、リアエンジンに空気を効率的に供給するペリスコーパル エアスクープにちなんで名付けられた。グリルもなくうしろから丸見えの2.0リッターエンジンは215馬力ものパワーを生み出し、フィアット850のエンジンをベースにチューンナップされたことを忘れさせる。最高速度は270km/h。1970年、F1 13戦中、10戦目のイタリアGPで事故死してしまったが、それまでのポイント獲得により、死後F1世界チャンピオンとなった唯一のフォーミュラ1レーシングドライバー、ヨッヘン リントも愛用した車だ。
(Photo:AUTO BILD)

こりゃどっちが前、なのだろう…。同じくアバルトによってスタイルが作られた750スペリメンターレ “ゴッチャ” ヴィニャーレも奇妙な格好をしているが楽しいクルマだ。ドロップシェイプの車はおそらくフィアット600の究極のバージョンと言えよう。1957年、ドロップシェイプ車はモンツァでのレースで走った。 作成されたとのは3台のみと言われている。これはマルタで発見されレストアされたものだ。リアのエンジンカウルの長さとフロントオーバーハングの長さが、通常の車と反対でなんとも不思議なフォルムである。
(Photos: AUTO BILD)

ダブルアーチ(ダブルバブル)型のルーフは、カロッツェリアとしてのザガートの象徴であり、フィアット アバルト750 GTクーペの特徴でもある。ルーフの形状は、レース中のドライバーの防御ヘルメットに余裕を与えるスペースを提供し、洗練された空気力学により高速を可能にならしめている。この車は1959年に製造された。
わが国にも近年、トリノの工房で5年をかけてレストアされた同形車が輸入され、ガレーヂ伊太利屋を通して販売された。
(Photos: AUTO BILD)

いきなりアバルト5連発。最後はいかにもアバルトらしいアバルト、205モンツァ。1950年に生まれ、その年のミッレミリアに出場した車だ。これがアバルト最初にロードカーでもあり、フィアット1100用をベースに手が加えられ65馬力を生みだした。
(Photos: AUTO BILD)

ザガートはアストンマーティンDB4をベースにこのGTを作り上げた。多くの人がこの1961年のイタリアのザガートデザインカーこそが史上最も美しいアストンマーティンだと考えている。合計19台が作成されたが、このうちの左ハンドル車は7台のみである。
編集部追加文: わが国ではカーグラフィックの創始者、故小林彰太郎氏が共同所有の形で数年間所有していたことでも知られている。
(Photos: AUTO BILD)

ランチアでも、ザガートはフラミニア スポルト ザガートといった美しいクーペを作った。 ザガートの希少なヘッドライトトリム、エレガントなリアシート、ライトウェイトバケットシートを搭載したアルミ製クーペは30台しか作られなかった。1959年のこの車には、二重にカーブしたザガートルーフが備わっている。2.8LのV6エンジンを搭載し、最高速度は200km/hに達した。それにしてもなんとボディの艶めかしいこと。
(Photos: AUTO BILD)

見るものを戦前の時代にタイムスリップさせるような、ブガッティファンにはたまらない1台。ジャン ブガッティは1938年にこのブガッティ57Cアタラントをデザインした。3.3リッター8気筒エンジンは160馬力を発揮した。出展者によれば、この黒のアタラントには象革のシートが備わっているという。(この頃は、シートの革や、ダッシュボードの仕上げなど、オーナーは可能な範囲で、自分のわがままに仕様をオーダーできた)。
(Photos: AUTO BILD)

アタラントを特徴づける低いプロフィールを備えたデザインは、ブガッティ57SCアトランティークに引き継がれた。48台製造されたこの過激に描かれたタイプの車のうち、クーペとして製造されたのは17台のみで、そのうち4台のみがスーパーチャージャー(過給機)付きエンジンを搭載していた。この57アトランティークもラルフ ローレンは所有しているし、57ガングロフもコレクションには揃っている。カラーは両方ともブラックである。
(Photos: AUTO BILD)

ブガッティ57のもう1つのバージョンは、1938年にフランスのコーチビルダー、ガングロフによって作り上げられたこのステルビオだ。当時の典型的なティアドロップ(涙の雫)シェイプで、このコンヴァーティブルはコンプレッサーによってさらに25馬力を与えられたことにより、直列8気筒エンジンは160馬力になった。ステルビオとは言うまでもなく、イタリアとオーストリアにまたがる峠の名前である。
ちなみに、オーテックザガートステルビオというクルマも存在した。まあこの優美なブガッティとは似ても似つかぬレパードベースの珍妙な車だったが…。
(Photos: AUTO BILD)

1935年ヴォワザンC25エアロディーヌは、1930年代には絶対必要な1台だった。当時、車はすべて未来から送られて来ているように見えた。レール上を走るスライディングルーフには、後方がはっきり見えるように小さな窓が採り付けられてあった!もし1930年代のこれらヴォアザンの1台を運転したいと願うなら、ブガッティ タイプ57よりも多くのお金を用意する必要がある。その高価格と低需要のため、C25アエロディーヌは8台しか製造されなかった。
どことなくこのカラーリングは、シトロエン 2CVチャールストンを髣髴とさせるが、似ているのではなく、チャールストンの元ネタはここにあった、と解釈するべきであろう。
(Photos: AUTO BILD)

その翌年、アヴィオン ヴォワザンC28アエロスポールが作られた。これは作られたたった4台のうちの1つであり、同社は30年代半ばにすでに財政危機に陥っていた。このクルマは知られている限りでは最後の1台で、最高速度150km/hが可能な3.0リッターの6気筒エンジンを搭載している。もうじき100年も昔の1930年代というのに!ちょっとかすれ気味のゼッケンがついていることから考えると、何かのレースに出場した車、なのだろうか?
(Photos: AUTO BILD)

各年のハイライト。2018年には、この1963年シトロエン2CVサハラAWが「スタイル&ラックス(Style & Luxe)」に参加した。1968年まで作成されたサハラはわずか694台で、その一部は最大230,000ユーロ(約2,875万円)で売り買いされている。サファリダックのリアに追加のモーターギアユニットを備えている。上下逆さまに取り付けられ、後輪を駆動する。空冷エンジンに新鮮な空気を供給するために、テールゲートにはエンジンのクーリングファン用の開口部が採り付けられている。
わが国にも数年前にサハラが輸入されたことがあり近くでよく見る機会があったが、細かい部分などはかなりビミョーな仕上げだった。(それはこの写真のボディの細工などを見ればわかろう)。
それにしてもフロントとリアにふたつのエンジンを積もうと考えてしまうとは、なんとも柔軟な思想である。
(Photos: AUTO BILD)

さて、このクルマは何でしょう?わかりましたか?キャデラック シリーズ62セダネット(1949)だ。「テールフィン」を備えた最初の量産車で、米戦闘機ロッキードP-38(ニックネーム:ライトニング)の持つダブルテール(飛行機の胴体後半が2本になっている)に影響を受けてつくられたモデルで特にリアフェンダーとランプ周辺にその影響が強い。

ジャガーXK120(1952)。イタリアのスタビリメンティ ファリーナによってデザインされた。1952年のブリュッセルモーターショーでお披露目され、「空飛ぶジャガー(flying Jaguar)」と呼ばれ話題になった。
編集部追加文: このクーペモデルのほかにロードスターもあり、ロードスターは日本では石原裕次郎の映画「憎い あんちくしょう」(1962年日活)で、浅丘ルリ子と共に銀幕を飾った。

ジャガーXK120ロードスター(1952年)。最高時速213km/hのこのジャガーは、1948年には世界最速の生産車だった。DOHCを備えたジャガーの伝説的な直列6気筒エンジンであり、このXKで初公開された。この車輛そのものは1992年までほとんどレストアもされずに使用されていたものだという。

ジャガーXK120(1954)。これはイタリアの名デザイナー、ピニン・ファリーナによってリデザインされた唯一のXKモデルだ。ドイツ人コレクターは1978年にこの車を購入したが、最近、英ブリッジノースに在るジャガースペシャリスト、CMCによってレストアされた。レストア作業には合計6,750時間が費やされた。全体のバランスは良いしフォルムもさすがに美しいが、やはり英国的な雰囲気と優美さに関してはオリジナルのモデルの方が良いのではないか、とも思う。

このジャガーもカラーリングなど、なかなかカッコいい。フロントは…。ジャガーXK140 SEクーペ(1955年)。トリノのギアがアルミボディを手掛けたため、車のデザインはイングリッシュというよりイタリアンに見える。フロントフェンダー後ろにつけられたおそらくコーチビルダーのエンブレムがアクセントになっている。

ジャガーXK140クーペ(1955/63)。まだまだレストアの真っ最中ではあるが、こういう経過の姿を堂々と展示することも大きな意味と意義をもつものである。イタリアのボディビルダー、ジョヴァンニ ミケロッティは、1955年にデザインしたこのクルマを1957年の事故の後でリデザインした。フランスの女優ブリジット バルドーが運転した。今後、ジャガーローバークラシックは、この納屋からの掘り出し物をきれいにレストアして、再び、この栄光のフェスティバルオブスピードの場でお披露目する予定だ。

ジャガーXK-D(1956/1963)。ジャガーがXKを駆使してル マンで5回の優勝をなしとげた後、1958年のル マンで、フランス人レーサー、ジャン マリー バレストルとアンドレ グエルフィによって操縦されたこのXK-Dはクラッシュしてしまう。イタリアのデザイナー、ジョヴァンニ ミケロッティはこの夢の車を残骸から作り直した。
それにしてもこの車を見て、ジャガーだと言い当てられる人は、世の中にどれぐらいいるのであろうか。多くの人がマセラティと勘違いするのでは、と余計な心配をしてしまう。

エドセル サイテーション コンヴァーティブル(1958)。フォードの子会社、エドセル(Edsel)は、20世紀後半に突然消滅したブランドの1つだった(フォードによる、ティーザーキャンペーン等の広告が大失敗したため、と言われ、世の中で最もうまくいかなかった宣伝のひとつである)。最上位モデルは、ステンレススチールの採用と金色の陽極酸化アルミニ製のトリムパーツを備えたこのサイテーション コンヴァーティブルだった。

シトロエン2CVアズー フルゴネット(1959)。2CVアズー フルゴネットは小型で手頃な価格の配達用バンだ。アヒル(2CV)をベースに120万台が大量生産された。シンプルで使いやすそうな形と、いかにも安く作れそうな形状と素材であることに注意。特にリアウインドーがないことは、ガラスの価格と重さを考えれば、当然の処置と言えよう。またフロントとリアのカーゴ部に思い切り段差があるが、空力などよりもスペースユーティリティーを重視し価格を下げることを信条とするならば、これが正解なのである。

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